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水と 氷の 季節



ご隠居さん 今日はまともな話題のようだね。

***


自分はいつもまともだと思っているんだけどね。

今回も,前回に続いて,自然現象を話題にします。不愉快な連中のことを思い出さなくてすむからね。


古代の人々 と 水



医学の祖であるギリシャのヒポクラテスが執筆した『空気,水,場所について』には,

正しい仕方で医学にたずさわろうと欲する人は,

次のようにしなければならない。

まず,一年の諸々の季節がそれぞれどんな影響をおよぼす力があるかを

考慮しなければならない。

・・・・・ それからまた,いろいろな水の性質にも考慮しなければならない。

水は味と重さに相異があるように,

それぞれの性質にもひじょうに相異があるからである。


ヒポクラテス 『古い医術について 他八篇 (小川政恭訳)』 (岩波文庫)



にはじまって,実にさまざまなことが書かれているんだ。紀元前に生きた人々も,水と健康の関係に深い関心をもっていたことがわかるよね。


水は,内外の文学作品にもしばしば登場するよ。『枕草子』には,

月のいとあかきに,川を渡れば,牛のあゆむままに,水晶などのわれたるやうに,水の散りたるこそをかしけれ。

清少納言 『枕草子』 (岩波文庫)

とあります。月が冴え渡った千年前の夜の静寂,川を渡る牛車の歩みとともに砕けて散る水の美の一瞬を,清少納言は見事に捉えていると思わないかい。


水の凍結



今では,冬が暖かくなったうえ,寒いといえばすぐに暖房に助けを求めるのがつねだから,寒さと季節の実感が薄くなってしまったようなきがするんだけど,昔と言っても,ほんの50年前は全く違っていたね。私の学生時代の東京の下宿では,朝起きると,銭湯帰りの手拭がパリパリに凍っていることがよくあったよ。君は,信じられないでしょう。ちなみに,当時の下宿代は一畳1000円が相場だったよ。つまり,私の下宿代は,4500円だったというわけだ。


永井荷風は,百年前の冬の東京を,日記につぎのように書き残しているよ。


大正六年(1917年)師走

十二月廿六日 .....この夜寒月氷の如く霜気天に満つ。未夜半に至らざるに硯の水早くも凍りぬ。


大正十二年(1923年)正月

正月二日 烈風暁に及ぶ。午に近く起出で顔を洗はむとするに,水道の水凍りゐたり。 .....

正月三日 晴天。寒気凛冽。水道午後に至るも氷猶解けず。 .....

正月十七日 厨房の水道鉄管氷結のため破裂す。 .....

斷腸亭日乗(岩波書店)



水道管が 破裂するのは 何故か



最近のニュースの天気予報では,寒くなるから,水道管の破裂にはご注意くださいといっているよ。

温度が下がれば,水がいずれ凍るのは自然なことです。しかし,水が凍ると水道管が破裂するのは何故だか考えたことがあるかい。

水道管が破裂するのは,水道管の中で水が氷に変化したために,体積が増えるからだよ。それでは,水は氷になると,体積が増えるのは何故なんだろうか。

温度が下がると,HO 分子同士の平均間隔が次第に詰まってくるよね。つまり,密度が上昇するはずです。言い換えると,温度が下がると水の体積は減少の一歩を辿るはずだよね。

ところが,水の場合には,実際にはそうなっていないんだ。

温度と密度の関係をハンドブックで調べて,図にしてみるよ。水の密度は,温度が下がるにつれて,実に奇妙な変化をしているでしょ。10℃ から 0℃ までの変化を見ると,水はどんどん膨らんで,体積は約 4℃ (正確には,3.98℃) で最大になるんだ。


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改訂4版化学便覧・基礎編II(日本化学会編,丸善,1993)に掲載されているデータをもとに,
筆者が Excel 2010 を用いて作成



通常の液体の場合には,温度の低下とともに,密度は上昇を続け,すなわち,体積が減少するんだけれど,水の場合には,事情がまったく異なります。10℃ から 0℃ までの密度の変化をみると,水の密度は温度とともに 0℃ になるまで,奇妙な変化をしているよ。体積は,減少するんじゃなくて,逆に,ごく僅かだけと,膨らむんだ。

