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横浜ベイスターズ  夢と 希望と 「応援・副団長」




ご隠居さん 今日はなんだかご機嫌のようですね。

プロ野球セントラル・リーグ3位の横浜 DeNA ベイスターズが,2位のジャイアンツを撃破して,クライマックス・シリーズの決定戦に進出したね。

あれも買って,これも買ってと ”オネダリ” して,戦力の補強をしてきたジャイアンツと,”コツコツ” (お金も十分でないせいもあって)若手を育ててきた DeNA の差がここで出たね。

つなぎの投手が全く不十分なジャイアンツに比べて,DeNA は,若手が1,2インニングで,実によい仕事をして,金持ち球団を完璧に抑え込んだよ。


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私がまだ現役で,研究をしていた頃,(30年近くも前のことになるけど),横浜で開かれた学会に4日間,出席した時のことです。この会には,外国からの出席者も少なくなかったよ。学会が終わった後,いつものことだけど,”日本独自のものとはどうゆうものか” と考えるんだ。


帰りの道すがら,何の脈絡もなく,ある女性歌手の名前が頭を掠めたよ。

嘗て横浜ベイスターズとよばれていた DeNA は来る日も来る日も負け続けていたんだけど,彼女が横浜ベイスターズの私設応援団「横浜ベイスターズを優勝させる会」の応援・副団長を務めていたことを知る人は多くないと思うよ。


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その人の名は日吉ミミ。


彼女の歌声は一度聴いたら忘れられないよ。

日吉ミミの存在を知ったあと,すぐに入手可能な2枚のLPレコードを購入しました。

1970年の録音とあるから,彼女が23歳の時のものです。それまでの何年か大変な苦労を積み重ねたという。聞けば聞くほど,こんな凄い歌い手がいたのかと驚いたよ。そこには,誰にも真似のできない,純正・日本の歌手 がいたんだ。


地面から湧き出してくるようなダイナミックなパワーのある不思議な声,それは低音から高音にわたる伸びやかな声の抜群の歌唱力,そして時として入るユーモア。

 ベッドで泣いていると,涙が耳に入るよ ・・・  


これだけの要素を兼ね備えている歌い手を私は他に知りませんね。


2010年,NHKの番組に出演した彼女は,声のことを聞かれ,私は普通の声だと思っているとニコニコ 笑っていたよ。63歳の可愛いおば様という感じだったよ。彼女の歌声は,40年前と変わらず,張りがありました。

彼女は,2008年に膵臓がんが見付かり,2009年に大きな手術のあと,それを乗り越えて,新しい企画に,夫君と共に取り組んでいたようだけど,残念なことに,NHK 出演から1年後,若くして他界しました。享年64。



2011年12月に書いたブログの記事をお読みください。

惜別 日吉ミミ





おしまい

by yojiarata | 2016-10-13 17:42 | Comments(0)

戦争と平和




ご隠居さん 戦争の話が始まるのですか。


そうです。戦争を抜きにしては,今の時代を考えられないからね。


ブログを書き始めて6年近くになりますが,ここでは,過去1年くらいにわたって掲載した記事を整理しておきたいと思います。


それで,今回は,何が話題になるのでしょうか。


終戦直前,ロシア(旧ソ連軍)が国境を超えて乱入した事件(第1部),それと中東で起きている戦争(第2部)の2つです。


追記(2016年10月8日)

朝日新聞夕刊の総合2面の左隅に興味のある連載記事が 月―金 の5回づつ,掲載されています。今週は,「未確認生物をたどって Ⅱ」でした。来週10日からは,「対戦末期に始まった日ソの戦争をたどります」と予告されています。どんな記事になるのか,待っています。





まず,第1部戦争と平和


昭和20年(1945年),ソ連は日ソ中立条約を無視して,日本に宣戦を布告,8月9日午前零時,満州に攻め込み,暴虐の限りを尽くしたんだ。まるで,やくざの殴り込みですよ。


奥底の悲しみ 戦後50年
引揚者の記憶
(NHK 山口放送)
2016年9月20日



この番組は,綿密な取材に基づいた力作です。テレビの画面からは,犠牲になった多数の日本人女性の慟哭と恨みが迫ってくるよ。

読者に是非とも観てほしいよ。再放送を待つか,NHKオンデマンド(のライセンスを登録している場合)で観ることができるよ。


私は,この事件以来,あの国を信用しないことにしているんだ。安倍総理大臣は,北方領土について,今後,粘り強く話し合いを続けていくなんて,呑気なことを言っているけど,あの国相手では駄目ですよ。日本も,外交力ゼロという感じだね。情けないね!


