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薬学部6年制 Ⅶ


質の高い薬剤師の育成

6年の課程を経て,薬剤師国家試験に合格した薬剤師は,従来の4年制時代の薬剤師に比べて,知識,経験などに優れているに違いない。新しい6年制の薬剤師を選別するためには,国家試験の内容も十分考慮されているはずである。 ⇒ 6年制薬学における薬剤師国家試験

事実,6年制薬学部に関する文書には,6年制薬学教育が目指すのは,患者さんに必要とされ,患者さんの役に立つ専門性の高い薬剤師の養成であると明記されている。では,6年制薬学部を経て薬剤師になれば,皆がそうなるか? ちょっと考えてみれば,そんなことは有り得ないことは明らかである。大体,病院,薬局は,今までどおりの薬剤師を必要としているのである。

ここから,6年制薬学部の議論は迷路に入ってしまう。強調しておきたい点は,6年制は,薬剤師の仕分けに繋がる。すなわち,これまで4年制によって世に送り出された薬剤師と,選ばれた専門性の高い薬剤師の2種類の薬剤師に分けられる。どう考えても,前者が9割以上,後者はごく一握りであろう。

筆者は,6年制薬学部の最大の特徴は,たとえごく少人数であっても,水面から頭を出した,飛び抜けて優秀な,すなわち後者のタイプの薬剤師を創りだす可能性があることだと考えている。

西欧諸国においては,如何なる分野であっても,競争原理がつねに優先する。プロフェッショナルだけが生き残る。一旦海に身をおけば,つねに泳いでなければ沈んでしまう。激烈な競争を勝ち抜いてはじめて,目的が達成される。薬剤師もまた然りである。こうして選ばれた薬剤師は,医師と対等に医療に係る実力を備えている。医師とともに,グループ医療に参画できる。

フランスでは,6年制薬学部が法律によって定められたのは,確かに最近(1987年)のことであるが,根底には,千年以上にわたる紆余曲折の歴史がある。その間,現在の言葉でいえば,「医薬分業」がさまざまな形で,現れては消え,消えては現れている。薬剤師と医師との協力,あるいは摩擦も,同様な長い歴史がある。医師に蔑視されてきた薬剤師の怨念も忘れられない。すなわち,日本の薬学師の質を高めるために,いま急に6年制薬学部をスタートすればよいというような単純な問題ではないのである。

意欲ある者にとって,機は熟した

少なくとも現時点では,日本のサイエンス関連の制度は未だ西欧先進国に遅れをとっていることは認めざるを得ない。薬学にしても,真の医薬分業は,法律では実現したものの,医療を担う医師と対等な立場の専門薬剤師が次々に出てこない限り,これまでの壁は破れないであろう。

しかし,6年制薬学をポジティブに捉えると,自らを徹底的に磨きたい薬剤師にとっては潮の流れが向いてきた感がある。これまでと同様,日本民族の美徳を守り,薬剤師全員が“みんな仲良し,資格も何もかもが,横一線に並んでいる”のでは何の進歩も望めない。それには,“出る釘は打たれる”ことを恐れてはならない。一歩でも二歩でも,横一線から上に上ることだ。その際,“言うは易く行うは難し”ではあるが,可能な限り摩擦を起さないこと,これも各人の人間的才能である。そのような意欲と能力を内に秘めた学生とっては,これ以上魅力的な場はないのではないだろうか。

問題は一言で言えば,すべての人に平等に薬剤師の資格を取得してもらうか,あるいは,個個人が優秀か,優秀でないかを明確に判断して,西欧型の“不公平な選抜”を行い,図抜けた能力をもつ選ばれし薬剤師を選び出すかである。付け加えておきたいのは,これは何も薬剤師に限った問題ではない。言い換えれば,プロフェッショナルでなければ世の中に通用しないのである。

突飛なたとえ話になるが,登山のガイドなる人たちがいて,ガイドとして報酬を得ている。最近,ガイドが同伴しているのに,山で遭難が起きたことがしばしば報じられる。よく話を聞いてみると,全てのガイドが,全責任を取れるプロフェッショナルがどうか疑問に思うことがある。全てのガイドが国の統一的な資格試験を受けているのだろうか? どうもそうでもなさそうである。アルバイトに毛の生えたようなガイドもいるのではないかと思われる節がある。

例えば,ヨーロッパのアルプスでは,国の統一的な試験を受け,国からお墨付きを与えられたガイドだけが仕事をすることができる。契約社会である西欧諸国と,その点が曖昧模糊としている日本の違いである。

繰り返すが,日本の薬剤師もプロフェッショナルでなければならない。

それでは,どうすればよいか?

