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方向音痴の恐怖



筆者は立派な方向音痴である。方向音痴は,もって生まれたものであり,治療する方法がない。

広辞苑には,「(ある方面に)感覚が鈍いこと」と書いてあるが,当事者からすればそんな生易しいものではない。

現在,後期高齢者に分類される筆者は,方向音痴には困り果てている。現時点では,歩行速度は時速1キロ程度であるため,影響は甚大である。地下鉄には,ほとんど例外無しに出口が二つ以上ある。偶々いつもと違う出口から出ると,その後が大変である。見当を付けてヨタヨタと目的地に向かう。どうも様子がおかしいので,近くのお店屋さんで聞いてみる。

”あなた,逆の方向に来てますよ。来た道をそのまま戻りなさい”

数百メートルの道を,時速1キロで引き返すのは辛い。


この程度なら,足の痛みに堪えるくらいで何とか我慢する。


方向音痴で怖い思いをしたことが何度もある。

あれから,かれこれ50年になる。当時,スタンフォード大学にいた筆者は,週末にしばしば野球観戦に出かけた。球場はキャンドルスティック・パーク(今は,改築されて,名前も変わっている)。地下鉄もバスもないから,必然的に自動車を使う。球場の周りには,巨大な駐車場があり,一応,番号札が立てられている。そこから先が大変だ。大勢のお客さんは,試合が終わると潮が引くように駐車場を後にする。うろうろしている間に,明かりが消され,薄暗い電気の付いた駐車場で周りを見回すと,筆者だけということがあった。

実際には,野球観戦に来ていてその場に残っていたのは筆者だけというべきである。数名の正体不明のオニーサンが,ワアワア騒いでいる。特殊な訛りで,何を言っているのか理解不能。もしかしたら,あのオッチャンから,何か巻き上げようなどと言っているかもしてないと思うと背筋が寒くなる。自分の自動車にもどりたいが,焦れば焦るほど,広大で砂漠のようなところのどこに自動車をおいたか,パニックになる。探している内に,駐車した場所の看板の番号をふと思い出す。冷静を装い,看板を見つけて,自動車に乗り込んだ。異郷の地で彷徨う我を天が助ける。

同じような恐怖をホームグランドのスタンフォード大学のキャンパス内で何度も経験する。そこは,筑波大学のキャンパスを何倍にも広くしたようなところで,夜になると森に覆われた暗闇ばかり。何度も殺人事件が起きている。

自動車をおいて目的の場所に行き,暗くなる前に帰ってくるよう手筈していた。しかしあの広さである。似たような建物ばかり,置いたはずの場所に自動車がない。次第に夕闇が迫り,焦ってくる。当時は,歩行には何の問題もなかったから,走り回って何とかその場を凌いだ。怖いのは,そうしてばたばたしている間に,誰にも合わないことである。彼の地は,何月でも夜はものすごく寒くなる。歩いては家に帰れない。路頭で凍死なんでこともありうると思うと,焦りはつのる。それでも何とかその場を切り抜け,現在,東京で後期高齢者をしている。

ブルッセルで学会があった折,好奇心の塊のような筆者は,中央の広場の裏は何があるのかな,と足を踏み出したのが大失敗。小さな街だと安心していたのがいけなかった。歩いても,歩いても,田舎道ばかり,この時,助けてくれたのは,二人連れの年配のご夫妻。やはりそうだった。全く逆の方向をどんどん進んでいたのだった。

方向音痴の脳科学を研究している人がいるときく。研究すれば,方向音痴のメカニズムが,もっともらしくわかってくるかもしれない。しかしこれでは方向音痴は治らない。がんのメカニズムをいくら研究しても,がんの治療に繋がらならないのと同じである。

あれこれ経験したが,方向音痴は怖ろしい。
by yojiarata | 2012-03-10 20:56
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