三国連太郎の訃報に接した。 直ちに頭に浮かんだのは,『戒厳令』(吉田喜重監督作品,1973年公開)である。映画は,二‐二六事件に連座して死刑になった北一輝を軸にして展開する。 処刑の場で,”天皇陛下バンザイ”と叫んで死ねと迫られた三国連太郎(北一輝)が乾いた声で応える。 ”私は,死ぬ前には,冗談を言わないことにしています” の言葉を遺して処刑される。 いまでも,30年以上も前に見た映画のこのラストシーンが記憶にある。 最も印象に残る三国の出演作は,『飢餓海峡』 (原作・水上勉,監督・内田吐夢,東映東京,1965年公開)。 戦後まだ間もない頃,北海道地方を襲った猛烈な台風により,青函連絡船が転覆して多数の死傷者が出た。 『飢餓海峡』は,この未曽有の海難事故を原点とする殺人事件を描いたものである。 三国連太郎,左幸子,伴淳三郎の連携が,日本映画の歴史に残る素晴らしい作品を生んだ。 犬飼太吉のちに樽見京一郎を名乗る三国連太郎。 左幸子(青森県大湊市の娼婦・杉戸八重) 伴淳三郎(函館署の刑事・弓坂吉太郎) まず,三国連太郎の役作りについてのエピソードから始める。 夜の鼓 近松門左衛門の世話物『堀川波鼓』を,橋本忍と新藤兼人が翻案し脚色,今井正が監督した文芸時代劇。1958年,松竹。 彦九郎(三国連太郎),お種(彦九郎の妻,有馬稲子),床右衛門(鼓の師匠,森雅之)が繰り広げる愛憎劇。 妻・お種が床右衛門と不義密通した。怒りに震えて,お種を責める彦九郎。 三国連太郎とのインタビューによると,有馬稲子を本気で殴る。彼女の顔が腫れあがって,ついには気を失う。今井監督のOKがでなかったためだったと,三国は語っている。 最後に,三国は有馬稲子を切って捨てる。この時,三国は本身の刀を使う。本身を使わないと監督のOKがでないんですよと三国。ジュラルミンの刀だと重みがでないという今井監督の指示によるとのことである。 有馬稲子は,私の頭が悪いのは,あの時,三国さんに本気で殴られたせいですと語っている。 有馬稲子『のど元過ぎれば有馬稲子―私の履歴書 有馬 稲子』(日本経済新聞社,2012) 本箱から,佐野眞一『怪優伝 三国連太郎・死ぬまで演じつづけること』 (講談社,2011)を取り出して再読する。 ![]() 佐野眞一の著書には,多くの俳優に対する三国連太郎の歯に衣着せぬコメントが掲載されていて興味深い。その内から,いくつか拾ってみる。 佐野氏の質問,コメントは,前に, — を付してある。 高倉健 ― 私から言わせると,『飢餓海峡』で若い刑事を好演した高倉健が,その後出演した膨大な数の映画で,『飢餓海峡』以上の演技をみせたという記憶がありません。これはどういうわけでしょうか。 三国 ・・・・・ あのときは,それ以降の高倉さんがどんな役者になるか,見てみたいと思っていましたが ・・・・・。 ― 『飢餓海峡』以降の高倉健は,唐獅子の紋々(もんもん,入れ墨,筆者注)を背負った任侠映画がほとんどですよね。 三国 だから,任侠映画に出たのが間違いでしょうね。 三国 内田監督が高倉くんの”手”が違う,と言い出したんです。 ― 内田はこのとき,「高倉くんの手は刑事の手じゃない。女の手だ」と言って,何度もダメ出ししたという。 左幸子 ― 左幸子さんはどんな女優さんでしたか。 三国 頑固な人ですね。 自分が一度言い出したらもう誰の言うことも聞かない。 三船敏郎 三国 ・・・・・ あのひとは徹底して己の素材を生かされた人なんです。セリフは正確で疑問を挟まないし,また,一字一句間違えた様子がありませんでした。一挙手一投足,そして歩数まで監督の指示に従うというところがある。 そして三船さんが映えたのは,何と言っても一連の黒澤作品ですが,完全主義者という評判の黒澤さんのカッチリとお作りになったコンテにあれほどピッタリとはまられた人は,他に類がなかったを私は思っています。 ― それだけ役者としての自己主張は乏しかったと巷聞耳にしますが。 ・・・・・ しかし,黒澤さん以外の監督,つまりほとんどの監督の演出だと,あれほどの生彩は見られないという事実は見事と言うべきではないでしょうか。 ふと,教授と教授から研究の指導を受ける大学院学生の関係に思いが至る。 