中村泰男君 今昔物語を語る


蒟蒻問答:古典を輪切りにする 巻の四 




● 
荒田

今回の蒟蒻問答は,中村君の希望によって,今昔物語集を取り上げることになりました。まず,中村君がどのようないきさつから,今昔物語を選んだか,ご本人から直接伺いたいと思います。



● 中村 
<私とのかかわり>

介護の関係で,15年ほど前からつくばと南房総を週末に往復するようになった。車中で時間をつぶすため日本の古典を読み始めたが,そのうちの何冊目かが岩波文庫版の「今昔」(池上洵一編,全4冊)だった。これは脚注がしっかりしており,現代語訳が無くても読み進むことが出来た。それまで今昔というと「仏法説話集で,いろいろな小説の題材になっている」程度の認識しかなかったが,読み進むと,仏教界の大立者(お釈迦様・鑑真和上・弘法大師・・・)の事績が手際よく(しかも面白く)並べられているのにまず感心した。そして,葬式・法事以外に縁のなかった仏教が少し身近に感じられるようになった。さらに「正統的」な仏教説話の他に,珍話・奇話がこれでもか!という具合に連射され興味は尽きなかった。月曜に仕事場に戻った際には,車中で読んだ珍話を「今週の今昔」として同僚に披歴するのが常だった(彼には迷惑だったかもしれない)。ここでは,その中で私のお気に入り5話を紹介しようと思う。もし面白いと感じられたら文庫本を読むことを強くお勧めする。



なお説話を紹介する前に,文庫内の解説をもとに今昔物語集の概略を説明しておく。

<今昔物語集概要>


(成立年代・作者など)「今昔」はインド・中国・日本に伝わる千余りの仏教説話を,様々な文献から編集した説話集である。成立年代はほぼ113040年頃と推定され,編者は男性,おそらくは僧侶と考えられるが特定されていない。さらに,今昔が他の文献に登場するのは成立から300年余り経過した室町時代であり,その間どのようにして原著が保管されていたのかもわかっていない。

(構成)全31巻。巻15がインド(天竺),610が中国(震旦),1131が日本関係の説話(本朝)である。天竺・震旦部はお釈迦様の誕生・悟り・仏教の成立・中国への伝播などが描かれる。本朝部の巻20までは,①仏教の大立者の事績 ②寺の縁起 ③様々な経のご利益 ④観音・地蔵・虚空蔵による導きなどを縦糸とし,仙人・天狗・異世界探訪・色欲・様々な術(仏法の術・仙術・妖術)などが横糸として絡んで,説話が構成されている。それ以降(特に巻26以降)は「もはやあらゆる統制になじまない世界の話である」(池上)。悪霊・エロ・グロ・蛇の魔力・盗人・生贄…の世界がこれでもかという具合につづく。なお,すべての説話は「今は昔」の一言で始まり,最後は編者のコメントで締めくくられている。ピンぼけのコメントも多いが,逆にこのことが今昔物語集に「とぼけた味」を付け加えている。


<私の好きな今昔>

(1)道成寺:巻14 第3

今は昔。紀伊半島の西岸をたどり熊野権現に参詣する若くてイケメンの法師がいた。潮岬近くまで来たとき日が暮れ,ある家に宿を乞うたが,そこの主は若い未亡人だった。女は法師に「深く愛欲の心を発こし」(原文)手厚くもてなした。夜が更けると女は法師の寝床に忍び込み,着物を脱いで法師に添い寝をした。法師は目を覚ますと,あまりのことに女に問いただした。すると女は「あなたを見た時から,わたくしの夫となっていただきたいと思ったの。だから・・・」法師「私はこれから霊地・熊野に参る身,ここでコトに及んで身を汚すわけにはまいりません」。女はそれでも引き下がらず「夜もすがら僧を抱きて擾乱(にょうらん)し戯れ」(原文),誘惑したが法師の志操は堅固であった。そして「それでは熊野に詣でた後で,こちらにもう一度参ることにいたしましょう」となだめ,朝方,熊野にむけて旅立った。

