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古典にきく  巻の一  奈良,平安時代の人々




ご隠居さん 今回はどんな内容の話になるんでしょうか。


***



私は,かねてから,1000年も前の奈良,平安朝時代,真っ暗闇の夜,庶民はどうしていたのか,どんなところで寝起きしていたのか,一握りの金持ちの貴族の連中とどう共存していたのか,万葉の歌を詠ったり,万葉の歌に詠われたりしたのは,どんな人々だったのかなどについて,できるだけ広い視点に立って教えてくれる人はいないか,あるいは著作は出版されていないかについて,突然思い出したり,忘れたりしていたんだ。


あるとき,例によって,椅子に座ってボンヤリしている時,中村泰男君(元・国立環境研究所 ) のことをふと思い出したんだ。” そうだ,中村君に話を聞くのが一番だ ” と思ったね。


私の50年来の友である中村泰男君は,理系の専攻(理学博士)で,海洋生物の生き様を研究しています。


中村君と私は,共に,熱烈な野球少年。野球のことなら,瞬時にはなしが通じます。中村君のことを,私が尊敬しているもう一つのわけは,彼の古典への造詣の深さです。中村君は,日本の古典を,趣味として読んでいるんだけど,その読みかたが,文学の専門家とは全く違うんだ。当然といえば,当然なんだけど。


古典に限らず,ものごとを人に説明する時,易しいことを難しく説明する人もいれば,難しいことを易しく説明する人がいます。これから,私が中村君にするような質問に,文学の専門家なら,難しく説明するのに,中村君の説明は,大変,平易なんだよ。これは,理科系のセンスが,生かされているためだと思うよ。


そこで,私がかねがね疑問に思っていたことを中村君に質問し,中村君がそれに答えるという形式で話が進むブログを書くことにしたんだ。


全4巻からなるこのブログに総括的なタイトルを付けるとしたら,【問答集 中村泰男に聞く [主演・中村泰男,プロデュサー・荒田洋治]と言ったところでしょうか。なお,巻の五は,オマケです。最近の私の疑問を短く書きました。





***



「獣姦禁止令」




荒田


繁田信一 『庶民たちの平安京』 (角川選書,平成20年,19-20ページ) には,


現時点で公表されている妥当な推計では,わが国の王朝時代における総人口は,六百万人ほどであったらしいが,その六十分の一から三十分の一にあたる十万人から二十万というのが,当時の平安京に暮らしていた人々の数であるらしい。そして,当然のことながら,十万人から二十万人ほどと推定される王朝時代の都の住人たちの大半は,貴族層に属する人々ではなく,庶民層に属する人々であったろう。従って,王朝時代の平安京には,数万人から十数万人ほどの庶民たちが暮らしていたことになるだろうか。


と書かれています。


ネットをみると,これまでに多くの人々が,遥か昔の人口などのデータを推計するのに,尽力しています。一つの学問分野になっているとの印象を受けました。


平安時代の貴族なんて,大きな顔をして威張っているように庶民には見えたに違いないと想像するのですが,どんな所に住んでいたのでしょうか。 清少納言なんて,冷たく,庶民には好感を持たれていなかったのではありませんか。これらの連中の身辺はどのように警護されていたのでしょうか。


繁田信一の著書 (16-17ページ,出典の記載なし) には,庶民たちの怒りが次のように描かれています。


・・・・・ そして,この目立ちたがり屋に率いられていた庶民たちは,天皇の住まいである内裏において,それも,天皇の権威を高めるための年中行事が催されている最中の内裏において,ずいぶんな乱暴を働いたのであった。まっしぐらに殿上の間に踏み込んだ彼らは,その場にあった,その場にあった家具の類を次々と破壊した上に,そこに用意されていた宴会用の料理を貪り食い,かつ,その料理が盛られていた高価な食器を一つ残らず持ち去ったというのである。


この事件は,後一条天皇の権威を高めるために,寛仁元年の十一月二十二に行われた豊明節会の際に起こった。 ・・・・・ これは,当然,後一条天皇にとって,そして,当時の貴族たちにとって,このうえもなく不面目なことであったろう。



