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加齢と重力



以前,このブログに 『加齢の周波数依存性』 (3/20/12) を書いた。

夏が近づき,連れ合いが,どこからともなく集めてきた団扇を使い始めて気が付いたことがある。

「どうも重いな」と感じる一群の団扇は 40 グラム,「ちょうど良いな」という一群の団扇は 30 グラムといったところである。ちなみに,卵1個は 50 グラムである。これはずっしり重い。

つまり,加齢とともに,人間はわずか10グラムの違いを敏感に感じるようになるのである。

年は取りたくないが,こればかりは自然の成り行きで,そんなものかを諦めるしかない。
by yojiarata | 2013-06-29 11:05 | Comments(0)

ヘリウムガスと液体ヘリウム 拡大する利用範囲とそれを巡る国際戦略



山本昭彦,荒田洋治

ヘリウム物語



これまでに,その時々の重要なトピックについて,その分野の専門家にお話をうかがい,一問一答の形式でこのブログに掲載してきました。

今回は,ヘリウムガスと液体ヘリウムを取り上げます。急速に拡大しているヘリウムの利用範囲,アメリカが一手に握るヘリウムの供給を巡る国際戦略について,ブルカー・バイオスピン(株)の山本昭彦・技術部門長にお話をうかがうことにしました。

ヘリウムに関して,膨大かつ広範囲にわたる中身の濃い情報をお持ちの山本さんとの問答を取り纏めることによって,これまでに類のない小冊が出来上がったと思っています。全面的に協力していただいた山本さんに厚く感謝します。


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山本さんは1981年 国際基督教大学卒業,日本ブルカー(株)入社,国内で,NMR,ESR,MRI,FT-IR のサービスを担当。1992年より,ブルカー USAで NMR 製造部門責任者。1997年帰国。現在,ブルカー・バイオスピン(株)取締役・技術本部長。


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ヘリウムガスの発見と液化



荒田

ヘリウムが発見されたのは,19世紀末のことです。アメリカのガス田で燃えないガスとして発見されました。Concise Oxford English Dictionary には,分光器のスペクトル分析で,ヘリウムが太陽と同じだったことから,ギリシャ語のヘリオス(太陽)から命名されたとあります。

19世紀の中頃までは,ヘリウム,水素,酸素,窒素などは “永久ガス” とよばれていました。Boyle-Gay-Lussac の法則に従い,いくら温度を下げても体積が減少するだけで気体のままであると信じられていたのです。しかし,酸素や窒素,続いて水素が次々に液化され,永久ガスの ”最後の砦” として残っていたヘリウムが1908年,オランダのライデン大学において Kamerlingh Onnes (1853-1926) によって液化されました。液体ヘリウムの大気圧での沸点は4.2 K(-268.8 ℃)です。

空気中に含まれるヘリウムは非常に少量です。現在では,天然ガスからメタン,窒素などを液化によって除いてヘリウムガスを得ています。しかし,20世紀の初頭,Kamerlingh Onnes が遭遇した困難は想像に難くありません。記録によれば,アメリカから入手した大量の鉱物(モナズ石)から分離した 360リットル(室温,1気圧)のヘリウムガスを用いて液化の実験が行われたということです。今日さまざまな分野で用いられている超伝導技術の原点は,Kamerlingh Onnes によって今世紀初頭に達成された業績にあります。


液体ヘリウムの性質


山本

金属の電気抵抗は温度の低下とともに減少します。しかし,それぞれの材料のなかに存在する不純物や結晶のひずみなどのため,電気抵抗をある有限の値以下に下げることはできません。1911年,Kamerlingh Onnes の研究室の G.Holst は,金属水銀の電気抵抗が液体ヘリウムの沸点の近くで消滅することを発見しました。その後,さまざまな金属や金属合金において,ある温度(臨界温度,Tc)を境として電気抵抗が消失することが確かめられました。この現象を超伝導現象,そのような現象を起こす金属,金属合金を超伝導体とよんでいます。

超伝導状態が実現されると,電気抵抗が限りなくゼロに近くなります。したがって,超伝導体によって作ったコイルを液体ヘリウムなどで冷却して超伝導状態にすると,いったん流れはじめた超伝導電流はいつまでも流れ続けます。すなわち,超伝導状態に達したコイルを用いれば,大電流を安定にいつまでも流し続けることが可能となり,これによって強い磁場を発生させることができるのです。

ヘリウムは,今日では意識する,しないにかかわらず,国民生活に必須なものとなりました。


ヘリウムを知る


荒田

筆者の永年の友である 核磁気共鳴(NMR) のような基礎科学の枠を超えて,いまでは, MRI は医療を受ける国民の誰一人として知らない人のいない非破壊的な人体の映像法です。MRI を抜きにして,現代の医療な考えられません。MRI では,巨大な超伝導磁石が使われますから,大量の液体ヘリウムが必要だと理解しています。

