ヘリウムガスと液体ヘリウム 拡大する利用範囲とそれを巡る国際戦略  その4




ヘリウムガスの故郷は地底のどこか?



荒田

そもそも,人間の手に入るまで,ヘリウムはどこでどうしているのでしょうか。

山本

以前からの素朴な疑問があります。メタンガスなどの地層は化石燃料で太古の生命活動から生成されたと教科書で教わったのですが,なぜヘリウムがそこにあるのかということです。天文学者によれば,ヘリウムは全宇宙では,水素に次ぐ2番目に多い物質です。星の誕生が宇宙空間のガスが集まって出来たとすれば,そもそも地球にも大量に存在していて,ヘリウムが逃げない特殊な岩盤を持つ地層だけにヘリウムが残ったという仮説も説得力があります。次の図をご覧ください。 

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この言わば蓋を持つ巨大な天然ガスの地層が,北米大陸で発見され,燃えない軽いガスが軍事物資として利用できることから,資源局が管理することになりました。

カンザス,オクラホマ,テキサスの3州をつなぐ総延長 600Km を超えるパイプラインを敷設して,天然のガス貯蔵庫にヘリウムを貯めこむという壮大な計画も,戦略物資として行われました。直線距離で,ざっと東京から鹿児島の距離ですから,これだけ長いパイプラインの維持管理も大変です。

2012年のヘリウム不足の原因は,製造装置をはじめとする定期改修工事の遅れが主な原因とされています。

山本

なお,Selling the Nation's Helium Reserve ( THE NATIONAL ACADEMIES PRESS, 2010 ) には,ヘリウム全般にわたって要点がすっきりまとめられいて大変参考になります。


ヘリウムを巡る国際戦略


荒田

これからますますヘリウムガスの需要が高まると思いますが,レア・アースの場合のように,国際的な経済戦略の渦の中に巻き込まれるのが怖ろしいのですが,この点は如何ですか。

山本

おっしゃる通りです。アメリカの備蓄ヘリウム放出政策により,多くの産業が育成されましたが,日本の100%輸入に頼る脆弱な構造は変わりません。

最近,レア・アースを巡って,資源外交の問題が,取沙汰されています。ヘリウムに関しては,全世界の4分の3の生産能力を持つアメリカは,圧倒的優位にあります。表向きは,輸出制限はしていませんが,資源外交カードとして,無言の圧力をかけることは可能です。

ヘリウムの逼迫状況が2012年11月から起き,今も続いています。

一般的には,ヘリウム風船がこの世から消えたニュース やなどがNHKのクローズアップ現代で報道されて,日本でも広く認知されるようになりました。石油と違う点は,供給元が限定されている,極低温ゆえに運送や備蓄がコスト的に難しいなど,日本にとっては条件が悪いのです。

荒田

国際的にみて,ヘリウムがどのような状況にあるかを含めて,これまでのまとめをお願いします。

山本

ヘリウムが発見されて最初の応用は,軍事用の飛行船でした。ライト兄弟が実用化した飛行機が最初に注目されたのも軍事目的でした。空からの偵察用として開発が進み,輸送能力が高まるにつれ,爆撃に使用されていきました。飛行船は,気象に影響されやすいことと,航行速度を速くできないので、偵察が主な用途だったようです。

燃料を消費せずに,長く空中に留まれる性質を利用して,第2次世界大戦中,ドイツのUボートを発見する現在の対潜哨戒機の役割を担いました。それから,V1ロケットによるロンドン爆撃を空中に浮かべた飛行船から,機関銃で撃ち落として防いだ有名な話もあります。これも,アメリカからのヘリウム補給で可能となりました。

軍事物資としての認識をされたことが,ヘリウムの製造と備蓄を国家プロジェクトとして採用された背景にあります。1924年のアメリカ議会での法案が成立して,ヘリウム製造と備蓄が始まります。

