圓朝全集が37年ぶりに岩波書店から刊行が始まった。全13巻,別巻2の15冊からなる。 筆者の書棚には,大枚を投じて購入した春陽堂版全12冊(1926-28),角川書店版全7巻,別冊1巻(1975-1976)が並んでいる。 春陽堂版には,圓朝さんの実際の口演から起した速記録がそのまま収載されている。これを読んでみると,時代の差もあると思うが,はっきり云って,決して読みやすいとはいえない。春陽堂版を読み通すのは,大変な忍耐が必要である。 筆者の想像では,圓朝の研究者を別にすると,春陽堂版をとことん読み込んだ唯一の一般人は,五代目古今亭志ん生さんではないだろうか。CD に残した圓朝作品の数が圧倒的に多いのも志ん生さんである。志ん生さんの録音をきいていると,他のいかなる噺家の追随も許さない志ん生さんの話術,演出力によって明治の圓朝が見事に現代に蘇っている。ここには,志ん生さん自身が創り上げた素晴らしい志ん生さんの世界がある。 美濃部美津子さん (志ん生さんの長女)は,次のように話している。 【ほかのことはあれだけど,お父さん,芸のことになると家にいても忘れたことがなかったというのか,枕元にはいつも圓朝全集が置いてありました。ボロボロで汚くなっていましたがね。】 志ん生さんは,安中草三 後開榛名梅香』(あんなかそうざ おくれざきはるなのうめがか)[安中草三牢破り],『鶴殺疾刃包丁(つるころし ねたばのほうちょう)』[御家安(ごけやす)とその妹]などでは,複雑怪奇な作品を,実に見事に編集して語っている。[ ]内は,CD化された噺のタイトル。 角川版は,一般の読者を想定し,読みやすくするために大幅に編集し,会話ごとに段落を入れ,現代仮名遣いを用いている。 刊行が始まった岩波版は,そのごく一部が pd f としてネット上に公開されている。基本的には,角川版の様式と変わりがなく読みやすいが,「彼の娘が可哀相だから」(春陽堂版,巻の十,476ページ),「あの娘がかわいそうだから」(角川版,5,631ページ)が,「彼の娘が愍然だから」となっている(岩波 pd f 版,463ページ)など,原典を重視するあまり,かえって不自然である。岩波版には,他にも現在使われる機会の少ない漢字表現が多くみられる。学術文献としては当然かもしれないが,これは一般の読者には余り有難くない。 春陽堂版には,当時使われていたのみられる挿絵が使われている。また,角川書店版には,春陽堂版とは異なる挿絵が掲載されている。とくに,殺しの場面や幽霊の絵が怖い。また,濡れ場の挿絵が当時の作品としては実に生々しく,ドキッとさせられる。 ![]() 『牡丹燈籠』を読むには,岩波文庫版が手軽で適当である。 志ん生さんの『牡丹燈籠』では,「これは,圓朝という人が,何か聴いて作したものです」との前置きがある。 その何か というのは,中国の伝奇小説中興の先鞭をつけた明の文人・瞿佑(く ゆう,1341-1427)による作品である。 瞿佑(飯塚朗訳)『剪燈新話(せんとうしんわ)』 (平凡社,東洋文庫48,101-12,1965) 牡丹燈籠(牡丹燈記) ![]() ここでは,圓朝の牡丹燈籠との対応は 萩原新三郎 ⇒ 喬 お露 ⇒ 麗卿 お米 ⇒ 金蓮 白翁堂勇斎 ⇒ 魏法師 となっている。 幽霊となった麗卿が喬を誘惑し,結局死に至らしめた罪に問われ,喬,麗卿,金蓮の三人が裁判にかけられる。 判決文 双頭の燈籠(金蓮が麗卿の道案内をするときに持っている燈籠,筆者注)は焼き捨てて,三人のものはただちに地獄へひっ立てよ 魏法師は唖にされて,ものがいえなくなっていた。 牡丹燈籠の残りの部分は,圓朝の創作による因果応報・凄惨な殺人の噺が延々と続く。 六代目三遊亭圓生もいくつか圓朝作品をCDに残しているが,凄惨な殺しの部分を怖ろしく語っている。筆者の知る限り,志ん生さんは,おそらく意図的に,そのような場面を語ることを避けている。 怪談 牡丹燈籠(岩波文庫,昭和五十年第十六刷)[圓朝作品の成立については,奥野信太郎の解説が本書末尾に掲載されている] 圓朝の人と言葉と業績については,永井啓夫 『三遊亭圓朝』 (青蛙房,昭和46年)に詳しい。
by yojiarata
| 2013-04-11 13:49
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