荒田 古事記は,8世紀はじめ,天武天皇の命令によって編纂が始められ,天明天皇の時代に完成したということですが,天武から天明の間,何年が経過し,何が変わったのでしょうか?
天武が「正しい歴史書を作れ」と命令した年代は,古事記の序文からは特定できません。天武朝は壬申の乱(672)以降,崩御(686)までなので,元明朝の712年に完成ならば,命令から25~40年程度です。
西條 勉:『古事記』神話の謎を解く ― かくされた裏面 (中公新書) を参照すると,次のようになります。
この間,日本語には宣命体(自立語は漢字の意味をそのまま利用,付属語を漢字の音で書く。字のサイズで自立・付属の区別をする)の定着という大変化がありました。ところが,古事記は宣命体以前の文字使いなので,天武時代にほぼそのあらましが出来上がっていたと推定されるようです。
となると私には疑問が生じます。稗田阿礼はどのような形で資料を覚えていたのか? 大和言葉で覚えていたなら,それを宣命体で記すことは,それほど困難ではないと思われます。でも,宣命体になっていないのはなぜか?
荒田 そもそも,太安万侶 というのは何者でしょうか。
安万呂は官人(従四位下)。墓が1979年に発見されました。墓からは墓誌と真珠が出土しています。五位以上は昇殿が許されるくらい偉いようです。
万葉集(巻16):このころの わが恋力 記し集め 功に申さば 五位の冠 (作者不詳)
にあるように,下級の官人には五位は遥かな“あこがれ”だったようです。なぜ安万呂が選ばれたのかは不明です。 古事記,日本書紀のオリジナルはあるのでしょうか?
古事記の原本は存在しません。最古の写本は南北朝時代のものです。日本書紀も原本はないようです。
荒田 現在印刷されているのは,何をもとにしているのでしょうか?
どの写本をもとにしたのかは,岩波文庫『古事記』の解説を見てもわかりません。校注者は「文庫版」のもととなった「日本古典文学大系」を見てほしいという態度です。
荒田 当時の天皇のイメージについて,わかることがありますか?
政治・祭祀において天皇はとても重要な役割を果たしていたらしい ・・・ というのが(要するに,よくわからない)が私の公式回答ですが,付け加えるなら,日常の天皇の生活はそれほど堅苦しいものではなかったと想像しています。
荒田 想像に至った例を挙げてください。
一つは,雄略紀のエピソードです。古事記には載っていません。
高官:天皇様によく似ておられる。お子様では? 雄略:そんなことはない。あれの母親とは一晩交わっただけだし。 高官:何回? 雄略:7回。 高官:はらみやすい人は褌(ふんどし?)に触れただけでも妊娠します。7回なら十分です。
たとえ史実でなくても,天皇の生活の一面を示しているように感じます(とくに,実子と認めていない子が庭を横切るあたり)。雄略は記紀(特に書紀)において,卑怯・謀略・暴力が強調されるが,こうしたエピソードを挟むことでネガティブな面を中和しようとしたのでしょうか。 万葉集:持統天皇と老官女の歌のやり取り 否といへど 強ふる 志斐のが しひがたり この頃聞かずて 朕(あれ)恋ひにけり (巻3 持統天皇)
否といへど 語れ語れと 詔(の)らせこそ 志斐いは 奏(まお)せ 強いがたりといふ (巻3 志斐媼) 大津皇子事件への関与が取りざたされる持統ですが,同時に,こうした“ほのぼの系の歌”を老官女とやり取りしています。
神話,伝説,歌謡などには,何らかの哲学,意図があったのでしょうか?
以下,西城勉「古事記神話」の謎を解く(中公新書)からの受け売りです。
要するに,「天武朝に至り,国号が「倭」から「日本」(日のいずるところに近い)に改まる。これとリンクして,皇室の起源を太陽神(アマテラス)に求めようとし,従来の伝承されてきた神話を組み替え,古事記神話を成立させた。」というのが西城氏の見解のようです。 その一つの例として,著者はスクナヒコナを挙げています:
出雲風土記では大黒さまとスクナヒコナはペアになって国造りを行っています。万葉集でも「オオナムチ(大黒)・スクナヒコナの神代より・・・」としてペアで登場します。これは従来の伝承を反映したものでしょう。
日本書紀との関係について,わかっていることはありますか?