なお,事件の詳細な経緯については,続いて引用する角田房子さんの著作を精読して下さい。


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満州については,このブログに何度も書いたけど, 東条英機,岸信介 が共謀して,関東軍を牛耳り,結局,太平洋戦争の震源地となったんだ。



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満州建国 と 満蒙開拓団に悲劇



満州事変の翌年,昭和7年に建国された 満州国 は建国のスローガンとして現地の人たちと共に,五族協和 と 王道楽土 を目指すことが 謳はれたけれど,実際は日本人が優位に立つ,いわば日本の傀儡国家だったんだ。

最も多い時で,日本人は軍人・軍属を含めるとおよそ205万人。そのうち満州北部の広い地域に入植した 満蒙開拓団 の数はおよそ27万人に上ったといわれているよ。

1931年に日本は満洲事変を契機に満洲全域を占領して,翌1932年に満洲国を建国。満洲国は清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀を元首(執政,のち皇帝)と勝手に定めました。日本の傀儡政権だった満洲国は,この時期,事実上日本の支配下とあったんだ。


日本は南満洲鉄道や満洲重工業開発を通じて多額の産業投資を行い,農地や荒野に工場を建設した結果,この時期に満洲の近代化が急速に進んだよ。一方では満蒙開拓移民が入植する農地を確保するため,既存の農地から地元農民を移住させる等,元々住んでいた住民の反日感情を煽るような政策も実施したといわれているんだ。


以上の記述は,NHK解説委員室・解説アーカイブス 時論公論 「“満蒙開拓団”の史実に学ぶ」 (2013年8月17日)による。


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五族協和を理想として教えられ,国のためと信じて大陸に障害を捧げる決心で故郷の地を離れた満蒙開拓団 ― しかしその最期は余りにも悲惨であった。

満蒙開拓団の人々は ” 国策 ” と呼ばれた至上命令を信じて満州に渡った。・・・・・ ソ連参戦と同時に彼らは日本軍に放棄され,一切の保護を失って,血と泥と雨の中の逃避行を続け,虐殺,暴行の地獄を彷徨し,収容所では飢餓と寒気と悪疫にさいなまれた。  ・・・・・   こうして多くの開拓民―日本人の大集団が非業の死を遂げ,全員が財産を失った。

角田房子 『墓標なき八万の死者 満蒙開拓団の壊滅』 の「あとがき」 より。

角田さんのこの本は,最初から,じっくり読んでほしいね。悲しく,辛い話だけど。旧ソ連 (現ロシア) の過去,現在,未来を知るためにも。

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1991年 11版



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ソ連軍の満州侵攻を身をもって体験した T さん(戦争中は関東軍の一員,現在96歳)の話は生々しいよ。

日本の関東軍の運命は3つに分かれたんだ。理屈も何もない。ソ連が勝手に決めたんだ。ひとつは,「南方」に送られた組,多くの戦死者が出たと聞いています。第二は,「シベリア」に送られ最も悲惨な運命にさらされた組,第三は,朝鮮から日本に送り返された組。 T さん は,幸運にも,日本に送り返されたんだ。







つづく

by yojiarata | 2016-10-03 00:22 | Comments(0)

中東戦争 どこまで続く泥濘ぞ




続いて,中東情勢に話を移すよ。


● シリア政府・対・反政府勢力との内戦(アメリカ・対・ロシアの代理戦争)。停戦協定が破棄され,百人近い子供の死者がでた。
2016年9月29日


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日本では,アメリカから高価な飛行機をどんどん買い入れて,自衛隊の戦力強化が着々と進んでいます。


● 朝日新聞夕刊 総合2
2016年9月24日

空自配備のF35
1号機を初公開
1機180億円 42機導入へ
米ロッキード・マーチン社


田中角栄,児玉誉士夫,丸紅商事を巻き込んで,巨額の金が流れた事件を思いだよね。あの時の相手も,ニクソン・元大統領と深い繋がりのあるロッキード・マーチン社だったね。

今回の日本側の受け入れには,どこの輸入業者が関わったのでしょうか。お金の流れはどうだったのでしょうか?大変興味があります。なにしろ,物凄い額の金だからね。

この事件については,次の2編のブログにまとめてあります。結局,ウヤムヤになってしまったけどね。いつものパターンでした。


ロッキード事件 田中角栄とアメリカの対ソ軍事戦略

ロッキード事件 田中角栄とアメリカの対ソ軍事戦略 (つづき)



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2001年の9・11事件以後の中東情勢



アメリカで起きた9・11事件から,16年になります。

事件の直後,ブッシュ・前大統領が瓦礫の中に立って叫んだ言葉

諸君,これは戦争だ!