この点を考慮して,この対談では出来るだけ広い視点に立って議論をしていきたいと思います。

まず,ヘリウムガスについての一般的なことからお願いします。

山本

一般的な知識を得るには,岩谷産業のウェッブサイトが参考になります。

専門的な知識を得たい場合には,これに加えて,ブログの最終章(その4)で言及した広大なヘリウム採掘場所の映像天然のガス貯蔵庫もご覧ください。


戦略物質としてのヘリウム


山本

ヘリウムガスは軽く,不活性であることから,飛行船のガスとして軍事用として利用されました。
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日本へもやってきた,ドイツのツェッペリン飛行船は,当時のアメリカ が,ナチスドイツのプロパガンダ だとして,ヘリウム輸出を禁じたので,やむなく水素を使用しました。これが,ツェッペリン飛行船の爆発事故を引き起こした原因の一つとされています。

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アメリカは,このガスを戦略物資として,備蓄可能な地層へ戻して貯蔵するという政策を取りました。その後,巨大飛行船は,気象条件に影響されやすいことから,作られなくなりましが,アーク溶接やリークテストなどといった産業用で使われるようになります。東西冷戦時代には,熱伝導度が高いという性質から,ミサイルのエンジン冷却に使用されたので,完全な戦略物資となり,ポーランドやソビエト連邦でも生産されました。現在でも少量ですが,平和利用向けに生産しています。

冷戦終結後,アメリカは,備蓄した10億㎥ のヘリウムを販売することを法律で決定しました。この法案は1996年に成立しています。このことにより,ヘリウムの価格が低下して,多くの産業を生み出す結果となりました。しかし,この法律は2015年で終了する時限立法です。権利を有するBLM ( Bureau of Land Management )が,残っているとされている 5億 ㎥ のヘリウムをどうするか,今後の動向が注目されています。


BLM (アメリカ土地管理局)


まず,BLM (アメリカ土地管理局)のウェッブサイトを開いてみてください。BLM は,アメリカのヘリウムを管理する 総元締です。このサイトには,今からお話しする重要な点が手際よくまとめられています。

BLM は,100年近い歴史をもつ機関ですが,その一端を示す資料を引用しておきます。

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つづく

by yojiarata | 2013-06-27 16:44 | Comments(0)

ヘリウムガスと液体ヘリウム 拡大する利用範囲とそれを巡る国際戦略  その2



天然資源としてのヘリウム



荒田

ヘリウムガスは,世界のどこで,どれくらいの量,産出しているのかをまとめていただけませんか。

山本

2012年の統計によれば,ヘリウムガスは,全世界で 約1億6千万㎥ 生産されました。

このうち,ほぼ4分の3はアメリカです。その他,カタール,アルジェリアのガス田でもある程度の生産量があります。ヘリウムは戦略物資なので,旧共産圏のロシア,ポーランドでも少量ですが生産されています。

岩谷産業のウエッブ・ページには,

アルジェリア 11%, カタール 7%, ロシア 4%, ポーランド 2% 

と記載されています。

アジアでは,ヘリウムは生産されておらず,ほぼ100%アメリカからの輸入に頼っています。

このように,ヘリウムは、日本が100%輸入に依存する天然資源です。

石油,石炭,天然ガスなどと異なり,ヘリウムの性質上 ,備蓄も技術的には可能ですが,コストがかかり過ぎます。

95%以上をアメリカから輸入していますが,ISO規格とよばれる液体用のコンテナ船で西海岸から日本の港に輸入されます。港を出て,日本のガス業者が受け取るのに2週間程度の時間を要します。この間,容器の圧力が高くなるので,ヘリウムの受け入れ施設でガスヘリウムを抜く作業を1週間程度行います。

大型のISOコンテナーですと液体窒素層を持っています。ISOと言いつつ,設計単位は1万ガロン(38KL)で長さは40ftです。低温デュワーの製造は,ヤードポンド法で行われています。

ガスは半導体産業でそのまま使用されるので,高圧ボンベに詰め替えて販売されます。液化機施設を持っている場合には,ガスで購入して,自分のところで液化して使用することもあります。しかし,液化機そのものが,巨大設備(回収ラインなどの,インフラを含めると数億円単位の投資が必要)なので,利用が限られています。日本の供給不足を補うことが期待されている「カタール2プラント」 ですが,輸送期間が直行便でも,3週間程度かかるので,高圧に耐える新型容器を使用するとはいえ,歩留まりが低下して,結局コストに反映されます。

ヘリウム供給に関して懸念されていることは,最近の「シェール革命」です。残念ながら,シェール層には,高濃度のヘリウムは含有されていません。この点が,現在のヘリウム供給に大きな影響を及ぼすことになりました。

もともと,ヘリウムは液化天然ガス(LNG)の副産物として生産されてきました。それが,ここ数年で,数分の一以下のコストで採掘できるシェールガスに置き換わりつつあります。こういう状況では,ヘリウムを主産物として採取することになり,その際に,価格の高くなってしまったLNGの差額を,ヘリウムに転嫁することになり,価格高騰の一因になります。