(荒田追記  後一条天皇は 平安中期 の 68代天皇 (1008-1036; 在位 1016-1036)

 

*



当時の人口から言って,面積当たりの存在確率は,大変低かったはずです。夜,真っ暗闇の中で,人々は細々と蠢いていたのではないかと想像するのですが,実態はどうなのでしょうか。ストーカーなんて,やろうと思えば,好き勝手なことができたのではありませんか。


人間の本能を司る司令塔は,脳の最も深い部分に鎮座しています。この部分は,時代が変わっても変化することはありません。つまり,人間の本能の有様は,今も,昔も,全く変わりません。人間も,類猿人も,諸々の動物も。この司令塔によってコントロールされる本能は,種の保存のために必須ですから。


回りくどい言い方をしました。つまり,婦人を ” 求めて ” 彷徨っている輩(今でいうストーカー)も大勢いたんじゃありませんか。


夜中は真っ暗,後ろから襲い,抵抗されると,懐にのんでいた短剣で,



ブチュ,キャー



なんてことはなかったのでしょうか。


中村


当然あったと思います。書紀だったか続日本紀の時代(奈良時代)には,「獣姦禁止令」が何度か出されたくらいですから,「たまってる」人が襲うこともあったでしょう。また,万葉の時代,人妻と寝るのはタブーとされていたようですが,巻12や巻14の歌をみると,夜這いは,結構広く行われていたと思われます。



今昔物語には,男が,旅先で,突如本能のおもむくまま,畑の大根に穴をあけて挿入し,この大根を食べたその家の娘が妊娠するという話があります。


池上洵一編 『今昔物語集 本朝部 下』 (岩波文庫 黄 一九-四,2014年,第12刷,21-25) 

東(あずま)の方(かた)に行(ゆ)く者(もの),蕪(かぶら)を娶(とつ)ぎて子(こ)を生(う)みたる語(こと)



荒田


最近のウェブに,アメリカで起こった出来事について記事が出ていました。


メスの子犬に性的暴行。62歳の男に5年の実刑判決が下る。

TechinsightJapan 2014年10月21日 10時25分

(2014年10月21日 20時31分 更新)



要するに,どこの国にも,いつの時代にも,似たような人物がいるということですね。


アメリカ版 「獣姦禁止令」 でしょうか。それにしてもいつの間に,こんな法律が出来たのでしょうか。30年位前,偶々訪ねた友人の家 (カリフォルニア,サンノゼ) で,彼氏は庭 (猫の額のように小さな庭ではなく,見渡す限りという感じの庭) をうろうろしている犬や猫を銃で撃っていましたけど。


アメリカでは,州によって制度が違うので,一概にはいえませんが,例えば,ワシントン州では,2005年に馬と性行為をした男が大腸穿孔により死亡した事件があり(イーナムクロー馬姦事件),後に同州では動物との性交および撮影が法律により禁止されました。





つづく

by yojiarata | 2014-11-20 21:47 | Comments(1)

古典にきく  巻の二  古事記 万葉集






古事記 万葉集にみる庶民の生活




荒田

庶民は,裸足だったと何かで読みましたが,本当でしょうか。


中村


正確な知識はありませんが,裸足だったことも多いと思われます。それは,以下の歌でうかがうことができます。


信濃道は 今の墾道(はりみち) 刈りばねに 足踏ましなむ 沓はけわが背 
(万葉集 巻14岩波版#3399)


荒田


夜は,何処に寝てたのでしょうか。今でいうホームレスのようなスタイルしかなかったのではないでしょうか。


中村


山上憶良の貧窮問答歌を見ると,一般人(とくに地方の)は竪穴式の住居だったようです。地面に藁を敷き,竈に火の気はなく,蒸し器(甑)にはクモが巣をつくっている。寒い夜,ボロを引きかぶり,足先には妻子,頭には父母,そんななか鞭を手にした村長が大声をはりあげ(納税の催促とか,公共工事への人員提供の要請とか) ・・・・・ ということが記されています。


もう少しましなレベルの人は,やはりぼろをかぶり,酒粕をお湯に溶かして暖をとり,つまみは塩を固めたものをちびちびなめるということが詠まれています。憶良自身は筑前の知事なので,これよりはましな生活だったんじゃないでしょうか。