が,その後のイラク情勢のすべての原点だね。

2003年3月19日

同時多発テロのあと
ブッシュ・前大統領
イラクに対する武装解除の軍事作戦を開始
開戦理由
イラクが大量破壊兵器の保有


小泉純一郎総理大臣(当時)

米国の武力行使開始を理解し,支持します。


2003年4月9日
首都バクダッド陥落


2003年12月
陸上自衛隊イラク
先遣隊出発


日経2003年12月22日の世論調査
賛成     33%
反対     52%


イラク戦争による死者  
イラク人  10万人を超える
      アメリカ人  4489



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アメリカ政府の公式発表


2005年12月14日

● イラクには大量破壊兵器はなかった。

● イラク攻撃を決断したことには責任がある。

● ただし,サダム・フセインの逮捕,処刑は正しかった。


その後の動き

2009年2月,自衛隊の完全撤退


2011年12月18日,アメリカ軍撤退


***



柳澤 協二は,次のように書いている。

自らの選択肢にない戦争を,同盟国アメリカの戦争であるがゆえに支持する。そのとき,「首の皮一枚」でつががっていたのは,戦争の合理性の説明ではなく,この種の戦争を否定する戦後日本の自己認知の枠組みそのものだったのではないか。

日本は,イラク戦争を通じて「アメリカの真の同盟国」となる一方,それ以外のアイデンティーを失い,変動するアジアの中で,自己認知の漂流を続けている。その漂流ぶりは,今やアメリカ自身にとっても最大のリスク要因となっている。

柳澤 協二『 検証 官邸のイラク戦争 ― 元防衛官僚による批判と自省 』(岩波書店,2013年3月19日,182ページ)




***



2004年4月7日
イラクで,日本人人質事件が起きた。自衛隊を撤退させるため,イラクが3人の日本人

今井紀明
高遠菜穂子
郡山總一郎

を拘束した事件である。(15日解放)

人質解放の条件

3日以内に自衛隊がイラクから全面撤退すること。

何かがあって,この件は収まり,3人が解放されました。自衛隊はその後もイラクに留まりました。何故そうなったのかは,私には理解不能です。

柳澤 協二の著作に次の記述がある。

小泉総理は,「テロリストの要求には屈しない」姿勢を表明する。政府,与党内には,「自己責任」とする主張があった。人質は,宗教指導者の仲介によって数日後に解放された。
柳澤 協二『 検証 官邸のイラク戦争 ― 元防衛官僚による批判と自省 』(岩波書店,2013年3月19日,107ページ)


当時,不用意にイラクに取材のために入ったとして,非難する声が,日本政府,民間人を通じて沸き起こった。この事件については,当時,詳細に報じられたので,ここでは触れないでおく。しかし,今にして思えば,現在のイラク情勢(広い意味で,中東全体の情勢)と密接な関連を持つ事件だった。

読者は,詳細な記述があるインターネットで,記憶をよび戻しておいてください。


柳澤は次のように書いている。

2006年7月,小泉総理が辞任し,安倍晋三総理に変わると,「イラク」はほとんど話題に上らなくなった。自衛隊の活動は続いていたが「官邸のイラク戦争」は過去のものとなった。
柳澤 協二『 検証 官邸のイラク戦争 ― 元防衛官僚による批判と自省 』(岩波書店,2013年3月19日,125ページ)



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最近,ケーブルテレビで興味あるドキュメンタリー・映画を見ました。
J:COM 「(株) ジェイコム港新宿」映画・チャンネル NECO-HD
9月12日 2:30-4:10


ファルージャ イラク戦争
日本人人質事件・・・ そして
2013年


Home Room Co.

ATP若手映画プロダクション
第一回支援作品
2013年1月




多くの外国メディアが,現地から引き払ったあと,情報源は,BBC,APなどと契約を結んだ限られたものとなっていた。

伊藤めぐみさん(小さな映像プロダクションで働く,本人の言葉,当時18歳)は,当時イラクの病院で看護師として働いていた高遠菜穂子さんに会うためにイラクを訪れ,2013年8月 イラク戦争の激戦地だった町・ファルージャで取材を始めました。