ヘリウムは石油やその他の鉱物資源のように,先物市場は無いので,投機の対象になっていませんが,品薄状態が続くことは確実です。液体状態での保存が,コスト的に見合わないので,備蓄も難しいガスです。高圧ガスボンベでの備蓄も,同じ理由で現実的でありません。


ヘリウムの需要


2012年の統計ですが,世界で生産されたヘリウムガスは,1億6千800万㎥(気体換算)です。と言っても、どれだけの量か感覚がありませんので,東京ドームの数で計算してみます。ドーム1個が124万㎥ と公表されていますので,135個程度に相当します。日本での使用量は,同年で約1200万㎥ でしたから、10個程度です。ガス業界での売上げは150-160 億円でした。日本全国で年間に使用されるのが東京ドーム10個分だとすると、少ないような気もします。

これがエネルギー用のLNGですと,約 315億㎥ 輸入され,2兆4千億円の売上げ です(ガスレビュー  No.688 による) 。ヘリウムは高価とはいえ、市場規模としては、ガス会社にとっては特殊ガスの一分野に過ぎません。しかし,少量とはいえ,ヘリウムは代替ができない物質ですから,ハイテク分野では大問題です。

ヘリウムの需要の観点から言えば,日本は特殊な事情が存在しています。一つは基幹産業である半導体製造に必要なこと,もう一つはMRIの設置台数が多いことです。

分析用NMRに使用されている量は,全体の10%以下に過ぎません。半導体製造では不活性,熱伝導性の良さという理由で使用されています。輸入量の 45%程度が液晶パネルを含む半導体,光ファイバー製造で消費されています。残念なことに,回収システムはコストの問題で採用されていません。現在の価格では回収装置に投資する半導体メーカーはありません。冷却用に使用するので比較的純度の高いヘリウムガスが,効率よく回収できる筈です。このガスを回収するだけでも,ヘリウム不足はかなり解消できます。今後,更にヘリウム価格が上昇すれば,事業(ニッチ産業)としても成立する可能性はあると思います。

問題は,半導体産業は短期的に景気が上下しがちで,設備投資を回収できるだけの,時間的な余裕が見込めないことでしょう。

MRI は,近年になり,ヘリウムをリサイクルできる冷凍機付の磁石に置き換わっていますが,まだ多くは大気中へ捨てています。1台の価格が億単位の投資なので,病院経営としても,おいそれと置き換えができないのが現状です。日本で約4000台程度のMRIが設置されています。磁石が大型なので,分析用NMRの数倍-10倍の消費量になります。これだけを維持するだけでも,日本に輸入される液体ヘリウムの半分以上を消費します。

BLMが予定している,2015年までの備蓄分売り切りで,需給バランスが崩れる恐れがあります。2003年から,毎年5000万㎥以上を備蓄から取り出して販売していましたが,2015年には,最低備蓄量(1600万㎥)を残して,販売を停止する予定です。新たな供給元に関しては,最も有望視されているのが,「カタール2」とよばれるプラントです。日本人にはサッカーで馴染み深い場所です。ここは,天然ガスを産出する広大な地層があり,ヘリウム含有率も高いので,以前からヘリウム生産を行っていました(カタール1)。主に,ヨーロッパへ供給しています。

新たなヘリウムプラントの権益を岩谷産業が20%落札して,2013年春には輸入開始する予定でした。実際は,プラントと輸送の問題で遅れています。LNGの輸出では,専用タンカーを沖合に浮かべて,パイプラインで充填すれば良いので,大がかりな港湾設備は不要です。しかし,カタールには,コンテナ船を着岸できる深い港が整備されていません。そこで,UAEを通って,陸路経由で出荷せねばならず,その分,時間と経費が掛かります。ヘリウムの場合,液体コンテナでの輸送が前提なので,時間の経過は,容器の圧力上昇を招き,輸送効率を落としてしまいます。岩谷産業は年間800万㎥を購入する契約ですが,需要の伸びが期待される中国,インド,東南アジア方面への供給を行い,これまでアメリカから転送していた分を日本へ振り向けて対応するようです。

需要の伸びは,半導体関連産業とMRIの使用量に依存します。光ファイバーを含む,日本の半導体産業は縮小傾向にあります。MRI は,ヘリウムコスト上昇に従い,再凝縮装置への置き換えが徐々に進むと思われます。


ヘリウム節約の方策



液体窒素温度に効率良く冷やす冷凍機も,ヘリウムガスを使用することになります。とどのつまり,極低温分野にはヘリウムガスが必須であることに変わりはありません。

現在ヘリウムガスを利用しているのは事実ですが,ネオンガスを利用したものを日本で開発しています。ヘリウムと窒素の中間の沸点なので,ヘリウム冷凍機の代替として有望視されています。

