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実録 いつか来た道  巻の一



ご隠居さん 前に書いていた  いつか来た道 続編 とよく似た題だけど,関係あるの。

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大有りだよ。 昭和史全記録 のことは,前に書いたよね。今回は,そこに記録が残されている資料をもとに,私なりに,敗戦までの昭和の道を辿ってみたいんだよ。


 治安維持法


治安維持法は,国体(皇室)や私有財産制を否定する運動を取り締まることを目的として制定されたんだ。

この法律は,とくに共産主義革命運動の激化を懸念したものとして発足したといわれているんだけど,宗教団体や,右翼活動,自由主義等,政府批判はすべて弾圧の対象となっていったよ。


 昭和3(1928)年 治安維持法改正


6月29日

二日にわたる樞密院本会議での討論の結果,第五十五議会で審議未了の治安維持法改正を可決公布(死刑,無期刑を追加)。今秋の御大典を控え政府の押し切り成功。


「大正」の次の元号は,「昭和」ではなく,「光文」 になるはずだった


次の号外(大正十五年十二月二十五日)を見てちょうだい。

【聖上崩御】

【官報号外無號告示】

【天皇陛下今二十五日午前一時二十五分葉山御用邸において崩御あらせられる

大正十五年十二月二十五日

宮内大臣

内閣総理大臣

  連署

・・・・・

元號制定

「光文」と決定 - 樞府會議で】



” 誤報 ” の顛末は,樞密顧問官たちが,「光文」と決定したことが,正式発表前に,東日のスクープとなり,これでは不謹慎のそしりを免れないと,「光文」 から 「昭和」 に切り替えられたんだそうだ。

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 昭和11(1936)年 2・26事件 の 頃



国内的にも,国際的にも,雲行きが急速に怪しくなっていく時代に入るよ。


昭和11(1936)年2月22日

美濃部博士 狙撃される


二十一日午前九時頃府下武蔵野町吉祥寺法学博士美濃部達吉氏邸へ裁判所現職某判事の紹介状に水菓子の籠を携へ博士に面会を求めた男があった。応接間で面会,対談二時間余りの後,件の男は威猛高に博士に自決を求めた。その声に女中が駆けつけると博士の背後から件の来客は矢庭にピストルを二発発射,一発は博士の右膝関節に盲貫銃創を負わせた。 ・・・・・

博士は直ちに帝大病院へ運ばれ手当てを受けてゐる。犯人が所持してゐた斬奸状には,「まず逆徒美濃部に天誅を加ふ」という見出しで,天恩を過分に受けながら,これを忘却する者に対しては天誅以外に術なし」と言ふ意味のものであった。


ちなみに,美濃部達吉氏は,のちに東京都知事を1967年(昭和42年)から1979年(昭和54年)に亘って,3期12年務めた美濃部亮吉氏のご尊父だよ。


昭和11(1936)年5月18日

陸海軍大臣現役制復活


陸海軍大臣・次官を現役とする明治の制度復活。


昭和11(1936)年5月29日

思想犯保護観察


思想犯保護観察法公布。裁判による刑罰,特高の監視でも不十分とする権力が考え出した一種の拘禁,決まった日に観察所に出頭,「講習」を受け,居住地を離れるときは許可が必要。これまでの思想犯検挙約五万九千人,入獄中五百九人,内非転向百二十人。


昭和11(1936)年7月11日

「忘れちゃいやよ」発禁


渡辺はま子の流行歌「忘れちゃいやよ」蓄音機円盤販売禁止。月が鏡であったなら恋しあなたの面影を夜ごとうつして見ようもの・・・・・に続く「ネェ忘れちゃいやよ」の鼻にかかったしなだれ声がうけ三ヵ月で十二万枚を突破,これが娼婦の嬌態を想像させる官能的歌唱としてお叱りをうけ,ふしを唱歌的になおし題名も「月が鏡であったなら」に改題し再発売。



昭和11(1936)年7月31日

AKで安部磯雄氏の放送原稿中止


JOAKは三十日午後七時半から初の試みとして「伸びゆく日本」と題する五政党代表の「政治家の夕」を放送したが社大党安部磯雄氏の放送内容が逓信省の放送禁止事項に触れるという理由で放送一時間半前に中止。


昭和11(1936)年11月25日

日独防共協定


ベルリンにて「日独防共協定」(正式名は共産インターナショナル=コミンテルン=に対する日独協定)が調印され効力は五年,本文三ヵ条,付属議定書三ヶ条秘密付属協定三ヶ条からなり,両国がコミンテルンの活動防止のため協力し合うことが約束された。


昭和11(1936)年12月

抗日への道 - 西安事件から第二次国共合作へ


5月31日

紅軍,山西より撤退,国民政府に「停戦講和一致抗日」を通電,反蒋スローガン放棄。

8月24日

成都事件

成都に国民政府の異議を無視して日本領事館再開するため,強行赴任の総領事代理に同行した日本人記者二人撲殺さる。

・・・・・

12月12日

西安事件

張学良,蒋介石を監禁兵諌。

12月16日

中共の周恩来,西安入りし調停。

12月26日

蒋介石,南京に帰る。この西安事件が第二次国共合作への足がかりとなる。


*



あの頃の国内外の情勢を振り返りながら,安倍政権が現在やっていることを,もう一度,考えてみてほしいんだ。

NHKは,しっかりと首根っこを押さえたし,特別秘密保護法も成立,一党独裁,怖いものなしだからね。

何度も言うようだけど,彼の人に天罰でもくだらない限り,今に恐ろしい世の中になるよ。



つづく

by yojiarata | 2013-12-30 16:33
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