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完全試合




[完全試合まであと打者一人]のニュースを聴いて,最初に思ったのは守備をする側の選手たちのことである。

筆者は48歳で草野球チームを引退するまで,いつもサードを守っていた。そして,大事な局面ではよくエラーをした。緊張が極限に達するからである。チーム,とくにピッチャーにどれだけ迷惑を掛けたか知れないと今頃になって申し訳なく思う。

プロの選手ならそんなことはないだろうと想像していた。

ダルビッシュ選手の場合,9回の最初の打者はショートゴロ,ショートは楽々とさばいた。さすがにプロである。

続く打者も内野ゴロに打ち取る。あと一人。ゴンザレスの打球がダルビッシュの股間を抜け大記録は潰えた。

気になったので,本棚から,20年近く前に購入した一冊の本を取り出して再読する。420ページの力作である。

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北原遼三郎 『完全試合 15人の試合と人生』 (東京書籍,1994)


日本のプロ野球で最初に完全試合を達成した藤本英雄の記事の中で,赤バットの川上と共に巨人の中軸を打った青バットの青田昇の回想が,「スライダーの創始者 中上英雄の直球人生」(週刊文春 1978・3・2)から引用されている。

【六回,七回と回が進んで,たしかカワ(川上哲治)さんだったと思うが気がついた。「オイ,一人も走者を出していないぞ。これはパーフェクト・ゲームだぞ」といったんだ。とたんにぶるってしまった。・・・・・ 顔の筋肉もつっぱてしまい,どうかフライが飛んでこないように,と祈ったものである。エラーしようものなら,大記録がいっぺんにフイになってしまう。】

藤本は最後の打者・小島利男を空振りの三振に仕留め,完全試合が達成された。

北原の著書には,膨大な資料をもとに集められた興味深い数々のエピソードが収録されている。その中から3人を取り上げる。

別所毅彦(巨人)
昭和27年6月15日,大阪球場
あと一人まで来て,代打の神崎安隆にカウント2-3(今なら,カウント3-2)から内野安打を打たれた。プロ野球での神崎の公式記憶は9打数1安打。この唯1本のヒットによって別所の大記録は潰えた。

武智文雄(近鉄パールズ,現近鉄バッファローズ)
日本プロ野球史上,2回の完全試合達成に手が届きそうになった唯一の選手である。

30年6月19日,大阪球場,大映スターズを相手に,藤本に続いて,日本プロ野球史上二人目の完全試合を達成した。記録まであと一人となった時,代打増田卓が送られた。セカンドを守る山本静雄のグラブが震えていたと武智は回想している。結局,山本へのセカンドフライで幕となった。

昭和30年8月30日,中日球場,同じく大映スターズと対戦
完全試合まであと二人まで来て,代打八田正の打球はセカンド後方のポテンヒットとなった,これによって,世界で一度も達成されたことのない一人で2度の完全試合達成は夢となった。

三原脩(1911-1984)
早稲田からプロ球界に入り,6回のリーグ優勝を果たす。西鉄で4回,巨人で1回,大洋で1回。
この間,西村貞朗(西鉄),島田源太郎(大洋),佐々木吉郎(大洋),佐々木宏一(近鉄)の4度の完全試合の指揮をとった。

三原は,

「チームワークから勝利は生まれない。勝利がチームワークを生み出すのだ。」

の名言を遺している。

北原の著書を読むと,完全試合を達成した15人の投手全員が,その後の野球人生で必ずしも大きな成果を挙げているとは限らないことがわかる。

ある評論家が,これでダルビッシュの今シーズン20勝以上は確実になったとテレビでコメントしておられた。ダルビッシュの将来性は明るく輝いていると筆者も思うけれど,評論家の仰ることは俄かには信じがたい。野球の神様・川上哲治は,”勝負は下駄を履くまで分らない”とおっしゃたではないか。

以上,北原の著書を再読してみた筆者の偽らざる感想である。


なお,球団名など,北原の著書が書かれて1998年時点のものである。また,藤本英雄は,中上英雄の旧姓である。
by yojiarata | 2013-04-05 22:36
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