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古今亭志ん生さん 語りの藝術 Ⅱ

証言


志ん生さん自身

明治の頃,お客さんは人情噺を大変喜んでいました。
人情噺が出来ないと,真打に成れなかったのであります。


圓朝さんの速記版から

『鶴殺疾刄(つるころしねたばの)庖丁(ほうちょう)』を取り上げてみる。率直にいって,160ページの及ぶこの一大長編 『鶴殺疾刄(つるころしねたばの)庖丁(ほうちょう)』 は,百年以上も前の作品であるせいもあり退屈である。
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私が心底感心するのは,それを簡潔にまとめ,山と谷でメリハリをつけ,自らのものにしたのは志ん生さんである。その力量は見事をいうほかはない。

圓朝さんの速記本と志ん生さんの録音を,次の件で比較してみる。

圓朝さんの速記本

年のころは十九ぐらゐと見ゆる婦人で,筆で書きましたら緑の黒髪,丹花の唇,面は雪をも欺くばかりとでに云ひそうな絶世の美人でござりましたが,・・・
圓朝全集巻の五,412ページ


志ん生さんの録音では,次のようになっている。

それはご婦人でありまして
年頃十九くらいの若い娘さんでありました
その実に器量のいいなんてのは
小野小町など,むこうへ行ってくれ
何ともいえないこの美人でございます

文章にすると,とくに面白くもおかしくもないが,

小野小町など, [次第に音量を下げ,一呼吸あけて,一気に]
むこうへ行ってくれ

と来るから,聴衆は大爆笑。間と音声の高低で噺す志ん生さんの面目躍如

古今亭志ん生名演集(三十四)前編 御家安とその妹(上)(製作 ニッポン放送,1994,ポニーキャニオン)


次の部分は,圓朝さんの速記本にはない。

一人旅は寂しいでしょう
やぁー別に寂しくもない
一人のほうが気があっていいな
そりゃそう 一人で気が合わなかったらしょうがない


何となく,可笑しいではないか。

古今亭志ん生名演集(三十五)前編 御家安とその妹(下)(製作 ニッポン放送,1994,ポニーキャニオン)


古今亭圓菊さんの言葉

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語り口っていうか,何かを説明するところは講談調でした。何年何月何日なんていうようなものには落語より講釈のしゃべりがありますね。弟子にも,
「たまには講釈,聞きなさい」
っていうこともあったくらいですから嫌じゃない。現に,落語家じゃしょうがないからって講釈師になったこともありますしね(三代目小金井蘆州門下で蘆風といった)。倒れるまえには上野の本牧亭に講釈を聞きにいってましたよ。

古今亭圓菊『背中の志ん生』(うなぎ書房,2001,147ページ)

落語の人物描写っていうのは,圓生師匠なんか,
こういうことがあって,こうなって,ああなって,
「そうだってなア」

と順に続けていっちゃうけれども,このなかの言葉というものをパッと切って,パッパッと持っていくというのが,うちの師匠の呼吸ってものでよね。
歌を歌ったり,俳句や川柳やったりするってえのもそうですよ。言葉を詰めても,それでもその場面が出てこなくちゃいけない。そういうものがあるような気がしますね。やっぱり,俳句や川柳は芸人としては,やってなくちゃいけないなアとおもいますね。

パーッとしゃべっちゃただけじゃおもしろくないやつを,ポンを切って持っていくとその情景がポンと浮んでくるというような,そんな技倆を師匠からいくらでも勉強させていただいたつもりですよ。

とくに,うちの師匠は,そのポンといくところが特徴ですしね。
・・・・・

とにかく師匠は,
「落語は正宗の名刀であれ。オッと切ったら,アッワッワッと,こう切れなくっちゃいけない。」

そういうふうにいってましたからねえ。

古今亭圓菊『背中の志ん生』(うなぎ書房,2001,193-194ページ)


美濃部美津子さんの手記

昭和36年の暮,脳梗塞で倒れた後の志ん生さんについて,長女の美濃部美津子さんは次のように書いている。筆致は,終始優しい。
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お父さんはテレビを見るほかは,よく本を読んでた。それも落語に関するものが多かったわね。昔のボロボロになった本まで引っ張り出した目を通してましたよ。ずっと手放さなかったのは『圓朝全集』。・・・ いつも枕元に置いてたんです。

