NMR50年 Ⅳ



IUPAC 国際天然物化学会議 (1964年,京都)


1964年4月12日-18日,有機化学の世界でNMRが独り立ちしたことを示す国際会議が京都で開催された。

筆者が参加した初めての国際会議であった。最近は,自分に関係のある講演をチョコッと聴いて姿を消す人の少なくない残念な時代になったが,新米の筆者は,耳を澄ませ,目を輝かせて,寸刻を惜しんで,またとない機会に密着,聴講した。一見自分に関係のない講演が,自分のつぎのアイディアになるのはよくあることだ。全体を取り仕切った中西香爾(コロンビア大学)の素晴らしく流暢な英語に大いに感心し,子供の頃に覚えた軍歌の一節“今に見ていろ,僕だって”を思い出していた。

会議は聞くもの,見るもの何もかも新しく輝いていた。今にして思うと,駆け出し時代に味わったこの感動と興奮がその後の研究生活の原動力となった。研究とは感動と興奮だと思う。

とくに印象深いセッションを一つだけ挙げよと問われれば,筆者は躊躇無く 「テトロドトキシンの構造に関するセッション」 と答える。

テトロドトキシンの構造決定に関しては,著名な3研究室の先陣争いが世界の注目を集めていた。超満員のこのセッションは,平田義正(名古屋大学),津田恭介(東京大学),R.B.Woodward(ハーバード大学)の3人が登壇して,独立に行った構造決定の結果を報告した。提出された構造は三者とも同一であった。
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同じセッションに登壇したH.S.Mosher (スタンフォード大学)は,カリフォルニア・イモリ (Taricha torosa) の毒が,まさに,テトロドトキシンと同一であることを示した。この研究結果は,テトロドトキシンがマフグ科のふぐだけに存在するものではないことを初めて示した重要な研究であった。

講演で面白いと思ったことはいつまでも記憶にある。Woodward のマフグ,トラフグの発音(筆者には大変ユーモラスに聞こえた),Mosher が映したカリフォルニア・イモリの毒々しい写真は今も記憶に残っている。

肝心な場所に存在する 4級炭素 などによって構造決定は困難をきわめた。可視・紫外,赤外は何の役にも立たなかった。言うまでもなく,特定の元素を取り出して見ることが出来ないからである。実際,構造決定は,分解産物を丹念につなぎ合わせる伝統的なやり方で行われた。

電気通信大学に在籍していた筆者のもとを,津田恭介のグループから太刀川隆治(三共,当時)が訪ねてきた。学会の前の年だったと記憶している。競争が激烈であったためか,構造が何処までわかっているかを筆者にも伏せたまま,この部分構造はNMRの結果と矛盾するかなど,意見を求められ当惑した。その上,測定に用いたのは,電気通信大学の 27Mc/sec 分光計であった。

結局,NMRだけでは結論に至らず,最終的にはX線結晶解析によって構造が決定された。これは,今に至るも続く永遠のテーマ,「NMR か X線 か」の言わば原点であったような気がする。

テトロドトキシン・後日談

1972年,岸義人(ハーバード大学)が D, L-テトロドトキシン(ラセミ体)の全合成に成功した。2003年には磯部稔・西川俊夫(名古屋大学)らと J. Du Bois(スタンフォード大学)が独立に初の不斉全合成を達成している。

1970年頃を境として,パルスフーリエ変換法,超伝導磁石の導入によってNMRは急速に変貌を遂げる。スタンフォード大学医学部薬理学教室のO.Jardetzky
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第1回ISMAR,東京,1964年,威風堂々,物凄い貫禄で周りを圧する Jardetzky (当時30代後半だったはずである)


1970年代のはじめ,Jardetzkyの研究室に滞在していた筆者は,装置が電磁石(100 MHz,1971年)から超伝導磁石(270 MHz 続いて 360 MHz)(1972-1974年)に移行する“遷移状態”の場に立ち会う得がたい経験をした。CWであった装置にも,すぐにパルスフーリエ変換法が取り入れられた。

1987年8月26日(水),27日(木),28日(金)第29回天然有機化合物討論会が札幌市民会館で開催された。この討論会は,天然物に関するきわめてレベルの高い学会であることで知られる。この会で,村田道雄を中心とする東北大学のグループが新しいNMRの技法を駆使して得た見事な研究成果を報告している。

32 イモリのテトロドトキシン新誘導体について
四津まり,村田道雄,安元健(東北大・農),
直木秀夫(サントリー生有研)
第29回天然物有機化学討論会要旨 29,240-247(1987)


国立情報学研究所 CiNii のウェブページには,第29回天然有機化合物討論会講演要旨集の本文全部がPDFとして公開されていて,誰でも読むことが出来る。
http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00154136/ISS0000422026_ja.html
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006678644

テトロドトキシンのその後については,次の総説が興味深い。

化学と生物 Vol.21, No.10, 678-687 (1984)
http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=kagakutoseibutsu1962&cdvol=22&noissue=10&startpage=678

こうしてみると,日本核磁気共鳴学会も,(第1回から現在までの)講演要旨集の電子化などを急いで進める必要性を感じる。






つづく

by yojiarata | 2011-04-22 17:14
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