ご隠居さん 今日の話は,どんな風に拡がっていくの。 君もそうだと思うけど,自分の本箱の中に,度々取り出して読むわけでもないのに,何となく気になる本があるでしょう。私の場合,それが岩波文庫 (西村孝次 改訳,第38刷,1992,絶版)の 『ドリアン・グレイの肖像』 なんだ。思いつくままに,ふと取り出して,パラパラとページをめくって,気になるところにちょっと目を通して,本箱に戻すんだ。 『ドリアン・グレイの肖像』 は,19世紀後半に活躍した オスカー・ワイルドが遺した唯一の長編です。ほかに,『サロメ 』 がよく知られているよね。 なぜ,『ドリアン・グレイの肖像』 を話題に取り上げたのかだって? 青春と老いを,こんなに鮮烈に対比させて書いた小説を私は他に知らないからだよ。 小説の粗筋をまとめておきます。 【ドリアン・グレイは,穢れを知らない純粋無垢な魂を持つ美貌の少年だったが,快楽主義者のヘンリ卿に「若さがある間に若さを楽しむんだよ」とそそのかされる。画家バジルが描いた自分の肖像画は完璧なまでの美と若さにあふれており,それはドリアンを喜ばせもしたが,・・・・・ 。 ドリアンは自分の美の衰えを恐れる。ところが,彼は老けずに美しいままである。そのかわり,彼が年齢や悪徳を重ねると,バジルの描いたドリアンの肖像画が,その分だけ醜くなっていく。 舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル,ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが,彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ,いつしか醜い姿に変り果て,慚愧と焦燥に耐えかねた彼は自分の肖像にナイフを突き刺す ・・・・・ 。 きゃっという叫びと,ものの倒れる音がした。その叫びにこもる苦悶のすさまじさに召使い達はぎょっとして目を覚まし,部屋を抜け出した。 ・・・・・ 。 十五分もした頃,フランシスは御者と従僕のひとりをつれてそっと二階へあがっていった。ノックしても,返事がない。声をかけてみた。なかはしずまりかえっている。 ・・・・・ 。 なかへはいってみると,最後に目にしたままの主人のみごとな肖像が,えもいえぬ美と青春に輝きつつ,壁にかかっていた。床の上に,夜会服を着て,心臓にナイフを突き刺された男の死体が横たわっていた。しなびて,しわだれけで,見るも忌まわしい容貌だった。その指輪を調べてみて初めて一同はそれがだれであるかをしった。】 小説『ドリアン・グレイの肖像』はここで,突然終わるんだ。 物凄く劇的な,印象に残る終わりだね。 補足として,岩波文庫版の解説(翻訳者の西村孝次による)より,引用しておくよ。 ・・・・・ ドリアンは,自由と新しい人生のために,苦悶と焦燥に堪えかねて,この忌まわしいものを殺そうとする。殺さねばならない。やにわにかれはナイフを,かってこの画像を描いてくれた画家をあやめたナイフをつかむと,画像を刺す。と,かれは倒れて息絶える。それは哀れむべき老醜の姿であった。そして画像は ― 輝くばかりの若さと美に溢れていた。 オスカー・フィンガル・オフラハーティー・ウィルス・ワイルド (1854 ― 1900) はダブリンの名門の生まれ。男色を咎められて収監され,出獄後,失意から回復しないままに,パリの陋屋に窮死したそうだよ。死因は,梅毒による脳髄膜炎だったと言われているんだ。余談だけど,あの頃は,梅毒で命を落とす人が大勢いたみたい。シューベルトも犠牲者の一人だそうだよ。 オスカー・ワイルドが亡くなったあと,集まったのは,数人だけの淋しい葬儀だったと記録は伝えているよ。 ここまで書いて終わろうとした時,急に思い出したんだ。 何を? 映画のショッキングなラスト・シーンです。 映画 『アマデウス』 (Amadeus)が,1985年に日本で公開されました。君も観たでしょう。思い出したのは,この映画について,知人(私よりずっと年下の青年)が漏らした感想だよ。映画の最終場面で,モーツアルトの死骸を入れた「ずだぶくろ」を積んだ馬車から,その「ずだぶくろ」が,無造作にゴミ捨て場に投げ込まれるんだ。 知人の青年は,このラストを観た後,暫くの間,座席に座ったまま,茫然としていたそうだよ。 現在,書店で入手可能なものは,次の2点しかありません。古本でよければ,他にも,アマゾンで安価に購入できる本があるよ。 福田恒存訳 〈新潮文庫〉 仁木めぐみ訳 〈光文社古典新訳文庫〉。
by yojiarata
| 2014-01-16 13:53
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