平岡 (4) がん治療の将来展望 これまでの私の説明で 「なぜ,がんの特効薬が出来ないのか」 については凡のご理解はいただけたと思います。 それでは,私達は今後どのように 「がん治療」 と向き合うべきかにつき議論してみたいと思います。 今までに述べてきたように,20世紀の半ば以降,「がんは複数の遺伝子に異常をきたした病気である」 ことが解明されてきました。それならば,がん治療として悪くなった遺伝子を除去し,必要部分に必要な合成遺伝子を新しく組み入れてやればよいのではないかと誰しも考えます。 しかしながら,これが簡単に正確に遂行できる方法が今までにはなかったのです。従来の遺伝子治療では,悪くなった遺伝子を取り換えるために,その塩基配列が健康な時と同じの DNA を合成してそれを細胞の核内に導入するか,またはウィルスを用いて導入するというものでした。 この導入希望遺伝子は塩基配列が似ている部分に相同組み換えという自然現象により,効率は悪いけれど交換置換されるのです。もちろん,導入希望部位にも少しは置換されますが,他の似た DNA 配列部分にも入り込み,効率が非常に悪く実用的に使えるという方法ではなかったのです。 それ故,今までの遺伝子治療は“運だのみ”の部分も大きかったのです。人間を対象とした遺伝子治療の歴史を簡単に記載してみますと, 1980年:未承認でのヒトへの遺伝子導入(アメリカ,クライン事件) 1990年:先天性免疫不全症(ADA欠損症)の遺伝子治療(アメリカ) (世界最初の遺伝子治療) 1991年:がんの遺伝子治療(アメリカ) 1995年:先天性免疫不全症(ADA欠損症)の日本最初の遺伝子治療 1999年:遺伝子治療による死亡事故(アメリカ,ゲルンジャー事件) などがあります。 いずれにしても,大きなポジティブな結果が得られず死亡事故が起きたため,遺伝子治療は大きな発展とはなっていなかったのです。 しかし,2013年に CRISPR/Cas9 (クリスパー・キャスナインと発音する)(clustered regularly interspaced short palindromic repeats) というゲノム編集を迅速かつ簡便に行える画期的技術が報告され[Science,339, 823 (2013)],またたく間に生物系科学者の間でとりあげられ話題となりました。 この方法は,目的とするDNA配列と相同的な短いRNA (目的DNA と簡単に対となる。それ故,ガイドRNAと言われる) (Cas9部分はDNAを切断する酵素) を設計するだけで容易に目的遺伝子のノックイン,ノックアウトができ,さらには点変異の導入も可能というものです。将来的には壊れて異常となったがん遺伝子の修理・修復にも大きく役立つものと期待されます。さらにこの方法の話題性を大きくしたのは,この方法を使用して中国の研究者がヒト受精卵の遺伝子改変を行ったとの論文を本年4月に発表したからです。世界中から問題提起が行われ倫理面での議論が学術雑誌でも行われています。さらにこの方法の有用性が大きいために日本でもマスコミにとりあげられ,本年7月30日の「NHK,クローズアップ現代」において,「ゲノム編集方法,遺伝子革命が病を治す,がんも糖尿病も!?」 というタイトルで放送されました。 さらに,本年8月30日の日本経済新聞の社説でも,【 拙速は避けたい「ゲノム編集」 】というタイトルのもとに議論が行われています。また,月間誌「選択」本年9月号108ページに 【 ここまできた「遺伝子ドーピング」 】なるタイトルで,「クリスパー・キャス9は迅速に目的とする遺伝子のDNA 配列を編集できる技術だ。ノーベル賞が確実視されるこの技術を使えば生殖細胞の遺伝子を編集し,トップアスリートが持つ遺伝子を,子孫の遺伝子に組み込むことが可能である。このままでは将来,オリンピックはスポーツではなく,遺伝子操作の技術力を競う場になる」などの過激な記載があり驚かされました。 これだけ騒がれる遺伝子編集技術のため,民間会社として研究者相手にこの CRISPR/Cas9 の研究用技術サービスを請け負う会社(ORIGENE),この技術を利用して治療を意図するベンチャー企業4社(Caribou Biosciences社, Editas Medicine社 , CRISPR Therapeutics社, Intellia Therapeutics社)が現れ,米国のFDAは数年以内にこの遺伝子治療技術試験に許可をだすものとの期待がかかっているとのことです。 いずれにしましても,このブログを読まれている方にも,私にも,この CRISPR/Cas9 によるがんの遺伝子治療の成功例の早期実現の報告が待たれます。しかし,現在ではヒトでの遺伝子治療にはものすごく大変な規制があり,日本でも厚生労働省の「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」の改訂版が本年10月1日より施行されており,CRISPR/Cas9 のヒトのがん治療での応用・実用化にはまだ相当の時間 (10年???) を要するものと思われます。 このブログの最後に私がふれたいのは,血液,尿,唾液,呼気などの超微量分析によるがんの簡便な早期発見方法の確立・実用化です。線虫ががん患者の尿に反応する現象が本年4月の新聞記事で紹介されていましたが,簡単に,早く,安く,確実に超早期にがんを発見する方法の現実化が望まれます。 荒田 巻の一から巻の三について,全体を要約するメッセージをお願いしたいと思います。 平岡 むすびの言葉 以上,3回にわたり「がん」の最近のトピックスに関して話題提供をしてきましたが,がんは 「社会のがん」,「会社組織内のがん」 の如き言葉が使用されるように悪者扱いとなっています。しかし 「がん」 は進化論的に考えると元々老化した細胞が消えてゆく過程で働くアポトーシス(apoptosis)(自殺遺伝子によるプログラムされた死)の異常とも言うことができます。 それ故,巻の一で述べた免疫細胞に関係する薬は今後も発展すると予想されます。 巻の二ではがん治療の特効薬は出来ない理由を「がつん」 と述べてしまいましたが,これはがん治療関係の薬が無意味という意味ではありませんので誤解の無いようお願いします。 巻の三の CRISPR/Cas9 によるがんの遺伝子治療は,最先端の話題で時間はかかるでしょうが今後の進展に大いに期待を持つことができます。とくに若年・中年層のがんによる死亡率の低下を祈念しつつ,このブログを終了させていただきます。 荒田 興味深い話題を解説いただき,有難うございました。
by yojiarata
| 2015-09-30 20:16
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