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自衛隊の海外派兵  心を病んだ自衛隊員 と 自殺



ご隠居さん 何だか急に,ご機嫌が悪くなったね。


当然でしょう。遂に始まったからね。


何が?



5月28日(木) 7時28分配信の記事が,その日の新聞に載っているよ。


2003年から09年までイラクへ派遣された自衛隊員のうち,在職中に自殺で死亡したと認定された隊員が29人いることがわかった。27日の衆院の特別委員会で明らかになった。防衛省によると,うち4人は,イラク派遣が原因のストレスで自殺に至ったとみられるという。イラクに派遣された自衛隊員は陸海空の各自衛隊で約9310人。


01年~07年のテロ特別措置法にもとづくインド洋での給油活動に従事した隊員のうち,在職中に自殺で死亡した隊員は25人だった。こちらは,派遣が原因と認められる自殺者はいないという。この期間に派遣された海空の自衛隊員はのべ約1万3800人で,実数は明らかにしていない。


自殺者の総数については,共産党の志位和夫委員長の質問に防衛省の真部朗人事教育局長が答えた。真部氏は「個々の原因を特定するのは困難だ」と語った。志位氏は「自衛隊員の戦死者が出ていないものの,犠牲者がでていないわけではない」と指摘した。



*




安倍晋三首相肝いりの安全保障関連法案の本格審議が27日,衆院平和安全法制特別委員会で始まった。法案成立なら,自衛隊員のリスクが高まることが懸念される中,イラク特措法やテロ特措法に基づき,これまで現地に派遣された自衛隊員が帰国後,自殺したケースが54人(14年末時点)にのぼることが分かった。


共産党の志位和夫委員長の質問に,防衛省が,陸自21人,空自8人,海上自衛官が25人と内訳を述べた。原因を特定するのは一般的に困難との認識を示したが,志位氏は,派遣との因果関係は否定できないと指摘。「戦死者は出ていないが,犠牲者が出ていないわけではない。深刻な数字だ」と述べ,「非戦闘地域での活動でも,これだけの若者が犠牲となり,心の傷を負っている。活動範囲が拡大すれば,はるかに超える負担と犠牲を強いるのではないか」と首相に迫った。


首相は「胸の痛む話だ」 として,「(隊員は)現場でリスクを負いながら,任務をまっとうするため全力を尽くしている。今までの活動を比べる中で,非戦闘地域の概念を非戦闘現場とあらためたが,隊員は安全が十分に確保された所で活動し,戦闘になる危険性があれば退避する」と説明。志位氏は「総理はリスクを語ろうとしない。自衛隊の活動範囲をこれまでの戦闘地域に大幅に拡大しながら,隊員の安全確保を言うのは自己矛盾。ブラックジョークのたぐいだ」と,批判した。



「胸の痛む話だ」 なんて,いい気なもんだね。もし自分に息子がいて(実際にはいません),同じことが起きたら,こんな呑気なことがいっていられるんだろうかね。それに,「はやく質問しろよ」のことばを,民主党議員に浴びせたあの傲慢な態度。これがあの男の素顔ですよ。恐ろしいよね。



*




この点は,ついこの間のブログに,  『アメリカ国家の素顔 と 安倍政権 の 『戦争法案  に書いたよ。最後の部分を読んで下さい。

戦争に参加した兵隊さんの精神面での深刻な問題は,ヨーロッパやアメリカでは,随分前から,対策に苦慮しているのです。防衛相を中心とする大臣,官僚たちには,問題が全部が全部,戦争と直結しているという証拠がないなどと恍けているけど,そんなことは言わせませんよ。戦争のために心を病んだ元・兵隊さんの画像などを何回か見たことがありますからね。



最後にもう一つ。何度も,このブログに書いたことだけど,忘れてもらっては困るからね。



伊丹万作が遺した言葉

( 『映画春秋』 創刊号・昭和二十一年八月 )