液体ヘリウムは専門のガス販売業者から購入しますが,ステンレスかジュラルミンで作られた真空断熱容器で配達されます。1 日に1-3 %程度の割合で蒸発します。

保持時間を長くするには,例えば,液体窒素のタンクをヘリウムタンクの周りに配置して,熱の流入を低下させることで可能となります。液体窒素層が重くなり,運搬に不便なので,大型容器(100 L 以上)では,あまり見かけません。

蒸発したヘリウムを,その場で液化する冷凍機を取り付けた製品も,実用化されています。消費量の大きなMRI 用の磁石では,数年前から一般的になっています。分析用 NMRは,振動が少しでもあるとデータに影響するので装着できませんでした。しかし最近の冷凍機の進歩と,振動を防ぐ技術も開発され装備が可能になりました。この冷凍機に関しても,日本の技術が大きく貢献しています。


ヘリウムの節約と国際競争


根幹に関わる部分を,100%外国,それも実質アメリカ一国だけに大きく依存するのは,脆弱と言わざるを得ません。この分野では,液体窒素で動作する高温超伝導体による,磁石の実用化が望まれます。現在,窒素温度で大電流を流せる線材及び関連技術の開発は,新しい送電線網への応用に向けて日本や始め,欧米各国で凌ぎを削っています。

この技術を応用できれば,希少なヘリウム資源の心配は大幅に減らせます。総発電量のおよその3分の1が送電中のロスで失われていると言われています。これを基幹線だけでも超電導線に置き換われば,電力線の低温維持のためのエネルギーを差し引いても,大変な省エネ効果が期待されます。しかし,ここで使用される線材はセラミック(焼き物)なので,コイルに成形する技術が必要です。磁石への応用は,線材を超伝導になるように接合する技術開発も重要です。これができないと,閉じた電気回路を作れません。

液体窒素温度を効率よく達成させる冷凍機も,ヘリウムガスを使用することになります。とどのつまり,極低温分野にはヘリウムガスが必須であることに変わりはありません。

ヘリウム供給に関して,更に懸念してされることは,最近の「シェール革命」です。残念ながら,シェール層には,高濃度のヘリウムは含有されていません。

もともと,ヘリウムは液化天然ガス(LNG)の副産物として生産されてきました。それが,ここ数年で,一挙に数分の一以下のコストで採掘できるシェールガスに置き換わりつつあります。こういう状況では,高濃度には含有されてヘリウムを目標に採取することになります。その際に,価格の高くなってしまったLNGの差額を,ヘリウムに転嫁することになると思います。価格高騰の一因です。ヘリウムは石油やその他の鉱物資源のように,先物市場は無いので,投機の対象になっていませんが,品薄状態が続くことは確実です。液体状態での保存がコスト的に見合わないので,備蓄も難しいガスです。高圧ガスボンベでの備蓄も,同じ理由で現実的でありません。





つづく

by yojiarata | 2013-06-27 16:43 | Comments(0)

ヘリウムガスと液体ヘリウム 拡大する利用範囲とそれを巡る国際戦略  その3




ヘリウムガスの回収


荒田

液体から,ガスになってしまったガスは,回収して再利用出来ないのでしょうか。

山本

技術的には可能です。ヘリウムが使われ始めたのは,最初は物性研究などで,大学や国立の研究所が中心でした。1960年代,当時の金額で1L あたり 1万円 以上の値段だったと聞いています。大きなゴム風船に入れて回収して,それを低温センターに持ち込んで,再液化していたそうです。液化機は,ヨーロッパの会社の独壇場です。その一つは カール・フォン・リンデ の名前を冠する LINDE という会社です。

装置1台の金額が億単位であることと,回収ラインの設置にも大きな金額が必要なので,相対的に金額が低下した昨今では,回収はあまり行われていません。特に,大量に使用する光ファイバーや半導体の製造ではコストを算定した上で,ヘリウムの回収は行っていません。熾烈な価格競争に晒される,半導体産業は,短期間で投資を回収させる宿命をおびています。長期的な投資を考慮して,会社が倒産しては元も子もないので,致し方無いと思います。

できれば,半導体産業で排出するヘリウムガスを回収業者が買い取り,再利用するか,他の産業へ振り向けるような社会的な仕組みがあれば,資源の乏しいけれど,ハイテクの国である日本を活性化できるのではないかと思います。ペットボトルやアルミ缶の回収も良いのですが,ヘリウムは代替がきかない物質なので,なおさらです。


ヘリウムが最も大量に利用されている分野


荒田

MRI や リニア・モータ―を動かすには,大量の液体ヘリウムが消費されると想像されますが,具体的に説明していただけませんか。

山本

次の図をご覧ください。

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2012年の統計によれば,日本へ輸入された1600万㎥ の 約 60% はMRI で使用されています。世界的には約10%の消費量で,ダントツはアメリカの50%弱です。最近は中国の発展が目につきます。ここ数年、ヘリウムの再凝縮が可能な冷凍機付磁石に徐々に置き換わっていますが,まだ多くのMRI は自然蒸発させています。冷凍機が装備されていても,1-2年に一度,コールドヘッドの交換作業や,電気設備の法定定期検査などで電気が停止すると,その都度ヘリウムの充填が必要です。