いずれにしても,現状では,恐ろしい数の薬剤師の卵が平成24年(2012年)3月に孵ってくるのは間違いない。問題の所在は,これまでに述べてきたことから明らかであろう。

理想論

薬学部の定員を今の半分あるいは以下に絞り,薬剤師国家試験を受験する学生の数を減らす。減らせば,学生一人当たりの教育が充実し,意欲のある学生の力がさらに向上する。意欲的な学生は,さらに大学院に進んで研鑽を積めば,6年制化が理想とした,今までとは違う,一皮むけた薬剤師が黙っていても誕生するであろう。しかし,これは理想像であり,夢である。これでは私立大学の経営は成り立っていかないことは明白だからである。

だとすれば,今のままの状態にして,12,000人の学生の中から,一人でも二人でも,上で述べたような人材が出てくることを待つしかない。

現実的な選択肢

結論を先にいえば,選択肢は二つである。

6年制課程を選び,卒業後に大学院に進み,臨床に直結した優れた薬剤師への道を歩むか,あるいは,薬剤師の資格を忘れ去り,4年制課程において,日本独自の薬学の基礎研究へ全力投球するかである。すでに述べたように,現在は移行措置として,4年制課程にも薬剤師国家試験を受験する道が残されているが,平成30年以後はこの扉が閉ざされる。残された期間は,(2011年現在)6年しかない!]

6年制の薬学を卒業して世に出る学生の取るべき上述の選択肢に関連して,次の諸点を指摘しておきたい。

1)通常の薬剤師になることを目的として入学してきた学生は,6年制課程を修了し薬剤師の資格を取得したあと,大部分は大学病院の調剤部,街の調剤薬局の薬剤師として職を得ることを目指すはずである。

2)12,000人の学生が,すべて薬剤師の資格を所得して職を求めるとは到底思えないが,その数が仮に9,000人としても,職を得られない薬剤師が街に溢れることは容易に想像できる。法科大学院の場合でも全く同様の事態に陥っている。

3)この場合,すでに世の中のあらゆる局面で起きていることであるが,専門をいったん捨てて,全く別の分野に職を得る可能性を求めることになる。この場合,薬剤師の経歴が実際には何も生きてこないこともあれば,何かの切っ掛けで思わぬ展開を見せることもあり得る。人生色々である。

4)同じ6年制課程を進んだ場合でも,努力を重ね,専門性の高い薬剤師としての実力を身に付け,可能な限り医師とのコミュニケーションの輪を拡げていけば,新しい活躍の場が拡がるであろう。ここでは,6年間かけて身に付けた薬剤師としての実力が評価されるため,在学中に不断の努力が求められる。

5)子供の頃より,新しい薬を開発して世のため,人のために貢献しようと夢を持つ学生もいるはずである。そのために進むべき道は唯一つ,薬学部に用意されている4年制課程に入り,希望の分野(有機化学系,生物化学系,物理化学系)の研究室で研鑚を積み,大学院に進学して,修士,博士の資格を取得する。このあと,ポスドクとして外国に武者修業の旅に出たあと,再び日本のアカデミアに戻り,仕事と論文で勝負し,さらに上を目指して研鑽と積む。

このオプションの場合,本人が自覚するか否かに係らず,本人の経歴には,薬学としてのアイデンティティが失われることになる。たとえどのようにレベルの高い業績であっても,外国の研究者から見れば,その仕事は薬学部という看板を背負ったものではないからである。言い換えれば,例えば,大学なら,単に生命科学関連の研究室の業績として評価されることになる。

1994年(平成6年)に設立された東京薬科大学・生命科学部は,薬科大学に所属しながら,薬学のアイデンティティとはかけ離れた自由な研究を目指している。当然,卒業生には,薬剤師国家試験を受験する資格は与えられない。

6)薬学のアイデンティティと言ったが,これこそまさに薬学であり,理学部,工学部,農学部には無い研究室といえるのは,薬物代謝学,薬物動態学などであろう。薬学人だけが身に付けているこの分野の知識,経験は,あらゆる場面で,薬学そのものとして重みを置かれるであろう。

7)就職の点について触れておきたい点がある。かってある製薬企業のトップの一人が,私立薬科大学に招かれ,講演をした際,学生の質問に答えて,我が社では,薬剤師は要らないと答え,ウワサはウワサをよび,私立薬科大学で恐怖と大反響を巻き起こしたことがある。

この答えの真意は,会社が重視しているのは,薬剤師だからというのではなく,薬剤師であろうが無かろうが,十分に柔軟に,会社に貢献してくれる人材を求めているということである。

先に述べたように,薬物代謝や薬物動態に関する専門的な知識を身に付けた学生は,薬学部出身者にしかいない。有機化学を専攻した学生の場合には,薬学出身であるからではなく,どの研究室で誰の指導を受けたかに着目した採用を決める。

薬学でも理学部でも,細胞生物学を専攻した学生が多い。この分野の学生が要らないというのではないが,動物を扱うイン・ビボの実験を自由に出来る人材は,獣医学科より採用する。問題は個人の特長,能力,思考の柔軟性,行動力である。

薬剤師がどうしても必要な職場が製薬会社にもある。例えば,工場長,薬相談室などがそれに該当する。結論を言えば,出身が薬学であることが本質的なのではなく,配置された場で最大限の能力が求められているのである。


つづく

by yojiarata | 2011-05-07 00:05
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