***
≪日本土俗資料≫
餅を福と称うること
「全集 3」
557-558 ページ
【山東京伝の『骨董集』上編上巻に,「むかし目黒不動尊の門前にて,ごふくの餅というを売るを,呉服の餅と謬まれり,とある物に記せるは僻事(ひがごと)ならん。愚咹ずるに,こは御服(ごふく)の餅なるべし。物食うことを中ごろはぶくすと言えり。神仏に日ごとに物を供(くう)ずるを日服(ひぶく)と言えるも,中古より後の詞(ことば)に見ゆ。かの餅も,もと不動尊に供じたる物なれば,御服と言いしなるべし。後に忌服(きぶく)の服と同字なるを忌みて,御福(おふく)と言い替え,福を得て帰る心にて,土産にも求めしならん。むかし浅草の茶屋(今二十軒茶屋という)にて,ごふくの茶まいれまいれと呼び入れしも,観音に供ずる茶という心にて,御服の茶とうことならん,云々」。果たして御服が御福に転じたものか判らねど,京伝より前に餅を買うて福を得るという俗信が行われたことは確かだ。
】
第Ⅱ部 南方熊楠著作・抜読み に戻る