荒田

リニア・モーターの場合はいかがですか。
 

山本

リニア・モーター に使用するのは,軌道(線路)では無く,車両に搭載している浮上用の超伝導磁石です。この場合,ヘリウムはリサイクルを前提で運転されます。

リニア・モーターに使用するのは,軌道(線路)では無く,車両に搭載している浮上用の超伝導磁石です。時速500Kmを超える速度で,超伝導を保つ技術は,航空機に適用されるような安全性,あるいはそれ以上の安全性を確保せねばなりません。

安全性の観点からいえば,怖ろしいのは,液体ヘリウムが突然,ヘリウムガスに変わるクエンチです。 クエンチの様子は,YouTube に動画がアップされています。クエンチの原因をアニメで説明した上で,ブルカー・バイオスピンのチューリッヒ工場で起こった 700 MHz (分析用)装置のクエンチ動画を再現していますのでご覧ください。

リニア新幹線は,スピード相応の制動技術が鍵を握ると思います。クエンチが起きても脱線しないように,多くの安全対策がとられますが,これが,ヘリウム消費量と相反することが多々あります。

例えば,ヘリウムを入れる真空断熱容器ですが,振動に対して強度を持たせるには,内部の支持構造を増やすことになり,これが熱伝導の原因となります。クエンチに対しても,コイルを複数とし,独立の容器に入れるなどの工夫をすると思いますが,構造を複雑にして,結果,消費量が増加します。リサイクルを行うには,大電力を消費する冷凍機が必要なので,その冷却にもエネルギーを必要とします。


ヘリウムの枯渇 その可能性


荒田

天然資源としてのヘリウムは,石油などと同様,いずれは枯渇するのでしょうか。何年くらい,供給は続くとお考えですか。ヘリウムがなくなり,MRI が使えなくなると大変なことになります。

山本

何時まで,ヘリウムがもつのか? これは難しい質問です。

私の子供時代から,石油は30年で枯渇すると言われ続けています。この30年というのは,微妙な長さで,100年ですとあまり,危機感を煽ることはできませんし,10年位だと,言った本人が責任を追及される恐れがある長さです。30年と言っておけば,適当に危機感を演出できて且つ間違えても,30年後では言った本人が生存していないか,忘れ去られているでしょう。

石油の場合は,掘削技術の進歩と,人工衛星を利用した探査技術の進歩で随分と長持ちしています。ヘリウムの場合は,有限であることは事実ですが,採掘できるガス田が限られているので,更に条件が厳しくなります。

以前は,ヘリウムの含有率が,0.3% が損益分岐,つまり商売として成立するかどうかの目安とされてきましたが,最近の冷凍技術の発達で,0.1%でも良いと言われています。

ヘリウムの場合,大きく状況が変化したのは,アメリカの「シェール革命」です。なぜかと言いますと,これまでヘリウムはLNG(液化天然ガス)の副産物として製造されていたことにあります。残念ながらシェール層からヘリウムガスは産出しません。0.1%の損益分岐は,これまでのLNG 価格を元にしているので,LNG 価格が大きく下落した現在では,メジャーとよばれている石油資本は,従来の高価な天然ガス田に投資をしなくなります。今後は,非常に高価になってしまった天然ガスの差額を,ヘリウムガスに上乗せすることが十分に考えられます。

2013年6月30日朝日新聞朝刊の11面に,「シェール革命」とアメリカ経済に関する記事が掲載されていますので,ご参照ください。

「カタール2プラント」の実稼働や,ヘリウムの値段が上昇して,極東ロシアのガス田が開発されれば,枯渇はしないと思います。

また,コンパクトで安価なヘリウム液化装置が実用化されれば,回収率も上がり,消費量の減少で枯渇を防げる可能性は高いと考えます。

最近のヘリウム危機が,これまで,単純なコスト計算だけで,無尽蔵にある資源と思い込み,あまりに無頓着に捨てていたことを,気付かせたことになります。

アメリカ内務省の研究機関である
USGS (United States Geological Survey) の1012年報告
で,可採量として40億㎥ とされています。

同年の総産出量が1億3千500万㎥ なので,約30年の可採となりますが偶然でしょうか?

石油の場合は,掘削技術の進歩と,人工衛星を利用した探査技術の進歩で 随分と長持ちしています。ヘリウムの場合も,有限であることは事実ですし,採掘できるガス田が限られているので,条件は厳しくなります。

アメリカ以外では、アルジェリアの予想埋蔵量が18億㎥ です。カタールの埋蔵量もアメリカと同程度と見積もられており,これにロシアの東シベリアのガス田が実現すれば,量的には100年以上はもつ計算です。

シベリアの奥地にあるチャヤンダガス田には,0.58%のヘリウム含有率のLNGが1.24 兆㎥ あると予測されています。(ガスレビュー 1012年 NO.749)

