がんの薬 巻の二  これまで・現在・これから(Ⅱ)


春山

薬価算定プロセスの詳細については,私自身に実務経験がないので詳細には触れませんが,類似薬のある場合には,先行する薬剤の価格を参考にする類似薬効比較方式,このブログで紹介している オプジーボ,ハーセプチン などのように承認を取得した時点で,先行薬がない新薬については原価計算方式で算定されるとなっています。また,薬価は市場の実態に即して,原則2年に1回改訂されるルールになっていて,改訂の度に価格は下がっていきます。大局的には,薬価制度は製薬会社に革新的な医薬品開発のインセンティブを与えつつ,医療費の適正化を促進するしくみであると理解できますが,製薬会社の経営にあたえる影響は小さくありません。

では実際,今,オプジーボ はいくらかというと,2017年2月に当初価格の半分に薬価が引き下げられて,100mgバイアル1本の薬価は約36万5千円です。オプジーボは,当初,根治切除不能な 悪性黒色腫(メラノーマ)だけの適応でしたが,効能が追加されて,今では末期の肺がんや腎臓がんなどにも使用が認められています。どのように使われるかというと,いずれのがんでも,1回につき体重1kgあたり3mgを2週間間隔で点滴静注します。体重60kgとすると,1回に必要な量は180mgとなりますから,一月の薬剤費は,約131万4千円です。3割が自己負担分ですから,概算で毎月約39万4千円支払う必要がありますが,高額療養費制度というものを利用すると,一定限度額以上の個人負担は後で補填を受けることができます。個人負担の上限額は,申請する人の年齢と年収によりますから,制度の詳細については,全国健康保険協会などのホームページを参照してください。例えば働き盛り50歳台の方で,年収が,この世代の平均である661万円であるとすると,上限額は概算で9万円です。窓口で支払った39万4千円のうち30万円程度は,後で返ってくることになります。さらに,治療が3ヶ月以上継続する場合は,個人負担額は,44,400円まで減額されます。ですから,基本的に,日本では誰でも オプジーボの治療は受けることができるのです。

まずは,一安心というところですが,皆さんに考えていただきたいことがあります。それは,このような充実した医療保障を続けていくことが可能なのかという問題です。IPS細胞の再生医療への応用に期待が高まっていますが,がんの領域に限らず細胞治療などの高度な医療技術の導入は,医療コストの更なる増加を伴うでしょう。一方で,少子高齢化は着実に進行しています。そのような環境変化の中で,現行の充実した医療・福祉制度を継続することができるのか,また可能とするには,どうしていくべきなのか,真剣な議論が必要な時期に来ていると,私は思います。

荒田

高額になる理由の一つは,これらの新薬が モノクローナル抗体であることと関連がると,素人の私は感じています。大学の現役時代,安定同位体で標識したモノクローナル抗体を作っていたのですが,ミリグラム単位て作るのに,何万円オーダーの研究費が必要でした。

春山

確かに,技術革新は,医療の分野においても,コスト低減の重要な要因です。抗体の商用生産の現場では,従来はステンレス製の培養槽を用いてバッチ生産が行なわれていました。このシステムの欠点の一つは配管部分の洗浄で,洗浄が不十分で雑菌が混入した場合には,そのバッチを丸ごと廃棄しなければならず,歩留まりの悪さが原価に悪影響を与えていました。今では,シングルユースバッグというプラスチック製の大きな袋(最大で2000Lまであります)を培養に使うシステムが一般化しています。この袋は使い捨てですので,洗浄工程が不要で工数が削減でき,かつ雑菌の混入事故も減少して,歩留まりが向上しました。その結果,生産細胞の生産量が同じであっても,コストは約四分の一となっています。

需要の拡大が生産技術の革新を生み,コストが大幅に削減されることは,どの産業の歴史を見ても明らかです。1941年にオックスフォード大学で ペニシリン が初めて6人の患者に投与された時,投与されたペニシリンの総量は約200万単位でした。製造には二人の大学教授を含む7名の研究者と10名の技術助手がかかり切りで数ヶ月かかったことが フレミングの伝記(「奇跡の薬―ペニシリンとフレミングの神話」グウィン・マクファーレン著,北村次郎訳,平凡社1990年)に記されています。

