ご隠居さん 今回はどんな内容の話になるんでしょうか。 私は,かねてから,1000年も前の奈良,平安朝時代,真っ暗闇の夜,庶民はどうしていたのか,どんなところで寝起きしていたのか,一握りの金持ちの貴族の連中とどう共存していたのか,万葉の歌を詠ったり,万葉の歌に詠われたりしたのは,どんな人々だったのかなどについて,できるだけ広い視点に立って教えてくれる人はいないか,あるいは著作は出版されていないかについて,突然思い出したり,忘れたりしていたんだ。 あるとき,例によって,椅子に座ってボンヤリしている時,中村泰男君(元・国立環境研究所 ) のことをふと思い出したんだ。” そうだ,中村君に話を聞くのが一番だ ” と思ったね。 私の50年来の友である中村泰男君は,理系の専攻(理学博士)で,海洋生物の生き様を研究しています。 中村君と私は,共に,熱烈な野球少年。野球のことなら,瞬時にはなしが通じます。中村君のことを,私が尊敬しているもう一つのわけは,彼の古典への造詣の深さです。中村君は,日本の古典を,趣味として読んでいるんだけど,その読みかたが,文学の専門家とは全く違うんだ。当然といえば,当然なんだけど。 古典に限らず,ものごとを人に説明する時,易しいことを難しく説明する人もいれば,難しいことを易しく説明する人がいます。これから,私が中村君にするような質問に,文学の専門家なら,難しく説明するのに,中村君の説明は,大変,平易なんだよ。これは,理科系のセンスが,生かされているためだと思うよ。 そこで,私がかねがね疑問に思っていたことを中村君に質問し,中村君がそれに答えるという形式で話が進むブログを書くことにしたんだ。 全4巻からなるこのブログに総括的なタイトルを付けるとしたら,【問答集 中村泰男に聞く】 [主演・中村泰男,プロデュサー・荒田洋治]と言ったところでしょうか。なお,巻の五は,オマケです。最近の私の疑問を短く書きました。 荒田 繁田信一 『庶民たちの平安京』 (角川選書,平成20年,19-20ページ) には, 【 現時点で公表されている妥当な推計では,わが国の王朝時代における総人口は,六百万人ほどであったらしいが,その六十分の一から三十分の一にあたる十万人から二十万というのが,当時の平安京に暮らしていた人々の数であるらしい。そして,当然のことながら,十万人から二十万人ほどと推定される王朝時代の都の住人たちの大半は,貴族層に属する人々ではなく,庶民層に属する人々であったろう。従って,王朝時代の平安京には,数万人から十数万人ほどの庶民たちが暮らしていたことになるだろうか。】 と書かれています。 ネットをみると,これまでに多くの人々が,遥か昔の人口などのデータを推計するのに,尽力しています。一つの学問分野になっているとの印象を受けました。 平安時代の貴族なんて,大きな顔をして威張っているように庶民には見えたに違いないと想像するのですが,どんな所に住んでいたのでしょうか。 清少納言なんて,冷たく,庶民には好感を持たれていなかったのではありませんか。これらの連中の身辺はどのように警護されていたのでしょうか。 繁田信一の著書 (16-17ページ,出典の記載なし) には,庶民たちの怒りが次のように描かれています。 【 ・・・・・ そして,この目立ちたがり屋に率いられていた庶民たちは,天皇の住まいである内裏において,それも,天皇の権威を高めるための年中行事が催されている最中の内裏において,ずいぶんな乱暴を働いたのであった。まっしぐらに殿上の間に踏み込んだ彼らは,その場にあった,その場にあった家具の類を次々と破壊した上に,そこに用意されていた宴会用の料理を貪り食い,かつ,その料理が盛られていた高価な食器を一つ残らず持ち去ったというのである。 この事件は,後一条天皇の権威を高めるために,寛仁元年の十一月二十二に行われた豊明節会の際に起こった。 ・・・・・ これは,当然,後一条天皇にとって,そして,当時の貴族たちにとって,このうえもなく不面目なことであったろう。】 (荒田追記 後一条天皇は 平安中期 の 68代天皇 (1008-1036; 在位 1016-1036) 当時の人口から言って,面積当たりの存在確率は,大変低かったはずです。夜,真っ暗闇の中で,人々は細々と蠢いていたのではないかと想像するのですが,実態はどうなのでしょうか。ストーカーなんて,やろうと思えば,好き勝手なことができたのではありませんか。 人間の本能を司る司令塔は,脳の最も深い部分に鎮座しています。この部分は,時代が変わっても変化することはありません。つまり,人間の本能の有様は,今も,昔も,全く変わりません。人間も,類猿人も,諸々の動物も。この司令塔によってコントロールされる本能は,種の保存のために必須ですから。 回りくどい言い方をしました。つまり,婦人を ” 求めて ” 彷徨っている輩(今でいうストーカー)も大勢いたんじゃありませんか。 夜中は真っ暗,後ろから襲い,抵抗されると,懐にのんでいた短剣で, なんてことはなかったのでしょうか。 中村 当然あったと思います。書紀だったか続日本紀の時代(奈良時代)には,「獣姦禁止令」が何度か出されたくらいですから,「たまってる」人が襲うこともあったでしょう。また,万葉の時代,人妻と寝るのはタブーとされていたようですが,巻12や巻14の歌をみると,夜這いは,結構広く行われていたと思われます。 今昔物語には,男が,旅先で,突如本能のおもむくまま,畑の大根に穴をあけて挿入し,この大根を食べたその家の娘が妊娠するという話があります。 池上洵一編 『今昔物語集 本朝部 下』 (岩波文庫 黄 一九-四,2014年,第12刷,21-25) 東(あずま)の方(かた)に行(ゆ)く者(もの),蕪(かぶら)を娶(とつ)ぎて子(こ)を生(う)みたる語(こと) 荒田 最近のウェブに,アメリカで起こった出来事について記事が出ていました。 メスの子犬に性的暴行。62歳の男に5年の実刑判決が下る。 要するに,どこの国にも,いつの時代にも,似たような人物がいるということですね。 アメリカ版 「獣姦禁止令」 でしょうか。それにしてもいつの間に,こんな法律が出来たのでしょうか。30年位前,偶々訪ねた友人の家 (カリフォルニア,サンノゼ) で,彼氏は庭 (猫の額のように小さな庭ではなく,見渡す限りという感じの庭) をうろうろしている犬や猫を銃で撃っていましたけど。 アメリカでは,州によって制度が違うので,一概にはいえませんが,例えば,ワシントン州では,2005年に馬と性行為をした男が大腸穿孔により死亡した事件があり(イーナムクロー馬姦事件),後に同州では動物との性交および撮影が法律により禁止されました。
by yojiarata
| 2014-11-20 21:47
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