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南方熊楠  巻の十  日本 の 教育



ご隠居さん 南方熊楠は,雑誌 『 Nature 』 に,多数の論文を発表しているそうだね。


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そうなんだよ。今や,『Nature』 や 『Science』 は,自然科学界全体に広がる戦場のようなものだよ。先を争って,これらの「有名誌」に自分の論文を掲載し,有名になり,出世の足がかりにしようとする輩に満ち溢れているんだ。

南方熊楠が五十編を越える論文を発表した Nature は,いまは,多くの研究者が競って論文を送り,インパクト・ファクターに一喜一憂する場に身を落としてしまったよ。しかし,息の長い,地を這うような研究を多年にわたって積み重ねる真のプロフェッショナルが育たない限り,そしてそれが大きな流れとなってアイデンティティが確立されない限り,ファッションとしての平成維新は起こっても,経済大国日本が世界から尊敬を集め,真に国際的に貢献することは難しいのではないでしょうか。国をあげての理解と努力を待つのみです。

荒田洋治 『日本の科学行政を問う』 (薬事日報社,2010)


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余計なことかもしれないけれど,ここで書いたことは,世の中を賑わせている「理研」の事件の遠因でもあるんだよ。

熊楠は, 『Nature』 に50編の論文を出しているんだけど,これは,彼の仕事のほんの僅かな業績に過ぎないんだよ。


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別巻1(昭和49年3月12日,初版第1刷)
上松蓊しげる宛書簡
63ページ 大正8年

これは貴下へばから始めて申し上ぐることながら,明治二十六年(小生二十七の時)御存知の『ネイチュール』 (世界で有名な週刊科学雑誌で,その社長ロッキャーは会いしことあるが実に倨傲無比の老爺なり) 何十年とかの祝い号を出し,当時高名の進化論の先達ハクスレーが序をかき,科学に大功ありし人という意気込みで 『ネイチュール』 寄書家中高名の輩の名を列し候。すべて三百人か四百人ありしと記憶す。それに日本より名井でしは伊藤篤太郎氏(ケンブリッジ大学卒業,林娜(リンネウス)士学院会員)と小生と二人なりし。二人とも官学に関係なきもの,ことに小生は自学にて当時馬部屋の二階に一週十シリング(二円五十銭)の安値で下宿致しおり,魯国のシカゴ総領事オステン・サッケン男(縄蚊類の一,二を争う大学者)が小生に感謝すべきことありて,

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日本の教育



・・・・・ 小生は今日の日本ごとき教育の仕方,すなわち本人の心底から好まぬ学課を何もかも一様につめ込むは,三味線の嗜好なきものに前餅をやりて毎夜定式の義太夫を聴きに傭うようなものにて,いわゆる今の学者は人のためにするもので大なる徒費空労と存じ申し候。

それよりは英米のごとく教育は高等小学くらいで止め,それより上はポリテクニク・インスチチュートごときものを市立町立にし,かってに好きなものを聴きにゆき,ことにはドイツごとく理化学の試験くらいは店にひまあるごとに小僧も走り往きて勝手に行ない得るように致し,さて多少の経験ありと認めたものには,幾年間この学を習うたという証明状を与え,それを便りに新紙へ広告して化学ずきの者は薬店へ,手工好きは職場へ,という風に傭わせ,給料を割いて自ら書を購い,または図書館,博物館に通いみずから好むところを自習し得るように致すが第一を存じ申し候。



語学の学習



語学なども,小生は半ヵ月で大抵自分行き宿りし国の語で日用だけは弁じたり。これも日本のやり方とかわり,みずから話すよりは人の話を聞き分ける稽古に酒場(バー)などへ通い,のろけ話,借金のことわり,法螺話,賃金の催促,それから喧嘩口論など一切耳を傾け聞きおれば,猴(さる)が手を打つとか蟻がすねをかじるとか,一年に一度も入用なき語を学ぶよりは手とり早く 「もちっと,まけろ」 「いやそれは難題だ」 「あのしめてれつは すごいほどよい」 「手にもおえない代物だ」 などを初歩として,一語一言はさしおき,一句一般の成語が分かり易く候。

さて物の名や事の名は 「汝はこれを何と呼ぶか」 という一語さえ話し得れば誰でも教えくれ申し候。前置詞すなわち日本で申さばテニヲハ,これだけは六,七十ぜひおぼえるが必要なれど,他のことは別段書籍に拠らずともじきに分かり申し候。それから読書の一段になると,欧米には対訳本というもの多く有之,一頁が英語一頁が伊語という風に向い合せに同一の文を異語でかきあり,それを一冊も通読すれば読書は出来申し候。その上むつかしき字は字書で引くに候。これほどのことも今に気が付かぬに付けても,左様に早く覚えられては師匠や係員が食えぬようになるという心配から今に実施せぬことと存じ申し候。

これよりガラス屋へ障子直しに罷り越すゆえ擱筆仕り候。

早々以上



南方熊楠『教育ヲ主トスル文』(明治13年)


結びに,南方熊楠 『教育ヲ主トスル文』 (明治13年)より引用するよ。

これは,南方熊楠が和歌山中学校在学中,十三歳一ヶ月で執筆した作文です。やはり,熊楠は物凄い人だね。


是ヲ以テ人ノ父母タルモノ,

子ニ旨味ヲ食セシメ繡錦ヲ着セシムル事ニ注意センヨリハ,

当ニ幼時ヨリ学術ヲ勉励セシメ,

人道ヲ了知セシムル事ヲ務ムベキナリ


『南方熊楠全集 第十巻』 英訳方丈記・英文論考・初期文集他 (平凡社,昭和48年11月12日,初版第一刷発行) 7ページ(原文のまま)。






つづく

by yojiarata | 2014-07-20 13:04
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