医学との関係を抜きにして,6年制薬学を論じることは出来ない。 限りなく薄い薬学の存在感 6年制薬学部の一切を所管する部局は,文部科学省高等教育局・医学教育課である。文部科学省には,医学教育課はあっても,「薬学教育課」は存在しない。すなわち,薬学教育に関する行政の一切は,医薬教育課関連の医学関係者によって取り仕切られる。 具体的には,医学教育課の所管する団体である 財団法人・医学教育振興財団(高久史麿・理事長)が,全ての実務を行っている。すなわち,薬学教育はつねに,医師によって動かされていることを認識しなければ,6年制をめぐる全体像は理解できない。 これでは,医学部の(精神的?)属国としての薬学のコンプレックスは永遠に続くであろう。これは単に形式的な議論ではない。薬に関する基礎教育を受けていない,敢えて言えば,化学を全く理解しない医師が,薬学教育まで取り仕切るこの国に造りの奇怪さである。これは薬学の将来のためには,決して看過できることではない。 医学教育振興財団については, 文部科学省・高等教育局・医学教育課のウェブページを参照していただきたい。 がん対策基本法 日本でも,アメリカで行われているチーム医療の現状などに鑑み,平成18年(2006年)6月23日法律第98号として「がん対策基本法」が提案され,平成19年(2007年)4月1日より施行された。それを受けて,がん対策推進協議会が組織され,垣添忠生博士(財団法人日本対がん協会会長)を主査として審議が行われている。審議の様子は,厚生労働省,がん対策基本法「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」について などに掲載された議事録,資料などを通じて知ることができる。 驚いたことに,がん対策推進協議会の委員には,薬学の専門家は一人も入っていない。しかし,よく考えてみると,このような会に加わって,医師と互角に発言できる薬学分野の専門家,例えばがん専門薬剤師が今のところ非常に不足しているのが実情である。 今後,世界の流れのなかでがん治療を進めていくためには,チーム医療の体制を組むことは必須である。それには,がん専門薬剤師などの薬学の専門家の存在は不可欠である。 医師と薬剤師の関係が変わりつつある 医師法第22条によると,患者に薬を使う場合(つまり薬を調剤して投与する場合),医師は原則として処方せんを発行しなければならない。さらに,薬剤師法24条には,薬剤師は医師による処方をレビュー(処方監査)し,疑義がある場合にはその結果を医師に問い合わせる(疑義照会)の二つのステップを経て,調剤し患者に投与ことが明記されている。 欧米諸国では,多くの場合,医師は薬剤師に相談してから処方せんを発行する。処方せんは必ず薬剤師の厳重なチェックを受けるからである。従って,実質的には薬剤師の主導で処方が決まることになる。これが,本来の医薬分業のあるべき姿である。 日本では,長い間,処方監査,疑義照会の段階があってないような状況であった。薬剤師は医師の書いた処方せんどおりに薬を調剤して患者に渡す。すなわち,日本では医師による処方せんの発行と,薬剤師による調剤行為は極論すると「問答無用」の状況下にあり,処方,調剤は現実的には医師の手によって行われることになってしまった。 薬学の将来のための委員会は何をもたらすのか 平成20年(2008年)から現在に至るまでの短期間の間に,「薬学系人材養成の在り方に関する検討会」が何度となく開催されている。ここでは,6年制に移行した薬学部のもとにおいて,さらに高いレベルの学生を育成するための議論が繰り返し行われているようであるが,関連のウェブページを精読してみても,その実態は明らかでない。此の期に及んで,一体何をしようというのであろうか。それとも,いつもの官僚主導の有識者・学識経験者の 「井戸端会議」なのだろうか? [ ⇒ 荒田洋治『日本の科学行政を問う』(薬事日報社,2010)] 国の姿勢を問う 6年制薬学部を創設したからには,国はもっと真剣に取り組んでいただきたい。これまで述べてきたように,6年制のもとで薬剤師を世に送り出すために,各大学の教職員がどれほど苦しんでいるか,その現実を直視していただきたい。 有識者・学識経験者を動員して,連日の如く会議を開き,提言をしまくり,山のように通達を出すのもよい。しかし,国は現場にスタッフを派遣して,現場の声に耳を傾けたことがあるのだろうか。 制度的にも,精神的にも,薬学が医学と対等な地位を獲得することなしには,この国の医療を真に国民のためにすることはできない。