それが1944年には,月産6450億単位に達し,100万単位あたりの原価が200ドル,さらに1945年には6ドルにまで下がっています(前掲書)。今後,同じようなことが,今,姿を現し始めた新しい医療技術に起こることは必然でしょう。私は,技術革新によるコスト削減に関しては,楽観的な見通しを持っています。

体外から細菌など(抗原)が進入すると動物本来の生体防御システムとして抗体が産生されます。ただ,抗原となるタンパク質分子をウサギなどの動物に注射して,動物の血清から抗体を調製すると,抗原分子の異なる部位(エピトープ)を認識する多種類の抗体分子の混合物になってしまいます。

これは,モノクローナル抗体 に対して,ポリクローナル抗体 とよばれますが,個別には1種類の抗体分子のみを産生している抗体産生細胞が多数共存した状態となっているためです。このような混合物の状態から1種類の抗体産生細胞を分離し増殖させる方法としてミルシュタインらによって ハイブリドーマ法 が開発されたのは1975年のことです。この技術は単一のエピトープを認識する抗体(モノクローナル抗体)を効率よく得ることを可能にし,抗体分子を医薬品として応用する道筋が開かれました。

この技術を用いて,世界で最初にFDA承認を得た抗体医薬は,1985年に臓器移植時の免疫抑制を適応症として開発された ムロモナブ という抗体です。ところが,この抗体はヒト由来の抗原タンパク質をマウスに免疫して得られたマウスの抗体であったため,ヒトの免疫系により異物として認識され,抗抗体(マウス由来のタンパク質であるムロモナブに対する抗体)が出現してしまうという課題が残りました。以後,抗体医薬の技術開発は,マウス由来の抗体を如何にヒトの抗体らしくみせて,薬効の低下や,アナフィラキーショックを引き起こす可能性のある抗抗体の出現を回避するという点に集中されました。

最初に試みられた方法は,マウスに作らせた抗体分子のうち,抗原を認識する可変領域とよばれる部位だけを残して,ヒト抗体由来の定常領域に結合するという方法で,このようにして作成された抗体は キメラ抗体 とよばれました。キメラ抗体では,マウス由来の配列部分は全体の30%程度です。さらにマウス由来部位を10%程度にまで低下させ方法として,可変領域の構造のなかでも,実際に抗原の認識に関係する相補性決定領域のみ,その立体構造を保持するような工夫をしながらヒト由来の抗体に埋め込むヒト化抗体という方法が開発されました。ハーセプチン はこの技術を用いたヒト化抗体です。ハーセプチンは,ジェネンテックで開発されましたが,ヒト化の技術はPDLという別のベンチャー企業の技術を使っています。

さらには,ヒトの免疫系を移植したトランスジェニックマウスや,ヒトの抗体分子のレパートリーを再現したファージライブラリーを用いるなどして,完全なヒト抗体を作成する技術が開発されました。これらの技術を用いて作成された抗体はヒト型抗体とよばれています。免疫チェックポイント阻害剤 である オブジーボ は,ヒト型抗体に分類されます。

荒田

本当に効くのでしょうか? 生存率(統計データ)は公開されていますか?

春山

本当に効くのかという,ご質問ですが,どのように回答したらよいのか悩ましいものがあります。おそらく一般になじみがあるのは,再発もなく5年間生存していることを意味する5年間生存率だと思います。早期に発見され,転移がなく外科的に切除可能ながんの場合はまず,外科的切除を行い,適宜抗がん剤による補助療法を行うというのが一般的な治療戦略となり,その場合の5年間生存率は,すい臓がんのような例外もありますが,概ね9割を超えています。では,抗がん剤がどこで用いられるかといえば,固形がんの場合は切除不能な末期がんの治療あるいは,外科手術後の補助療法ということになります。

抗がん剤に限った話ではありませんが,医薬品は承認を取って上市した後も,安全性監視が義務付けられています。市販後の臨床試験を通じて,有効性の確認や,治験の中では発見できなかった副作用(有害事象)の発見がなされます。ハーセプチンや,グリベック のような上市後,長い期間が経過した薬剤については5年間生存率に関するデータが得られています。

