第十八話  「ロンドン・ブリッジ」 と 「燈台鬼」







***




私の二冊



熊楠にまつわる話とは,直接には関係ないんだけど,ここで,私自身が付け加えたい二冊の本があるんだ。本箱から見つけて,ここに持ってきたよ。どちらも,熊楠の 『人柱の話』 を読みなおしていて,ふと思い出したんだ。



*



平野敬一 『マザー・グースの唄 イギリスの伝承童謡』

(中公新書,昭和47年11月1日6版,中央公論社)





なお,平野敬一の文章に出てくるオーピーとは,ピーターとアイオーナ(夫妻)を指しています。


a0181566_22522814.jpg

OXFORD AT THE CLARENDON PRESS
Printed 1973 (with corrections)




・・・・・ 特にこの夫妻編の『オックスフォード版・伝承童謡辞典』(一九五一年刊)は,五百篇あまりの伝承童謡について,いままで判明したかぎりの事実や諸説をかかげて解説したもので,イギリスの伝承童謡の研究史において,文字通りモニュメンタルな仕事となっている。



イギリスの伝承童話 『マザーグースの唄』 の中の良く知られているものの一つ

「ロンドン・ブリッジ」

オーピーが『童謡辞典』に採録している十二歌節の唄のほうが,現在一般に歌われ,遊戯に使われることが多い。歌節の数だけでなく,歌詞もかなり違っている。たとえば第1節は,


ロンドン・ブリッジがこわれた,

こわれた,こわれた,

ロンドン・ブリッジがこわれた,

マイ・フェア・レイディー。



というふうに,繰り返しの多い,私たちに耳なれたものになっている。内容的には八歌節の歌より複雑になり,橋梁工事の材料が,まず木と粘土,次いで煉瓦とモルタル,さらに鉄と鋼(はがね),さいごに金と銀というふうにエスカレートし,その金と銀の盗難を防ぐために番人を置け,番人のいねむりを防ぐために一晩中パイプ・タバコを吸わせろ,というふうに話が展開するのである。版によっては,番人のほかに犬が加わったりすることもある。



a0181566_18191373.jpg

The Oxford Nursery Rhyme Book
800 Rhymes 600 Illustratins Assembled by Iona and Peter Opie
With additional illustrations by Joan Hassall
Oxford at the Clarendon Press
Reprinted with corrections 1973




以上が「ロンドン・ブリッジ」の唄の概要なのだが,これほどわからないことだらけの唄も珍しい。いったいこの橋梁工事が,次々と材料を変えても,うまくいかないのはなぜだろう。

・・・・・

童謡は童謡として,子供のような気持ちですなおに受け取るのが本筋だという考えが オーピーの仕事の底にあるように思われる。そのオーピーも,ことこの「ロンドン・ブリッジ」の唄になると,次のような口調でその神秘的不可解さを力説してやまないのである。「たえず架けなおさなければならない,ある神秘的な橋と,遊びながら ― その遊びにも恐怖がかすかな影を落としている ― 無心に唄を歌っている子供たちと,そういうイメージを喚起するこの唄ほど人の想像力をゆり動かす唄はまれである。 ・・・・・ これは昔々の暗い恐ろしい儀式の記憶をとどめているといっても差し支えない数少ない ― おそらく唯一の―例である」と。

暗い昔の記憶がこの唄にある,とオーピーは珍しいほど強い口調で断定するのである。

・・・・・

イギリスのロンドン橋にしても,史実をたどってみると,造っては流されたということが繰り返されたのは,十世紀から十二世紀にかけてのことであり,十三世紀初頭ヘンリー二世時代に架けられた石造のロンドン・ブリッジは,一八三二年にとりこわされるまで,実に六百年以上もその堅固さを誇っていたのである。テムズ河に何度橋を架けてもそれが流されるという事態が,イギリス人に実感されていた時代を求めるとなると,やはり中世まで遡らなければならないのである。

・・・・・

ところで,材料に石を使ったら,うまく橋が架かったというだけなら,なんの変哲もない話になるのだが,この唄のもっと長い十二歌節の形の唄が示しているように,話にはまだ先があり,さいごに「番人」(ウオォチ・マン)が登場するに及んで,ようやくこの難工事完成のめどがつくのである。

・・・・・

つまり,オーピーの解釈によれば,この「番人」というのは,じつは橋梁工事の生けにえにされた人柱を象徴しているのだという。土台に生きた人を埋め込むことによってはじめて工事を完成させることのできた遠い昔の暗い記憶 ― これがこの一見さりげない「ロンドン・ブリッジ」の唄に名状しがたい不気味さを与えている,というのである。イギリスの伝承童謡の中に,こうゆういわば民族の集団的記憶を底に秘めたものがあり,それが伝承童謡の不思議な生命力の保証となっている場合が少なくないのである。



*



南條範夫 『燈台鬼』

(集英社,新日本文学全集 第二十六巻,南條範夫・新田次郎集,昭和三十九年五月二十七日発行)