多くの人が,今度の戦争でだまされていたという。

いくらだますものがいても,だれ一人騙されるものがいなかったとしたら,今度のような戦争は成り立たなかったにちがいないのである。

「だまされていた」 といつて平気でいられる国民なら, おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや,現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。







未完

by yojiarata | 2015-05-30 21:34 | Comments(0)

諏訪根自子 の 記憶  巻の2 



ご隠居さん 諏訪根自子さんのことは,以前にブログで読んだ記憶があるよ。タイトルが 「巻の2」 になっているんだけど,何か新しい発見でもあったのでしょうか。


君の言う通り,2013年6月20日のブログに, 諏訪根自子の記憶 を掲載しました。


それからどうなったの。


 そう急がないで,ゆっくり聞いてちょうだい。


諏訪根自子さんが,92歳で他界されことを新聞記事で知ったあと,すぐに,ブログに「諏訪根自子の記憶」 を書こうと決めたのです。

ふとしたことから,萩谷由喜子 『諏訪根自子 美貌のヴァイオリニスト その劇的生涯』 (アルファベータ,2013) が出版されていることを知った私は,いつものように,直ちにアマゾンに注文,2日後に入手しました。

この本を読んだお蔭で,私が大学の教養学部のドイツ語の授業で教わった大賀小四郎さんが,諏訪根自子さんの御亭主であることを知りました。


*


今日 (5月24日) ,教養学部の同級生が1年に1回集まる同窓会があって,その時,私が諏訪根自子さんのことを話題にしたら,友達の一人が,ア そういえばと言って,昔,パリの街をふらふら歩いていたら,偶然に大賀小四郎さんと出会ったこと,その時,女性が一緒だったことを話してくれました。友達は,諏訪根自子さんのことは知らないから,この女性がどういう人かわからないと話していました。


*




その後,私のブログを書き,それを御覧になった萩谷由喜子さんからコメントなどをいただいたのです。

それにしても,縁というのは,不思議なものだね。


*


そんなわけで,諏訪根自子さんには,少なからず関心を持ち続けていました。最近,YouTube で 諏訪根自子を見ていた時,NHKのラジオ深夜便で 【クラシックへの誘い (2013年5月16日)】 放送されたこと,諏訪根自子さんが59歳の1979年,1年をかけて完成された



無伴奏バイオリンソナタとパルティ―タ



全曲の録音が現存することを知りました。実際に YouTube で聴くことのできるのは,単独で演奏されることの多い

Partita No.2, BWV 1004

のなかの第6曲

Chaconne (シャコンヌ)

です。残念ながら,30代,40代の全盛期の録音ではありません。


この YouTube の 28:40秒 から後に,シャコンヌ が入っていますから,聴いてください。


この番組の制作を担当されたのは,音楽プロデューサーの中野雄 たけし さんです。中野さんは,


指揮者の役割 ― ヨーロッパ三大オーケストラ物語 (新潮選書,2011)

モーツァルト 天才の秘密 (文春新書,2006)

ウィーン・フィル  音と響きの秘密 (文春新書,2002)


などの多くの著作を出版されています。音楽評論の分野の重鎮のようです。


中野氏によると,諏訪根自子さんは,かねがね,演奏家としての究極の目標は,バッハとベートーベンであると言っておられたようです。


ウェブによると,これまでに発売された作品は,

『バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲』
1981年 (LP,SEVEN SEASレーベル,キングレコード,KSAC-161/3)


『バッハ』
1994年 (キングレコード)


『ベートーヴェン』
994年 (キングレコード)


『エヴァンゲリオン・クラシック4 バッハ』
1997年 (キングレコード,KICC-236)


いずれも絶版のため,入手不可能です。


*



これまで世に出た録音を,出来れば全部聴きたいものだとボンヤリ考えていた時,ふと,私がこれまでに何度も利用させていただいた 国立国会図書館 のことが頭に浮かびました。早速ウェブでチェックしてみたところ,大正解でした。当然と言えば当然かもしれないけれど。流石は国会図書館ですね。