術後補助療法としての ハーセプチン の 効果 についてはいくつかの論文が発表されています。その一つであるHERA研究の結果を紹介しましょう。この試験では,乳癌の術後1年間ハーセプチン投与を行い,ハーセプチン投与を行わないグループを対照群として8年間の追跡を行っています。その結果を8年間生存率で比較すると,対照群の79.8%に対して,ハーセプチン群は83.3%となり,ハーセプチン投与の効果が統計的に証明される結果となりました。実際の人数で示すと,対照群では1698名中350名が死亡,ハーセプチン群では1703名中278名が死亡ということになります。血液がんの場合には,外科的切除ができませんから,抗がん剤に依存することになります。グリベックの投与を受けた慢性骨髄性白血病患者の5年間生存率 は89%と報告されていて,固形がんの外科手術並みの成績です。

一方,承認申請のために長期の経過観察は現実的ではないので,がんの縮小の程度,生存期間の延長の程度を対照薬と比較して,開発薬物の優劣を判断しています。がんの大きさを測る方法から,延命期間の計り方に至るまで,すべての用語の定義が厳密に定められていますし,統計解析の手順も決まっていますので,その判断基準に従って,対照薬に対して統計的な優位性を示すことのできた薬物は,効いたということになります。

オプジーボのメラノーマ患者を対象とした第3相試験の一例CA209066試験)の結果を紹介します。第3相試験は,統計的な有意差が期待できる数の患者数を確保して,対照薬との比較を行う試験で,この試験結果を以って,承認申請の可否を判断する重要な試験です。対象は,根治切除不能な末期のメラノーマで,今までに化学療法剤の治療を受けていない患者です。210名の患者さんにはオプジーボを,208名の患者には,シクロフォスファミドと同じくアルキル化剤に分類される化学療法剤のダカルバジンが投与され,1年間の経過観察が行われました。評価指標は,二つです。一つは全生存期間といって,投与開始から原因の如何によらず死亡するまでの期間で,その中央値で示されます。もう一つの指標は無増悪生存期間といって,がんが更に大きくなることなく安定している期間のことで,同じく中央値で示されます。

その結果,無増悪生存期間の中央値は,オプジーボ の治療を受けたグループでは5.1ヶ月でしたが,ダカルバジン治療を受けたグループでは2.2ヶ月でした。全生存期間の中央値で比較すると,ダカルバジン投与のグループでは,10.8ヶ月でしたが,オプジーボの投与を受けたグループでは,中央値が算出できませんでした。というのも,経過観察を終了した約17ヶ月後の時点でも,オプジーボ投与を受けた70%の患者さんが生存しているという結果だったためです。なるほど「効いている」という実感を持っていただけたかどうかわかりませんが,これはかなり良好な結果といえます。今後の市販後臨床などを通じて,オプジーボの実力 が明らかになっていくことが期待されます。

荒田

厚生労働省は,何らかの哲学をもって,ことにあたっているのでしょうか?

春山

個人の見解ではありますが,私の実務経験を踏まえると,薬事行政の基本方針は,国民が最新の薬剤にアクセスできるようにすることと,知識集約型産業としての医薬品産業の振興の二つにあるのではないかと思います。ただ,この二つの方針の両立は,時に困難をともなうのも事実ですが。

日本の薬価制度や,高額療養費制度なども,国民が広く最新の薬剤を使用できるようにするための取組みですが,ドラッグラグの解消にも取り組んできています。ドラッグラグとは,日本以外では承認され販売されている薬剤が,日本では承認されていないか,あるいは承認に時間がかかっているという問題です。実際,2010年に世界の医薬品市場での売上高上位100品目のうち,自国で未承認の医薬品がいくつあるかを調査したところ,日本で未承認の品目が11品目ありましたが,米国や英国では2品目だけでした。また,世界のいずれかの国で初承認を受けた薬剤が,自国において承認を取得するまでの時間差を調査したデータでは,米英独が1.2~1.4年程度であるに対して,日本では4.7年という結果でした。

この状況の改善のため,三つの施策が展開されました。国内の治験が効率的に行えるように環境整備を進めること,審査機関である医薬品医療機器総合機構の体制を強化して,迅速な審査を可能とすること,そして,次に紹介するICHの取組みとも関係するのですが,国際共同治験の促進でした。これらの施策によって,現在では,審査期間に関して欧米と同等の迅速化が達成されたといえます。また,日本の製薬企業もICHの合意に従って日米欧3極での同時申請が可能になりましたから,産業政策としても有効であったと思います。