女は法師が戻るのを一日千秋の思いで待ったが現れない。そこで,熊野から都へ戻る旅人に,何か事情を知らないか尋ねたところ「ああ,彼ならこの道でなく,中辺路(山中の街道)経由で戻ったよ」。女は瞋り悲しんで部屋に引きこもり,しばらくはコトリとも音を立てなかったが,やがて五尋(~8メートル)の蛇が部屋から這い出で,中辺路を走り始めた。道行く人は恐れ騒ぎ,大蛇北上!の噂は法師にまで達した(噂の伝播は光よりも早い)。「その蛇は私を追いかけているのに違いない」と直感した法師は,道成寺という寺に至って事情を話し,身辺保護をお願いした。そこで寺当局は法師を釣鐘のもとにいざない,鐘を下ろして中に閉じこめ大蛇に備えた。

道成寺に至った大蛇は門を乗り越え,下ろされた鐘を見つけるや自分の体でぐるぐる巻きにした。そして血の涙を流しながら(何かを訴えるように)尾で鐘を数時間たたき続け,もと来たほうへ去っていった。その後,当局は法師を救出しようとしたが,蛇の「毒熱」で鐘は赤熱して近寄れない。そこで,水をかけて冷ました後に鐘を除けたが,中には法師の骨すらなく,わずかな灰が残るのみであった。

こののち,道成寺の高僧の夢に法師が現れ「私,あの世で蛇になり,あの女蛇の力で無理やり夫婦にさせられました。でも,あの世の苦痛は耐えがたいです。先生,ありがたいお経(法花経)を書き写して私たちを供養して下さい」。高僧は言われたとおりにすると,再び法師が夢に現れ「お蔭で私たち,天上の良い場所(都率天)に上ることが出来ました」と報告したという。

編者コメント:女性の「悪心」はかくも強い。だから仏様も女性に近づくことを戒めておられる。

(つけたし)この話のタイトルは「道成寺の高僧が,法花経を写して蛇の苦痛を救った話」となっている。法花経のありがたさを強調する正統的な説話ですよ・・・と見せかけておいて,そこに至るまでの経過が集中的に描かれている。編者のコメントを見ても,経過のほうに彼の興味の中心があったのではなかろうか。どのような顔をしながら,編者はこの説話を紙に記したのだろう?


(2)久米仙人:巻11 第24


今は昔。大和・吉野のある寺で,二人の男が仙術修行を行っていた。一人は手際よく全過程を修了し,仙人となって空に飛び去っていった。もう一人の久米も,かなり手間取ったものの,何とか免許を取得できた。ある初夏の一日,久米は吉野川上空を(まだ不安定な飛び様で)飛行していたが・・・下を見ると川べりで若い女が着物の裾を上げて洗濯している。その白く形の良い「ふくらはぎ」にクラっとした久米はたちまち仙力を失い,女の前に墜落してしまった。その後,久米はこの女と夫婦となり,一般人として生活していたが,証文などの署名には臆面もなく「先の仙人 久米」と記すのが常であり,周囲も彼を仙人と呼んでいた。

 ある時,都を造営するための木こり人夫が徴発され,久米もその一人に選ばれた。久米が「仙人」と呼ばれる理由を知った現場監督は,彼に向かい「もとは大変なお方だったんですね,一般人に戻ったあとでも部分的には仙術OKなんじゃないですか?(造営用の木を切り出す)この山から造営予定地まで,仙術で木を一気に運べたら助かるんだけどなあ」と冗談半分けしかけた。久米は「女に心を汚して凡夫となったけれど,昔はできた仙術だ。仏様が助けてくださるかもしれない」と心に思い,「それではやってみましょう」と応じた。そして,かつて修行した寺に籠り,潔斎して食を断ち七日七夜のあいだ心を尽くして祈った。一方,監督は久米が現場に姿を現さなくなったことに気づいたが,「出来もしない約束をしたんで,逃げたのかな?肉体的には貧弱だから一人くらい人夫が欠けてもいいか・・・」と,あまり気に留めなかった。ところが・・・八日目の朝,空がにわかに真っ暗になり,雨・風・雷が荒れ狂った。しばしののちに空は晴れたが,切り出し用の山の木は引き抜かれたように無くなっている。そして,しばらくすると造営予定地から「造営にぴったりの木が空から降ってきました!」との報告が入った。

