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第十二話  石油 と ヘリウム



ご隠居さん 南方熊楠は,石油やヘリウムにも関心があったの。両方とも,現代の熱いテーマじゃないですか。


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その通りです。

この件は,熊楠の好奇心がいかに広い範囲にわたるかを示す,よい例だと思うよ。




南方熊楠全集5(昭和47年11月24日,初版第1刷) 567-568 ペ-ジ
「小篇」 歳暮録二則 (二) 石油とヘリウム

から引用するよ。



石油



昨年十月二日,和歌山県知事清水長策氏,陸軍中佐乾忠夫氏等,五,六人来訪された。その時,予雑談の中に,淡水藻学上しばしば文通した英国の故ジョージ・ステフェン・ウェスト教授の来意示に,石油を前世期の樹木の油とは受け取れぬ,古今大海に不思議的多量に産する珪藻中の油分が集まり成った物だろう,と。いかにも珪藻を鏡検するごとにそんな気がする。

・・・・・

何とか工夫して,多量に珪藻を集め,微塵に打ち砕いてその油分を採し,点化して石油を取ることに尽力されたら,大いに国のためにも家のためにもなるはず,吾輩もやってみたいがそこが浮世で,種々と他に係わったことがあるので手が及ばぬ,と言った。さて今年八月十八日の『大毎』紙に,仏国ルーアン自動車の技師サウールが,海水から石油を採る法を発明,その秘法伝授料三億円とあった。虚実成否はその後承らねど,やはり海水中の珪藻等から採る考案とみえる。まるで成算のないことと思わぬから,志ある人々に試験を勧めおく。

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ヘリウム



当日予が十五分の会談を申し込んだのは,非常時にとっての重大事で,在英中世話になった故ノルマン・ロッキャー男が,毎度分光鏡で太陽面にあるヘリウム(日素)を検査した。当時何のことかも分らなかったが,後に聞くと,日素は水素よりはずっと軽く,砲撃されても爆発せず,圧迫して液体,固体ともなし得べければ,飛行機用にその効はるかに水素に勝る。

(荒田注  十月三日,白浜を訪問していた三土鉄相に,熊楠が会談を申し込む))



・・・・・ 当日予が十五分の会談を申し込んだのは,非常時に取っての重大事で,在英中世話になった故ノルマン・ロッキャー男が,毎度分光鏡で太陽面にあるヘリウム(日素)を検査した。当時何のこととも分からなかったが,後に聞くと,日素は水素よりはずっと軽く,砲撃されても爆発せず,圧迫して液体,固体ともなし得べければ,飛行機用にその功はるかに水素に優る。

その六,七年前より白浜に温泉を掘ること絶えず,一丈,二丈あるいはそれ以上に熱泉噴騰して空しく海に流れ去るものあり,一々その道の者をして子細にこれを検査せしめば,いかに微量たりとも塵積もって山を成す,もし日素の存在を検出し得ば,これ国家の大慶事ならずやと進言するつもりであった。けだしこれより四,五年前,ドイツの国勢きわめて尫弱(おうじゃく)なりしに関せず,密使を派して,米国の噴泉地より高価をもって日素を購い去りしとしれ,米国急に日素の輸出を厳禁したと聞き及んだによる。しかるに金の無心かエロ談を演(の)べに来たように断られて,のち,むかし並河天民が「無常なるは最もこれ関門の吏,王者三たび過ぐるも曾(かつ)て知らず」と賦したことを,駅を通るごとに思い出す。たとい白浜になくとも,本邦のどこかにあるかも知れぬ,有志の注意を促しておく。

(昭和 9年12月15日『大日』 93号)





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by yojiarata | 2014-07-20 08:46
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