米ソ冷戦時代になると,核ミサイルの液体燃料エンジンに使われることになり,ヘリウムの重要性が再認識されます。ロケットは液体酸素と液体水素を燃料としますが,この加圧に使われるのがヘリウムガスです。自動車や航空機のエンジンには,機械式の燃料ポンプが使われますが,宇宙空間でも作動する機構としてヘリウムガスでの加圧は単純で信頼性の高い方式です。

ICBMの根幹技術に必要だったことから,ヘリウムは引き続き,厳しい国家管理の下,備蓄され続けます。この備蓄政策を支えたのが,天然のヘリウムタンクとも言えるテキサス州 Bush Dome です。ガスを蓄える多孔質のドロマイトとよばれる花崗岩の上に塩の層が覆いかぶさり,純度50-70%程度粗ヘリウムとよばれるガスを地下へ注入して保存しています。ヘリウムの貯蔵は,その物理的性質から人工的に行うと非常にコストが掛かります。ヘリウム液化機がある施設では150Kg毎平方センチメートル程度で高圧ボンベ内で保存しますので,巨大な施設になってしまいます。旧ソビエト連邦でも 同様のことを行っていたようです。

旧ソビエト連邦が崩壊して冷戦が終わると,両国とも莫大な維持費のかかるICBMを減らすことに合意します。軍事目的で貯蔵された10億㎥ のヘリウムが一般に販売されることになった背景はここにあります。冷戦時代の置き土産として,核攻撃を受けた際でも機能する通信システム(パケット通信技術)がインターネットを生み,ミサイルをピンポイントでガイドするために打ち上げた衛星が,民生用GPSとして,自動車や携帯端末に応用されています。ヘリウムも直接私達の生活で存在を意識することはありませんが,これも冷戦の産物と言えるかも知れません。

BLMに引き継がれたヘリウム販売ですが,全量を販売するのではなく,一定量を残してアメリカ国内で使用できる量は確保してあります。特に軍事目的用のヘリウムは,別の割り当てで確保されています。

”In-Kind” Program とよばれる割り当て制度により,NASAとアメリカ海軍,空軍,陸軍に毎年供給されています。資源を最大限に有利に使用することで,軍事的優位を保つ姿勢がみてとれます。太平洋戦争開戦時に,日本の石油の備蓄量がアメリカの0.3%程度だったことを思い起こす事実です。

様々な応用研究がされていますが,前提であるヘリウム調達に不安があると砂上の楼閣になりかねません。アメリカ以外での調達が可能になるように,「カタール2プラント」からの輸入フル稼働を望むところです。加えて,極東ロシアの天然ガス田にヘリウムの存在が言われているので,LNG輸入と合わせて別ルートを確保してもらいたいと思います。

BLMが供給したことで,ヘリウム応用産業が育ったわけですが,2015年以降の販売でも,アメリカでは自国の圧倒的な資源量に依存が可能なので,研究開発にも優位に立てます。


結びの言葉


荒田

結びに,付け加えておきたいとお考えの点はないでしょうか

山本

日本では,高圧ガス保安法という法律があるのですが,これが施行されたのは高度経済成長期です。石油化学コンビナートなどの巨大工場の安全を確保するための法律です。

低温工学で使用される多くの装置が,この安全規格に阻まれて,自分の首を絞めているような状況です。例えばヘリウムコンプレッサーは20Kg/平方cm以上の圧力を使用しますが,10Kg/平方cmを超えると,届出が必要になったりします。一方,空調機に使用されているフロンは,この対象外です。

法律が作られた時は,ごく限られた研究所だけでヘリウム冷凍機が使用されていたので,当然ですが,法律の改正を行ってきていないのも,産業育成の阻害,国家戦略の欠如です。利権がからまない小さな市場なので政治も動かないのでしょうか。

見直しの作業部会が,低温学会などを中心に発足したらしいのですが,組織的な法改正は時間がかかりそうです。ヘリウムを扱っていて,こんなことも,時々感じております。

荒田

お忙しいところ,このブログのために多大の時間を割いていただき,誠に有難うございました。


付記
最近の状況などについては,近着のNature誌をご覧になってください,





by yojiarata | 2013-06-27 16:40 | Comments(0)
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