 この一件は天皇の耳にも入り,天晴れ!とばかりに久米はご褒美を賜り,これを元手に寺を建立した。これが久米寺(=橿原市に現存)である。その後,弘法大師はこの寺からありがたいお経を発見した。そして,その内容を深く学ぶため唐の国に旅立ち,真言宗を打ち立てるきっかけとなった。

編者コメント:(へっぽこ仙人が建立した)久米寺は(弘法大師の真言宗設立に重要な役割を果たしていることからも判るように)実はありがたいお寺なのだ。


(3)「レジェンド」vs.「人間電子レンジ」:巻14 第40

今は昔。嵯峨天皇(在位809~823)には護持僧(天皇の安全・健康を祈る僧)が二人いた。一人は「レジェンド」弘法大師であり,もう一人は興福寺の修円法師であった。二人とも徳が高く,天皇は二人を同様に重んじておられた。ある時,修円が伺候すると天皇の前には大きな生栗が置かれていた。天皇が「この栗,茹でてまいれ」と周囲に命ずるのを聞いた修円は,「火を使わず,法力で茹でてご覧に入れましょう」。そして,漆器に栗を入れ,蓋をして祈祷すると栗はほっこり茹で上がり,天皇がこれを口にされると,おいしさは例えようもなかった。その後もこの法力はたびたび発揮され,感服した天皇は修円の「電子レンジ機能」を弘法大師にもお話になられた。大師は「それは素晴らしい能力ですね。でも今度,私がそばにいる時にチンしてみてください」。そこで天皇は修円を招き,大師をひそかに隣室に控えさせながら,栗茹でを命じた。修円はこれまで同様祈祷したが・・・茹で上がらない!再チャレンジも失敗してしまう。なぜだ!!・・・そこへ大師が隣室から顔を出した。修円は,大師が自分の法力を無効化する祈祷をしていたことを悟り,以後二人は反目し合うようになる(本文にはないが,修円はレジェンドに向かい何か言ってはならぬことを口にしたのかもしれない)。そして互いに寺に籠って「死ね死ね」(原文)の呪詛合戦が始まり,いつ果てるともなく続いた。そんな中,大師は膠着状態を打開しようと,弟子に葬式道具を町に買いに走らせ,「レジェンド死す!」の噂を流布させた。これを聞いた修円の弟子は早速師匠に報告し,修円は「勝った!」と思い,呪詛を中止した。一方,大師は人を修円の寺にやり,呪詛中止を確認させた後,自分の呪詛パワーを限界まで増幅した。そして修円は急死した。

  その後,大師は「あれを呪い殺したからにはもう安心だ。しかし,ここまで私を苦戦させたということは,あいつは只者ではあるまい。やつの正体をたしかめよう」と心に思い「後朝の法」(未詳)をおこなった。すると,壇上に「軍茶利明王」(未詳)が立つのが確認され,修円法師が只者でないことが確認された。

編者コメント:「大師がこのようなこと(呪詛による殺害)をされたのは,後世の人の悪行をとどめるため(の正当行為)だったと語り伝えられているようだ。

(つけたし)弘法大師のイメージを悪化させるような説話を,なぜわざわざ編者が載せたのだろう?


(4)忘れ物は ma-tsu-ta-ke:巻20 第10話>

今は昔。陽成天皇(在位 876 – 84)の時代,ある男が京から陸奥に出張に出かけた。道中,信濃のある町で郡司(郡長官)の館に宿を取った。郡司は一行に手厚い食事を提供したのち館外の別宅に戻っていった。一方,男は寝付けなかったので外に出た。すると館の別棟から香が薫ってくる。近づくと,若くて美しい郡司の妻が臥しており,あたりに人もいない。男は部屋に忍び入った。女は拒むそぶりを見せたものの,ひどくあらがう風でもない。こうして男は「衣をば脱ぎ棄て,女の懐に入る」(原文)。そして・・・というときに・・・男の下半身に一瞬,痒みが走った。男は自分の「そこ」に手をやると…無い!!! もう一度探ったが,無い! 男の動転するさまを見て,女は少し微笑んだようだった。男は這う這うの体で自分の部屋に戻り,もう一度確認したが,やはり無い・・・どうにも合点がいかない男は,細かい事情は告げず,従者の一人に「別棟にきれいな女がいるぞ。私はうまくいったから,お前も行って来いよ」とそそのかした。従者は勇んで部屋を出て行ったが,しばらくすると呆然として戻ってきて押し黙っている。男は,あいつも同じ目にあったのだなと感じ,更に別の従者を別棟に次々に派遣したが,8人全員同じ反応を示すばかりであった。