ロシアの地下資源開発は,多分に政治色の強い計画に思えます。アメリカのシェール革命によるLNG増産で,これまでアメリカへ輸出していた中東のガスが,ヨーロッパに輸出され,その分,ロシアからの輸出が減少しています。これまで,パイプラインを通して,エネルギー外交で優位にあったロシア政府が,危機感をもって,アジアへの進出を模索しているようです。エアーリキード,リンデ,大陽日酸がヘリウムの共同開発を名乗り出ています。ただし,実現可能としても,5年以上は時間がかかると見られているようです。

続いて,アメリカ議会の動きに触れたいと思います。

2015年で終了するBLMのヘリウム販売法ですが,この対策として2012年5月にアメリカ議会上院でHelium Stewardship Act of 2013 という法案が提出されました。公聴会の模様はウェッブで見ることができます。

国家の重要な案件が審議される模様が見られる ので,その意味でも興味深いです。ヘリウムに関わる多くの分野から人を集めて,法案を作っていく様子はアメリカの社会そのものです。当然,利害関係はあるので,それぞれの立場がありますが,ヘリウムを最大限に活用して行こうという点で一致しており,アメリカという国のしたたかさを見る思いがします。研究者の代表も当然ですが発言しています。

この結果,備蓄量を見ながら,ヘリウム供給を継続させるという方向に進みました。更に,今年の2月には ”Responsible Helium Administration and Steward Act” が提出され審議中です。ヘリウムの問題とは離れますが,法案がどうやって審議され,どの議員が賛成,反対,棄権したかまで,ウエッブで 追跡可能です。こういった組織,体制が背景にあれば,研究者は心強いと思います。




つづく

by yojiarata | 2013-06-27 16:42 | Comments(0)

ヘリウムガスと液体ヘリウム 拡大する利用範囲とそれを巡る国際戦略  その4




ヘリウムガスの故郷は地底のどこか?



荒田

そもそも,人間の手に入るまで,ヘリウムはどこでどうしているのでしょうか。

山本

以前からの素朴な疑問があります。メタンガスなどの地層は化石燃料で太古の生命活動から生成されたと教科書で教わったのですが,なぜヘリウムがそこにあるのかということです。天文学者によれば,ヘリウムは全宇宙では,水素に次ぐ2番目に多い物質です。星の誕生が宇宙空間のガスが集まって出来たとすれば,そもそも地球にも大量に存在していて,ヘリウムが逃げない特殊な岩盤を持つ地層だけにヘリウムが残ったという仮説も説得力があります。次の図をご覧ください。 

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この言わば蓋を持つ巨大な天然ガスの地層が,北米大陸で発見され,燃えない軽いガスが軍事物資として利用できることから,資源局が管理することになりました。

カンザス,オクラホマ,テキサスの3州をつなぐ総延長 600Km を超えるパイプラインを敷設して,天然のガス貯蔵庫にヘリウムを貯めこむという壮大な計画も,戦略物資として行われました。直線距離で,ざっと東京から鹿児島の距離ですから,これだけ長いパイプラインの維持管理も大変です。

2012年のヘリウム不足の原因は,製造装置をはじめとする定期改修工事の遅れが主な原因とされています。

山本

なお,Selling the Nation's Helium Reserve ( THE NATIONAL ACADEMIES PRESS, 2010 ) には,ヘリウム全般にわたって要点がすっきりまとめられいて大変参考になります。


ヘリウムを巡る国際戦略


荒田

これからますますヘリウムガスの需要が高まると思いますが,レア・アースの場合のように,国際的な経済戦略の渦の中に巻き込まれるのが怖ろしいのですが,この点は如何ですか。

山本

おっしゃる通りです。アメリカの備蓄ヘリウム放出政策により,多くの産業が育成されましたが,日本の100%輸入に頼る脆弱な構造は変わりません。

最近,レア・アースを巡って,資源外交の問題が,取沙汰されています。ヘリウムに関しては,全世界の4分の3の生産能力を持つアメリカは,圧倒的優位にあります。表向きは,輸出制限はしていませんが,資源外交カードとして,無言の圧力をかけることは可能です。

ヘリウムの逼迫状況が2012年11月から起き,今も続いています。

一般的には,ヘリウム風船がこの世から消えたニュース やなどがNHKのクローズアップ現代で報道されて,日本でも広く認知されるようになりました。石油と違う点は,供給元が限定されている,極低温ゆえに運送や備蓄がコスト的に難しいなど,日本にとっては条件が悪いのです。

荒田

国際的にみて,ヘリウムがどのような状況にあるかを含めて,これまでのまとめをお願いします。

山本

ヘリウムが発見されて最初の応用は,軍事用の飛行船でした。ライト兄弟が実用化した飛行機が最初に注目されたのも軍事目的でした。空からの偵察用として開発が進み,輸送能力が高まるにつれ,爆撃に使用されていきました。飛行船は,気象に影響されやすいことと,航行速度を速くできないので、偵察が主な用途だったようです。

