ご隠居さん 何の話でもゆっくり聞くけど,平安朝のことに興味があるんですか。 うん,いろいろとね。 私の1歳年下の弟が,池田亀鑑(きかん) のことを熱心に話していたんだ。大学に入ったばかりの頃だから,60年も前のことになるね。最近まで,すっかり忘れていたんだけど,引越しのために本棚を整理していた時,池田亀鑑 『平安朝の生活と文学』 が出てきて,あの頃のことを思い出したわけです。 ![]() 池田亀鑑は明治29年(1896年)12月9日,鳥取県日野郡福成村(現・日南町)生まれ。鳥取師範学校,東京高等師範学校を経て,1922年,女子学習院助教授,同年,東京帝国大学本科入学資格試験合格,1926年,東京帝国大学国文科卒業,同副手。1934年,助教授,その一方,兼任で二松学舎専門学校教授,大正大学教授,日本女子専門学校教授,昭和女子大学日本文学科科長,立教大学大学院教授。 昭和23年(1948年) 東京大学より文学博士。論文の題は「古典の批判的処置に関する研究」。 昭和30年(1955年),58歳で東京大学教授になったんだけど,昭和31年(1956年)12月19日,博士の畢生(ひっせい)の大業『源氏物語大成』全八冊の最終巻が刊行されてから二週間後,定年退職を待たずに,やまいに倒れ他界されました。享年六十。 ![]() 池田亀鑑は,日本古典文学の研究に近代的な文献学の方法論を確立した,平安朝文学の巨人です。 『平安朝の生活と文学』の裏表紙に次のように書かれています。 【平安時代文学の母体となった後宮生活の実態は明らかでない部分が多い。本書は源氏物語・枕草子など当代作品をはじめ古記録を材料に,宮廷生活について具体的に概説したもの。】 読んでいて興味が尽きないよ。君にも勧めます。この本は,今でも手に入るよ。 平安朝の生活と文学 (ちくま学芸文庫,2012)。 例えば,「第八章 食事と食物」には,こんなことが書かれているよ。 食事の時刻と回数 平安時代には食物のことを,クヒモノ・タベモノ・ヲシモノ・ケ などと称しました。まず食事の時刻や回数についていいますと,この時代には,定まった食事は一日二回とされています。古く,『日本書紀』の 雄略天皇の条にも,「朝夕御膳」とありますが,天皇が召される正式のお食事,すなわち内膳司が供する大床子(だいしょうじ)の御膳は二度とされています。 食事の時刻は,『禁秘抄』に,『寛平御遺誠』を引かれて,朝は巳の刻(午前十時),夕は申の刻(午後四時)に召されるといっておられます。 ・・・・・ 主食・飯 まず今日主食といわれるものについて述べてみましょう。 飯をイヒというわけはよくわかりません。メシというのはミヲシとつづめた語ともいわれ,またメシ物の略ともいわれます。『和名抄』には飯という名目はありません。貴人の場合には,もの・おもの・供御・御台などと称します。おものは御膳の訓です。 ・・・・・ 粥 次に粥(かゆ)のことですが,これは平安時代の物語類によく見えるものです。これに二種あって,『和名抄』に饘をカタガユ,粥をシルカユとよんでいます。饘(堅粥)は今の飯のようなもので,器に盛ることができるもの,これに対して汁粥は,薄くて汁があり,今の粥とどうようなものだったと思われます。『今昔物語』 (十二)に源頼清が道命阿闍梨(どうみょうあじゃり)の房で粥を食したことをしるして 粥ノ汁ナリケレバ,頼清此ノ御房ニハ粥コソ汁ナリケレ,ト云ヘバ,阿闍梨道命ガ房ニハ粥汁也,主ノ御家ニハ飯固シト云ケレバ,其ノ座ニ有リト有ル人,頤(オトガヒ)ヲ放(ハナチ)テゾ咲(ワラヒ)ケル。 といっています。 菓子 終りに,女性の生活に関係深い菓子について略述しましょう。 平安朝文学では菓子はすべて「くだもの」というよび方見えています。くだものは元来,木または草に生ずる実のことで,『和名抄』に「果蓏・・・・・木上曰果・・・・・地上曰蓏」としるし,果は菓とも書いてクダモノとよみ,蓏はクサクダモノとよむと注記しています。これらの果実の中で,食用に供するものを特にくだものとよんだものです。 くだもの くだものには,栗・柿・梨・橘・柑子・じゅくし・古錬柿(こねりがき)・桃・柚・瓜・覆盆・楊梅・葍・椎・蓮根・甘葛・棗 などが『延喜式』(三十)その他に見えています。 『古典学入門』 (岩波文庫) には,池田亀鑑 の古典に対する考え方が,きわめて明快に語られているよ。 読めば読むほど,自然科学をバックグランドにもつ私に,深い共感と感動を呼び起こさせるものがあるね。自然科学の方法論そのものだね。とことん疑ってかかり,次に進むんだよ。 『古典学入門』 から,何か所か引用させていただきたいと思います。 「時」は古典を損傷し,破壊する。故意の,または故意ならざる原因によって,どれだけ多くの古典が,従って古典的精神が湮滅(いんめつ)に帰したか分らない。今日われわれが見ることのできる完全な古典というものは,ごくわずかの分量に過ぎない。 ・・・・・ 中国の古典にしても,歴代の校勘学がいかに重要であるか,また今後もなおいかにそれが必要であるかは,孔子の『論語』の流布本文が,既にそのままでは信用できない事実に徴してもあきらかであろう。 日本の古典に至っては,記紀万葉 はいうまでもなく,十世紀,十一世紀に入っても, 『古今集』,『源氏物語』,『枕草子』 をはじめ,あるゆる作品にわたって信用してよい本文は一つも示されていない。