 ただただ呆然の一夜を過ごした一行は,夜が明けるや館を立ち去った。1キロも行かぬうちに,後ろから「落とし物だぞォ~」の声が聞こえ,館の使用人が紙包みを携え一向に追いついた。「郡司さまが『持って行って差し上げよ』とおっしゃるので持ってきたけど,どうしてこんな大切なものを落とすんだい?お宅らがあわただしく去った後,落ちていたのを拾い集めたんだよ」。一行が包みを開くと「松茸をつつみ集めたるごとくにして」(原文)ブツが9本入っている。そしてパッと消えうせ,元の場所に収まった。

  その後,男は奥州での仕事を終え,帰路ふたたび郡司の館に立ち寄った。男は郡司にたくさんの物を取らせた後,往路でのあの不思議な出来事について尋ねた。そして,郡司の妖術が自分をたぶらかしたことを知り,(都にいったん戻ったのち)郡司に弟子入りして妖術習得に励んだ。(中略)結局,男は「松茸消失」の術を習得するには至らなかったものの,草履を犬に変える程度のレベルには達し,周囲を驚かせていた。この噂を聞いた陽成天皇(狂気の伝承が多い)は,男から術を習い様々な怪しいことを行った。ただ,世間は天皇のこうした行為を受け入れなかった。それは,仏法以外の妖術に,天皇自らが手を染めたからである。

編者コメント:せっかく人間に生まれたのに,人を魔界に赴かせるような妖術は,決して習ってはならないと言われている。

(つけたし)この話,落語にならないかなあ・・・落語には詳しくないけれど,「笑点」の小遊三さんあたりに演らせてみたいものだ。


(5)個人授業:巻17 第33

今は昔。比叡山で仏道修業を始めた僧がいたが,修行に身が入らずダラダラと時を過ごすばかりであった。しかし,なお仏道を学ぶ意思は残っていたので,法輪寺(京の西端)に時折詣でては虚空蔵菩薩に修行進展を祈願していた(調子のよい仏頼みである)。ある秋の日,法輪詣の後に山に戻ろうとしたが,出会った友人と長話をしたせいで,西の京あたりで日が暮れてしまった。そこで宿を求めていると,ある家の前に小ざっぱりした身なりの下女がたたずんでいる。事情を話して宿りを頼むと,下女は主人に尋ねたのち「宿泊OKとのことです。お入りください」と僧を中に引き入れた。そして,酒付きの食事を持ち運んでもてなした。いい気分になったところ,奥の部屋に通じる戸(遣戸)が少し開き,女主人の声がして「これからも法輪詣の後はこちらにお立ち寄りください」と言って遣戸を閉ざした。夜も更け,寝付けぬ僧が庭に出ると,主人の部屋の雨戸に穴が開いている。覗いてみると,二十歳過ぎの美しい女が草紙を見ながら臥している。香もたかれている。興奮した僧は,「この思いを遂げずは,世に生きてあるべくも思えず」(原文)遣戸をあけて部屋に侵入する。そして,女の「衣を引き開けて懐(ふところ)に入るに」,女は驚き,身を委ねる様子もない(普通はそうだよね)。強行突破も考えたが,隣には下女も寝ているようだ。騒がれてはまずい・・・とためらっていると,女「いやって訳じゃあないの。去年,夫に先立たれたけれど,次は仏の道に明るい人がいいなあと思ってるの。あなた法花(法華)経は暗誦していらっしゃる?」僧「勉強はしているのですが,暗誦までは…」女「それなら山に戻って暗誦し,私の前で誦えて頂戴。そうすれば…ご褒美あ・げ・る」。僧は「『達成』するのは暗誦してからだ」と思い直し,山に戻ってからは,それまでにない真剣さで暗誦を始めた。ただ,その間にも女の面影が忘れられず,毎日手紙を送った。女からも返事と共に食料などが差し入れられたので,「あの女は私のことを真剣に思ってくれているのだ」と暗誦のモチベーションは増すばかりであった。そして,20日ばかりで長大な法花経を暗誦し終えた。

