人気ブログランキング | 話題のタグを見る

宗教から 科学へと 変貌した がん免疫治療薬     巻の一





ご隠居さん 今日は,前回と打って変わって,がんの治療薬の話題ですね。

安保法が成立した後,彼の党の幹部の一人は,” いま騒いでいる連中は,すぐに忘れて,来年の参議院選挙では,間違いなく我が党に投票するよ”,と嘯いているそうだよ。

バカの連中のことを書いていると,こちらがバカ になるからね。


というわけで,今日は,平岡哲夫博士との対話を掲載します。


以前このブログに掲載した平岡博士との対談 記事 創薬 日本の現状と将来 は,多くの読者を得て,大変好評でした。



***



荒田

前のブログの冒頭に書きましたが,改めて,平岡博士の略歴を書いておきます。


平岡哲夫博士 1958年東京大学医学部薬学科卒業,三共株式会社において一貫して創薬の開発研究に携わり,研究所長,研究本部長,副社長を経て,2002年同社退社,同年より,三共有機合成株式会社社長,2006年同社退社,2008年THS 研究所・所長),薬学博士。


***




荒田


最初に,がんの治療薬について,その歴史を簡単にお話いただけませんか。


平岡



歴史的なこと


がん専門医は,免疫の観点からがんの治療を考えてきました。このような路線の研究には100年の歴史があります。しかし,がんの免疫治療は科学的な裏付けが少なく,有効性が証明されていない免疫関係療法が跋扈していました。現在でも,その名残が少なからず残っています。これらの状況は,かなり以前,がんの薬として広く世の中に知れわたっていた” 丸山ワクチン”,” クレスチン ” などの名前を聞けば理解いただけると思います。


これらの治療薬の隆盛は私個人にとっては,いまやメルヘンとしか言いようのないものでした。大げさに言えば,過去のがん免疫療法(薬)は,宗教に近く,「信ずる者は救われる」 という異常状態であったとも言えるのです。


がん免疫治療薬は過去に誤った名称を与えられて,「免疫増強剤(薬)」と言われていました。がん患者のほとんどは免疫が下がっていることが判明していたのでこのようによばれていたのですが,そもそも免疫は正常よりは上昇しないように体内調節がなされており,上がりすぎるとリュウマチなどの病気やアレルギー症状となるのです。ですから,がん免疫増強剤は正確に言えば誤りで,がん患者の下がっている免疫を正常にもどすがん免疫正常化剤(薬)と言わなくてはならないのです。そこで増強剤は改められて,がん免疫調節剤とよばれるようになったのです。



宗教から学問へ


2014年9月,小野薬品工業は免疫を担当するT細胞(免疫細胞)の表面上に存在する PD-1 受容体とがん細胞上に存在するPD-L1たんぱく質の結合を阻害する薬,オプジーボ(商品名)(一般名:ニボルマブ,抗体医薬)の発売を開始しました。この日が,日本では「がん免疫治療薬」が真に科学とよばれるのにふさわしい地位を獲得した記念すべき日といっても過言ではありません。


ここで,がん免疫薬が宗教から学問へと変貌をとげるきっかけとなったニボルマブ(オプジーボ・商品名)の開発の歴史について簡単に触れておきたいと思います。


1992年,京都大学の本庶佑 (ほんじょ・たすく)教授の研究グループが,T 細胞の表面に PD-1 とよばれるリセプターがあることを発見,続いて,1999年にこの分子が免疫のブレーキ役をしていることを解明しました。


本庶教授は,前任の早石修教授との関係で小野薬品とのつながりがあり,小野薬品がこのPD-1 リセプターとがん細胞表面上のPD-L1との結合を阻害する新しい制がん剤を開発することとなったのです。


このPD-1 と PD-L1 は,両方とも大きなたんぱく質であるため,その相互作用をする接触部分が大きく、経験的に低分子化合物でそれを阻害することはほとんど不可能と考えられていました。そこでこの場合にはたんぱく質と特異的に相互作用する能力を持つ抗体が適切と判断されたわけです。


小野薬品はプロスタグランジン関係の合成低分子医薬品開発では輝かしい経歴を持っていましたが,抗体医薬は経験のない分野だったのです。そこで当然,他社との共同研究開発が必要となり国内製薬メーカーに打診をしましたが13社全部から断られたとのことです。


