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NMR余話 Ⅲ



【C】 NMRの教え

1) 緩和時間と情報

共同研究者の小澤宏君(東京大学大型計算機センター)と高橋先生を訪ね,なんとかTを長くする方法はないものでしょうかと,恐る恐るお聞きしたことがある。100MHzの装置で,当時の超高磁場に何とか対抗したいと模索していた頃であった。高橋先生は,何かボソボソとおっしゃった。「情報がもともとないのだから,それはダメですよ」という意味のことであったと思う。

ETHをチューリッヒに訪ねたとき,”緩和時間をコントロールする方法はないものか” と深刻な顔で聞きに来た人物がいるが,君はそれがだれだかわかるか?と Ernst が私に問いかけたことがある。

2) 最も写実的な絵画が,最もシュールな絵画である

ひたすら各論に徹して,アリのように粘って仕事をしてきた。これまでに筆者が得た教訓は,各論の延長線上に将来を求めるアプローチは正しいということである。 NMRは,怒涛の如く進歩し続けている。分光計もコンピュータの化け物のようになった。黙って座っていれば,何らかのデータが出てくる。その気にならなければ,NMR現象の原点に戻って,深く考えることもない。進歩したNMRは,シュールな絵画といってもよい。多次元の画像も,限りなくシュールで美しい。装置が進歩したため,多重パルスも,位相を自由に変えて魔法のように操れる。

しかし,シュールな絵画の原点はあくまでも写実的な絵画である。この節の題は,サルバドール・ダリの言葉である。ダリが描き,ダリの妻ガラが愛したという小さな細密画「パンかご」を見ると,彼のいっていることが分かるような気がする。単純なパンの輪郭や模様が,異常ともいえる丹念さで描かれている。これが,あのダリの作品かと驚く。ダリは,本物の写実的な絵画の延長にだけ,本物のシュールな絵画があり,写実画の修行を積むことがなければ,また,シュールな世界だけが絵画だけだと考えている限りは,所詮本物の絵画は描けないと言いたかったのではないかと,私は勝手に解釈している。「パンかご」 は,スペインのフィゲラスにあるガラダリ劇場美術館にある。

ダリは,画家を志すもののための掟として,「完成を恐れるな。絵に完成はないのだから」,「眼も手も頭脳も放り出すな。画家になったときに必要だ」,「画家よ,絵を描け」などの言葉を遺した。ダリの言葉は,そのまま,NMRを志すわれわれにも通じると思う。



by yojiarata | 2012-03-24 23:05
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