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シャコンヌ



大学院の学生の頃,SPレコードからLPレコードへの変り目で,テープも CD もなく,音楽を聴くのは,ラジオか音楽喫茶であった。

ラジオでは,日曜の朝8時からの『音楽の泉』,シューベルトの「楽興の時」とともに,堀内敬三さんの柔らかな語りで始まる。たしか土曜日の夕方だったと記憶しているが,ショパンのバラード1番で始まる,野村光一さんの番組『音楽の窓』も欠かさず聴いた。また,日曜日の午後2時からは,FENで NBC 交響楽団の演奏を聴いた。トスカニーニ指揮のものが多かったと記憶している。音楽では,どんな英語が使われるかも,知らず知らずの内に学んだ。NBC交響楽団はそのうち解散し,Symphony of the Air と名前が変わり,日本でも演奏会があった。トスカニーニは来なかったと記憶している。

こうして,3,4年の間に,ありとあらゆるジャンルのクラシック音楽が身体に沁みこんでいった。しかし,どうしても沁みこまないものも少なからず あった。例えば,バルトーク,シェーンベルク , ・・・・ 。

現在では,海外から数知れない ”巨匠たち” が来日し,新聞は広告だらけである。ただ,どの方が本当に”巨匠” なのかわからない。現在演奏会に足を運ぶ人たちは,どのような基準で選んでいるのだろうか。一方では,当然,衣服や動きの面で派手になり,タレントの会の様になって来たのも事実である。言いたくはないが,カラヤンがその端緒となった一人のような気がする。

筆者が学生の頃聴いた演奏で鮮明に記憶しているのは,Jascha Heifetz (1900-1987) と Wilhelm Kempff (1895-1991)である。いずれも学生料金があり,大きな負担なく,遠くの席からではあるが,巨匠の演奏に接することが出来たのは幸いであった。

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ハイフェッツの無伴奏パルティータからの 「シャコンヌ」 は印象的であった。ちょうどその頃(1952年) ハイフェッツが録音した演奏が CD になり,筆者の手元にあるのは嬉しい。ケンプは,バッハの幾つかの曲のほか,ベートーベンの最晩年の作品「6つのバガテル,op. 126」 を演奏したと記憶している。

ピアノによるバッハの演奏に関しては,スイス人のピアニスト Edwin Fischer (1886-1969) の名前をまず挙げなくてはならない。

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フィッシャーは,それまでチェンバロで演奏されていたバッハの曲をピアノで演奏した世界最初の人である。数あるCDのなかでも, 『平均律クラビア曲集』, 『平均律クラビア曲集 Book 2』は,とりわけ素晴らしい。
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ピアノ・バージョンになったバッハは,多くのピアニストによって録音されることになる。なかでも Glenn H. Gould (1932-1982) の貢献は著しい。筆者のコレクションにも,ゴールドベルグ変奏曲(1956,1981),平均律クラビア曲集,イギリス組曲,フランス組曲,パルティータ,トッカータなどがある。フィッシャーと,フィッシャーの後を追いかけたグールドのバッハの世界には質的な差がある。もっと語りたいが,今回は,ここで話を止めておく。

バッハはその後,ジャズの世界にまで取り入れられるようになった。これがまた,実によく馴染むのである。とくに,ジョン・ルイスをリーダーとする MJQ が遺した多くの演奏は素晴らしい。

筆者が現在好んで聴いているのは,J. S. Bach (1685-1750) のほか,

François Couperin (1668-1733)

J.-P. Rameau (1683-1764)

D. Scarlatti (1685-1757)

などの作品である。例えば,

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である。

時代が進み,その後は,

M. Clementi 1752-1832)

W. A. Mozart (1756-1791)

L. van Beethoven (1770-1827)

F. Schubert (1797-1828)

と続くが,クレメンティー,シューベルトのほかはほとんど聴かない。聴いていると何故か疲れてしまうのである。やはり,バロックは心が静かになる。
by yojiarata | 2012-03-11 20:57
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