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惜別 日吉ミミ





4日間,横浜で開かれた学会に出席した。外国からの出席者も少なくなかった。学会が終わった後,いつも考えるのは,”日本独自のものとはどうゆうものか”ということである。

学会が終わった後の帰りの道すがら,何の脈絡もなく,二人の名前が頭を掠めた。日吉ミミと菅原文太である。

1973年に2年ぶりにアメリカら帰国した私には,わが母国日本では,男性の顔がなんだか優しくなった印象をもった。歌,とくに男性のうたう歌は,ナヨナヨと優しくなり,昔の日本ではなくなった印象であった。日吉ミミと菅原文太に出会ったのは,そんな時だった。

入手可能な日吉ミミの2枚のLPレコードを購入した。1970年の録音とあるから,彼女が23歳の時のものである。それまでの何年か大変な苦労を積み重ねたという。聞けば聞くほど,こんな素晴らしい歌い手がいたのかと驚いた。そこには,誰にも真似のできない,正に純正・日本の歌手がいたからである。


男と女のお話 日吉ミミの世界 (VICTOR SJX-58)

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北帰行 日吉ミミの詩情 (VICTOR SJX-77)

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彼女の歌をさして,退廃的,なげやりと評する向きが少なくないが,私は全く別の印象をもっている。

地面から湧き出してくるようなダイナミックなパワーのある歌声,それは低音から高音にわたる伸びやかな声の抜群の歌唱力,そして時として入るユーモア。”ベッドで泣いていると,涙が耳に入るよ”

これだけの要素を兼ね備えている歌い手を私は知らない。

2010年,NHKの番組に出演した彼女は,声のことを聞かれ,私は普通の声だと思っているとニコニコ 笑っていた。63歳の可愛いおば様という感じであった。彼女の歌声は,40年前と変わらず,張りがあった。彼女は,2008年に膵臓がんが見付かり,2009年に大きな手術のあと,それを乗り越えて,新しい企画に,夫君と共に取り組んでいたようである。

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横浜ベイスターズのファンで,私設応援団「横浜ベイスターズを優勝させる会」の応援副団長を務めていたという。

NHK 出演から1年後,日吉ミミは不帰の客となった。享年64。





by yojiarata | 2011-12-03 14:23
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