医薬品規制調和国際会議(ICH)は,日本を含む製薬会社のグローバル化に伴い,医薬品の審査・承認規準の統一が課題となってきたことを受け,1990年に組織されました。ICHは,日米欧の医薬品規制当局と製薬業界の代表者が協働して,医薬品規制に関するガイドラインを科学的・技術的な観点から作成する国際会議で,今までに品質,有効性及び,安全性の評価基準の多くが合意され,また,申請書類の書式の統一なども達成されています。その結果,国際共同治験の円滑な推進,最新の科学的根拠に基づく適正な審査が実践されることとなりました。高品質で安全性の高い医薬品の流通をグローバルレベルで保証するしくみともいえるかと思います。

このブログをお読みの皆さんに知っていただきたいことの一つは,創薬標的の探索から新薬の開発・上市まで,独力で達成できる国は,そう多くないという事実です。最近の資料によれば,米国,日本,スイス,イギリス,ドイツの5ヶ国で,世界中で使用されている医薬品の75%超が創出されています。医薬品の創製には,広範な基礎医学はもとより,様々な分野の技術基盤が必要だからです。かつて,アスピリンやペニシリンがそうであったように,基礎緒科学の進歩の成果の上に各時代を画する医薬品が生まれ,その営みが今も繰り返されていることは,これまでお話してきたとおりです。

医薬品産業の振興には,産官学の協力が極めて重要です。産学連携の推進において,2015年に設立された日本医療研究開発機構(AMED)の活動が注目されています。AMEDによって,それまで文科,厚労,経産などの省庁に分散していた医療分野の研究開発支援の取組みを,政府一体となって推進する体制が確立しました。モデルとなったのは,米国において,産学の連携を統括する米国衛生研究所(NIH)です。日本円にして約3兆強の予算を持ち,傘下の27の研究所・研究センターを直接運営すると同時に,予算の80%を研究グラントとして全米2500以上の大学を含む30万人の研究者を支援しています。AMEDの活動については,同機構のホームページを参照してみてください。

荒田

遺伝子解析の現状と今後についてコメントお願いいたします。

春山

ヒトゲノムは30億塩基対ありますが,国際協力により,世界初のヒトゲノム全配列の解析が完成したのは,2004年です。古典的なサンガー法を用い,13年の歳月と30億ドルの費用がかかりました。その後,従来と全く異なる原理で動作する次世代シーケンサーの技術開発が進められましたが,目標の一つが,ヒト全ゲノム解析コストを1000ドル以下にすることでした。2010年の段階ですでに解析コストは4000ドルまで低下してきていましたが,遂に,この目標は,2014年に達成され,解析所要時間も数日に短縮されました。その結果,複数のがん患者の全ゲノム配列を比較する,あるいは,一人のがん患者のがん組織の異なる部位のゲノム配列を比較するという研究が可能になりました。

その結果わかってきたことは,患者ごとに,また一人の患者の腫瘍内においてもがん化した細胞の遺伝子変異の状態は極めて不均一であるということです。患者ごとにドライバー変異が異なるという事実は,個別化医療の必要性を示していますし,腫瘍内での不均一性は,治療抵抗性や薬剤耐性,再発などの原因になっていると考えられます。なお,多数の患者から得られた試料の遺伝子解析結果は,TCGA(The Cancer Genome Atlas)やICGC(InternationalCancer Genome Consortium)などのデータベースにまとめられていて,研究に活用されています。

荒田

2017年11月3日金曜日の朝日新聞の朝刊に,日本癌学会が開いた市民公開講座 「がん治療 一人ひとりに寄り添う」 に関する記事が載っていました。


例えば,国立がん研究センターの呼吸器内科長の後藤功一さんの「異常な遺伝子調べ 最適な薬の選択」には,進行肺がんの薬物療法としての分子標的薬 云々 とあります。また別の先生は,「DNAのさびつき測り 超早期診断 云々」と仰っておられます。学会のウエブサイトから動画で見ることができるとあります。


がんの診断も治療も,いずれは,遺伝子になるのでしょうか?