荒田


とくにご婦人方の場合は,トイレはどうなっていたのでしょうか。


中村


川にすることも多かったようです。


香塗れる 塔になよりそ 川隅の 糞鮒食める(はめる) いたき女奴(めやっこ)
(万葉集 巻16岩波版#3828)

というのがあり,(講談社文庫)の 注 には川がトイレだった旨記されています。


魚は汚いものに集まる習性があります。これが糞鮒です。


余談ですが,私がプランクトンの研究でアメリカに留学していた1996年ごろ,マサチューセッツ州のバザーズ湾では,トイレも含めた町の下水が一気に湾中央に放出されていました。そして,放出口近くでプランクトン調査を行う際は,海水を汲みあげる際にゴム手袋を着用しました。ですが,排出口近くには,ロブスターポッド(たこつぼみたいなもの)が多く仕掛けられていました。鮒と同様,ロブスターも臭い物が好きなようです。



古事記ではトイレ関係で二つ思い出すことがあります。


1) 三輪山の神(大物主神)がある美人に惚れる。そこで神は,彼女がトイレで大の用を足しているときに,赤い矢になって忍び込み,局所を一突きする。びっくりした女は部屋に戻って矢を抜くと,矢はたちまち美男子に変じ,二人は結婚。できた娘も美人で,神武天皇の皇后となり,現在の皇室に繋がっているわけです。


2) 倭建命は東征のヒーローで,美しい話はよく知られていますが(やまとは くにの まほろば・・とか),東征直前には,西に出向いて熊襲たちを退治しています。ただし,ここでは女装して色仕掛けで熊襲の親分をやっつけたり,相手の刀を竹光にすり替えた後,剣で勝負をいどんで相手を殺したりの「卑怯大全開」です。また,タケルの兄が父の天皇のところにあまり顔を見せないので,天皇がタケルに「兄さんも顔を見せるように伝えてくれ」といったところ,タケルはトイレで用足し中の兄貴を襲い,手足をもいで殺したという話があります。


「美しい国 誇りのある国」 について神話も教科書に乗せたいなら,こういう話も付け加えないとね。




つづく

by yojiarata | 2014-11-20 21:46 | Comments(0)

古典にきく  巻の三  旧約聖書





旧約聖書にきく



荒田


『旧約聖書・創世記』には,ヤハウェ (旧約聖書における唯一神) の怒りによって,焼きつくされる「ソドムとゴモラ」の話が出てきます。甚だしい性の乱れが最大の原因であったとする見解が一般的のようです。


しかしここには,腐敗,堕落して,神によって焼き尽くされたのは,誰が何をしたからというようなことが,具体的には書いてありません。


私は,現代の英語でこの一件がどのように取り入れらているかについて,大変興味がありましたので,オックスフォード英語辞典 (OED )によって調べてみました。なお,OED は,オックスフォード大学出版局株式会社から以前に購入し,このPCにインストールしてあります。

これは凄いよ。CD一枚に収まっているけど,印刷すれば,付録を別にしても,全12巻,世界最大の巨大な辞書だからね。置き場所に気を付けないと,床が抜けるよ。CDになったお蔭で私も手軽に利用することができるんだ。


Oxford English Dictionary Second Edition (1989)
Additions Series
Volume 1 (1993); Volume 2 (1993); Volume 3 (1997); Key to the pronounciation


ここには,


Sodom


The name of the early city beside the Dead Sea, the wickedness and destruction of which are recorded in Gen. xviii-xix.


