創薬・新版(2016) 日本の現状と将来 巻の2




がんの超早期診断法




平岡

近年のがんによる死亡率の上昇に伴い中年層にも広がりつつあるがん死を,国家問題として取り組んでゆかなければなりません。がんの治療法の進歩はそれなりに評価されてはいるのですが,幼い子供を残しての親のがんによる死亡などは限りなくゼロに近づけるべく最大限の努力を続けるべきです。

そこで,がんの早期診断法の頭に「超」がついた超早期診断法について考察してみたいと思います。

当然ながら「超早期」という接頭語がついたとしても条件として,簡便,安価,迅速,正確,安全などの諸条件を満たさなければなりません。最近一番話題となったのは,新聞(平成27年4月)にも大きく掲載された「早期がん,線虫が尿使いかぎ分け」の記事です。

週刊誌も追随してより詳しく報道しているようですが「腫瘍マーカーより高精度で費用も数百円の見通し」「大学と企業が組み実用化研究が進行中」と公表されています。現在,実用化のためのベンチャー企業がすでに設立され,平成28年3月から活動を開始しており,3年後の実用化をめざすとのことです。

私見としては目的のがん患者の尿の匂い物質を同定し(1種類でない可能性もある),線虫などは使用せずに近代的分析機器で高速,確実性のある診断方法をとる方がベターではないかと考えています。

やはりがん早期診断のサンプルとしては全種類のがんを予測するのであれば,血液,尿,唾液,呼気等の利用などに限られると思います。

1回の採血でがん13種類を見つける検査技術の開発に着手すると新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と国立がん研究センターが発表(2014年8月)して約 2年 強が経過しました。

2018年度を目指して研究が進行中であるとのことですが調べるのは血液に含まれる細胞が出すマイクロカプセル「エクソソーム」中の「マイクロ RNA」でヒトには2500種類以上あることが知られているとのことです。


荒田

上で述べられた点を少し詳しく説明いただけないでしょうか。


平岡

エキソソームは生体内の細胞から分泌される30-200nm の膜小胞で,血液,尿,羊水,腹水中に存在します。エキソソームは DNA,RNA,脂質,タンパク質を含み,細胞から分泌されて目的の細胞へ運ばれ,細胞間や組織へのシグナル伝達の役割を担っていると考えられています。

このマイクロRNAの配列解析でがんの早期診断をしようと,NEDOと国立ガン研究センターが研究をしているのです。




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これまでの腫瘍マーカーはがんがある程度進行しないと検出できなかったのですが,マイクロ RNAはがん細胞が初期で小さい状態でも分泌されるため早い段階でみつけられる可能性があるとされているのです。さらに乳がん,すい臓がん,大腸がんなどでは特有のマイクロ RNA の候補がわかりつつあるようです。

さらに血液中のごく微量の circulating tumor DNA(ct DNA)分析を行えば,初期のがん治療方針の手引きになる可能性があるとの論文 Nature, Vol.511, p 524 (31,July 2014) もあり,今後の進展が期待されています。

異なった立場でのがんの超早期発見法としては,「がん関連物質のヌクレオソーム解析技術」があります。実用化に向けて動きはじめている方法である。「血液1滴3分で超早期発見」,また良性では反応せずに悪性の腫瘍だけを識別できると言われているのも大きな特徴です。

さらに,2011年から展開されている味の素が開発した「アミノインデックス・がんリスクスクリーニング」は,血液中のアミノ酸濃度の変化をマーカーとした新しい方法でリスクを評価する新しい方法です。

以上,最近のがん「超早期発見方法」についてその概略をまとめましたが,これからの進歩に大いに期待したいと思います。



日本の科学行政と創薬



平岡

表題は簡単ですが,この点を論ずるには,知識,知恵,教養,洞察力,蛮勇などが必要です。私自身がこの能力を有しているかには大きな疑問があるのですが,チャレンジしてみたいと思います。


あとで,荒田さんのお考えも伺いたいと思います。


少し古くなって恐縮ですが,私のいずれ読むべき(買うべき)本のメモの中に「榎木英介著: 嘘と絶望の生命科学」と「五島綾子著:<科学ブーム>の構造」が存在しています。この2冊の本を紹介している平成26年9月14日の朝日新聞の記事の切り抜きも残っています。実際,私はメモのことを失念し,この2冊を購入しないで終わっているのですが朝日新聞の紹介記事の見出しは「今や日本の科学は金もうけに堕した」となっていた記憶があります。

日本の「科学行政」といっても文科省の政策,考え方が国民一般に行き渡っている訳ではありません。さらに文科省は税金から大学等の教育機関へお金をくばる役所であって,その哲学とか考え方を詳しく議論するのはむずかしいと思います。

一方,創薬は莫大なお金と想像力,知恵,学問力を必要とするのですが,文科省とは関係が薄く,薬の許認可権を有する厚労省と深い関係にあります。

また,世界的にみて真の大型新薬を開発できる国は米,英,独,仏,スイス,日本の6ヵ国しかなく地球上では特殊は部落を形成しているのが現実です。この点については,前回のブログ 【 創薬 日本の現状と将来 Ⅰ ー VI 】 に詳しく書きましたので,読み返して下さい。


薬は生活と生命にとり重要な役割を果たしていますから,政府の規制が強大であっても表立っては,各国政府に向かって苦情を言い難い状況にあります。創薬研究は初期の発想,研究は自由であるはずのものですが,臨床研究の段階から,政府の規制でがんじがらめとなっているのです。

さらに初期のテーマ設定の時に,会社の場合,人類,患者の幸福も考えるが将来の売上高が大きいものを選ぶよう誘導する資本主義的原理も働きやすいのです。勿論,困っている難病患者用の薬の開発も遂行されてはいるのですが,患者数の少ない領域での新薬開発は困難とはいわないまでも,難事業で,行政からの強力な経済面でのサポートが必要です。

悪い表現を使えば ,創薬は政府の規制の中で踊っている囚人的ピエロ ともいえるのです。

数年以前より私は政府による大学教授への或る競争的研究資金支給プロジェクトの審査アドバイザーを務めてきました。時代の流れで創薬に関する研究も増加傾向にありますので,或る期間のみに限定されるとはいえ,大変な仕事量です。すなわち,支給に関する透明性維持に行政も深く配慮していると推察されます。

それ故,私は先程でてきた「今や日本の科学は金もうけに堕した」という表現には与したくありません。勿論この表現の使用者は大げさに強調姿勢を示したにすぎないでしょうが,元来,科学は神聖なものであり,その精神は不変です。少し以前の STAP 細胞事件のようなものもあるのですが,長期の視点でみれば,科学は文化の生みの親なのではないでしょうか。


荒田

私は,2010年,「日本の科学行政を問う 官僚と総合科学技術会議」(薬事日報社)を出版しました。充分時間をかけて取材をしましたので,良いものが出来たと自分では考えています。残念ながら,売れた形跡はなく,多くの人の目には留まっていないようです。

この項の平岡博士のコメントを読み,私は大変な共感を覚えました。創薬する側の平岡博士のご意見は,基礎科学を進めてきた私の意見と表と裏の関係にあり,両者をあわせて読めば,この項を書いた目的は極めてよく達成されていると考思います。



平岡さん:お忙しいところ,このブログのために時間を割いていただき,誠に有難うございました。




未完

by yojiarata | 2016-12-08 22:34
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