ご隠居。今日は何だか役に立ちそうな話題のようだね。 まぁ聴いてから,役に立つがどうかを決めてよ。 前回話したように,水の性質の複雑さの原因は,1個のH2O分子と,別のH2O分子の間の水素結合だよ。覚えている。 そうすると,H2O分子がどのように繋がっていくか,想像してみてよ。 可能性は二つ。どこまでも,蛇のように線として繋がっていく場合と頭と尻尾が噛み合って,何らかの形で,輪を作る場合です。前者は,実際には存在しないんだけど,どうしてだか分る。 前者の場合には,頭に水素結合をしていない水素,尻尾に水素結合していない酸素が,宙ぶらりんに残るでしょ。これは,エネルギー的には水素結合だけ損な状態だよ。このため,複数のH2O分子は,いつも,”わっか” になっているんだ。前回掲載した水の舞では,離合集散が速すぎて,”わっか”を作っている状態が見えないんだ。その時,言うのを忘れたんだけど,10の13乗倍のスローモーションなんだ。 1) まず,1個のH2O分子を中心に固定して(Vの字があるでしょう),周りのH2O分子の群れをシミュレーションした図です。中心のH2O分子の周りには,その他大勢のH2O分子が分布しているんだ。水素原子の先には,周りの水分子の酸素原子がいるし,酸素原子の先には,周りの水分子の水素原子が分布しています。全体をゆっくり見渡すと,水分子と水分子が水素結合して,統計的には,4面体構造ができているのが分るでしょう。 2) 次は,気体になった水が形成するリングの構造。3個,4個,5個,6個のH2O分子がつくるリング構造の図だよ。 3) 水分子のリング構造は,無機化合物の中でも見られるよ。結晶水のことは,理科で勉強したでしょう。ここでみられる水のリングもその一つです。結晶水というのは,そんなに簡単なものじゃないんだ。 4) 次は,プラトンの多角形とよばれているものの図だよ。ギリシャの数学者たちは,非常に進んだ幾何学の知識をもっていたんだ。同一の正多面体が作ることが可能な立体は,この図の5種類しかないんだ。 5)そして,最後に,塩素原子をその中心に置く,20個のH2O分子の正12面体です。今の言葉でいえば,塩素・ハイドレートだよ。この分子の構造については,19世紀の初めのファラデーの研究業績以来,20世紀の半ばのポーリングによって,この構造が確立したんだよ。 分ってみると,水分子が作るかご形の構造は,まさに,プラトンの正多面体の一つである正12面体だったんだよ。もう一度,4)の図を見てちょうだい。 やっと,メタンハイドレートに到達したよ。お察しのように,メタンハイドレートの場合には,5)の図の塩素の代わりに,メタンが中心に位置するんだ。 ここで強調しておきたい点は,ガスハイドレートの外側を形成するH2O分子のカゴは,その中心に塩素などの化合物が取り込まれているときにだけ,安定に存在することができるんだ。言い換えると,中心の化合物が抜けると,水のカゴはつぶれてしまうんだよ。 ガスハイドレートの構造を含めて,さらに色々なことを知りたい場合には,私の著書『水の書』(共立出版,1998),『水を知ろう』(岩波ジュニア新書,2001)を読んでください。 30年位前から,深海の底,永久凍土地帯に大量のガスハイドレートが埋蔵されていることに注目が集まっているよ。この場合には,水のカゴに取り込まれた気体の95%以上はメタン(CH4)です。メタンを吸蔵しているガスハイドレートは,メタンハイドレートとよばれているんだ。メタンハイドレートを実験室で作るには,低い温度と高い圧力が必要です。深海の底,永久凍土地帯では,この条件が満されるため,メタンハイドレートが生成するんだよ。 メタンハイドレートの場合には,おおざっぱにいって,1 リットルの水が,200 リットル近い大量のメタンを取り込んでいるよ。通常の条件では気体であるメタンは,そのままでは体積が膨大になり,運搬に要する費用の点からみて現実的ではないんだ。1モルの気体は,22.4 リットルであることを思い出してよ。すなわち,メタンハイドレートは,圧力をかけてメタンを保存することと同等であるため,将来のエネルギー 源のひとつとして注目されているのです。 色々な計画がもちあがっているよ。日本,アメリカ,ドイツ,カナダの四国の共同によって,北極圏に位置するカナダ北西部の永久凍土地帯で世界ではじめての採掘実験が,始まるということも聞いたよ。静岡県の御前崎沖を含む日本近海のメタンハイドレートの推定埋蔵量は,日本の天然ガス消費量の約100年分にのぼるといわれていうことなんだ。 しかし,現実的には,大量をメタンハイドレートをどのようにして集めるかなど大変難しい問題があるのは想像できるでしょ。また,海底のメタンハイドレートが,何らかの理由で突然,大量のメタンガスのもどった場合に地球環境に及ぼす影響を懸念する声もあるんだ。 ともあれ,この分野の今後の発展に期待しましょう。 ガスハイドレートに関しては,前の項で議論した構造の問題を含めて,次のウェブ・ページ http://woodshole.er.usgs.gov/project-pages/hydrates/に詳細な解説があるはずだけど,2013年10月4日現在,つながりません。アメリカ政府がシャットダウンしているためです。代わりに,シャットダウンを見てちょうだい。
by yojiarata
| 2013-10-04 13:05
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