どうすればよいか,国は理屈の上ではとっくに理解しているはずである。薬学を変える根本は,6年制のような制度の改革ではない。ただ新しい制度を作り,そのまま放り出されるのでは,日本の薬学が発展するどころか,崩壊してしまう。 国が大きなプロジェクトを立ち上げ,そのまま客観的にまともな評価をすることなく放り出した事例は,さまざまな分野で溢れかえっている。6年制薬学部の創設がこの轍を踏むことなく,患者に必要とされ,患者の役に立つ薬剤師の養成を達成していくことを強く希望する。 4年制課程と6年制課程の定員は,それぞれの大学が自らの考えの下で決める[ ⇒ 薬学部6年制 Ⅱ,図2]。私立薬科大学の場合には,6年制課程に重点が置かれている。一方,国公立大学の場合には大きなばらつきがある。国公私立大学それぞれの悩みをかかえているのである。 ある公立大学では,「我が大学は一貫して従来通りの基礎研究に専心すべきである。優れた仕事を続ける自信がある研究者にとって,6年制課程は不要である。4年制課程だけにして,基礎研究に徹するべきである」との極論が出たと聞いている。他の国公立大学でも,多くのところで,これに近い議論が繰り返されたのではないだろうか。これは,薬学における伝統的な体制を維持して,基礎研究だけを徹底的に行うにはこの道しかないという考えに基づくものである。 一方,薬学部の看板を掲げているからには,薬剤師がゼロであるというのはどう考えてもおかしい。これでは,社会の理解が得られないという,どちらかという消極的な賛成論の結果,定員は別として,全ての国公立市立大学の薬学部で,6年制課程の枠が残されることになったのであろう。 しかし,現在の状態では,6年制薬学を創設した精神が失われるという意見も当然あり得る。このように,6年制薬学をめぐる議論は,単に薬剤師の質を向上させるという狭い範囲に押し込めることが不可能である。 もともと,薬学部を6年制にすべきであるとする発想も,薬剤師の質を向上させようという上辺の綺麗ごとだけではない側面があったと理解している。厚生労働省,文部科学省の官僚の思惑と摩擦,調剤薬局で働く薬剤師に医師と同格の「バッジ」を付けさせたいという日本薬剤師会の動き,自由民主党(当時)が発足させた勉強会などをめぐる政治の世界との係りは見過ごすことは出来ない。 ともあれ,6年制薬学部の創設が法律によって定められた。薬学部6年制に関する議論は,法律が改正された現在,そして将来に亘って,複雑に尾を引くであろう。 執筆にあたっては,次の方々から貴重なご意見を頂いた。 井上圭三・教授(東京大学薬学部長,帝京大学薬学部長,東京大学名誉教授),岩井秀夫・博士(フィンランド ヘルシンキ大学 バイオテクノロジー研究所 グループリーダー),岡部建次・教授(駿河台大学文化情報学部),堅田利明・教授(東京大学薬学部,教務委員長),香取和夫・指導薬剤師(杏雲堂薬局,東京都江東区),河邉秀一・出版局長(薬事日報社),小雀浩司・持田製薬顧問(公益財団法人・持田記念医学薬学振興財団理事),柴崎正勝・博士(微生物化学研究センター化学研究センター長,同常務理事,元東京大学薬学部長,東京大学名誉教授),鈴木洋史・教授(東京大学医学附属病院・薬剤部長),竹中登一・会長(アステラス製薬株式会社),辻勉・教授(星薬科大学薬学部),豊島聰・博士(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構・シニア・アドバイザー),西村千秋・教授(帝京平成大学薬学部),春山英幸・博士(第一三共株式会社・品川研究開発センター・執行役員・研究開発部長),平岡哲夫・博士(第一三共株式会社・副社長,三共有機合成株式会社社長 [(同社は,2006年,三共化成と合併して三共ケミカルファーマとなった]を歴任),前田幹広博士(メリーランド大学医療センター・集中治療専門薬剤師レジデント),松木則夫・教授(東京大学薬学部,日本薬学会会頭),山本信夫・副会長(社団法人・日本薬剤師会)(五十音順) 長年にわたって薬学とさまざまな形で係り,父がしがない町医者であったこともあり,薬剤師の立場,処遇に深い関心をもってきたが,学問としての薬剤学は筆者自身の研究領域の外にある。その筆者が本書を執筆するに至った動機は,本書を通読していただければ理解していただけるものと思うが,一方で,大きな過ちを犯している可能性もある。読者からの忌憚のないご意見,ご批判を待ちたい。
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