リハビリ教室 と エスペラント


ご隠居さん 今日の話題は何でしょうか。


前に何度か書いたけど,小生,週に2回,高齢者のためのリハビリ教室で体操などで体の筋肉などをほぐしています。

何年か前,ここに通い始めてすぐに気が付いたんだけど,こちらのビルの前を走っている早稲田通りのちょうど反対側に,懐かしいものを見たんだ。

君は,エスペラント のことをご存じ?

ご存じない。そうでしょうね。関心をもつ日本人は,1万人に1人もいないのではないでしょうか。

しかし,私にとっては,忘れようとしても忘れられない60年近くも前の出来事につながるんだよ。

エスペラントは,どこの国の人でも理解できる世界の共通語エスペラントを作ってその普及を夢見たポーランドのザメンホフの大変な労作です。ポーランドは,コペルニクス,カント,ショパン,キュリー夫人,ローザ・ルクセンブルグなど偉大な業績を残した人々を輩出しているよね。

言語学者であり,眼科医でもあったザメンホフ(1859-1917)は,ロシア帝政下のポーランドのユダヤ人居住区に生まれました。民族差別の最中に成長し,15歳の時に,のちにエスペラントとよばれることになる“国際語”の創造へと目をむけていたと言い伝えられているいるんだ。

詳しいことは,このブログに書いた記事
「円滑なコミュニケーションのために 第5話」

円滑なコミュニケーションのために 第1話-第5話
2012年1月25日


ザメンホフの夢 
2013年6月8日


日本エスペラント会館が,目の真ん前にあったんだよ。リハビリ体操をすっかり忘れて大興奮だったよ。

ウェブによると,

 創立者 小坂狷二

 団体種類 一般財団法人

 創立 1926年7月2日

 所在地 東京都新宿区早稲田町12-3


せっかくの機会だから,リハビリ教室の窓越しの撮った写真を載せておきます。


君にとっては,どうでもいいことかもしれないけど,人にはそれぞれ ”わが青春 ”の思い出というものがあるでしょう。

不肖・荒田洋治にとっては,エスペラントこそ,その一つなんだよ。

私の父親は,エスペラントに夢中になり,毎週1回,学生など10数人を集めて会をやっていたよ。始めから終わりまで,延々2-3時間,エスペラントだけでね。

ついには,エスペラント協会の岡山支部長に収まって悦に入っていたよ。

父は,医者を生業としていたから,ドイツ語は得意だっただけど,英語はむろんのこと,いくつかの言語にも興味を持っていたんだ。それを見ていて,私自身も,語学,特に英語の勉強に熱を入れることになったんだ。

私がこんなことを書いているのは,何事も,夢中になって,長年粘り強く続けることがなければ,物事は成就しないということだね。

最近はやりの英語だってそうです。

興味があれば,ザメンホフの夢をじっくり読んでください。




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おしまいです







by yojiarata | 2017-11-11 22:20 | Comments(1)
Commented at 2017-12-26 23:33 x
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