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日本の科学技術政策



京都大学の山中伸弥博士にノーベル賞のニュースに接し,日本中が興奮し,マスコミを含めてその余韻が今も続いている。

例えば,昨日(11月5日)の朝日新聞の夕刊(8面)。

奈良先端科学技術大学院大学が企画した「NAIST東京フォーラム2012」(10月18日,朝日新聞社共催)において,育てよう 明日の山中さん と題して,文科省高等教育局長,星薬科大学学長,サイエンス作家,奈良先端科学技術大学院大学理事によるパネルディスカッションの内容がまとめられている。

それぞれのパネラーの発言は誠に正鵠を射たものであり,筆者には何の異議もない。

問題はここから先である。

筆者はこれまで何度かこの点について私見を述べてきた。

荒田洋治『日本の科学行政を問う-官僚と総合科学技術会議』(薬事日報社,2010)

荒田洋治『薬学と50年-研究費バブル 夢か現か』(ファルマシア[日本薬学会],48,No. 11,1090,2012)

問題は,一言でいえば,如何にして世界に通じる研究者を育て,研究費を投入するかである。

日本では,国の科学行政の方向を決めるのは 「総合科学技術会議」 である。問題は,総合科学技術会議の実態である。ご覧のように,政治家のほかに,数名の委員がいる。そこに名を連ねているのは,遥か昔に現役を引退された方々ばかりである。

その議事の詳細は,ウェブページで見ることができる。上記のファルマシアの記事で紹介したように,そこで交わされる議論は,驚くほどレベルの低く,あきれ返るばかりである。

最大の問題は,現役を引退された一握りの委員の先生方が一国のサイエンスの行く末を決定することである。こんなやり方は,”サイエンス先進国”の中では日本だけである。要するに,公平な審査(ピアレビュー)が無いも同然なのである。いつのまにか,どこかですべてが決まり,巨額の研究費が動く。

このような土壌からは,たとえいくら研究費を投じても,ドブに捨てるようなものである。過去10年の間にどれだけ無駄に国費が浪費されたか,筆者が丹念に追跡した結果を『日本の科学行政を問う-官僚と総合科学技術会議』(薬事日報社,2010)に記述した。

話をもとにもどす。「NAIST東京フォーラム2012」のパネルディスカッションは,全くの正論であるが,それは単なる観念論である。サイエンスの世界は,まさに格闘技である。例えば,フィンランドのある大学で研究を続けている筆者のかつての同僚にとって,議論を正面からぶつけ合うサイエンスの戦いにおいて,レビュアーである外国の第一級の研究者を納得させなければ,たちまち研究費がカットされ,研究を続けることができなくなる。

11月3日の朝日新聞朝刊7面には,山中博士を招いた開かれた総合科学技術会議における野田佳彦首相の発言内容が掲載されている。曰く,山中博士の研究のインパクトに鑑み,

・・・・・ 若手研究者の育成に向けた研究費の改革を関係省庁に指示。「 iPS 細胞に続く新たなイノベーションを幅広い分野で生み出してほしい」と述べた。

終了後,会見した前原誠司・科学技術政策担当相によると, ・・・・・ 研究者の身分を安定させて研究に専心してもらうことや,出身大学なとで評価が左右されない仕組みをつくって独創的な研究者を見つけることという。(新聞からの引用は原文のまま)


科学技術政策担当相は,例えば,日本において,研究の中核を担うはずのポスドクがどのように悲惨な状況におかれているか をご存じなのだろうか。

研究者の有り余る才能を浪費させる国,ピアレビューの存在しない国のサイエンスに未来はない。
by yojiarata | 2012-11-06 23:20
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