あるとき,馬生が『圓朝全集』をちょっと貸してくれって頼んだらしいの。そしたら貸すには貸すんだけど,馬生が読んでる間,ジーッと見てて,読み終わったらひったくるようにして取り上げたんですって。それくらい大事にしてたし,息子とはいえ馬生にさえ噺家としてのライバル心もあったとおもうの。それもこれも,いつでも高座に上がれるようにという,お父さんの心づもりだったんです。
美濃部美津子『おしまいの噺』(アスペクト,2005,204-205ページ))(美濃部美津子さんは志ん生さんの長女,ニッポン放送勤務)

ニッポン放送にはいってすぐ,あたしは編集を担当することになりました。噺家さんたちの高座を録音したテープを,放送時間にきっかり合うようにまとめる仕事です。でも,たいていの噺家さんは事前におおよその持ち時間を伝えておくと,その時間内に噺を終わらせてくれるのよ。例えば持ち時間が十五分ってときは,二十分の噺でも旨い具合に縮めて十五分程度にまとめてくれるわけ。

ところが,一人だけそれができない人がいた。お父さんです。いちおう事前に家でさらうときは,懐中時計をそばに置いて時間内に収まるように仕上げるんですよ。「枕のここんとこは取るだろ。で,噺ん中は,こことここは抜いとくが」とか言ってね。でもいざ本番となると,どうしても噺が延びちゃうんです。お客さんにワッてうけると,端折れなくなっちゃうのよ。だからあたし,お父さんに言ったんです「父ちゃん,好きにやっていいわよ。もう,やりたいだけやんなよ。心配しなくても大丈夫。あとはあたしがうまいことまとめたげるから」ってね。生放送じゃないんだから,編集すればいいことだと思ったの。
それでお父さんの噺を録音したテープを聞きながら,[ここは少し間が空きすぎだから詰めよう]とか,「まくらのここんとこは,あんまりパッとしないから取ろう」なんで,夜遅くまでかかって編集したんです。だから今残ってるお父さんの落語のテープでニッポン放送が音源だった物はみんな,[あたしが編集したものなんですよ。

もっとも,こんなこと,あたしが志ん生の娘だからやれたんでしょうけどね。ほかのひとだったら,志ん生の噺を切ったり何だりなんて,できなかったと思うもの。あたしだってお父さん以外の噺家さんだったら,やっぱりできませんよ。お父さんも,娘のあたしにだから任せられたんじゃないかしらね。

美濃部美津子『おしまいの噺』(アスペクト,2005,145-146 ページ)


圓朝作品の取捨選択

志ん生さんは,人情噺といっても,圓朝作品なら何でも取り上げたわけではない。凄惨な人殺しの場面が延々と続く『真景累ヶ淵』,また 『怪談牡丹燈籠』でも,植木屋伴蔵が女房のおみねを殺す場面が入ったいる栗橋宿の場以降,ほかに師匠の絵師殺しの場面を含む『怪談乳房榎』も,少なくとも私の知る限り,録音を残していない。

付記

徳川夢声『話術』(白揚社,1949)
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が筆者の手元にある。例えば,吉川英治『宮本武蔵』を語る夢声さんは素晴らしく,戦前多くのファンを魅了した。勿論,夢声さんが名人であることを否定するものではないが,夢声さんの朗読は,三遊亭圓生,林家彦六(林家正蔵)と同様,原文にそのまま沿って,声色で変化をつけるものである。この点は,志ん生さんとは全く異なる。やはり,志ん生さんは,この世に二つという珍品なのである。

付記2

去年の今頃,CD 店にずらっと並んでいた『古今亭志ん生名演集』全41巻(ポニーキャニオン)が絶版になったらしく,棚から姿を消した。あれだけの種類の圓朝作の人情噺を失った日本は不幸である。ショックである。

付記3

筆者の手元に,『銀座カンカン娘』(高峰秀子,灰田勝彦主演) のビデオがある。この映画は,志ん生さんの立ち振る舞いを見ながら,数分にわたって落語が聴ける珍しい機会である。

志ん生さんの語りには,汲めども尽きない魅力がある。自分を伝えるべく努力している限り,私の神様として,志ん生さんの語りの藝術を神棚に祀って敬いたい。




by yojiarata | 2011-06-16 10:00
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