われわれは, 『 瞑想録』 の訳本を見て,パスカルそのものだと妄想したり, 『枕草子』の教科書版 を見て,すぐ清少納言の原作そのものだと過信したりのであるが,実際は決してそのようなものではないのである。 ・・・・・ 原本性の再建は,今後も手をゆるめてはならない重大な仕事である。 古典をよむためには,右のように,科学的な能力と芸術的なひらめきとが要請されるわけであるが,できることなら,一人に,そうゆう才能が恵まれていたい。しかし,実際にはなかなか望むべくもないので,結局それぞれの個性と能力に適した方向に進まざるをえない。 ・・・・・ 望ましいことは,古典に親しむ人々は,広い心をもって,他の諸方法の協力をもとめることである。古典を讀む方法は決して一つではありえないということを,いつも忘れずにいることが肝要である。 誤脱本文の実例 日本の古典的作品は,写本によって伝えられたものが多いので,本文に誤りが多い。一つの写本だけでは意味の通らぬものが多い。たとえば,近年問題になった 『宇治捨遺物語』 の 「鬼にこぶとらるゝ事」 の段の最初の一文について見よう。流布(るふ)の木版本に これもいまはむかし,右のかほに大なるこぶのあるおきなありけり。大かう 山へ行ぬ。 とある。この「大かう」や,山の名とするのは穏当でないので,あるいは「大よそ」のあやまりとも,あるいは「大かた」のあやまりとも,「大てい」の誤りともいわれ,恣意(しい)による推測批判がおこなわれたが,近世初期に写された古写本には, これも今はむかし,右の顔に大なるこぶのある翁ありけり。大かう しの程なり人にまじるに及ばねば薪をとりて世をすぐる程に 山へ行ぬ。 とある。書写の中途において,ある書写者が不注意のため,〇印の部分 ( 荒田注 ここでは,その部分を青色のゴチ (下線付き) を用いて 区別 しました) を脱してしまったのである。これはおそらく「程」の字の目うつりによって,一行分を脱落したものであろう。 ・・・・・ ・・・・・ ともかくも,誤った本文によって正しい解釈が生まれてくるはずはない。『枕草子』 には,このような誤脱が非常に多いのであるが,例えば,手紙や会話の言葉づかいがその人の教養を示すという趣旨をのべた一段について見ると,この一段は,『枕草子』 の四大系統の写本群に異同があって,原本的性格が非常に喪われたものであるが,その文章の中に 大かたさしむかひても,なめきは,などかくいふらむと,かたはらいたし。ましてよき人などを,さ申す者は,さるはをこにていとにくらし。 (春曙抄(しゅんしょしょう)本) とある。普通の注釈書には,この部分の意味を,惣(そう)じて,手紙ばかりではない,お互い同士さし向かいの時でも,詞(ことば)の無礼なのは,なぜこう無礼なことをいうのだろうと,苦々しい。まして貴い人などを,そう失礼にいう者は,それは小癪で甚だにくい」というふうに解している。これでは何のことか道理が通らない。まして,これが 「さるは」 という特殊成語の一用例として引かれなどしはたまらない。ここの本文には,実は重大な損傷があるのである。つまり,ここは三巻本の古写本に, 大かたさし向ひても,なめきは,などかくいふらむと,かたはらいたし。ましてよき人などを,さ,申す者は,いみじうねたうさへあり。田舎びたる者などの さるはをこにていとよし。 とあるのが正しいのである。ある書写者が先ず不注意で〇印の部分 ( 荒田注 ここでは,その部分を青色のゴチ (下線付き) を用いて 区別 しました) を脱した後,多くの人の手が加わり,その文章の意味を通ぜさせるために,「よし」 を 「にくし」 と改めたものいたのであろう。この部分は正しくは,貴人を無礼な言葉で批評するのは,聞く方で義憤さえ感じられるが,しかし,無教養な田舎者がそんな言葉をつかうのは,朴訥(ぼくとつ)でかえってよいという意味である。つまり普通の解釈とは反対に意味になるわけである。 右のようなれいは, 『枕草子』 には無数にあり, 『徒然草』 のような,比較的新しく,また本文に異同が少いといわれている作品でも,かなりの誤脱がある。 ・・・・・ この作業は,厳しく主観的恣意の介入を拒否する。徹頭徹尾客観的でなければならない。カメラのように忠実な客観的態度が必要である。そのわくは死守されねばならない。この批判的作業の上に,はじめて解釈という作業がつづくわけである。 知れば知るほど,池田亀鑑は,底知れぬ能力の物凄い学者だね。地位とか名誉とかには恵まれなかったようにみえるけど,中身の濃い劇的な生涯を送られたんだね。 この頃は,自然科学の世界でも,とくに若い連中がタレントのように走り回っているね。商売になりそうだとなると,マスコミが待ってましたと騒ぎ立てるから,本人もその気になって,調子に乗って,有ること,無いことを喋りまくるんだ。 池田亀鑑のような,学者中の学者といえるような,静かな人物を大事にしない国は,いくらお金があっても,滅びるよ。 池田亀鑑: 平安朝の生活と文学 (角川文庫,昭和五十六年,二十六版) 池田亀鑑: 古典学入門 (岩波文庫,第5刷,2012)
by yojiarata
| 2014-02-11 11:30
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