*



ウェブで国立国会図書館のページに入り,

検索機能のみを利用する。(ゲストログイン)

矢印を押して,簡易検索するに進むと,ドキドキするような結果 がずらりと並んでいたのです。


そこには,あっという間に到達できるから,ここまでにしておきます。興味のある方は是非ご覧ください。

私自身は,明日にでも,飛んで行きたいんだけど,残念ながら,足腰不如意の超後期高齢者ため,実現不可能なのです。残念なことだけど。

ちなみに,NDL-OPACは,国立国会図書館の所蔵資料の検索・申込みができるシステムです。


*



ところで,諏訪根自子さんについては,色々資料などを読んでいて,分らないことが多いのです。

日本人として,初めてヨーロッパに雄飛した諏訪根自子さん,日本の西洋音楽史上の快挙をなしとげたとされている彼女には,大きな謎の部分があるのです。例えば,” 最も充実していたと言われる時代 ” の録音が一枚も残っていないのは何故なんでしょうか。13歳から15歳の頃に録音された演奏 (SP盤 13枚) が丁寧に復元されているのにです。この録音は,NHKのラジオ深夜便で実際に聴きました。なかでも,サラサーテの「ロマンサ・アンダルーサ」は,大変良かったですよ。



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1943年2月22日,ストラディバリウスと伝えられるバイオリンをゲッベルスから贈られる諏訪根自子さん。
2人の間に立っておられるのは 駐独大使 (当時) の大島浩 氏




これは,ゲッペルスが諏訪根自子にストラディバリウスを贈る場面を撮影した写真だとされているものですけど,一体全体,このストラディバリウスは本物なのか,偽物ではないのか,現存するとしたらどこにあるかなど,全く分からないのです。諏訪根自子さんは,終生,本物だと信じていたようですけど。



今や,諏訪根自子さんを知る人も減る一方ですし,謎は謎として,消えていくんでしょうか。


*



このブログを終わる前に,付け加えなければならないことがあります。

私は大学に入りたての頃,学生のための特別価格の入場券を購入して,海外から来日された演奏家のリサイタルに行きました。その中で,とくに印象深く記憶に残った曲のひとつが,ハイフェッツが弾いたシャコンヌ だったのです。


私のCDコレクションの中には,ハイフェッツ(Jascha Heifetz,1900年 ロシア生まれ,1987年 アメリカの ロサンゼルス で死去)が遺した 「無伴奏バイオリンソナタ,パルティ―タ」 の全曲録音 (1952年) があります。



HEIFETZ
BACH
Sonatas &
Partita

BMG
CLASSICS



パルティータ No 2,13 シャコンヌ (12分53秒)は,2枚目のCDに入っています。


ハイフェッツは52歳,YouTube の諏訪根自子さんは59歳の時の録音です。録音技術のこともあるかもしれないけれど,諏訪根自子さんの録音は,間延びしていて弱々しく,自信なさそうに聴こえるのは私だけでしょうか。それとも,表舞台から,長い間離れておられたせいでしょうか。それとも,???

とにもかくにも,ハイフェッツは まるで格が違いますよ。との印象を,私はもちました。


音楽の専門家でもなんでもない私のような完全な素人が,こんな生意気なことを書くこと自体,変だと思われるかもしれないけれど,私には,私なりに言い分があるのです。確かに素人には違いないけど,この曲を50年以上に亘り,思い出しては聴いてきた音楽愛好家としての感受性が自分にはあると思っています。


学生の頃には,『レコード芸術』 などを読んで,知ったかぶりをしていました。だけど,音楽は,自分の心で聴くものですからね。現在,新聞などに,職業としての音楽評論家のもっともらしい記事が載るけど,そうゆうものは信用しないことにしています。自分がよいと思えば良いし,良いか悪いかは,人に決めてもらうものではないのです。


これまでに書いてきた様々なブログの記事を読まれれば,私は,どうしようもない”臍曲り” の人間であるとの印象をもたれたかもしれません。そんなことは,いわれなくても,自分でよくわかっています。

