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エドガー・アラン・ポオ と 森鷗外



ご隠居さん 相変わらず,少々毛色の変わった話が続くね。

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最近,そうゆう傾向があると言えなくもないね。今日の話は,刑事が一つの事件を60年以上にわたって追いつづけるのと,精神的には全く同じなんだ。


  高校生のための 『 大学受験ラジオ講座 』 を聴く  


高校2年か3年の頃,NHKラジオで放送されていた 『大学受験ラジオ講座』を聴いていたんだ。私が生まれ育った岡山のような小さな町には,大学受験生のための予備校などなかったからね。60年以上も前のことだけど。

その時,Edgar Allan Poe : A Descent into the Maelstrom の翻訳の朗読を聴いてしまったんだ。聴いてしまったという表現はちょっと変かもしれないけれど,その翻訳のあまりの見事さに取り付かれてしまったという意味です。

ノルウェイ人の漁師が巻き込まれた渦潮の描写,とくに,月に照らしだされた ” 漏斗 ” の内側 の怖ろしくも 美しい 情景を,圧倒的に見事な日本語で再現した人物をなんとしてでも探し出したかったんだ。

背中に張り付いた翻訳者割り出しへの探索心を,思い出しては忘れ,忘れては思い出しているうちに,60年が経過したというわけです。

私は,現役の頃,研究,教育を生業としてきたこともあって,良くも悪くも執念深いんだよ。


ちなみに,ポオの小説は今でも大変人気があり,例えば,今日のブログにある短編は,「メエルシュトレエムに呑まれて」(小川和夫訳)の題で,『ポオ小説全集 3 』(創元推理文庫,2012年,44版)に収録されているよ。



   記憶の断片を掻き集める   



ステップ Ⅰ  

かすかな記憶を頼りに,ネットでいろいろ調べてみたところ,私が聴いていたラジオ講座の講師は,国文学者で随筆家の塩田 良平 (しおだ りょうへい) 立教大学・文学部・教授 (1899-1971)だと確信するに至ったんだ。

塩田先生は,亡くなる直前まで,ラジオ講座の講師をつとめておられたこともわかったよ。


ステップ Ⅱ  

引越しのために,本箱を整理していたところ,エドガー・アラン・ポウのボテッと分厚い著書 (821ページ,750 グラム) が,見つかったんだ。学生の頃,大学の生協で注文したらしく,裏表紙に,鉛筆で 2540円 と書いてあるよ。

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DOUBLEDAY, 1966


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ステップ Ⅲ  

何かが見つかる確率が高いと考えて,国会図書館に通い始めた20年,30年前は,カードで一枚づつ検索するしかなかったんだ。燈台のない海を彷徨うような作業で,絶望的だったよ。その後,国会図書館も電子化されて,探索が容易になったんだけれど,残念ながら,収穫はなかったね。


ステップ Ⅳ  

最近になって,ふとしたことから,アマゾン Kindle 版のなかに,森鷗外・翻訳 『 うづしほ 』 が入っていることを見つけたんだ。森鷗外(1862-1922) 48歳の時の作品です。

天は私を見捨てなかったみたいだね。小学生の頃,上級生が演じた劇を思い出したよ。

天勾践(こうせん)を空しうすること莫れ,時に范蠡(はんれい)無きにしも非ず

児島高徳(たかのり)が後醍醐天皇にひそかに奉った詩の句 (太平記)で,小学生の頃,上級生が児島高徳を演じ,桜の木の幹にこの句を書く場面に感動したことを鮮明に覚えているよ。



   森鷗外訳 『 うづしほ 』  



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アマゾン,Kindle 版




端末 Kindle Paperwhite(169 x 117 mm )をアマゾンから購入して,最初は使い勝手が分らず苦労したけど,何とか読めるようになったのが1週間 ほど前。「マニュアル」と称するものは,ほとんどの場合,理解不能だね。困ったことだけど。

ともあれ,『 うづしほ 』 を読み始めるとこまで,漕ぎ着けたんだ。

最初,全体をさっと読んだとき,私が60年以上前に読んで強烈な印象を受けたあの時の ” 翻訳 ” が,目の前にあるものそのものであるということは判断出来ないという印象を受けたんだ。だけど,よく考えてみると,それは当たり前のことだよ。あの時の ” 翻訳 ” は私の頭のなかの記憶にあるだけで,手に取って比べることなど出来ない存在だからね。

