NMR50年 Ⅰ



大学院の博士課程に進学した昭和35(1960)年頃,ふとした切っ掛けでNMR(核磁気共鳴分光法)と出会い,そのまま現在まで,NMRを友として50年過ごしてきた。

昨年,NMRの母体である日本核磁気共鳴学会がウェブ版として機関誌を発行,縁があって,卷頭エッセイ『創世記』を執筆した。

NMR学会会員のために書いたこの記事がより広い範囲の人々の眼に留まることを願い,若干加筆,修正を加えた上で,ここに掲載する。

なお,この記事の全ての内容は,あくまで筆者である私自身の個人的な見解であることをお断りしておきたい。


神々の時代


今から100年前,磁性物理学の研究で世界をリードしていたのは,ライデン大学を中核とするオランダである。低温物理学の祖である) Heike Kamerlingh Onnes (1853-1926)
a0181566_1757657.jpg
は当時,唯一液化が達成されていなかった“永久ガス”ヘリウムの液化に成功した。水銀,スズ,鉛などの金属が液体ヘリウム中で示す超伝導現象を発見したのも Kamerlingh Onnes である。

Kamerlingh Onnes の時代から1世紀が経過した現在,液体ヘリウムはNMRの測定に不可欠のものとなった。鉄道の高速化を目指して,超伝導状態を用いる“リニアモーターカー”も開発研究が進んでいると聞いている。

一時ブームとなった高温超伝導体の開発研究も先が見えない。少なくとも当面は,超伝導状態を作り出すためには液体ヘリウムに頼ることになるであろう。ちなみに,ヘリウムガスが地底から噴出しているのは,アメリカ,ロシアのほかは中国であると理解している。何もかも輸入に頼る日本で,ヘリウム が 第2のレアアースにならないことを願っている。

F.Bloch (1905-1983)と
a0181566_532578.jpg
E. M. Purcell (1912-1997)
a0181566_1875798.jpg
のグループが凝縮系のNMR現象の検出に成功したのは1946年のことである。

新しい発見にはしばしば,歴史の残る闘いがある。核磁気共鳴現象の発見についていえばC.J.Gortor
a0181566_5353583.jpg
 と

I.I.Rabi
a0181566_536247.jpg
 の確執はよく知られている。

因みにいえば,Nuclear magnetic resonance が最初に登場するのはGortor が L.J.F. Broar と共著で発表した“実験の失敗を告白する論文”Physica IX, 591-596 (1942) : Negative Result on an Attempt to Observe Nuclear Magnetic Resonance in Solids である。この論文には,Nuclear magnetic resonanceと命名し,最初に使ったのはRabi であると明記されている。公平無私な Gortor の人柄が偲ばれる。

NMRを化学と結びつける礎を築いたのは,物性物理学者である。ここでは,N.Bloembergen [1920-;ノーベル物理学賞受賞時の写真,筆者が当時購読していたPacific Stars and Stripes1981年10月21日付けより],
a0181566_5374196.jpg


久保亮五

a0181566_5383065.jpg
(1920-1995;NMR現象に関する最も重要な論文:Ryogo Kubo A General Theory of Magnetic Resonance Absorption J. Phys. Soc. Japan 9, 888, 1954) の名前を挙げるに留める。

Bloembergen がハーバード大学に提出した博士論文を基にしてPhysical Review (1948) に発表された歴史的論文は,共著者E.M.Purcell, R.V.Poundを含めた三人の名前の頭文字を並べて,後にBPP とよばれることになる。Benjamin から単行本として発刊されている博士論文(そのもの)
a0181566_2318086.jpg


と,“指導教官”Purcell によって加筆されたBPPを比較してみると大変に興味深い。優秀な学生の博士論文は,こうでなければならない。





つづく

by yojiarata | 2011-04-22 17:30 | Comments(0)
<< わが師わが友 清水博 Ⅱ NMR50年 Ⅱ >>