次に,水が氷に変っていく経過をまとめてみるよ。

水の凍結


水は,化学で教わるように,1個の酸素原子と2個の水素原子が,H-O-H のようにつながったHO 分子が無数に集まってできています。水の状態では,HO 分子は,前に書いたように, 優雅に舞を舞っているんだ。

温度を下げていくと,通常,物質は “ 身がひきしまって”,密度は大きくなると 直感的に考えるよね。この点は,自然界に存在する大部分の物質の場合には正しいけれど,水の場合には,逆のことが起るんだ。

温度が下がって,3.98 ℃ になると,それまで,優雅に舞を踊っていた HO 分子は,一斉に立体的に規則的に整列して,氷になるんだ。こうしてできた氷は,HO 分子同士の間が, ” つっかい 棒 ”で隔てられて,近づけない構造になっているんだ。

”つっかい 棒” とは何ぞやだって?

そうか。君は,現代アパートの人間だからね。時代劇のテレビ・ドラマを見ていると,しょっちゅう出てくるよ。入口の戸を,棒を使って開かないようにしているでしょ。あれが ”つっかい 棒” です。

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氷における水分子の配列(大きな黒丸は酸素原子,小さな黒丸は水素原子)
酸素原子の間に存在する2個の水素原子が,”つっかい棒”の役割をしている



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氷における隙間だらけの水分子の配列



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氷の構造・イラスト



もっと詳しいことを知りたかったら,以前私が書いたやや専門的な水の記事 水の変容 Ⅱ を読んでください。


何故,3.98℃ なのかだって?

今のところ,” ワカリマセン ” というしかないね。水分子同士の間に働く力,個々の水分子の運動の熱エネルギーなどのバランスによって,この温度が決まるんだ。だから,理屈の上では,計算によってはじき出すことが出来ることになるけど,現状ではとても無理だね。あまりに複雑な計算になるからね。いつの日か,挑戦する人が出ないとも限らないけど。


要するに,水が氷になると,“ 身がひきしまる ” どころか,中身に隙間ができ,その結果,体積が膨らむんだ。氷の密度は,0. 917 (g/cm3) です。大まかに言って,100 ミリ リットル の水(0℃)が 氷になると,110 ミリ リットルに膨張するのです。この10% にも及ぶ膨張のために,水道管が破裂するのです。


水は なぜ表面から 凍結するのか?


高原の湖では,冬になるとスケートを楽しむことができます。しかし,湖が全面結氷といっても,水が底まで全部凍っているわけではありません。それが証拠に,大勢の人が氷に穴をあけてワカサギ釣りなどを楽しんでいます。

それでは,湖の水はなぜ表面から凍りはじめるのでしょうか。逆に,底から凍りはじめるとすると,湖の水全体が氷にならない限り,スケートはできません。そうなると,ワカサギは生きていくことができませんから,ワカサギ釣りもできなくなるでしょう。

冬になり,気温が下がってくると,湖の表面の温度が次第に下がってきます。かりに,気温が 4℃ だったとしましょう。もともと,表面の水の温度は,底の水の温度に比べて低いわけですから,温度に勾配が生じます。ところが,4℃ の表面の水は,それよりも温度の高い底の水に比べて密度が高いため,表面の水と,底の水の間で対流が起こります。気温が 4℃ のままでとどまっていると,理屈の上では,長い時間ののちには,表面も,底も,4℃ になって,循環が止まるはずだよね。


 水の性質と 生物の生存


つぎに,この状態を経過した後,気温が下がって,0℃ になったとします。この場合にも,湖の水は表面から温度が下がるけれど,0℃ の水は,4℃ の水よりも密度が低いために,そのまま表面にとどまるんだ。4℃ より高い温度の場合と違って,池の水が対流を起こして,温度が均一になることはないよ。言い換えると,表面の温度が 0℃ になった場合には,表面が冷たく,底が温かい状況が保たれることになるんだ。


4℃ から 0℃ に至る間の密度は,0.999972(4℃) から 0.999840(0℃) に変化するに過ぎず,その差は値としては非常に小さいけれど,この僅かの差こそが,現在,われわれが暮らしている地球での生物の営みを可能にする本質的な鍵なんだ。

これまで述べてきた水の特異な性質は,大げさに言うと,地球に住む生物のありようを決める決定的な要素なんだよ。




by yojiarata | 2014-01-13 20:40
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