伊東ゆかりの『小指の想い出』(1967)は ”あなたが噛んだ小指が痛い” で始まる。噛んだ相手は,ボーイフレンドである。 筆者にも小指を噛まれた記憶がある。しかし,噛んだ相手は,生物ではなく,稲刈りに使う鎌である。あれは,太平洋戦争開戦と終戦の間の小学校の3年生か4年生の頃だった。 戦地の兵隊さんを銃後で支える国民には,女性のみならず,小学生も勘定に入っていた。戦地の兵隊さんを思いつつ,稲刈りの助けをするため,あの日も鎌を手に田圃に動員された。 何が起こったか,記憶は定かでない。痛かった記憶もない。憶えているのは,田圃の持ち主のおじさんが,大声で,”小便をかけろ”と怒鳴ったことぐらいである。オシッコをかけることには抵抗があった。何か汚いもので大事な身体を汚したくない,小学生にもプライドがあると一瞬思ったのかも知れない。 そのあと,どのようにして家にもどったかなど,全く記憶がない。町医者をしていた父親が傷の処置をしたのだと思う。 左手の小指,爪から身の部分まで鎌が切り込んだ痕は,今も残っている。小指の爪は今も半分に割れたまま生えてくる。小指を見るたびに,戦争で全焼した我が家を思い出す。 ずっと後になって,友人の医者にこの話しをした。彼は,”オシッコは無菌だよ,君の身体の一部だよ”と教えてくれた。
by yojiarata
| 2011-12-08 15:25
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