本当は,諏訪根自子さんは世界的な大バイオリニストかもしれません。

変なことを言うようですけど 「モナリザ」 だってそうなんです。私には,単なる女性の肖像画にしかみえないのですよ。そうかといって,絵画が嫌いなわけじゃないのです。ルーブルや,近くのオルセーには,素晴らしい作品が目白押しですから。たとえば,ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch, オランダ,15世紀から16世紀初頭に活躍)の物凄さには,度胆を抜かれました。ボスをみたのは,スペインのプラド美術館だったかもしれません。


くどいようですけど,諏訪根自子さんには,影の部分が多すぎますよ。

と,中学生の頃から,”一種の諏訪根自子・ファン” である私は思っております。




未完

by yojiarata | 2015-05-27 23:15 | Comments(0)

サトウハチロー は 語る   歌 と アクセント



ご隠居さん 今度は何が始まるの。歌とアクセントだなんて。


*



今日は,休憩の記事でリラックスすることにしたんだ。


NHKのラジオ深夜便を聴くのが習慣のようになっているんだけど,この間,何かの歌が流れている時,ふと,サトウハチローのことを思い出したんだ。



こんなことを書きだしたのには,わけがあるのです。NHKラジオ深夜便で最近の歌を聴いていると,何を歌っているのか,歌詞が聞き取れないことがよくあるんだ。老化による聴力の劣化かなと思ったのですが,それもあるけど,どうもそれだけでもなさそうなのです。

偶々,最近の歌とは言えないんだけど,舟木一夫の「高校3年生」が流れてきました。ハチローさんのことを思い出したのは,この歌を聴いたせいです。


***



 赤い夕陽が,校舎を染めて ・・・・・

と始まるでしょう。ところが,


校舎 が, ・・⤴ のように,“尻上り” で歌われているのが気になり始めたんだ。そのため,校舎 が,公社 ではなく,紅茶 に聞こえるんだよ。


気になったので,他の“現代曲” を聴いてみました。例えば,中島みゆき。アクセントが目茶目茶ですよ。


私でも何度も聴いたことのある 

♪ ・・・・・ 

こんな時代もあったねと

いつか話せる日がくるは




時代 と歌っているつもりらしいんだけど, ・⤴⤵ のようににしか聞こえないんだ。

アクセント的には,地代 となってほしいんだけどね。


この調子で,猛スピードで歌われたら,完全にお手上げです。


私は,屁理屈をつけて,無理難題を持ち出しているんじゃないのです。


日本語を母国語とする日本人なら,聴いただけで想像がつくように耳が出来上がっているんだ。しかし,日本語を勉強している外国人だったらどうでしょうか。逆の立場に立ってみると,よくわかるよ。私は,長い間,英語の勉強を一種の趣味として過ごしてきた英語少年なんだけど,現在に至るも,歌の歌詞,固有名詞の聞き取りは,大変な困難を感じています。


*



中学生,高校生の頃,我が家の楽しみは,ラジオを聴くことでした。当時は,NHKの放送があるだけ。その中に,サトウハチローと野上彰 (詩人,1909-1967),もうお一人(お名前,失念)の対談が面白くて,熱心に聞いた記憶があります。どんな内容の対談だったか,忘れてしまいましたが,今でもよく覚えているのが,歌とアクセントについての話でした。


サトウハチローが,” 歌にもアクセントというものがある。曲を作る場合には,歌の中のことばが,日常の会話と同じでなくてはならない”,という意味のことを言っておられたように記憶しています。


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サトウハチロー

1903年(明治36年) - 1973年(昭和48年)




ちなみに,ウェブをみると,次のように書かれています。


第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)4月,サトウハチローは,藤田圭雄,野上彰,菊田一夫らによびかけ,サトウハチロー宅の書庫に集い,木曜会 もくようかい の名のもとに,日本文化について論じあう詩や童謡の勉強会を開くことを提案した。

