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日本語 ☜ ☞ 英語  巻の一



ご隠居さん 今日は些かかわった題だね。一体何の話をするつもり。

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わが師の恩


ま,ゆっくり聞いてちょうだい。一言でいえば,「英語少年の60年」 ということになるかな。

君もそうだと思うけど,若い頃に決定的な影響を受けた先生が何人かおられるでしょう。私の場合,奥幸雄先生は,英語の修業をどこまでも続けようと決心させてくださった恩師です。

大学に入って聴いた英語の授業は,文学作品の英文解釈に終始していたよ。語学学習にいれこんでいた祖父と父をみて育った私は,自分も英語を勉強しようと軽い気持ちで考えていたんだね。

だけど,ただ何となく勉強して受けた英語の試験は,毎回ひどく成績が悪かったんだ。授業で当てられて,トンチンカンな答えをして,君は高等学校で何を習ってきたのだと皮肉を言われたよ。要するに,英語に興味がもてない,英語のできない学生だったんだ。

しかし,このときの体験は,のちに大きな財産となりました。一つはこんなことをいう教師を何としても,追い越さねばならない,教師に皮肉られる田舎学生に失笑を浴びせた勉強の良くできる都会育ちの秀才学生に,勝たねばならないと決心しました。” 麦踏み” というでしょう。踏まれて,強くなるんだよ。

麦踏みとは何かって。そうか,君は,やったことも,見たこともないんだ。

こんなときです,奥先生が授業で話される英語を聴いたのは。あれから60年が経つけど,その印象は,目が覚めるほど鮮烈だったんだ。奥先生は,言葉が生きたものであること,文化であることを教えてくださったように思います。授業が終わったあと,先生をつかまえては,英語の発音のことなど,延々と質問しました。奥先生は,私の粘りに呆れられたのか,辛抱強く対応してくださったんだ。私は,大学に入って,奥先生に巡り合ったのは,天の配剤であると心から感謝しました。

奥先生の授業で,目が覚めた私は,自分でもびっくりするくらい,英語に興味をもつようになったんだ。親から受け継いだ血が,ここで初めてわれに味方したのかもしれない。『英語研究』(研究社)を愛読,堀内克明先生が連載しておられた,英語の発音の連載記事には,眼から鱗が落ちる思いがしたよ。

キリスト教には全く興味がないくせに,教会に潜り込み,アメリカ人の宣教師に,英語を学びたくて来ていると白状したために,やんわり,出入り禁止を宣告されました。

同じく,語学に興味を持っていた弟と,山田和男 『英作文研究-方法と実践-』 (文建書房)を前にして,飽きることなく議論したのも,あとで思うと大変な栄養になったよ。

しかし,奥先生の授業の本当の素晴らしさに気がついたのは,先生の授業を受けてから20年近く経ったあと,アメリカで2年間生活したときです。学生の頃,奥先生の授業に出会わなかったら,アメリカに入っていくのは,もっと大変だったのではないかと今になって思っています。

アメリカでは,多くのことを学んだよ。アメリカで経験した壁は,一言で言えば,「文化の壁」だったような気がしました。私の方針は,アメリカでは,可能な限り,日本人と付き合うことを避けて暮らすこと。またとない機会を得て滞在しているアメリカの生活を足掛かりにして,可能な限りアメリカを知り,自分の英語修業に役立てたいと考えたからです。

ところが,アメリカで英語の修業を積みながら,次第に,何だか変だと思い始めました。自分の英語に,ひどく重要なものがスッポリ抜けていることに気が付いたんだ。その原因に思い至ったのは,日本に帰って来てからのことである。帰国直後に手にした本のなかに,平野敬一 『マザ-・グ-スの唄』 (中公新書)があったんだ。その本を読み,そうだったのかと納得しました。

ある高名な学者が,英米なら3歳の童子でも知っている唄について,出所不明と書いておられることから始まって,

【ことばの喚起性というものは,・・・・・ 多くの場合,学校での勉強や,書斎における研究では捕捉しえない生活基盤そのもの,広義の「文化」から生まれてくるのである。

・・・・・

どんぶらこっこを耳にして,桃太郎を連想しない日本人はいない。しかし,外国人が,その意味を知りたくて辞書を調べても,答えは出ないであろう。】

と書かれていたんだ。

アメリカで,何かすっぽり抜けていたと感じたものは,私自身がアメリカでの幼児体験を持っていないことだったんだよ。そう考えて読み進みながら,私は,平野先生が,言葉を学ぶことの本質を説いておられることに,いたく感銘を受けました。同時に,私の英語修業にも,さらに弾みがついたよ。



倉石武四郎 『中国語五十年』



私が大切にしている書物のなかに,倉石武四郎 『中国語五十年』 (岩波新書,1973)があります。

全生涯を中国語の研究に費やした倉石武四郎は,次のように書いておられます。

【わたしはまだ若いとき,本居宣長 『古事記伝』 をよみ, 「こころとこととことばとは相構えて離れず」 の一句にいたり,ふかく推服した。宣長としては,後世のものが上代のことを研究するときの心得としたのであろうが,われわれ外国,ことに中国のことを学習し研究するものにとって,その短かいことばこそ生涯これを服膺してもなおあまりのあるものであった。】

英語の修業に夢中だった私に,ガツンと頭に堪える一文だったよ。

アメリカに10年も20年も生活していて,おかしいくらい,アメリカについて何も知らない人が,一人ならずおられることを知っています。言葉は,いわば,音感の問題もあるから,なかなか上達しないこともあると思うけれど,アメリカを知らなさ過ぎるのは,本人の努力の欠如としかいいようがありませんね。要するに,日本人とばかり付き合っているから,必然の結果として,そうなるんだよ。

英語少年の修業は,今も毎日続いています。NHKラジオのいくつかの番組を欠かさず聴いています。何しろ毎日が日曜日なので,時間は無限にあるからね。

この続きは,近く書く予定です。


つづく

by yojiarata | 2014-02-27 17:40
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