春山

そういう方向に動いています。直近の話題としては,厚生労働省から,がんゲノム医療中核拠点病院構想というものが公表されています。中核病院は遺伝子解析の拠点で,連携病院からの依頼により100種類程度の遺伝子変異を一括解析し,連携病院はその結果を受けて遺伝子変異に応じた薬剤を選択して治療を行うというものです。2018年度から整備が開始され,中核病院と連携病院を併せ100施設程度が指定を受けることになるようです。

実際のところ,遺伝子解析にもとづく治療は既に実践されています。既にお話したハーセプチンの場合がそうです。添付文書の効能効果の項には,Her2過剰発現が確認された乳がん,Her2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃がんと記されていますので,治療を開始する前に Her2 発現の有無を調べる必要があります。

具体的には,がん組織中のHer2遺伝子を蛍光標識したDNA相補鎖を用いて検出するFISH法,あるいは,Her2 タンパク質を認識する抗体を用いて免疫染色を行うIHC法などが一般的に用いられています。また,現在開発中の抗がん剤については,対象患者を特定するための遺伝子変異を検出する手法の開発を,同時並行で進めることが,承認要件となっています。これをコンパニオン診断薬といいます。

荒田

それにしても,がんは途轍もなく多様なものだと思うのですが。

春山

その途方もない多様性の実態が遺伝子配列技術の進展によって明らかになってきています。直線的なクローンの進化を経て悪性度の高いクローナルな細胞集団としてがんが形成されるというモデルの見直しが必要になっています。

荒田

仮にがんを制圧,コントロールできたとして,次の相手は何者でしょうか?

春山

精神疾患,老齢に伴うアルツハイマー病の克服ではないかと考えています。自分が何者であるか,ゆくゆくは死するものであるという認識をすら失った場合,それは生きているということにはならないのではないでしょうか。

荒田

結局,生きるとは何かの永遠のテーマに行き着くことになりますね。

 

春山

黒澤明監督の映画「生きる」のことを思い出しました。志村喬演じる市役所の市民課長は胃の具合が悪く,医者に行くと胃潰瘍といわれますが,本当は胃がんであることを知ってしまいます。

この映画は1952年の封切りですが,当時は,そういう言い方をするのが普通だったのですね。のみならず,比較的最近まで,がんを告知することの是非については大激論があったと記憶しています。

この物語の主人公は,それまでの平々凡々たる無気力な生き方をかなぐり捨てて,最後の仕事として市民公園の設置に万難を排して,それこそ命がけで取り組みます。そして完成した公園のブランコに乗りながら「命短し,恋せよ乙女・・」とつぶやきながら息絶えるわけです。今や,還暦を過ぎた私には,泣ける場面です。

胃潰瘍と言われてから5ヶ月ということなので,末期がんだったのでしょう。ただ,市民課長の年齢設定は,確か50歳だったと記憶するのですが,今から見ると,相当におじいさんです。ちなみに,当時の男性の平均寿命は約55歳でした。

20世紀以降,生命諸科学の進歩に支えられて,治療法を全く変革してしまう革新的医薬品が生み出されてきました。私たちは,感染症を克服し,高血圧や脂質異常症などの循環代謝異常もかなり上手く制御できるようになりました。がん治療は,まだその域に達していませんが,今後,細胞治療などの医療技術が進歩していくと,早晩,がんでは人がめったに死なないという日がくるのではないかと思います。その時「生きる」という映画のメッセージ性は価値を失うのでしょうか。私は,そうは思いません。「よりよく生きるとはどういうことか」という命題は,ヒトが「死」というもの,すなわち,命は有限であるということを理解可能な存在であるかぎり,絶えず自らに問いかけ続ける命題であると考えるからです。

最近,オプジーボなど抗がん剤の価格問題が大きく取り上げられていますが,これからの細胞治療は,もっと高価格になるかもしれません。この問題を理解し解決を図るには,高薬価という切り口からだけでは不十分で,がん医療体制全体として,持続可能なシステムの最適化を図るという視点が必要です。

がんという病態の遺伝子変異の複雑さを考えると,固形がんの確実な治療法は,当面の間,切除可能な早期の段階に発見して,外科的に処置することであり続けることであろうと思います。そのためには,今以上に高感度に早期がんを検出することが可能で,患者さんの負担の少ない診断技術の開発が重要でしょう。また,がん患者さんが仕事を続けながら治療を受けることができる社会システムの整備も合わせて考えていく必要があります。その根底には,「皆が,よりよく生きるとはどういうことか」という問いかけがなければならないと思います。


荒田

大変お忙しいところ,このブログ作成のために貴重な時間を割いていただき,極めて有益な記事を作ることができました。心より感謝申し上げます。







by yojiarata | 2018-02-06 20:00 | Comments(0)
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