サトウハチロー は 語る   歌 と アクセント



ご隠居さん 今度は何が始まるの。歌とアクセントだなんて。


*



今日は,休憩の記事でリラックスすることにしたんだ。


NHKのラジオ深夜便を聴くのが習慣のようになっているんだけど,この間,何かの歌が流れている時,ふと,サトウハチローのことを思い出したんだ。



こんなことを書きだしたのには,わけがあるのです。NHKラジオ深夜便で最近の歌を聴いていると,何を歌っているのか,歌詞が聞き取れないことがよくあるんだ。老化による聴力の劣化かなと思ったのですが,それもあるけど,どうもそれだけでもなさそうなのです。

偶々,最近の歌とは言えないんだけど,舟木一夫の「高校3年生」が流れてきました。ハチローさんのことを思い出したのは,この歌を聴いたせいです。


***



 赤い夕陽が,校舎を染めて ・・・・・

と始まるでしょう。ところが,


校舎 が, ・・⤴ のように,“尻上り” で歌われているのが気になり始めたんだ。そのため,校舎 が,公社 ではなく,紅茶 に聞こえるんだよ。


気になったので,他の“現代曲” を聴いてみました。例えば,中島みゆき。アクセントが目茶目茶ですよ。


私でも何度も聴いたことのある 

♪ ・・・・・ 

こんな時代もあったねと

いつか話せる日がくるは




時代 と歌っているつもりらしいんだけど, ・⤴⤵ のようににしか聞こえないんだ。

アクセント的には,地代 となってほしいんだけどね。


この調子で,猛スピードで歌われたら,完全にお手上げです。


私は,屁理屈をつけて,無理難題を持ち出しているんじゃないのです。


日本語を母国語とする日本人なら,聴いただけで想像がつくように耳が出来上がっているんだ。しかし,日本語を勉強している外国人だったらどうでしょうか。逆の立場に立ってみると,よくわかるよ。私は,長い間,英語の勉強を一種の趣味として過ごしてきた英語少年なんだけど,現在に至るも,歌の歌詞,固有名詞の聞き取りは,大変な困難を感じています。


*



中学生,高校生の頃,我が家の楽しみは,ラジオを聴くことでした。当時は,NHKの放送があるだけ。その中に,サトウハチローと野上彰 (詩人,1909-1967),もうお一人(お名前,失念)の対談が面白くて,熱心に聞いた記憶があります。どんな内容の対談だったか,忘れてしまいましたが,今でもよく覚えているのが,歌とアクセントについての話でした。


サトウハチローが,” 歌にもアクセントというものがある。曲を作る場合には,歌の中のことばが,日常の会話と同じでなくてはならない”,という意味のことを言っておられたように記憶しています。


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サトウハチロー

1903年(明治36年) - 1973年(昭和48年)




ちなみに,ウェブをみると,次のように書かれています。


第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)4月,サトウハチローは,藤田圭雄,野上彰,菊田一夫らによびかけ,サトウハチロー宅の書庫に集い,木曜会 もくようかい の名のもとに,日本文化について論じあう詩や童謡の勉強会を開くことを提案した。

会の名称は,当初,会合のひらかれたのが木曜日であったことに由来する。木曜会は,ハチローさん亡きあとも,現在に至るまで,詩や童謡における新人養成に大きな役割を果たしてきた。



*



戦争終結直後,私は中学に入ったばかりでした。ハチローさんが詩を書いた りんごの唄(作曲,万城目 正,1946年,並木路子) ほど,空襲で焼け野原となって茫然自失の日本人の心に沁み込んでいってものはないよ。みんな勇気づけられ,気持ちが穏やかになりました。その意味では,ハチローさんは,日本の戦後復興の最高殊勲選手です。






「サトウハチローの生涯」 につづく

by yojiarata | 2015-05-17 22:34 | Comments(0)
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