An extremely wicked or corrupt place. Freq. coupled with Gomorrah (see Gomorr(h)ean a. and n.), the name of the other of the two wicked cities of the plain in Gen. xviii–xix.



sodomy


1. An unnatural form of sexual intercourse, esp. that of one male with another.

2. An act or instance of this.


と書いてあります。



***




『旧約聖書・出エジプト記』にも,実にさまざまなことが書かれています。


例えば,『出エジプト記』 22章の18節 - 21節 には,次のように書かれています。


22:18 魔法使の女は,これを生かしておいてはならない。

22:19 すべて獣を犯す者は,必ず殺されなければならない。

22:20 主のほか,他の神々に犠牲をささげる者は,断ち滅ぼされなければならない。

22:21  あなたは寄留の他国人を苦しめてはならない。また,これをしえたげてはならない。あなたがたも,
かつてエジプトの国で,寄留の他国人であったからである。


これはモーゼが神から授かった十戒に次ぐ契約の書として書かれています。


口語訳旧約聖書(1955年版),口語訳新約聖書(1954年版)


*




以下,インターネットで拾い読みした記事です。


中世ヨーロッパなどではイヌなどと交合したなどとして,男性,女性とも魔女狩りにより性行為を行った動物とともに処刑された場合があったようです。


古代インカでは、酪農家は家畜に餌を食ませるためかなり遠い地域まで草を求めて遠征したが,この仕事は男性の仕事とされ,何週間も家族とも人間の社会とも離れて生活するため,孤独を癒すために家畜のヤギやリャマで発散したと言われているようです。


獣姦は歴史的に宗教的戒律から禁じられてきました。しかし,同性愛などのタブーが,国によっては徐々に解禁されている現代においては、後述のように動物虐待といった観点以外これを禁ずる社会的規範を当てはめることはできないのではないでしょうか。





つづく

by yojiarata | 2014-11-20 21:45 | Comments(0)

古典にきく  巻の四  中村泰男 が 語る 万葉の世界 





荒田


呑気な歌の数々が「万葉歌人」と言われている人によって詠われているようですが,かなりの人が,裕福だったのではありませんか。


中村


万葉人がどのような生活をしていたのかは私にはわかりませんが,「万葉集の歌が呑気」と言われると,そのような気もするし,違うような気もします。巻1-6の雑歌・相聞に見られる「大家」中心の作品群(名作が多い)は儀礼的な宴席での歌が多いといわれていますが,そういう意味では呑気と言えるかもしれません。


しかし,抗争と陰謀渦巻く時代に,その中心と周辺にいる人たちによって歌われた呑気だからこそ,のびやかな声調の歌が,私を含め結構な数の人たちの心に沁みるのだと思っています。


たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝踏ますらむ その草深野
(中皇命)
(万葉集 巻1岩波版#3) 


潮騒に 伊良虞の島辺 漕ぐ船に 妹のるらむか 荒き島廻(しまみ)を
(柿本人麻呂)
(万葉集 巻1岩波版#42)


わたつみは くすしきものか 淡路島 中に立て置きて 白波を 伊予に廻ほし 居待月 明石の門ゆは夕されば 潮を満たしめ 明けされば 潮を干かしむ 潮さゐの ・・・・・ 
(作者不詳)
(万葉集 巻3岩波版#388)


呑気のついでに,人麻呂の歌で

玉藻刈る 敏馬(みねめ)を過ぎて 夏草の 野島の崎に 舟近付きぬ
(万葉集 巻3岩波版#250)

というのがあります。神戸の敏馬から船で淡路の野島にわたるときの歌です。


なんということもない歌ですが,個人的には思い入れの深い歌です。若い頃,夏になると,瀬戸内海の家島諸島で一ヵ月連続の赤潮調査を行っていました。小船に機材を積んで姫路から島に渡る際,いつもこの歌が頭に浮かぶのです。


緑の島が段々近づいてくるとき,「今年も家島での調査が始まるな,頑張るぞ!」という思いと「大変だろうな ・・・・・」という思いが交錯して,この歌が頭をよぎるのでしょう。



*



家持の父・大伴旅人は大納言に上り詰めた人ですが,大宰府の長官の職にあった時(62歳くらい),奥方に先立れたり,政治的にも微妙な立場に置かれたりで,かなり鬱屈した生活を送っていたようです。そんな時に残したのが,次の三首の酒を讃むる歌をす。私は,これも とても 好きな歌です。


験(しるし)なき ものを思はずは 一坏の 濁れる酒を 飲むべくあるらし
(万葉集 巻3岩波版#338)

賢しみと 物言うよりは 酒飲みて 酔ひ泣きするし 優たるらし
(万葉集 巻3岩波版#341)

なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒に染みなむ
(万葉集 巻3岩波版#343)



