荒田 事故以来,さまざまなことが世の中を不安にしています。ここで,現状のまとめをお願いします。 馬場 3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故以来,我々はにわかに放射能に汚染された状態の日常生活に放りこまれ,食品や飲料水の安全基準値を無視しては生活して行けない事態に追い込まれています。しかるに政府は明確な基準値を示すことができず,その根拠すらあやふやな暫定基準値を振り回しているだけで,“当面健康に問題は生じないが,念のため”とくりかえし,国民の不安と不信を増幅させている始末です。4月以降に食品安全委員会はワーキング・グループを立ち上げて7月までに9回の審議を行い,国内外の放射線影響に関する3300の文献(延3万ページ)を精査して出した結論が“生涯累積線量がおよそ100 mSvを超えると健康に影響が見られる”という,すでにこれまでの常識になっている結論を導き出したのみでした。政府が専門家を招集して開催している食品安全委員会が暫定基準値を決めるにあたってよりどころとしているとされる文献1)を見ても肝心のところは明確に示されていなようです。いつまでも基準値が暫定値のままで据え置かれ,国民の納得のいく説明がなされないのも当然であると言えます。 食料基準値を定めるに当たって,国民が不安を持つのは,基準値の値もさることながら,同じ累積放射線量でも瞬間的に被曝した場合と長年にわたって少しずつ被曝した場合でどのように違いが出るのかとか,成人と子供ではどれだけの差があるのかという疑問に定量的な答えが与えられていないことにあるのです。そのような答えを放射線影響学者に期待するとすれば,それは被爆者集団に対する疫学的な追跡調査に限られると思われます。放医研の田ノ岡博士2)は,108Sv/分の原発の線量率を10−8Sv/分の環境レベルにそのまま適用するのは無理であり,線量効果によるリスク軽減係数を考慮する必要があると指摘しています。その上で,リスク軽減係数はおよそ20に達すると見積もっています。同じく放医研の今岡博士の報告3)によれば,ねずみを使った治験で,卵巣腫瘍の発現の確率の長期的被曝に対する瞬間的被曝の場合の比率は, 200 mSv で約3倍,500 mSvで15倍,1000 mSvで5倍,2000 mSv で2倍となっています。また,放射線治療を施す医師の間では,低放射線照射による免疫力増強効果が広く知られており,治療のために高放射線照射を行う前に低線量の全身照射を行うことで,患者の放射線障害のリスクを低減することが試みられています。 一方で,この問題については,放射化学ないし放射線化学者ならば別のアプローチを取ることが可能です。そもそも放射線の正体は高速の電子,光子,ヘリウム原子核などの粒子の運動エネルギーであり,放射線障害の実体はそれら粒子と生体を構成する分子との力学的衝突の結果,分子が受けるダメージに他なりません。このダメージは分子内の結合が放射線粒子との衝突によって切断されることであり,低線量の場合はこのダメージを受けた箇所の密度が低いため,再結合して元通りの分子が再生する可能性が高いのです。この現象はアニーリングと呼ばれ,放射化学/放射線化学ではよく知られています。この効果が核医学で言う所の治癒効果です。これに対して,一度に高線量の被曝を受けた場合には,ダメージを受けた箇所の密度が高くなり,自分自身以外の破片と再結合してしまう確率が増加して,障害が残ってしまうことになります。したがって,同じ線量を短時間に被曝する方が危険性が高いと結論されます。トータルの線量が増すにつれて両者の差が小さくなることも,長期にわたって分割して照射された場合でも元の分子の再生率が低くなるためとして理解できます。 放射線障害を論じるときの根拠となるデータは広島長崎の原爆の被爆者の疫学調査を基にしており,そこから導かれた安全基準はより安全サイドにおかれていることをまず理解して下さい。本稿では,以後この放射化学/放射線化学の論理に基づいた考察を進めることにします。 エネルギーの流れとして見た時の放射線量はグレイ(Gy)という単位で表されます。1 Gyはkg当り1ジュール(J)のエネルギーを運ぶ線量です。 この放射線が相手に与える効果は,放射線の種類によって違っており,この違いを考慮に入れた実効線量がシーベルト(Sv)で線量当量率と呼ばれています。すなわち,SvとGyとの間には (1) Sv = WR X Gy という関係があります。WRは放射線荷重係数と呼ばれ,β線,γ線に対しては1,中性子線に対してはエネルギー領域に応じて5から20の値を取ります。最後に,アルファ線に対しては20となります。 グレイと放射能の壊変数との関係は (2) 1 Gy = 6.25×1012 /Ed ( MeV/kg ) ここで,Edは放射性原子が1個壊れる時に出すエネルギー(壊変エネルギー,MeV)です。 したがって,1ミリシーベルトに対応する壊変数は (3) A = 6.25×109 / (WR・Ed) で与えられることになります。このAという数値が国際放射線防護委員会ICRPが勧告する,民間人に対して1年間に許容される被曝総量であり,外部被曝線量を考える上での基準値を与えます。 