理由は簡単で過去の歴史から学ぶと免疫療法の将来性は明るくないというものであり,当時の日本国内での免疫関係薬の評価は低かったのです。さらにこの当時、日本で抗体医薬を自社で開発・製造する能力を持っている会社は中外製薬と協和発酵キリンの2社しかなかったのです。


詳しい理由は長くなるので省略しますが,要するにポリクロナールではなく高分子であるモノクロナール抗体を動物細胞を使って大量に生産・精製するのには特殊なノウハウ,多額の資金,経験のある人材等が必要で合成低分子薬を得意としてきた普通の製薬会社ではすぐには扱えなかったのです(現在は事情が異なります)。


そこで小野薬品は提携相手として海外を指向し,米国のバイオベンチャー企業,メダレックス社と出会うこととなりました。この会社はがん免疫療法に深く取り組んでおり,小野薬品からのよびかけにすぐに応じました。こうして,2005年に小野薬品とメダレックス社の共同研究が開始されました。2008年,日本で固形がんを対象としたPhase-1試験開始となりましたが,多数のがん専門医は懐疑的でした。


しかし,2011年に米国のブリストルマイヤーズスクイブ (BMS社) がメダレックス社を買収し,日本の関係者を驚かせました。米国 BMS 社の将来への判断と,大金を投じる決断は日本の製薬企業には見られない大胆で正確なものでした。


ついで2012年に,BMSはオプジーボの臨床試験結果を公表し大きな注目を集めました。こうして,BMS ⇒メダレックス ⇒ 小野薬品の3社連合の成功物語が広く知られるようになり,同時にがん免疫療法薬としての地位を " まぼろし薬 " から " 凱旋薬 " へと上昇させたのです。本庶教授が PD-1 を発見してから20年以上が経過していました。


オプジーボ は現在,日本では悪性黒色腫のみに承認されているのですが,非小細胞肺がん,腎細胞がん,頭頸部がん,膠芽腫,胃がん,食道がん,乳がん,膵臓がん,大腸がん,等多くのがんにつき治験が進行中です。オプジーボの将来性はがん専門医ばかりでなく,経済界でも高く評価されているのが現状です。


なお,現在,がん治療に関しては,病状の中期以降の患者の治療の困難性を改善するため,複数のがん治療薬の併用療法が増加しつつあります。この PD-1関係薬も早くも併用療法を模索する試みが研究・開発レベルで進行しています。また米国メルク,スイスのロッシュなどがこのメカニズムを使用した免疫薬の開発を加速させており競争が激しくなることが予想されます。


平成27年9月24日の日本経済新聞によると,このPD-1の発見者の本庶佑名誉教授は,本年度(平成27年)のノーベル生理学・医学賞の有力候補者とのことです。


がん免疫薬ではありませんが日本では,がん免疫療法としてがん患者の血液を採取し,免疫関係の血球,細胞に科学的処理をほどこして元の患者に戻すという治療法が民間のクリニックでそこはかとなく行なわれています。理論的には正しくても,ごく少数の人にしか効果がないなど,クリニックにより療法の内容に大きな差があり,標準治療として認められていないのに加えて,健康保険もきかないなどの問題もあり推奨できるものではありません。


驚くのは最近,「5種複合免疫療法」 なるものが現れ,本も出版されています(倉持恒雄著, ディスカヴァー携書112,2013年10月15日発行)。内実はキラー T 細胞,NK 細胞,ガンマー・デルタT細胞,NKT 細胞,樹状細胞の5つを活性化,増数して患者にもどすというものです。皮肉として言えば、いままでの単独療法の効果が低いので苦し紛れに5種類を複合したとも言えます。がん治療薬の併用例の増加,免疫療法にも5種類の併用等が出現していることは,がん治療の困難性とがん治療薬の将来予測にヒントを与えていると考えられます。


なぜ,強力ながん特効薬はできないのか


以上,最新のごく限られたがんの免疫治療薬につき述べましたが,がん治療といえば何と言っても古くて新しい疑問 「なぜ,強力ながん特効薬はできないか」 というものです。続いて,巻の二では,この疑問に対する私見と抗がん剤の将来展望を述べることにします。




つづく

by yojiarata | 2015-09-30 20:25
<< TPP交渉   薬価 と 新薬開発 宗教から 科学へと 変貌した ... >>