だけど,電子書籍のお蔭で読むことのできる鷗外の翻訳を繰り返し読んでいるうちに,これこそ,60年以上前に私を魅了した翻訳に違いないと確信をもったんだ。


鷗外の翻訳の一部を次に引用します。

「・・・・・ 見えている限りの空の周囲(まはり)が,どの方角もぐるりと墨のやうに真黒になってゐまして,丁度わたくし共の頭の上の所に,まんまるに穴があいてゐます。その穴の所は,これでつひぞ見たことのない,明るい,光沢(つや)のある藍色になってゐまして,その又真中の所に,満月が明るく照ってゐるのでございます。その月の光で,わたくし共の身の周囲は何もかもはっきりと見えてゐます。併しその月の見せてくれる光景が,まあ,どんなものだった思召します。」

「・・・・・ 所が,忽ち背後(うしろ)から恐ろしい大きな波が来ました。次第に高く〰 持ち上げて,天までも持って行かれるかと思ふやうでございました。 ・・・・・ さて登り詰めたかと思ふと,急に船が滑るやうな沈んで行くやうな運動を為始(しはじ)めました。丁度夢で高い山から落ちる時のやうに,わたくしは眩暈(めまひ)が致して胸が悪くなって来ました。併し波の絶頂から下り掛かった時に,わたくしはその辺の様子を一目に見渡すことが出来ました。」

・・・・・

「その時の恐ろしかった事,気味の悪かった事,それから感嘆した事は,わたくしは生涯忘れることが出来ません。船は不思議な力で抑留せられたやうに,沈んで行こうとする半途で,恐ろしく大きい,限りなく深い漏斗の内面の中間に引っ掛かってゐるのでございます。若しこの漏斗の壁が目の廻るほどの速度で,動いてゐなかったら,この漏斗の壁は,磨き立った黒檀の板で張ってあるかとも思われそうな位平らなものでございます。その平らな壁面が気味のわるい,目映い光を反射してをります。それはさっきお話申した空のまんまるい雲の穴から,満月の光が,黄金(こがね)を篩(ふる)ふやうににさして来て,真黒な壁を,上から下へ,一番下の底の所まで照してゐるからでございます。」

・・・・・

「月は漏斗の底の様子自分の光で好く照らした見ようとでも思ふらしく,さし込んでゐますが,どうもわたくしにはその底の所がはっきり見えませんのでございます。なぜかと申しますると,漏斗の底の所には霧が立ってゐて,それが何もかも包んでゐるのでございます。その霧の上に実に美しい虹が見えてをります。・・・・・」

・・・・・ 

「わたくしはこの流れゐる黒檀の壁の広い砂漠の上で,周囲を見廻しましたとき,この渦巻に吸い寄せられて動いてゐるものが,わたくし共の船ばかりでないのに気が付きました。船より上(かみ)の方にも下(しも)の方にも壊れた船の板片やら,山から切り出した林木やら,生木の幹やら,その外色々な小さい物,家財,壊れた箱,桶なんぞが走ってゐます。」

・・・・・ 

「わたくしは一つの船に助け上げられました。 ・・・・・ 一日前まで墨のように黒かったわたくしの髪が只今御覧なさるやうに真白になってゐたのでございます。顔の表情もそのときまるで変わったのださうでございます。わたくしはそのひとたちにこの経験談を致して聞かせました。併し誰も信じてくれるものはございませんでした。その経験談を只今あなたにも致したのでございます。多分あなたはロフオツデンの疑深い漁師とは違って,幾分かわたくしの詞を信じて下さるだろうと存じます。」


初出: 『文藝倶楽部 十六ノ一一』 1910(明治43)年8月1日
底本: 『鷗外選集 第15巻』 岩波書店 1980(昭和55)年1月22日第1刷発行


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他に,佐々木直次郎訳 『 メールストロムの旋渦 』 「オーディオブック CD」
が Amazon.com Int'l Sales, Inc. から発売されています。

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佐々木直次郎(1901-1943)訳


素晴らしい翻訳だと思うんだけど,これは私があの時に出会った ” 翻訳 ” ではないと断言できるんだ。雰囲気的に全く違うんだよ。


ともあれ,60年以上にわたる頭のなかの追跡劇は,これでひとまず終わりました。


素晴らしい翻訳を次の世代に遺してくださった森鷗外・大先輩に,最大限の敬意をもって,心より感謝したいと思います。




by yojiarata | 2014-01-31 21:46
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