ブログ瓦版 創刊号・1701



ご隠居さん 題を見たところ,またまたヘンテコなことを始めるようだけど,ご隠居さん かおかたち は,見たところいつもと変わりありませんね。

 何の変りもありませんよ。あるはずないじゃないの!

分かりましたよ。怒らないください。

ところで,毎日,何しているの。

 超後期高齢者の私は毎日が日曜日です。

そのことは,これまで何度も何度も聞いていますよ。

 そうだったね。

それで,・・・・・

 近くの古道具屋さんで手に入れた安楽椅子(3千円,消費税込み,運搬費込み)にぼんやり座っています。快適だよ。大変なお買い得だったね。

足腰が完全崩壊したため,外出が事実上不可能だからね。幸いにして,頭のほうは,今のところOK(?)のようだから,こうしてブログを書いているんだ。

外出は,週2回のリハビリ教室(区の援助によって運営,自動車に相乗りで運んでもらえます),あとは病院に行くとき。タクシーで,身体障害者の割引があります。

この年になると,病院に通う頻度も種類も半端じゃないよ。これまでに,小児科と婦人科以外はすべて受診しました。



***




快適な3千円の安楽椅子に座ってぼんやり過ごしているうちに,頭に浮かんだ ”由無し事" を,短い読み切りものとして書き残すのはどうかなと考えたわけです。2,3行のメモなども,該当するよ。2,3行では,普通のブログの形式にならないからね。

名前を付けておかないとあとで困るから,今回の創刊号には,「ブログ瓦版・1701」のように,発行年と番号を付けておくことにしました。

今回は創刊号だから,それぞれの記事は短くないけど,次号からは短いものを並べたものになる予定です。




記憶の濃淡 仁志敏久と日本シリーズ 

人間の記憶というものは,興味深いよ。一つのエピソードをとってみると,エピソード全体を覚えているかどうかとは別に,部分的にはっきりしていることもあれば,そうでないこともあるよ。

仁志選手と日本シリーズの関りが,私にとってはひとつの例です。

以前,ブログに私がケーブルテレビを観ていると書いたよね。私が加入しているケーブルテレビには,元ジャイアンツの仁志選手が,解説者として登場します。

そこで,記憶の濃淡の話:

昔の日本シリーズ

ジャイアンツとパリーグのどこかのチーム

まだ,シリーズが決まる前の試合

相手の走者がサードにいて,ホームを窺う

難しいセカンドゴロが飛ぶ

このゴロをさばいたセカンドが,バックホームして走者をアウトにする

敵ながら見事なプレー

あっぱれと認めざるを得なかった


この時のセカンドが仁志選手だったんだ。結局,日本シリーズを制したのはジャイアンツだった。そして,この年の日本シリーズの結果につながったプレーを一つだけ選ぶとすれば,仁志選手のこのプレーだったと,今も残念の思い出します。


ネットで調べれば,詳細は簡単にわかるだろうけど,やめておきます。
 



新聞記事の作成方法

2017年10月12日 東京 夕刊 2総合に次のような大きな見出しで始まる記事が載っています。

村上文学,「本能的で即興演奏のよう」 イシグロ氏,母校で講演

この見出しだけ読むと,講演で実際にそのような話をされたように思って,身を乗り出す人もいるはずです。

しかし,この記事全体を読んでみると,次のように書かれています。


【 会場からの質問に答える形で,村上春樹さんにも言及。「本能的で即興演奏のようだが、重要なことを伝えようとする明確な意図がある」と村上文学の魅力を語った。】


新聞の見出しの作り方を見ていると,例えば,戦争中の新聞記事の作り方を思い出すよ。




運動選手と声

女子選手の体調を正常に保つには,どうしたらよいかが,大きな問題になっています。

女子選手だけでなく男子選手も何か問題があるのではないかと最近思うことがあります。私がそう考えたのは,選手の声を聞いてからのことです。

インタビューに答える選手の声が,変声期前の声なのに驚いた次第です。男性ホルモンの分泌が影響されているのではないかと気になります。




歴史と声

最近は,歴史の番組をよく観るよ。とくに,NHKの「BSプレミアム」で,『英雄たちの選択』が毎週木曜日の午後8時から9時まで放映されています。資料を丹念に集めて制作された番組です。

歴史についていろいろ勉強になるんだけど,残念ながら昔のことなので,登場人物の「姿かたち」などはわからないよ。当然といえば当然だね。徳川家康といえば,ボテッと太ったあの肖像がどこの本にも載っているでしょう。いわんや,声。全くお手上げです。

百年,千年のうちには,動きながら喋っている「家康」を見る日が来るんだろうか。やっぱり,過去は過去だから,しょうがないか。


***



こんなことを書きだしたのには,わけがあります。

どこかで,オランダ人宣教師のルイス・フロイス(1532-1597)が,織田信長は,キーキー声だと言ったとか,言わないとか書いたものを読んだことがあるんだ。

もしそうだとすれば,唯一無二の記録になるよ,と思ったわけです。

フロイスは,織田信長や豊臣秀吉らと親しかったらしく,戦国時代研究の貴重な資料となる『日本史』を著したことでも知られているんだ。だけど,この『日本史』そのものの信憑性にも疑問を持っている人のいると聞きました。

歴史家も大変だね。

声といえば,北の坊やの声は,一度も聞いたことがないんだけど,君はどう? 演説する姿はいつも見るよね。

余談だけど,松本清張の初期の作品に,「声」という題の短編があるよ。何人もの声を聴き分けて記憶できる ” 電話交換手 ” が巻き込まれる事件を題材とした作品です。


フロイスについて書いておきたいことがあります。

フロイスはその著『日欧文化比較』(『大航海時代叢書 第1期,第XI巻p.629)に,

【 ヨーロッパでは言葉の明瞭であることを求め,曖昧な言葉は避ける。日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で,もっとも重んぜられている 】

と書いています。

このコメントは,すごいね。今に続く日本の本質を400年以上も前に見抜いているよ。

選挙も近いことだし,われら日本国民全員が,念頭に置くべき重要な点だね。どこかの能天気な大臣の先生に,どう思うか聞いてみたいね。



読み切り








by yojiarata | 2017-10-18 01:05 | Comments(0)
<< ブログ瓦版 1702 核シェルター 1971年1月 ... >>