<呑気でない良い歌もあります:中村>




わが背子を 大和へ遣ると さ夜更けて 暁露に 我が立ち濡れし
(万葉集 巻2岩波版#105)

大津皇子が義母の持統天皇ににらまれ,死を賜りそうになった時,皇子は伊勢斎宮の実姉(大伯皇女)をおとずれる。そして大和に帰るときに皇女が詠んだ歌です。近親相姦さえ思わせますが,私のベスト3に入る歌です。そして,皇子が死に臨んで唄ったのは

ももづたふ 磐余(いはれ)の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ
(万葉集 巻3岩波版#416)

持統は自分の息子の(たぶん凡庸な)草壁皇子に後を継がせたかったため,文武に優れた大津を除きたかったということでしょう。しかしその直後,草壁は病死します。



<大家の手にならない男女間の歌で,

昭和歌謡にしたいようなものもあります:中村>



君に恋ひ 寝ねぬ朝明に 誰が乗れる 馬の足(あ)の音(おと)そ 我に聞かする
(万葉集 巻11岩波版#2654)

勝ち気で少し毒を含んだ 小柳ルミ子さん か, 小川知子さん に唄ってほしいですね。


*



人妻に言ふは誰(た)が言(こと)さ衣(ごろも)の この紐解けと言うは 誰が言
(万葉集 巻12岩波版#2866)

誰そこの 屋の戸押そぶる 新嘗に わが背を遣りて 斎ふこの戸を
(万葉集 巻14岩波版#3460)

上の二つの「人妻もの」は,美人で魔性の女のうわさもある 藤あや子さん が適任かと思います。


*



君により 言の繁きを 故郷の 明日香の川に みそぎしに行く
(八代女王)
(万葉集 巻4岩波版#626)


作者は「八代」ですが,少し芝居がかった 小林幸子さん に歌ってほしいです。ちなみに,彼女は「万葉恋歌 ああ,君待つと」(2009)があります。ただし,私は聴いたことがありません。


荒田


調べてみました。CDになっています。


『万葉恋歌 ああ,君待つと』

2009 Columbia Music Entertainment, Inc. 発売元: コロンビアミュジックエンターテインメント株式会社

ただちに,アマゾンに発注し,入手しました。 (¥ 728)
詳細は,以下の通りです。


『万葉恋歌 ああ,君待つと』

原作詩: 「万葉集」より 

額田王(ぬかたのおほきみ),盤姫皇后(いはのひめのおほきさき),播磨娘子(はりまのをとめ)
 
歌詩構成・作曲: 新井 満 作曲


CDから,一曲だけを引用しておきます。




ああ

君が行き けながくなりぬ

山たづねたづね 

むかえに行かむ

待ちにか待たむ



CDとして発売されていますが,その一部は,ネット YouTube で聴くことが出来ます。

静かで,良い歌に仕上がっていますよ。ただし,それぞれの歌を現代語に訳したものも入っていますが,これはお勧めできません。




再び,中村


*



恋死なば 恋ひも死ねとや 我妹子が 我家の門を 過ぎてゆくらむ
(万葉集 巻11岩波版#2401)

妹が門 行き過ぎかねて 草結ぶ 風吹き解くな またかへり見む
(万葉集 巻12岩波版#3066)

験(しるし)なき 恋をもするか 夕されば 人の手まきて 寝らむ子ゆゑに
(万葉集 巻11岩波版#2599)

我妹子が 夜戸出の姿 見てしより こころ空なり 土は踏めれど (ストーカーの歌ですね)
(万葉集 巻12岩波版#2950)


上の四首,とても内向的な男の歌なのでしょう。「そうだよね・・・」といって酒を注いでやりたくなります。もし歌っていただけるのなら,あの世の 川谷拓三さん にお願いしたいです。


*



男神(ひこがみ)に 雲立ちのぼり しぐれ降り 濡れ通るとも われ帰らめや
(万葉集 巻9岩波版#1760)



最後のうたは筑波山での年一回のダンス・パーティー (お上公認のほぼ乱交状態) を詠んだもので,相手を絶対に見つけるぞ!という「モテない君」の悲壮な思いが伝わってきます。女性に人気のある にしきのあきら ですが,なぜか,この情熱は彼に歌ってもらいたいです。



