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創薬 日本の現状と将来 Ⅲ


日本の創薬


荒田

日本の創薬について,広い観点から概観していただけませんか。

平岡

平成13(2001)年,NatureScience にヒトの全遺伝子配列の決定が報告されました。この時の学会とマスメディアの興奮は大変なもので,関連記事が連日大きく一般紙にも華々しく掲載されました。それと共に日本の学者,ジャーナリストがこれにより画期的新薬の発見・開発が飛躍的に加速されると主張することとなりました。

当時,製薬企業の研究所に所属していた筆者を含め非常に少数の科学者が,ヒト全遺伝子の塩基配列解明と全遺伝子数は2万-4万との報告は,新薬開発を more logical にはするが,それを大きく早めることは無いと言い続けましたが大勢の声にはかき消されてしまいました。

この当時の筆者の意見は,全遺伝子解明は例えれば上空からかなり精密な航空写真を撮影したようなものであり大きな進歩ではあるが,そこに写っているビルや住宅の中の事情は依然として不明である。さらに,ましてやこれらの建築物の中で何がなされているか,その相互関係のかなりの部分が不明では新薬開発はそれほど加速されないであろうというものでした。あれから 約10年がたった現在までの新薬開発の経過はどのような道を辿ったのでしょうか。結論は新薬開発は促進されるどころか承認される新薬は年々減少し続けているのが現状です。

荒田

色々お話をうかがったところで,日本の創薬の現況と将来について,お考えをお聞かせください。

平岡

日本は創薬力では,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,スイスの6ヶ国のなかでそれほど劣っているとは思えません。日本の最大の難点は,許可取得に重要な新薬開発の最終工程となるヒトでの臨床試験にあります。ここが外国と比較して,はなはだしく劣っているのです。

結論を先に言えば,日本では百人単位の臨床試験は可能ですが,しばしば必要とされる何千人から1万人単位の臨床試験は不可能です。理由は簡単です。臨床試験を行うには患者から「インフォームドコンセント」(患者から新薬の臨床試験に参加する了承を内容説明を十分に行ってから文書で得ること)をとる必要がありますが,この第一歩からして,日本ではシステムが完備していないのです。

新薬の臨床試験実施の許諾を患者から得るには,日本では医師だけしか行えません。そうでなくても忙しい医師が1人あたり30分‐1時間をかけて開発候補新薬の説明・説得を行える環境にはありません。さらに日本では国民皆保険で新薬試験の被験者になる動機は少ないのです。 

アメリカではかなりの数の保険未加入者がいます。そういう人達は「無料または謝礼金つきで医師の監督下新薬での最新治療を受けられる」といわれれば応じる人はいくらでもいるのです。さらにアメリカでは医師の監督下専門知識をもった正式の給料をもらっているインフォームドコンセント取得専門有資格者が時間をかけて患者から細かい説明をした後に承認を得るシステムが出来上がっています。

したがって,日本の製薬企業では現在,ほとんどの日本発の新薬はアメリカまたはヨーロッパで多くの患者の協力で最初に許可をとりそのデータを使用して日本で少人数での臨床試験を行い厚労省からの許可を得ているのが実情です(人種の違いによるデータをとるだけです)。ちなみにアメリカでは新薬を審査して許可を与える専門家が FDA に2千-3千人(かなりの人が4,5年で大学または他の研究機関へ相互移動します)います。

日本ではこれらの新薬初期審査に関係する人がゼロで(勿論厚労省内に審査官ではない関係者は多数存在),審査は大学教授と大病院の医師が厚労省から依頼を受けて自分の仕事の片手間でやっているのが現状です。これらの臨床試験と新薬審査のシステムを欧米なみに日本で改革することは,恐らく大変な困難と思われます。これを遂行しようとする強い意志があれば可能でしょうが,日本の厚労省にその気配はありません。



つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:20
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