偉い学者が色々議論しているようですが,はっきりしたことは誰にもわかっていないのでは・・・この問題は難しすぎます。
黄泉の国をイザナミが探訪する件ですが:外国バージョンがあるように記憶しています。
似た話を題材にしたオペラをラジオで聞いたことがあります。従来の私の知識はこの程度でしたが,新たに調べたところ,ギリシャ神話のオルフェウスとその妻エウリュディケの話があるようです。
荒田 古事記の名場面をいくつか挙げていただけませんか。
ヤマトタケルの西征:東征は有名で,「やまとは くにの まほろば・・・」など,悲劇のヒーロー的な物語(この話も好き)ですが,これに先立つ征西はインパクトの強い話です。
ヤマトタケル(小碓命)は景行天皇の息子。兄がいました。最近,兄が天皇との食事会に顔を見せないため,天皇は小碓命を通じ出席を促します。しかし,5日たっても兄は顔を見せないので,天皇は小碓命に事情を問いただしたところ,「言っても聞かないので殺しました」と平然としている。小碓命の猛る心を知った天皇は彼に征西を命じます。 最初の相手は,熊襲猛(クマソタケル)の兄弟。小碓命は女装して彼らの大宴会に潜り込み,兄弟に気に入られる。宴もたけなわのころ,小碓命は兄を剣で一突き,さらに,逃げ出した弟を追いかけ尻から剣を突き刺す。弟は「剣を動かすのを少し待ってくれ・・・言うことがある・・・俺たち兄弟より強い男がいるのを初めて知った・・・これからお前はヤマトタケルと名乗るがよい・・・」 この言葉が終わるや否や,小碓命は剣を進め,瓜を切るように弟の体を両断したというのです。
次の相手は出雲建。まずは友達になります。ある時,小碓命は竹光を用意し,出雲建と河での水浴びに出かける。水から上がり,「友情の印だ,剣を取り換えよう」。交換したのち,直ちに出雲建に切りかかり殺害に成功しました。
東征のストーリーと異なり,ここではヤマトタケルの残忍さ・卑怯さが描かれています。そしてこの後,話は東征の「美しい話」に繋がってゆきます。この話の作者(編者)はどのような意図があって,異質の話を並べたのか,不思議だなあと思います。
雄さん「どこのおばあさん?どんな用件で面会?」。 老婆「かくかくしかじかの事情があり,お目通りを願った次第です」。 雄さん「ああ,すっかり忘れていた。ここまで私だけを想っていてくれて本当にありがとう」。 そして雄さんは「一晩共寝をしよう」と一度は決意するのですが,「でも,やっぱりちょっとね・・・」という感じで,代わりに歌を賜う:「(意訳)・・・ 若い時分に寝ればよかった。年を取ったな」。 老婆は感激の涙を流し,歌を返す。
御諸(みもろ) に つくや玉垣 つき余し 誰(た)にかも依(よ)らむ 神の宮人 日下江(くさかえ)の 入り江の蓮(はちす) 花蓮(はなはちす) 身の盛り人 羨(とも)しきろかも
天孫降臨ののち,カムヤマトイハレビコ(のちの神武天皇)が皇位につくまでの間の話です。 地上に降ったニニギノミコトの子供が山幸と海幸。山幸は猟師,海幸は漁業に従事。ある時二人は生業を交換し,山幸は海に出かけるが,海幸の大事にしている釣り針をなくしてしまう。海幸に謝ったが許してくれず,新品を調達しても受け取ってもらえない。仕方なく山幸は本物を探しに海に漕ぎ出すが,結界を超え海底国に至る。そして,この国の姫である豊玉姫に出会い,好い仲となり,海の宮殿で夢のような時を過ごす。
三年ののち,山幸は本来の仕事を思い出す。そして,鯛の喉から海幸の釣り針を見つけ出し,地上に戻る。一方,豊玉姫は妊娠に気づき,「天の神の御子はやはり陸上で出産しないと・・・」と,山幸に再会する。そして,海辺の小屋で出産しようとするが,産屋の完成半ばにして産気づく。姫は山幸に「見ないでね!」と念を押しつつ小屋に入る・・・しかし,(お約束のパターンだけれども)山幸は小屋の隙間からのぞき見をしてしまう。すると・・・姫は巨大な魚の姿になって,くねりくねりと,のたうち回っている。山幸は仰天するが,姫は無事,ウガヤフキアエズノミコトを出産。姫は正体を知られたことを恥じて海の国に戻るが,その妹(玉依姫)をウガヤ・・・の養育係として地上に送る。そして,ウガヤ・・・と玉依姫の間に生まれたのが神武天皇である。
私の授業(海洋環境学)の初回では,「日本人は海と縁が深い」ことの例としてこの話をとりあげ,皇室の祖先は半魚人だという話をしています。もちろん私自身,皇室に強い尊崇の念を持っていることを断りながら。 (荒田注 中村泰男君は,国立環境研究所を経て,現在 中央大学 理工学部兼任講師)
大黒さまは出雲の国で80人の兄さんたちと暮らしていました。ある時,兄さんたちは,因幡の国の八上媛(やがみひめ)の噂を聞き,我こそは!と集団で妻問いの旅に出かけました。ドンくさい大黒さまは兄さんたちの荷物運びです。道中,「因幡の素兎(しろうさぎ)」事件に遭遇しながら媛の館に到着すると・・・媛は意外な言葉を口にします。「わたし,(ドンくさいけど誠実な)大黒様と一緒になりたいです。ほかのお方はノーサンキュー」。あまりの言葉に兄たちは嫉妬し,一計を案じて大黒様をある山のふもとに連れ出します。そして,「この山には赤い大きな猪がいるそうな。俺達が上から下に追いやるから,おまえは待ち受けて捕まえろ。そうしないとひどい眼にあわせるぞ」。そして・・・猪の代わりに真っ赤に焼けた大石を山の上から転がしました。そうとは知らぬ大黒さまは必死に石を受け止めましたが,焼け焦げて死んでしまいました。この間の事情を知った天の上の神様はハマグリ姫と赤貝姫を地上に下し,介抱にあたらせました。すると大黒さまは息を吹き返しました。さらに,二人の姫が,ハマグリのおものちしる(=ハマグリの汁:岩波文庫)に赤貝の乾燥粉末を練りこみ,これをお顔にパックすると,ブサイくん変じてイケメン野郎になりました。そして大黒さまと八上媛はめでたく結ばれました。
古事記と日本書紀の関連についてですが,両方とも歴史書のようであり,こぼれ話集のようでもありますね?
