ご隠居さん。今回も奇妙な題だね。何を,どうしようというの。 まぁそんなに急がないでよ。大事な話なんだから,ゆっくり聞いてちょうだい。 毎週月曜日,NHK第2放送で,午後8時半から,「カルチャー・ラジオ」 なる番組があってね,今や故人となられた作家とのインタビュー,自作の朗読などが放送されるんだ。9月は松本清張の順番で,「ある小倉日記伝を語る」 が4回にわたって放送されたんだ。大変面白い番組だったよ。明日9月30日(月)は最終回で,「文化講演会・小説の取材」です。 色々の経緯を経た後,昭和28年度の芥川賞を,清張さんが「ある小倉日記伝」,五味康祐が「喪神」で同時受賞したんだ。当時は,芥川賞といっても,今のようなお祭り騒ぎではなく,新聞に小さな記事が出るだけだったようです。清張さんは当時44歳。遅い受賞だったんだ。 「ある小倉日記伝を語る」で,清張さんがこんなことを仰っていたよ。 清張さんには,昭和28年の受賞の後,殆んどといってよいくらい,出版社からの依頼はなく,手持無沙汰,貧乏暮らしが続いたようだよ。何しろ,福岡に,両親,夫人,子供4人を残しての単身赴任だったため,相当参ったと言っておられました。しかし,今から考えるとと,清張さんは続けたよ。その分だけ自由な時間があり,後に残る,自分も満足できる幾つかの短編,例えば,「真贋の森」や「カルネアデスの舟板」などを書けたと仰るんだ。 私の好きなこの頃の作品には,ほかに,俳句の道をなり振り構わず求めるぬい女 (菊枕 - ぬい女略歴),日本旧石器時代説に30年間の歳月を費やしてなお止むことのない黒津 (石の骨)。そのどれもが,形になって報われることはない。報われぬ闘いとともに,ぬいの夫・圭助,黒津の妻・ふみ子は生きるんだ。 芥川賞がお祭り騒ぎになった今は,受賞と同時に出版社が押し掛け,次の作品,またその次の作品と依頼し,受賞作家は,受賞で舞い上が,てんてこ舞いの忙しさになり,小説を書くための材料の蓄えが十分にあり,かつ,自由な勉強の時間がある人のほかは,ダメになっていく連中が多いと清張さんは仰っていました。 私は,清張さんのこの言葉に,ハッとさせられたよ。これは,小説に限らない,どのような分野にも通じる真理を含んでいるからね。 率直に私見を言わせてもらえるなら,今の芥川賞は,あまりにもレベルが低いんじゃないだろうか。ナヨナヨした男女関係を描くとか。だけど,審査員の先生方がその手の小説をじゃんじゃん書いて,稼いでいるんだから,しょうがないか。 年とともに,修行という言葉の持つ重みを感じています。今にして思えば,70年以上前,大学の入学式で聞いた麻生磯次先生の“初心忘るべからず”の言葉は,自分にとっての出発点だったことを最近つくづく感じています。麻生先生のお言葉もあり,私は授業で初めて対面する学生諸君に,世阿彌を引用することにしていました。 まづ声変はりぬれば,第一の花,失せたり。 ・・・・・ 岩波文庫でも読めるよ。 “ 誠の花 ” を求めて,ただひたすら稽古に励めという世阿彌の言葉は怖いよね。修行の厳しさ,凄まじさがひしひしと伝わってくるから。 入学試験が難しくなり,それとともに,成績の良い学生が集まるようになってきたよ。 私は,成績がよいことが,悪いこととは思わないよ。やはり,優秀な学生であるのは間違いないんだ。 役者として大きくなる条件は,“ 花 ” があることだというでしょ。しかしこれは,世阿彌がいった “ 第一の花 ” といい換えるべきなんですよ。修行に継ぐ修行がなければ,花は,所詮 “ 時分に花 ” であり,“ 誠の花 ” となりえないんだ。 念願の大学入学によって手にした “ 第一の花 ” が失われた後,いったいどうしようというのか。1人でも,2人でも,先人の言葉を噛みしめてほしいと願って,私のこの「脱線」を毎年のように繰り返してきたんだ。 王貞治さんが,どんなに才能があっても,夜を日に続ぐ修業がなかったら,一流の域に達することはないであろうと言っておられたよ。あの王さんの言葉だけに,有無を言わせぬ説得力があります。打者は,打つとき歯を食いしばるので,歯がガタガタになるということも聞きました。何事によらず,歯を食いしばって修行してこそ,一流の域に到達できるんだよ。 打席で,ボ-ルが止って,縫い目が見えることがあるともらされた王さんの言葉を耳にされた野球の神様・川上哲治さんが,“王君も境地に達した”といわれたのが忘れれません。修行によって,王さんは,この境地に達せられたんだ。しかしこれは,修行の結果であって,結果をまず先に考える人には全く通じない話だけどね。
by yojiarata
| 2013-09-29 17:50
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