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バイオリン演歌 桜井敏雄 江戸弁 



桜井敏雄なる人物をご存じだろうか。

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我が家の本棚には,桜井敏雄が著した

桜井敏雄 『X線結晶解析の手引き 応用物理学選書(4)』 (裳華房,1983)

が収まっている。

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今年の2月,NHKのラジオ深夜便で,バイオリン 演歌で明治,大正の時代のはやり唄を唄った同姓同名の桜井敏雄(1909-1996)なる人物の存在を知った。桜井敏雄は東京生まれ,師匠はノンキ節で知られている石田一松。

桜井敏雄の唄う 『新金色夜叉』 (大正八年頃流行)はなかでも印象深い。5分を超える長編である。


〽  熱海の海岸散歩する

寛一お宮のふたりずれ

ともに歩むも今日限り

ともに語るも今日限り


・・・・・


恋に破れし寛一は

すがれるお宮を突き離し

恨みの涙はらはらと

残る渚の月蒼し



作詞・宮島郁芳,作曲・後藤紫雲 (大正八年)



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深夜便で筆者の聴いた桜井敏雄の場合には,唄の前後に,彼の語りがついている。何時頃何処で収録されたかは不明とのことであるが,録音の質も高く,極めて鮮明である。

筆者がとくに興味をもったのは,桜井敏雄の喋る言葉である。それは,滅多に聴く機会のない 【江戸弁】 である。江戸弁 という言葉を勝手に使ってしまった。この表現が適切かどうか分らないが,その歯切れのよさは,いわゆる東京弁とは全く違う。筆者が岡山生まれ,岡山育ちのせいで,東京で聴く言葉の種類に敏感なせいかもしれない。

広辞苑第六版には,次のような説明がある。

えど‐べん【江戸弁】
江戸言葉(でしゃべること)。歯切れのいいのが特色。江戸言葉

えど‐ことば【江戸言葉】
江戸で使用されたことば。明和・安永の頃以後江戸文化が成熟し、独特の語彙と語法を持つようになり、東京語の母胎となった。江戸語。

この江戸弁を喋るもう一人の人物を筆者は知っている。五代目古今亭志ん生(神田亀住町生まれ)である。桜井敏雄の江戸弁は,間の取り方,声の響きと強弱など,五代目古今亭志ん生に極めてよく似ている。

五代目古今亭志ん生(1890-1973)と同時代の六代目三遊亭圓生,八代目桂文楽の噺には,この江戸弁の響きは全く感じられない。この二人の名人は,東京生まれ,東京育ちではない。

現役の噺家にも,東京生まれ,東京育ちの人もいるに違いないのだが,筆者のいう江戸弁に出会ったことは一度もない。五代目古今亭志ん生の長男・十代目金原亭馬生(故人,享年54),次男・古今亭志ん朝(故人,享年63)についても同様である。

そうしてみると,桜井敏雄,五代目古今亭志ん生の江戸弁は,20世紀の初め頃にだけ存在し,今やこの世から消えてしまった言葉ということになる。
by yojiarata | 2013-04-14 22:40
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