記と紀の関連については私には具体的なイメージが湧きません。また、記紀が単なる「こぼれ話集」でない事は確実と思います。「歴史書=歴史を忠実になぞった」という風に定義するなら記紀は歴史書でもないと思います。つまり、「明確な方針のもと、歴史を一つの流れに乗せる(アマテラス→皇室祖先の正当化。天武王朝の正当性主張など)」という点が前述の西城をはじめ、いろいろの人の主張だと思います。ただし、細かい文献は知りません。
本居宣長の大著『古事記伝』は,どこが,なぜ重要なのでしょうか?
ウィキペディア情報です。それまで古事記は「書紀理解のための副読本」という位置づけだったのを、宣長が(どういう風にかは知りませんが)とても重要であることを主張し,それが周囲に受け入れられたようです。 ちなみに宣長は医者だったのです。しかも,名ばかりの医者でなく,死ぬ直前まで診療にあたっていたそうです。凄い方だったようです。
その後,小林秀雄など,タケノコのように,戦線に参入しましたね。単に,「めし」のためか,名前を売るためか?
高校2,3年のころ,国語の授業で彼の(もしかすると加藤周一だったかも)評論(日本庭園)が取り上げられていました。これを右隣の友人が「偉そうに ・・・(上から目線の嫌な奴)」とつぶやき,私はそれに激しく同意したことを覚えています。したがって,「知的巨人」である小林・加藤の作品を自発的に読んだことはありません。彼らに加え吉田秀和 ・・・ あまりお付き合いしたくないタイプですね。ただ,秀和氏は長年,NHK FMの長寿クラシック番組の解説をしていましたが,晩年は「枯れて」きて,聞いていて面白かったです。
荒田 実は,小生も,吉田秀和の番組をよく聴いていました。喋り方が,気障な感じで
のような調子でした。 この時のピアノが,当時,“音楽評論家”に袋叩きに合っていたグレン・グールドだったのです。ほかの“偉い評論家”に迎合しないところが気に入りました。グレン・グールドのCDを買い集め,バッハ・マニアになった過去があります。その後,色々CDを入手しましたが,最も気に入っているピアニストは,「平均律クラビア曲集」などが今でも聴けるスイス出身のエドウィン・フィシャー(1886-1960)です。バッハの管弦楽曲は聴きません。悪いけど,少々煩いので。
中村 おまけ:おものちしる
ハマグリは時として砂から顔を出し,海水中に無色透明な粘液状物質(ネバ:内田恵太郎博士の命名)を発射する(図1, 2)。ネバは貝本体とゆるく繋がっており,これを水の中に展開し,潮の流れをうけとめることで,本体は干潟の上をずるずると移動する。ネバの発射は古くから知られた現象らしい。江戸時代の画家・鳥山石燕は,史記の記述:「海辺の蜃が吐き出す気(透明でもわっとしたエネルギー溢れるもの)の中に,ゆらめく楼閣が現れる」(蜃気楼の語源)に基づき,巨大なハマグリ(蜃)がネバ(気)を発射し,その中に楼閣が浮かび上がるという絵を描いている(図 3;百鬼夜行集 ウィキペディア)。そして,このネバの粘性や「うるうる感」は大黒様のお肌のパックに最適のように思われるので,「おものちしる」の正体はネバそのものであると私は信じている。ちなみにカタツムリ(巻貝)が出すネバ状物質には美肌効果があると言われており,ネバを加えた美肌化粧品が韓国では売られているという。
![]() 図1 ![]() 図2 ![]() 図3
by yojiarata
| 2018-01-28 22:18
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