会の名称は,当初,会合のひらかれたのが木曜日であったことに由来する。木曜会は,ハチローさん亡きあとも,現在に至るまで,詩や童謡における新人養成に大きな役割を果たしてきた。



*



戦争終結直後,私は中学に入ったばかりでした。ハチローさんが詩を書いた りんごの唄(作曲,万城目 正,1946年,並木路子) ほど,空襲で焼け野原となって茫然自失の日本人の心に沁み込んでいってものはないよ。みんな勇気づけられ,気持ちが穏やかになりました。その意味では,ハチローさんは,日本の戦後復興の最高殊勲選手です。






「サトウハチローの生涯」 につづく

by yojiarata | 2015-05-17 22:34 | Comments(0)

アメリカ国家の素顔 と 安倍政権 の 『戦争法案』



ご隠居さん あまり元気がないね。超後期高齢者の域に達して,とうとう,力尽きたの。

「理研」を書いて,少々エネルギーを消費したこともあるし,充電のために,ちょっと一休みしていたところだたんだ。だけど,周りを見渡すと,一休みというわけにはいかないようだね。安倍独裁政権の暴走ぶりがあまりにもひどいからね。



平成27年5月12日の新聞一面に,



「専守防衛」変質

安保法制11法案 自公が合意
与党 自衛隊の派遣拡大

集団的自衛権の要件明記

14日に閣議決定




とあるよ。


そして,今日・5月14日の午後。

安保法制関連法案の閣議決定の後の記者会見だよ。総理大臣が長々と喋り,そのあと,” 質問 ” なるものがお決まりのように,お刺身のつまのように,いくつかあるだけだよ。本来なら,ディスカッションしてほしいところだけど,野球でいえば,示し合わせたヒット・エンド・ランですよ。「お説・ごもっともにございまする」で終わるんだ。

『戦争法案』 などといった無責任なレッテル貼りは全くの誤りだと,新聞記者諸君にあとで強調されたそうです。

それに,ボンボンはアメリカとの関係が良好なことを,ことあるごとに強調しているでしょう。実際には,そうではないんだよ。


*



如何なる世界でも,リーダーには,資質が問われるんだ。当たり前のことだけど。


ここまで書いてくると,思い出すのは 勝海舟 の言葉だよ。


【・・・ おれが始めて亜米利加へ行って帰朝した時に,御老中から,「その方は一種の眼光を具えた人物であるから,さだめて異国へ渡りてから,何か目をつけたことあろう。つまびらかに言上せよ」 とのことであった。・・・・・ 再三再四問われるから,おれも,「さよう,少し目につきましたのは,亜米利加では,政府でも民間でも,およそ人の上に立つものは,皆その地位相応に怜悧でございます。この点ばかりは,全くわが国と反対のように思いまする」と言ったら,御老中が目を丸くして,「この無礼者控えおろう」 と叱ったっけ。ハハハハハ。】

高野澄(編訳)『勝海舟文言抄』(徳間書店,1974,238ページ)




*



とにかく,世界史的にも,アメリカは,酷いことをやってきたからね。私が記憶する範囲で書いてみるよ。

読者は,次に私が書くことを読んでから,今度の安保法制関連の意味をよく考えてみてほしいんだよ。


① 日本を,共産主義に対する防壁にすると宣言したアメリカの陸軍長官


1948年,アメリカのロイヤル陸軍長官が「日本を共産主義の防壁にする」と演説したのを知っていますか。

陸軍長官在任時の1948年1月6日,日本の過度の弱体化を指向するGHQの占領政策を批判し,日本の経済復興を優先すべきであると訴え,  「日本を極東における全体主義(共産主義)に対する防壁にする」 と演説したことが記録に残っています。

この演説はジャパン・ロビーで立案が進められていた占領政策の転換  (逆コース)  を公にしたものとして,よく知られているよ。

ケネス・クレイボーン・ロイヤルは,アメリカ合衆国の軍人,政治家。ハリー・トルーマン政権においてアメリカ合衆国陸軍長官を務めました。君もよく知っているように,トルーマンは,廣島,長崎への原爆投下を命令した張本人の男だよ。