書出しから,引用を始めるよ。


唐の大暦十四年三月上巳(じょうし),代宗皇帝が在京各国の使臣を蓬萊宮にまねいて曲水の宴を催した時,ちょっとした紛争が起こった。

皇帝出御の少し前,列国の使臣たちが参入して,各々定めの席に案内されたが,日本の遣唐使小野石根(いわね)は,指し示された席に就こうとはせず,らんらんと輝く眼で殿内を眺め渡した揚句大音声で叫んだのである。

「この席次は我等承服致し難い。見れば東れつには新羅(しらぎ)が大食国(サラセン)の上,第一位にあり,我は西列,吐蕃(チベット)の次におかれている。新羅は我朝に朝貢すること久しい国であるにも拘らず我国より上席に位するは如何なる訳でござるぞ。接待係の手違いか。速かに我等の席と新羅使臣の席とを換えて頂き度い」

・・・・・

「この事は既に玄宗皇帝天宝十二年正月朔日拝賀の席上,我遣唐使大伴古麿が主張し,唐朝に於てもしかと認められた筈である。今更それを覆(くつがえ)されては,何の面目あって日本へ戻れましょうぞ」



『燈台鬼』は,遣唐使・小野石根が辿ったその後の運命の道を,淡々と描いた怖ろしくも悲しい作品です。



いつまでたっても唐から帰ってこない父親を探しに,唐にわたった石根の一子・道麻呂は,楊州で節度使の別邸に招かれる。道麻呂は,乞われて,歌を歌った。

「秋萩を妻問う鹿(か)こそひとり子に,子持たりと云え,かこじもの,我が独り子の草枕 ― 」

京を出る時,母が贈ってくれた歌である。

唱っている間に,彼の眼の前の明かりが,二三度大きく動いたのを感じた。

風は全くない夜である。

・・・・・

びしりびしりと,きびしい鞭の音がした。

・・・・・

「客人には今迄お気がつかれませなんだか。あれは,燭台は燭台でも,人間の燭台 ― 燈台鬼と云うものです。本物の燭台のように完全に静止しているのが値打なのですが,彼奴,怠け心を起して身動きをしおったので,鞭打たれているのですよ」

道麻呂は立ち上がって,その人間燭台の方へ歩いて行った。一番近くの燈台鬼の前に立ってよく見ると,なるほど生身の人間である。

下帯一つ,全身不気味な絵具で彩られ,顔は悪鬼の相にかたどられている。両手両足の頚は背に立てられた三尺余りの鉄くいに,鎖でしっかり縛られており,頭には鉄の箍(たがね)がはめられ,そこに十本の蠟燭が立てられていた。

融けた蠟が額から頬に流れて固まり,人の顔とも思われない怖ろし気な相貌をしたその燈台鬼は,まだ二十歳をいくつも出ていないと見える逞しいからだをしていたが,憤怒と怨恨との交錯した凄愴な瞳を光らせて道麻呂を睨みつけていた。

道麻呂は思わず眼を外らせて次の燈台鬼の前に立った。

・・・・・

哀願と絶望の色を小さな瞳一杯にたたえて,おどおどと道麻呂を見るのである。道麻呂は耐え切れなくなって,自分の席に戻ろうとしたが,傍に残ったもう一つの燈台鬼が先程強く鞭打たれたのだと気付いて,ふと,その方へからだを向けた。

骨組は大きいが,肉はすっかり落ち,首すじの辺りに僅かに残った毛の白いのをみれば,齢も六十を超えているのであろう。涙を滲ませた両眼をぴたりと閉じてるが,何かを必死の思いで耐えているような激しいものが,鼻翼から口辺にかけての筋肉を微かにふるわせ,あばら骨のみえる胸が,はっきりとそれと解るほど上下に波打っている。

・・・・・

燈台鬼の,睫毛の一本もない上瞼がピクピク動いた。その瞼が,それ程大きく開かれようとは思いも掛けなかった程大きく開かれ,鈍く澱んだ視線が,じっと道麻呂の顔に注がれた。次の瞬間,燈台鬼は,

「ぐわッ」

と奇矯な叫びを発し,首を前につき出すと,上下の歯で唇を喰い破った。たらたらと床の上に滴った血潮を,足の指先につけて,

― 石根



と書いたのである。




物語はこの後も続くけど,ここはここで終わることにします。


ともあれ,この作品は,滅多に出会うことのない,後世に残る「歴史サスペンス」の傑作だよ。

なお,『燈台鬼』 のことは,筆者がまだ学生だった頃,尊敬する大先輩・松尾壽之博士(宮崎医科大学医学部教授,平成元年国立循環器病センター研究所長,平成9年に名誉所長。平成22年,文化功労者。平成14年4月から平成15年9月まで宮崎医科大学長。)に教えていただいたんだ。あれから,かれこれ60年近くになるね。





第Ⅱ部 南方熊楠著作・抜読み に戻る

by yojiarata | 2014-07-20 08:55 | Comments(0)
<< 第Ⅱ部  南方熊楠 著作・抜読み 第十七話  人柱の話 >>