  翌月,法輪詣を済ませ,予定通り女の家に寄った。食事ののち,僧は覚えたての法華経を朗々と(女の耳に届くように)誦えたが,頭の中はその後の事で一杯であった。夜も更け,下女たちも寝静まったので,いざ!とばかりに遣戸をあけて女の部屋に立ち入り「懐に入らんとするに,女,衣を身にまといて入れずして」(原文)こんなことを言い出した「よく覚えたわね。でも,覚えただけで親しい関係になってもいまイチよね。どうせなら,あと3年,お山で仏道に励んで,立派な学僧になってくださらない?そうすれば,公卿・皇族関係にも就職出来て私も鼻高々よ。その時こそは,きっと…」。この言葉に,僧も「そうかもしれんな…」と思い直し,山へ帰っていった。

  その後,僧はひたすら仏道を学び始めた。女からの連絡も途絶えることがなかったので,「3年後には達成するぞ!」の大目標がブレることもなく,すさまじいペースで修業は進んだ。こうして通常3年の学僧コースを2年で終了し,残りの1年でさらに磨きをかけ,「山では断トツの若手学僧」と呼ばれるまでになった。そして3年ののち,僧は女の家に立ち寄った。これまでとは違い,女は僧を自分の部屋に通し,薄いカーテン(几帳)越し越しに対面したので僧の心は高鳴るばかりであった。女「この三年間,修業はどうでしたか?」僧「自分ではよく分かりませんが,山で開かれる仏法の討論会などではえらい方々からお褒めの言葉をいただくこともしばしば…」女「素晴らしいわね。私,仏の道で疑問に思うことがいろいろ出てきたの。ぜひ私に教えてくださいな」。そして,女は仏道に関し基礎から難問まで質問を浴びせたが,僧はポイントを外すことなく,よどみなく答えた。女が「3年でここまで到達されるとは…立派な学僧になるだけの器量をお持ちだったのね」と感嘆する一方で,僧は心のうちに,「なんと仏の道に詳しいんだ。達成した後も,語り合う相手としてはサイコーだな」なんてことを考えていた。その後,女と雑談をしているうちに夜も更け,女が横になる気配がしたので僧はカーテンを掲げて中に入ってゆき,女のそばで横になり,手を握った。女が「しばらくこのままにしていましょう」と言うので,僧は言われるままにしていたが・・・(達成していないけれど)ある種の達成感から眠りこんでしまった。

  目を覚ますと,そこは人気のない草むらだった。有明の月の下,女の部屋で脱いだはずの衣がそばにある。何が起こったんだ⁉ どうやら法輪寺近くらしい・・・寒くてたまらないので法輪寺に駆け込んだ。そして,仏像(虚空蔵菩薩)の前で「恐ろしい目にあいました。お助けください」と深く額づいたが,再び寝入ってしまった。その夢に虚空蔵菩薩が現れた。「これまでのことは私が仕組んだのです。あなたは才能がありながら努力もせず,それでいて,ここに参っては都合の良いことをねだるばかり。どうしたものかと思っていたのですが,あなたは女性にとても強い関心を持っているので,これを利用して仏道修行を前進させる絵図を書いたのです。これを機会に山でさらに仏道の勉強を重ね,立派な学問僧になってください」。僧は目覚めると,「虚空蔵菩薩があの女に変身して私を導いてくださったのだ」と悟り,山に戻って修行を重ね,とても立派な学問僧になった(「女性への関心はなくなったんだろうか?」というのが私のゲスな疑問である)。

  

(つけたし)「虚空蔵菩薩により人が正しい方向に導かれる」という正統的な説話でありながら,色欲系が絡んでいる。私の最も好きな説話である。とくに「達成するまで頑張るぞ!」の僧には親近感を覚える。とはいえ,もしも僧が達成していたら,私は激怒してこの本を壁に投げつけていただろう。


今日はこれでお終い

それにしても、今昔は天下の奇書だと思います。 中村泰男




by yojiarata | 2018-09-08 14:36
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