こう考えていくと,昭和歌謡・演歌は万葉集を手本にしているのでないかとさえ思います。



***



荒田


中村君の話を聞いていて,瀧 廉太郎(1879-1903)のことを思い出しました。日本の西洋音楽の夜明けの時代,歴史に残る数々の作品をのこして,23歳でこの世を去りました。童謡から,クラシック,日本最初のピアノ曲「メヌエット」など,もちろん,「荒城の月」,彼こそ,天才の名にふさわしい音楽家です。


瀧 廉太郎の作品の中に,徳川光圀(1628 -1701)の短歌・荒磯 (あらいそ) に曲を付けたものが遺されています。大分前に,NHKのラジオ深夜便でソプラノ歌手が歌っているのを聴きました。


万葉集の詩に,滝廉太郎が曲をつけると,どんな作品が出来たでしょうか。想像してみたくなりました。



*




中村


岩波文庫の万葉集は「佐佐木信綱」編のものが86年間流通していたのですが,最近別の人たちが校注したものが発刊されました。これは素晴らしいです。信綱版はあまりにも注が少なく,素人では(たぶん国文の学生でも)とても太刀打ちできるような代物ではなかったです。信綱先生はどんな読者を想定して文庫版を作ったのですかね?



*



荒田


86年ぶりの新しい岩波版は,私の手元にもあります。

編集には,次の諸氏が関わっています。校注が適切かつ詳しく,私にもよく理解できます。

佐竹昭広,山田英雄,工藤力男,大谷雅夫,山崎福之

万葉集 [全5冊]
(一)-(四) 2013-2014
(五)(人名索引,初句索引付き) 2015年3月刊行予定






つづく

by yojiarata | 2014-11-20 21:44 | Comments(0)

古典にきく  巻の五  音 と 言葉





『枕草子』 に,1000年前の京都の夜を描いた部分があるよ。


月のいとあかきに,川を渡れば,牛のあゆむままに,

水晶などのわれたるやうに,水の散りたるこそをかしけれ。



清少納言 『枕草子』 (岩波文庫)


あの頃の京都は,都であっても,夜は真っ暗闇で怖ろしかったんだろうな,なんてブツブツつぶやきながら,納得していたんだ。


先週,NHKのラジオ深夜便で,「京ことば」を守って行こういう活動をしておられる会の会長さんが,「京ことば」について話をしておられたのをふと耳にしました。聴くとはなしに聴いていてハッとしたよ。番組に出演された方が,京ことばで,枕草子(私が引用したとは別の部分)を朗読されたんだ。昔から私が,枕草子について抱いていたイメージと全く別の枕草子がそこにあったんだよ。


専門家の先生方が,古典を読まれる時には,いろいろな古文書を発掘し,つなぎ合わせて,解読していくんだろうけど,そこには, という概念が全く入ってないよね。


例えば,このブログで取り上げた奈良,平安時代の文字の部分は,解明が進んでいるけど,あの頃の「都の音の風景」については,知る術がないでしょう。残されている図絵などから,笛や太鼓の音が響いていたことは想像できるけど,例えば,人々が,どんな声で話をしていたのかなど,分りませんね。


貴族たちが,テレビのドラマにあるように,キーキー声で話していたのか,庶民は ・・・・・ なんて考えだすと,雲をつかむようなことになるよ。


私は,音に関連して,一つだけ,思い出すことがあるよ。いつの頃だったか,思い出せないほど前になるけど,金田一京助の息子の金田一春彦(きんだいち はるひこ,1913年-2004年)が,昔の人は,こんな風にしゃべっていたんだというようなことを,(ラジオ)番組で話しておられました。結論として,同氏が結論された歌(和歌だったか?)を,年配の女優さんが朗読しておられました。記憶がないので,印象に残るようなびっくりするような結論ではなかっとと思います。



古文書に聞く 「奈良,平安の音のひびき」 を知るというのは,永遠にあり得ないんでしょうかね。





未完

by yojiarata | 2014-11-20 21:42 | Comments(0)