筆者の経験では,この点に関していえば,全く反対方向の二つのタイプがある。 タイプ1 教授に言われるまま,まるで鸚鵡返し。見事な研究をして,立派な論文を仕上げる。まさに,黒澤・三船路線である。 タイプ2 ああ言えばこう言い,教授の言葉を頻繁に無視する。 教授の資質にもよるが,タイプ1の学生は,教授に気に入られて,研究者としてよい出発をする。しかし,将来,大々的に成長するかどうかは全く未知数である。 タイプ2の学生は,教授から疎まれ,つらい思いをすることがしばしばである。しかし,将来,ポッシャってしまうかどうかは,全く分からない。 筆者としては,タイプ2の学生の中から,奇跡的な発想と業績が生まれる可能性を期待したい。 市川雷蔵 すみませんけどあまり印象がないんです。 杉村春子 怖いおばさんでしたね。 ― ではうまいと思った女優はどなたでしたか。 三国 望月優子さんでしたね。 ― ほかには? 乙羽信子さんでしょうね。 宝塚出身の女優さんは総じてしばいがうまくないんですが,乙羽さんは別でしたね。うまいというより,真面目な方でしたね。 高峰秀子 三国 僕が鎌倉に住んでいるころ,高峰さんも鎌倉に住んでいたんじゃないかと思います。木下(恵介)さんが大好きな人でしたね。 僕なんか野放図だったから,同じ鎌倉に住んでいても口ひとつきいてくれなかったですよ。 撮影所で会っても口をきいてくれませんでした。非常にクラシックな方でした。僕は反対にハレンチ男ですから。 ・・・・・巨匠といわれる監督にもお世辞を言わない人でしたね。 つけんどんにしている人でした。 ― 文才もありましたね。 やっぱり才女だったんじゃないでしょうか。”ぶった”女優さんは,たくさんいましたが,あの人が「あら,先生」なんて言ったのは見たこともない。いつも「おい,お前」みたいな感じでした。ああいうタイプの人は少くなりましたね。 ― これから出たい映画や,やってみたい役柄はありますか。 三国 何もありませんね。出たとこ勝負です。 今後の展望というものは,全くないですね 取材回数六回 延べ時間して都合三十時間に及んだという。 三国は「俳優とは?」と問われて,「俳優」という言葉を三国なりに解釈して,「人に非ずして,優れた者」としばしば答えている。 追記 1) 『善魔』(1951年木下恵介監督作品)に,レッド・パージにあって出演出来なくなった岡田英次の代役として出演,役名・三国連太郎をそのまま芸名とする。あの頃は,まだ,レッド・パージという言葉が生きていた。銀座でスカウトされた三国は,当時,千葉県船橋市の矢幡神社の縁の下をねぐらにしていたという。 高校3年生であったその頃の筆者の記憶では,『善魔』に出演した三国は,大根役者だとか何だかと,映画評論家に散々貶された。しかし,三国はその後60年にわたり,日本映画の歴史に残る数々の作品を遺した。『我が母の記,井上靖原作,原田眞一監督作品,2012年,松竹』が遺作となった。 2) 先週の朝日新聞・夕刊(4月18日夕刊,文化面)で,毎週木曜日に登場する世間に名前を知られている方のコラムを読んだ。 【お会いしたのは,一度だけだ。・・・・・ ある映画賞の授賞式で,式が始まるまえに,待合室で二人きりになった。僕が歩み寄って自己紹介すると,・・・・・ 挨拶だけでは失礼と思い,僕が無意味な世間話で場を繋ぐと,三国さんは,きちんと僕の目をみながらああ,そうですか」と相づちを打ってくれた。(下線は筆者による) ・・・・・ 「ああ,そうですか」としか言わない。・・・・・ 僕はそれを聞いただけで,なんだかいい芝居を観たような気がして胸がいっぱいになったのを覚えている。あれだけ胸を打つ「ああ,そうですが」は三国さん以外には考えられない。】 何だか滑稽である。三国の「ああ,そうですか」の意味は,これまで筆者が書いてきたことから,容易に理解いただけると思う。 三国連太郎 身長 181 cm,体重 75kg 1923年1月20日 群馬県太田市生まれ 2013年4月15日 東京都稲城市の病院で死去 享年 90 合掌
by yojiarata
| 2013-04-16 00:42
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