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第二話  アリストテレス と 猴




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「全集 1」
『十二支考』  猴(さる)に関する民俗と伝説
339-416ページ



二 概言(2)

359-360 ページ

アリストテレスが夙(はや)く猴を有尾,無尾,狗頭の三類に分かったのは当時にとっては大出来で,無尾は猩々,猿猴等,日本の猴等は有尾,さて狗頭猴はアラビアとアフリカに限り生じる猛性の猴だが,智慧すこぶる深く,古エジプトで神と崇められた。人真似は猴の通性で,『雑譬喩経』に,猴が僧の座禅の真似して樹から落ちて死んだ咄あり。上杉景勝,平素笑わなんだが,猴が大名の擬(まね)して烏帽子を戴くのを見て吹き出したと言い,加藤清正は,猴が『論語』を注するつもりで塗り汚すを見,汝も聖賢を慕うかと笑うた由。



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一 概言(1)
354ページ


漢の東方朔の『十洲記』には,南海中の炎洲に風生獣あり,豹に似て青色,大いさ狸(野猫)のごとし。網で捕えて薪数車を積み焼くに,薪尽きても燃えず,灰中に立ち毛も焦げず。斫(き)っても刺しても入らず。,打てば灰嚢のごとし。鉄槌で数十度打ってようやく死ねど,口を張って風に向くればばしばらくしてまた活(い)く。石菖蒲でその鼻を塞げば即死す。その脳を菊花に和し,十斤を服せば五百年生き得,と。唐の孟琯の『嶺南異物志』には,この獣常に一杖を持って指すに,指された鳥獣みな去るあたわず。人を見れば杖を捨つ。人この獣を捉え,あくまで打てば杖を指示す。人その杖を取って物を指し,欲するところに随わしむ,と載す。


第二話  アリストテレス と 猴_a0181566_21581146.jpg



奇怪至極な話だが,つらつら考えるにこれはコルゴを誇張したのだ。コルゴ(第三図),英語でフライイング・シムール(飛狐猴)またフライイング・キャット(飛猫),「乳母ここにももんがあがと子供いひ」というモモンガに似たようだが全く別種で,モモンガは前後脚の間にのみ張った皮膜ありて,樹上から飛び下るを助くるが,コルゴの飛膜は前後脚間に止まらず,前脚と頸側,後脚と尾の間にも足趾間にも張られておる状,蝙蝠(こうもり)に髯髴たり。だが,蝙蝠の翅膜に毛がないと異なり,コルゴの膜は下面ほとんど裸で上面は毛が厚く生えおる。昼は蝙蝠同然樹からぶら下がって睡り,夜は件(くだん)の膜を張って樹から樹へ飛び歩き,葉と虫を食う。清水の舞台から傘さして飛ぶように,無難に飛び下るばかりで,鳥や蝙蝠のごとく一上一下はしえないから,南方先生の居つづけ同然,数回飛べばどん底へ下り,やむをえず努力して樹梢に昇り,また懲りずまに飛び始めざるをえず。ただし,居つづけも勉強するとずいぶん長くやれる。コルゴ先生も今はなかなか上手に飛び,数百ヤードの距離を飛ぶにその距離五分の一だけ下がるとは,飛んだ飛び上手だ。この獣,以前は猴の劣等な孤猴の一属とされたが,おいおい研究して蝙蝠に縁近いとか,ムグラモチなどを等しく食虫獣だとか議論定まらず。特にコルゴのために皮膜獣なる一類を建てた学者もある。

惟うに,右述ぶるごとくほとんど横に平らに飛び下るから,支那で平猴と名づけたので,『十洲記』に南海中の炎洲に産すと言うも,インド洋中の熱地,ジャワ,ボルネオ,スマトラを指したものであろう。 ・・・・・

・・・・・ 昨今支那にコルゴを産すと聞かぬが,前述の仰鼻猴や,韓愈の文で名高い鱷(わに)など,ありそうもない物が新しく支那で見出だされて学者を驚倒させた例多く,支那の生物はまだとくに調査が済まない。したがって,予は南支那に一種のコルゴが現存するか,むかし棲んだかの証拠が,そのうち必ず揚がると確信する。さて話はこれからだんだん,いよいよ面白くなるんだからして,聞きねえ。




それにしても,南方のオッチャンは,全く面白い人だね。本気だと思っていると,突如として,トンデモナイ冗談が始まるし。小泉信三が,いみじくも指摘した,


いづにしても底の知れない人とは,この人のことと思ひます。



は,正鵠を射ているよ。


私としては,書く熊楠,噺す五代目古今亭志ん生 と言いたいね。






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by yojiarata | 2014-07-20 08:30
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