② ベトナム戦争とラオス


先日,オーストラリアのテレビ局が2007年に制作し,NHKが放映したドキュメンタリー番組 「ラオス 不発弾の大地」 をみたよ。

番組では,北ベトナムから,サイゴンを陥落させるために,大量の武器,弾薬が,いわゆる 「ホーチンミン・ルート」 を通って,南ベトナムの民族解放戦線に送られる顛末が詳細に報じられたよ。ホーチンミン・ルートが,隣国のラオスを通っていたため,アメリカはラオスを爆撃したんだ。


ラオスは中立国だから,国際法によって,戦争に巻き込むことは許されません。そこでアメリカはラオス侵攻を極秘裏に行ったんだ。ニクソン大統領(当時)が,アメリカはラオスに何もしていないとする演説が,この番組で放送されています。要するに,B52によって雨あられと爆弾を落としただけで,そこには,兵隊の影も形もないのです。


その時に使われた爆弾は200万トン,第2次世界戦争で連合国軍が落とした爆弾の量をはるかに超えるものだったそうです。この爆撃で,1万2千人の市民が犠牲になったんだ。この爆撃は,9年間も続いたのです。ムチャクチャだね。


ラオスには,現在,その時投下された爆弾の3割が不発弾として残っているんだ。そのため,今でも大勢の人が,不発弾で手足を失ったり,命を落としているとのことです。この処理には,短くても,200年かかると言われています。

農業で生計を立てる国ラオスでは,不発弾のため,農業が出来なくなったんだ。それで,人々は,わずかなお金を稼ぐため,爆弾などの兵器のカケラを金属スクラップとして集めて売買しているようです。


家族が悲劇にあったラオスの子ともが,不発弾を全部,アメリカに持って帰ってくれ,と泣いていたよ。アメリカは,ラオスのことなどすっかり,忘れているんだろうけどね。ベトナム人が今も苦しむ「枯葉剤」の後遺症のだって同じですよ。



③ イラク進攻

9.18テロ事件の後,突如として,イラクを爆撃。イラクが大量の破壊兵器を隠匿しているという理由でね。ところが,イラクに侵攻し,サダム・フセインを逮捕,処刑してみたけど,結局何も出てこなかったでしょう。

その後,アメリカはわがもの顔に中東に侵攻,結局ビン・ラディンを殺害したんだけど,その時の状況を,何とテレビで,リアルタイムで映像を流したでしょう。他人の国に無断で侵入してやったんだからね。逆の状況だったらどうなんでしょうね。アメリカに,どこかの国の連中が,土足で踏み込んできて,乱暴狼藉を働いたら。



とにかく,国家としてのアメリカは,これまで,ムチャクチャなことをやってきたからね。

さっきも CNN が 週末にもかかわらず,BREAKING NEWS をながし,オバマ大統領の決断により,アメリカ軍がシリアで,イスラム国のリーダーの一人を殺害し,彼の妻を尋問のために拘束したことを,大興奮して報じていました。自分の国の中なら,何をするのも勝手だけどね。

北野武が監督した映画 『その男,凶暴につき』 (1989)を思い出してしまったよ。ただし,映画では,その男は,最後に撃たれて落命するんだけどね。



*



なにしろ,金持ちのボンボンには,300万人もの戦闘員,民間の非戦闘員の人命が失われたあの太平洋戦争の悲劇の実感など全くないだろうからね。

だけど,アメリカさんにノコノコ付いていって,前に出て俺たちを守れと命令され,怪我をしたり,命を落としたりしたら,どうするつもりなんだろうか。

何かでまずいことがあると,会社の社長以下,雁首揃えて,マスコミのカメラの前で,最敬礼しているのをよく見かけるけど,自衛隊に事故があった場合も,ボンボン以下全閣僚が1列に並んで最敬礼するんだろうか。最敬礼しても,事故は事故,「覆水盆に返らず」 は,どんな場合でも 同じだけどね。