燃料を消費せずに,長く空中に留まれる性質を利用して,第2次世界大戦中,ドイツのUボートを発見する現在の対潜哨戒機の役割を担いました。それから,V1ロケットによるロンドン爆撃を空中に浮かべた飛行船から,機関銃で撃ち落として防いだ有名な話もあります。これも,アメリカからのヘリウム補給で可能となりました。

軍事物資としての認識をされたことが,ヘリウムの製造と備蓄を国家プロジェクトとして採用された背景にあります。1924年のアメリカ議会での法案が成立して,ヘリウム製造と備蓄が始まります。

米ソ冷戦時代になると,核ミサイルの液体燃料エンジンに使われることになり,ヘリウムの重要性が再認識されます。ロケットは液体酸素と液体水素を燃料としますが,この加圧に使われるのがヘリウムガスです。自動車や航空機のエンジンには,機械式の燃料ポンプが使われますが,宇宙空間でも作動する機構としてヘリウムガスでの加圧は単純で信頼性の高い方式です。

ICBMの根幹技術に必要だったことから,ヘリウムは引き続き,厳しい国家管理の下,備蓄され続けます。この備蓄政策を支えたのが,天然のヘリウムタンクとも言えるテキサス州 Bush Dome です。ガスを蓄える多孔質のドロマイトとよばれる花崗岩の上に塩の層が覆いかぶさり,純度50-70%程度粗ヘリウムとよばれるガスを地下へ注入して保存しています。ヘリウムの貯蔵は,その物理的性質から人工的に行うと非常にコストが掛かります。ヘリウム液化機がある施設では150Kg毎平方センチメートル程度で高圧ボンベ内で保存しますので,巨大な施設になってしまいます。旧ソビエト連邦でも 同様のことを行っていたようです。

旧ソビエト連邦が崩壊して冷戦が終わると,両国とも莫大な維持費のかかるICBMを減らすことに合意します。軍事目的で貯蔵された10億㎥ のヘリウムが一般に販売されることになった背景はここにあります。冷戦時代の置き土産として,核攻撃を受けた際でも機能する通信システム(パケット通信技術)がインターネットを生み,ミサイルをピンポイントでガイドするために打ち上げた衛星が,民生用GPSとして,自動車や携帯端末に応用されています。ヘリウムも直接私達の生活で存在を意識することはありませんが,これも冷戦の産物と言えるかも知れません。

BLMに引き継がれたヘリウム販売ですが,全量を販売するのではなく,一定量を残してアメリカ国内で使用できる量は確保してあります。特に軍事目的用のヘリウムは,別の割り当てで確保されています。

”In-Kind” Program とよばれる割り当て制度により,NASAとアメリカ海軍,空軍,陸軍に毎年供給されています。資源を最大限に有利に使用することで,軍事的優位を保つ姿勢がみてとれます。太平洋戦争開戦時に,日本の石油の備蓄量がアメリカの0.3%程度だったことを思い起こす事実です。

様々な応用研究がされていますが,前提であるヘリウム調達に不安があると砂上の楼閣になりかねません。アメリカ以外での調達が可能になるように,「カタール2プラント」からの輸入フル稼働を望むところです。加えて,極東ロシアの天然ガス田にヘリウムの存在が言われているので,LNG輸入と合わせて別ルートを確保してもらいたいと思います。

BLMが供給したことで,ヘリウム応用産業が育ったわけですが,2015年以降の販売でも,アメリカでは自国の圧倒的な資源量に依存が可能なので,研究開発にも優位に立てます。


結びの言葉


荒田

結びに,付け加えておきたいとお考えの点はないでしょうか

山本

日本では,高圧ガス保安法という法律があるのですが,これが施行されたのは高度経済成長期です。石油化学コンビナートなどの巨大工場の安全を確保するための法律です。

低温工学で使用される多くの装置が,この安全規格に阻まれて,自分の首を絞めているような状況です。例えばヘリウムコンプレッサーは20Kg/平方cm以上の圧力を使用しますが,10Kg/平方cmを超えると,届出が必要になったりします。一方,空調機に使用されているフロンは,この対象外です。

法律が作られた時は,ごく限られた研究所だけでヘリウム冷凍機が使用されていたので,当然ですが,法律の改正を行ってきていないのも,産業育成の阻害,国家戦略の欠如です。利権がからまない小さな市場なので政治も動かないのでしょうか。

見直しの作業部会が,低温学会などを中心に発足したらしいのですが,組織的な法改正は時間がかかりそうです。ヘリウムを扱っていて,こんなことも,時々感じております。

荒田

お忙しいところ,このブログのために多大の時間を割いていただき,誠に有難うございました。


付記
最近の状況などについては,近着のNature誌をご覧になってください,





by yojiarata | 2013-06-27 16:40 | Comments(0)

諏訪根自子の記憶



諏訪根自子の名前をはじめて耳にしたのは,今から60年以上も前,筆者が中学生の頃の音楽の授業である。先生に,最近のもっとも有名な音楽家一名を挙げよと問われ,何人かの生徒が諏訪根自子と答えた。その頃,音楽といえば,流行歌 か浪花節 しか知らなかった筆者は,なんだか恥をかいたような気分だった。