我々が求めたいのは,シーベルトとベクレルの関係ですが,シーベルトは通常の物理量と異なり,単位そのものが変数であることが問題になっています。シーベルト数という物理量と単位の大きさとは逆数の関係にあり,シーベルト数がグレイ数の WR 倍になった分だけ,単位数は 1/WR 倍に縮小されます。 次に食品を摂取した場合を考えます。食物として摂取した放射能は,物理的に減衰するか身体から外に排出されるまで体内で放射線を出し続け,継続的な被曝を引き起こします。その積算効果を考慮して,年間許容線量 D mSv に対する食品の基準値を求める必要があります。その基準値を求めるに当たっては,当該食品を毎日同量摂取し続けた場合の総壊変数を求めなければなりません。 汚染された食品を摂取し始めた時点で,その食品1 kg当たりに含まれる放射性核種の原子数N0に対して,摂取後1年の間の被曝量は,当該放射性元素が体内で壊れた数ΔNに他ならず,摂取1年目について (4) ΔN = N0fa ただし (5) fa = fa1 = Σ e—iλ (1−e−(m-i)λ) =(1−e—mλ)/(1−e—λ)—me—mλ 二年目に対して (6) fa = fa1(1 + e-mΛ) さらに永年的なケースに対しては (7) fa = fa1/(1 − e−mΛ) と導かれます。ただし,式(4)中の和 ∑ は i について0から m−1までをとるものとします。ここでmは一年の日数365です。またλは 日を単位として表した物理的半減期t1/2とλ = 0.693/t1/2なる関係にある壊変定数と呼ばれる物理量で,Λは物理的半減期と生物学的半減期との相乗効果を表す“実効半減期”に対応する壊変定数です。実効半減期は,物理的半減期が生物半減期に比べて遥かに短ければ,前者に近くなり,逆であれば後者に近い値となります。もし両者がほとんど等しければ,実効半減期は両者の半分になります。 許容線量をいくらとするかについては後に考察するとして,とりあえず1 mSv の内部被曝を引き起こす食品の放射能値を求めることにします。ΔNがAに等しいという要請から,N0=A/faが得られますが,ヨウ素-131のように,当該放射能が特定の部位に集積する場合には,その部位の重量に逆比例してダメージが増幅され,逆にセシウム-137のように全身に分散する時にはそれだけ分散すると考えられます。従って,1 mSvの内部被曝に対応する食品中の放射能値として (8) R0= λs A・M/(w・f a) (ベクレル/kg) が kg当たりの値を与えることになります。ここで,λsは秒単位で表した物理的半減期で,Mは対象となる身体部位の重さ(kg)を表します。最後に,wは着目する食品の一日平均摂取量(kg)です。 今回の福島第一原発の事故に際して,大人はともかく子供たちが受ける被曝の影響が大きく取り上げられ,子供たちに対する許容値を大人より厳しくすべきだという意見が盛んに述べられています。しかしそれではどれだけ厳しい値にすれば良いのかという問いかけに対して定量的な答えを誰も示すことはできていません。被曝という問題を純粋に物理化学現象と捉え,放射線効果の大きさを線量の収束,分散に結びつけた本稿の論理の立て方は,自動的にこの問題に対する回答を与える結果となりました。これが妥当であるかどうかは,将来の疫学的な調査によって示されるであろうと期待されます。 上の式(5)〜(7)により,セシウム-137に対するfaの値は一年目で4.16,二年目で4.58,三年目以降では4.62と計算され,一方,ヨウ素-131に対するfa の値は12.1となります。 甲状腺の重量は,病理学の専門書4)によれば,1歳の乳児では2.6−2.7 g,10歳の男子で8.7 g,女子で9.6 g,20歳以上の男子で18.8 g,女子で16.8 gとあります。ヨウ素の場合は,摂取量の70%は吸収されずに排出され,甲状腺に集積するのは30%に過ぎないというデータ5)があるのでこれを考慮して成人の平均17gを基準とすると,甲状腺の実効的な質量は57g という値になります。また乳児に対しては 約9 g,10歳の児童で30 gとなります。 式(8)を用いて1 mSvの内部被曝を引き起こす食品の放射能値をセシウム-137とヨウ素-131を対象として一歳児,小学生並びに成人について求めた値を表1に示します。セシウム−137については,Mをそれぞれ10,25,50として計算しました。その際に使用した食品の一日平均摂取量については,厚生労働省が発表した統計6)を参照しました。セシウム-137の生物学的半減期は110日7)とされているので,その値がそのまま実効半減期となります。ヨウ素−131の生物学的半減期は3ヶ月であるので,ヨウ素−131の実効半減期は7.5日と計算されます。またEdはセシウム-137に対しては1.17 MeV,ヨウ素-131に対しては0.97 MeVという壊変エネルギーの値をそのまま用いることにします。 ![]()
by yojiarata
| 2011-11-23 17:49
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