薬学部６年制 Ⅳ

大学研究室からのコメント
松木則夫教授（東京大学薬学部・薬品作用学教室）によるコメント
２００４年（平成１６年）４月，２００５年（平成１７年）６月（追記）。/ 『高校生諸君！　それでもあなたは六年制の薬学部に入りたいですか？』
この記事は少なからぬ反響をよんだ。題名はいささかショッキングである。しかし落ち着いて最後まで読むと，非常に重要な点が指摘されていることがわかる。

まとめ

六年制を議論していた頃には考えもしなかった薬科大学・薬学部の急増は大問題であり、六年制のメリットを帳消しにするばかりか、実務実習などのシステムがうまく機能するかどうかも危うい事態に陥ろうとしています。こういう状況ですので、薬剤師の資格があれば将来困らないだろうと漠然と考えている人や６年間の学費は大変だけど卒業後に高収入の職に就けることを期待している人には六年制の薬学部は勧められません。

それではどうすれば良いか

能力の高い薬剤師や研究者の需要がなくなったわけではない。しかし，勝ち残るためにはそれなりの努力が必要である。
結論の部分に，松木博士の真意が凝縮されている。薬学を含めて広くサイエンスの世界においては，世界に並ぶ第一級の薬剤師を育てるには，全員を横一線に，差別なく揃えるのではなく，突出した人材を求めることが本質である。筆者は，六年制の導入によって，この差別化が進み，これによって質の高い人材を確保できると考えている。この解釈が正しいなら，筆者は松木博士の意見に賛成である。

もしそのような志を持たないのであれば，４年制の時代と同様，薬剤師免許を取得し，病院，薬局の薬剤部に職を求めることになる。この場合には，松木教授が指摘されるように，規制緩和の結果，きのこのごとく創立された多数の薬科大学の存在に顧みて，薬剤師の需要が減少し，薬剤師の供給が増加する社会の波を潜って就職をすることが次第に困難になるであろう。

私立薬科大学からも重要なコメントが出されている。

廣井邦雄博士（奥羽大学教授・薬学部長）

・・・・・　薬学部を研究活動の面から見ると，新たな難しい面に直面しています。６年制薬学部で基礎研究を行うことは，極めて困難に思われます。６年制課程に入学する学生の多くは，病院及び薬局薬剤師になることが目的なので，そのため医療系教室を希望し，基礎系（特に化学系）への期待は，極めて乏しいことは明らかです。従って，今後の私立薬系大学６年制課程における基礎系研究は次第に衰退していくものと思われます。・・・・・

廣井邦雄『私立薬科大学における研究活動について－私の経験から－』薬奨ニュース　No.11, July 2010, 6ページ


中川靖一博士（北里大学薬学部・教授）

・・・・・　この課程（６年制課程，筆者注）では，医薬情報収集・解析などの医薬品の適正使用の研究のみならず，生命現象の解明などの基礎研究，メディシナルケミストリーやファーマコインフォマティクスなどの創薬を基盤とした研究，トランスレーショナルリサーチなどの臨床と基礎とを包括した研究などを取り入れることにより，さまざまな問題に対して対応できる薬剤師の育成が期待される。教育延長により，各大学はどのような人材を育成するかの目的を明確にし，そのミッションを確定することにより，これまでにない特色のある教育が実践できる。

一方，基礎研究について考えると，非常に厳しい状況になることが危惧される。年限延長に伴う学生の大幅な増加にもかかわらず，教員の増員はなく，教育の負担は非常に重いものになる。基礎研究を行っている教員にとっては，研究に集中できる時間が大幅に減少し，さらに，修士課程の廃止により，研究のパートナーである大学院生との共同研究はほとんど望めない状況になる。このままでは，６年制教育体制による研究環境の悪化が教員の将来への不安，研究意欲の低下をもたらし，創薬や生命科学などの基礎研究領域の衰退を招くことは明らかである。・・・・・

中川靖一『６年制薬学教育と研究の光と陰』薬学研究奨励財団・薬奨ニュース　No.11, July 2010, 5ページ


大学院教育における研究意欲，言い換えれば，モーチベーションの低下に関するコメントは，極めて本質的かつ重要である。薬学がこれまで担ってきた日本独自の基礎研究が衰退する憂いがあるとのコメントには筆者も全く同感である。

一方，６年制課程は，中川博士が指摘されるように，これまでとは質的に異なる薬剤師を育成する期待がある。しかしながら，共用試験の実施など大学（教職員）側に過大な負担を強いているという現実は余りにも深刻である。強調したいことは，これによって，これまで１００年にわたって営々と積み重ねられてきた薬学研究の基礎を大きく揺さぶられていることである。


つづく