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創薬 日本の現状と将来 Ⅴ


日本の創薬の将来


荒田

ここまでお話をうかがってきて,次に知りたいのは,平岡さんが日本の創薬の将来についてどのように考えておられるということです。

平岡

日本の創薬の将来につき不確定要素が多々あります。

先ほども述べたように,現在国民から強力に要望を受けながらも良い新薬がない領域はがん,痴呆,政府指定の難病です。痴呆は治療薬というよりは進展防止薬または遅延薬の方向に向かうと思われます。それには低分子合成薬,天然物,抗体を含む高分子タンパク薬がありますが,タンパク薬は脳の血液脳関門 (BBB) を通過させて脳内に送りこまなければならず,低分子薬に比較すればハードルは高いのです。

がんに関しては過去50年間にわたって多種多様な薬が開発されてきましたが,血液がんを除き死亡率の低下などを考慮に入れると必ずしも良好な結果を得ておらず副作用なども含めて完成度が低いのが現実です。

最近のがん分子標的治療薬 (この表現に私は反対です。かなり以前にリセプターの概念が確立してからは,すべての薬は分子標的薬です) はそれなりの進歩はありますが治療薬というよりは,幾ばくかの延命薬と言ったほうがよいかもしれません。がん治療の理想は,時系列的に

(1) 血液検査による,あらゆる種類のがんマーカーの発見・確立を通してのがんの早期発見

(2) 上記 (1) に基づいた早い時期の小さいがんの段階での手術除去

(3) これから開発されるであろうがん転移防止薬の使用

です。この理想が実現すれば,がん治療薬は特殊の場合を除き不要となり多くの人が天寿を全うすることになるでしょう。

現在ヒトの細胞では,実験的に3個以上の遺伝子変異を与えればがんになるが,ただ1個の遺伝子異常ではがんにはならないことが証明されています。がん患者では遺伝子変異の蓄積がみられ,実際にがん患者の遺伝子解析を行うと通常100以上の遺伝子異常が見つかっています。これらを考慮するとただ1つのメカニズムによる1つの制がん剤でがんを治そうとするのには無理があると思わざるをえません。

それでは将来の制がん剤の開発はどうしたらよいでしょうか。現在の考え方の延長ではいくら努力しても経験的に判断すればダメでしょう。私見では,有効と思われるのは、最初からがん成長の関連重要タンパク質(遺伝子)で異なった生化学的ルートの阻害剤を 3-4 種類(例えば,成長阻害剤,リン酸化酵素阻害剤,シグナル伝達系阻害剤など)を用意し,これを同時投与できる合剤の開発です。

ただ1つの薬を開発するにしても 12-18年,500-1000 億円もかかるのに合剤用の 3-4 個の新薬を同時開発するのは大変だとの意見もあると思います。しかしこれに耐えられない企業はがん領域研究から撤退すればよいだけだと思います。

ヒトの30億塩基対からなる全ゲノム解析が 2001 年当時には,13年,5000億円以上もかかりましたが,この解析技術の進歩は急速で最近ではこの全解析が,1時間20分,50万円でできるといわれています。さらにこれが数分で可能という企業も出現しています (NHKテレビ1チャネルクローズアップ現代「到来!パーソナルゲノム時代」 ( 2011.06.15, 19時30分) で見ることができます。

これらは以前から予想されていた Personalized medicine (個別化医療)の実現が近づいていることを示しています。パーソナルゲノム,コンパニオン診断法,PHC (Personalized HealthCare) などの言葉も出現し,SNP (Single Nucleotide Polymorphism) (1塩基多型)解析による将来の病気被患率の予想も乳がんなどではかなりの信頼性があるようになってきました。すなわち,個人が希望すれば遺伝子解析の結果を考慮した医師による治療,薬の選択,さらに製薬企業による薬の使用指針に遺伝子の型が記入されるようになるのも遠くない将来に実現すると思われます(現在,乳がん患者の HER2 遺伝子の増幅検査等は実現している)。それには創薬の全段階でゲノムの型が考慮に入れられるでしょう。

最後に製薬企業の将来につき述べてみたいと思います。繰り返し述べているように,現在,新薬開発が停滞気味です。この点を考慮し,大手製薬会社は販売対象を日米欧から振興国へ拡げつつあります。今後はこの傾向がさらに顕著になるでしょう。欧米では大手製薬企業同士の合併は一応終了したとみなされていますが,日本ではこれからもかなりの M&A がなされると予想されています。

遠い将来には国営の製薬企業が誕生し難病治療薬はそこで開発努力がなされる可能性もあります。創薬の方法として20世紀末にCombinatorial Chemistry, Chemical Library, High-throughput Screening などの技術が開発され短期間に普及しルーティン化しました。今後も独創的方法論が導入されることを期待してやません。


つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:10
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