***



イラク人ジャーナリスト アリ・マシュハダーニさんに聞く


イラク人にしてみれば,日本の自衛隊とは何かよくわからない。

わかるのは,武器を持った軍隊が自分たちのところに来たということ,そしてその自衛隊がアメリカと手を組んでいるということです。

イラク人は日本は平和的な国だと思っていたので衝撃でした。

武装勢力と言われる人達は決して特別な人達ではありません。彼らは私にとっても兄弟であり隣人であり身近な人達なのです。






あるイラク人医師との対話

日本政府はイラク戦争を支持しましたが,私は医者です。そのことについては何もわからない。日本のことについてであれば・・・

日本の人,日本の友人についてなら話せます。政治的な人とは話をしたくない。いつも政治について話をすると,問題が起きそうで嫌なのです。



早稲田大学におけるアリ・マシュハダーニさんの講演から


私はアメリカ兵が起こした大量虐殺を何度も追及してきました。女性や子供たちが殺されていくのに,彼らを救うことも撮影することもできませんでした。

イラクにおいて,ジャーナリストとして活動するのは,とても難しいことです。いつ殺されるか,拘束,逮捕,誘拐されるか分からず,行方不明になっていまう危険性もあるのです。


廣島,沖縄訪問の印象を語る アリ・マシュハダーニさん


この絵( 原爆の図 )を見ていると,私はまるでイラクにいるような気持になります。それはこのような光景を実際に目にしたことがあるからです。

原爆の図 (1980年) (講談社文庫)

丸木 位里、 丸木 俊



今再び思い出しました。病院で目にしたことを。

絵ではなく現実でした。

防空壕を掘ったり被害者の遺体を掘り出すときのこと。

目の前で死んでいく者たちの姿。

親を亡くした子供たちや,頭を切断された男のこと。



日本人は過去の戦争体験を忘れようとしている。

忘れてしまったのではなく,忘れようとしている。

戦争の傷跡が深すぎて,心が痛むからそうするのだと思う。

しかも日本人はイラク戦争に無関心であるし,世界で起きていることにも関心を持っていないと思う。でも日本人が無関心なのではなく世界各地で起きている取り上げないメディアの責任だ。

実際には,イラクが不安定な時も支援してくれる人がいたり,私もそうやって日本でイラクのことを話すことが出来ている。

だから,日本政府がイラク人を助けようとした人を批判し,反対に命を奪う行為を支援したのには驚いた。

もしかすると,日本政府が武力勢力の要求に応じなかったことは,感謝した方がいいのかもしれない。そのおかげで日本政府は,アメリカに追随していることを,イラクと日本国民に証明することができたのだから。



***




防衛研究所所長(2003)
内閣官房副長官補(2004)
柳澤 協二
柳澤 協二『 検証 官邸のイラク戦争 ― 元防衛官僚による批判と自省 』(岩波書店,2013/3/20)


自衛隊の派遣(イラクへの)は,日本政府が政治的な意図をもってやっていることだから,単なる「人助け」とは違う。

”哲学”がなくて,アメリカと上手にやっていくことだけを考える。それが一番の問題点である。

哲学がないまま戦争を支持しても(しかも,こんなにひどい戦争を),自衛隊を危険な目に合わせた教訓を生かさなければならない。



興味のある著作です。加えて,2001年9月の米国の同時多発テロから,2008年12月の自衛隊イラク撤収まで,著者が新聞報道,防衛年表をもとにまとめた詳細な表が極めて有用です。さすがに,優秀な官僚の作品であると感心しました。

私自身は,「”哲学”がなくて,アメリカと上手にやっていくことだけを考える。それが一番の問題点である」の件が最も重要かつ本質的なポイントだと思います。

国家試験の成績が抜群で,哲学が完全に欠如している退屈きわまる官僚の世界のなかから,柳澤さんのような人物が出てこられるというのは,意外かつ嬉しいことですね。国会で,論戦と称して,官僚の書いた文章を棒読みにしている総理大臣をはじめとする大臣の面々,政治家達の顔が目に浮かぶよ。




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他にも,いろいろ大事なことがあります。その一部は,次のブログに書きました。

忘却とは忘れ去ることなり 60年安保 から安保法施行まで  巻の1,2


日本よ 黙って 安倍総理大臣と心中するつもりですか


自衛隊の海外派兵 心を病んだ自衛隊員と自殺


アメリカ国家の素顔 と 安倍政権 の『戦争法案』


安全保障関連法案と死の商人


自衛隊の海外派兵 心を病んだ自衛隊員と自殺 【追記】


徴兵制


安保法制と集団的自衛権 9月に最終章へ


安倍談話が映しだす リーダーの要件


安倍晋三総理大臣に捧ぐ 安保法成立にあたって


経団連 武器など防衛装備品の輸出を「国家戦略として推進すべきだ」





未完

by yojiarata | 2016-10-03 00:20 | Comments(0)