先日,ボンボンがアメリカを訪問し,大統領と会談したでしょう。「両首脳」の記者会見がテレビに映っていたんだけど,偶々東部のどこかで黒人が白人の警官に射殺され,それに関連して,暴動が起きたという緊急のメモが,大統領に手渡されたんだ。この後の数分間,私は,始めて,大統領の” 素顔 ”,すなわち ” アメリカ国家の素顔 ” を見たよ。カメラ用のニコニコ が突如として消え,これはアメリカ国家にとっての重大ニュースであると言って,滔々と暴動の事件のことを話し始めたんだ。日米会談の成果の報告する記者会見の場でだよ。


これでわかるでしょう。日米会談と言っても,我々にいつでも付いてくるかという確認,恫喝ですよ。我らのボンボンは,大統領の横で,ニコニコしていたけどね。この人,一体,何を考えていたんだろうね。

アメリカ議会でも,一生懸命に覚えたたどたどしい英語で演説し,大変好評だったと胸を張っていたけど,この人,一体全体,ものごとを理解しているんだろうか。それとも,アメリカの奴隷であることを百も承知で芝居しているだけなんだろうか?

太平洋戦争は,まだ続いているんだよ。今後も,いつまでもね。とっくに分っているはずだけどね。



岸信介・元A級戦犯


靖国神社を3名の女性閣僚が参拝したと言うじゃないの。我が国のために,貴い命を落とした多くの方々の霊を弔うのは当然ではないかと仰っていたよ。少なくとも,日本を外から見た時,問題は,靖国神社にA 級戦犯が合祀されていることなんだ。こんなことぐらい,大臣ならわかるでしょう。大体, ボンボンのおじい様 も,A級戦犯として,東条英機たちと共に,巣鴨プリズンで絞首刑になるはずだったんだからね。



自衛隊殉職隊員追悼式


最初に書いた総理大臣の記者会見に戻ります。

その時,彼の人はこう言っておられました。

政府は,任務遂行中に不幸にして職に殉じた隊員を追悼するために,防衛大臣の主催により,昭和32年から,自衛隊殉職隊員追悼式を毎年行っている。


ウェブには,平成26年度自衛隊殉職隊員追悼式の様子が書かれています。


顕彰者数累計(警察予備隊以降,平成26年度追悼式まで)

1851柱 (陸自 1018柱,海自 405柱,空自 403柱,その他 25柱)

殉職自衛隊員千八百余柱の御霊 ★ 国民で讃える機会を!

2014年06月02日


念のために,写真も掲載しておきます。


追悼の辞を読む安倍晋三首相
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ずらっと並んだ閣僚,その他の関係者
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準備万端のようですね。

なお,殉職者の大半は任務中の事故によるもので,戦闘に巻き込まれて亡くなった隊員は過去に1人もおられないとのことです。



付け加えておかなければならない大変重要なことがあります。

これまでに,自衛隊員が,戦争に巻き込まれて,殉職された記録はないと言うんだけど,戦地に派遣された自衛隊員の メンタル面の障害 は,すでに深刻な問題になっています。この点は,NHKのクローズアップ現代で取り上げられました。 2014年4月のブログ に書いてから,是非読んでほしいと思います。




追記

蛇足になるんだけど,戦争を知らない今の若者は,” ・・・ 柱”と聞いてすぐに理解できるだろうか。


私個人としては,戦争の終結の時,国民学校(小学校)の6年生,聞いただけで,焼夷弾が雨あられと降り注いだあの頃を直ちに思いだすよ。広辞苑から引用するから,そんなことは百も承知だい,馬鹿にするんじゃないよ!なんて怒らないでください。


神・霊または高貴の人を数えるのに用いる語。古事記上「此の三柱の神は」
[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]


命を落とされた兵隊さんのことを,新聞などには,「軍神」と書いてあったからね。





未完

by yojiarata | 2015-05-16 23:35 | Comments(0)