その日,家に帰って,諏訪根自子についてのその日の経験を母親と,偶々家に来ていた叔母に話した。彼女たちは大変驚いた様子で,諏訪根自子なんて ・・・・・ と言いながら笑った。

音楽のことなど,何の知識も興味もない彼女たちの反応は,決して好意的なものではなかった。テレビも週刊誌もなかったあの頃,情報としては,ラジオか新聞しかなかった。その辺の知識から,彼女たちはそのような印象をもっていたのかもしれない。もしかしたら,新聞に掲載される諏訪根自子の神秘的な美しさへの妬み心があったのかもしれない。

ともあれ,当時の日本人のなかには,諏訪根自子に必ずしも好感をもってなかった人々がいたことは確かである。


***



5月16日のNHKラジオ深夜便で,「クラシックへの誘い 伝説のバイオリニスト諏訪根自子」が放送された。使われた音源は,彼女が13歳-15歳の少女時代の録音,彼女が60歳を過ぎた後の録音で,”全盛期” の録音は保存されていないということであった。少女時代の録音・SP13枚が丁寧に復刻されている。そのなかでは,ロマンサ・アンダルーサ(パブロ・サラサーテ曲)はなかなか善い。この人には,スペインが似合うなと感じた。

しかし,素人で音痴の筆者には,この番組で放送された録音だけをもって,諏訪根自子が天才的なバイオリニストであるかどうかの判断は全くできない。

諏訪根自子の容姿については,現在,ウェッブ上に山のような数の写真が掲載されている。興味ある読者は,今のうちにご覧ください。

この頃,新聞で諏訪根自子に纏わる記事を目にするようになった。萩谷由喜子『諏訪根自子 美貌のヴァイオリニスト その劇的生涯』(アルファベータ,2013)が出版されていることを知った。何だかやけに大げさな題名だな,と思いつつも,いつも癖で直ちにアマゾンに注文,2日後に入手した。

まず,ペラペラと全体を眺める。この本には,写真が多く使われいるので,それを追っていると,217ページの写真にこの目が吸い寄せられた。「大橋国一のバリトン・コンサートに聴き入る,大賀小四郎,根自子夫妻」とある。

アレレ ・・・・・ 大賀さんじゃないの!

私の記憶は,昭和28年,東京大学教養学部のドイツ語の授業に飛んだ。

ドイツ語の授業は,週2回,1学期(半年)ごとに教師が代わることになっていた。ドイツ語の授業が大変好きだった筆者は,一番前の席に座って聴講するのがつねだった。

新学期になって現れたのが大賀さんだった。4,50人しか入らない小さな教室だから,そんな大きな声をしなくても十分聴こえるのに,彼氏は物凄く大きな声で,喋りまくった。前に座っていた筆者に,大賀さんのつばきが飛んできた。

あの大賀さんが,諏訪根自子の亭主だったんだ! これには驚いた。

諏訪根自子は1968年,48歳で,58歳の元・外交官・大賀と結婚,家庭では何くれとなく大賀の世話をし,大賀のために料理の腕をふるったという。

今考えても,不思議な偶然だったと思う。


大賀小四郎 1991年没 享年80

諏訪根自子 2012年没 享年92


***



6月5日の朝日新聞夕刊によると,1949年11月28日に放送したラジオ第2「放送音楽会」の録音が,NHKで見つかったという。1949年といえば,諏訪根自子29歳。演目は,ブラームス『バイオリン協奏曲 ニ長調』(共演東宝交響楽団,現・東京交響楽団)。若い頃,何人かの大家による演奏の録音を繰り返し聴いた好きな曲である。

6月29日夜(NHK-FM,21:00-22:00)「クラシックの迷宮-諏訪根自子のブラームス-~NHKのアーカイブスから~」が放送される。演目は,2,3の小曲の他,バイオリン協奏曲である。この曲なら,素人の筆者にも判断できると思う。諏訪根自子の実力を耳にできる絶好の機会である。
by yojiarata | 2013-06-20 23:33 | Comments(3)

日本の原子力行政の危うさ



6月14日夕刊(朝日新聞)の第1面に,12年度版の「エネルギー白書」 が閣議決定されたことが掲載されていた。

民主党政権が進めようとした「30年代に原発ゼロ」の方針に触れず,昨夏の政府による世論調査で「30年に原発ゼロ」の支持が多かった事実も盛り込んでいない。白書は政府が毎年出す「公式記録」だが,東日本大震災後の脱原発の動きをほぼ消し去っている。

安倍政権は「原発活用」を掲げ,再稼働を急ぐ姿勢を強めており,政権の方針に沿わない事実を記録に残さなかった可能性がある。

福島では,除染作業が行き詰まっている。何も進まぬまま,住民は苦しんでいる。追い打ちをかけるように,政府は,再除染を認めない方針を決定した(6月16日朝日新聞朝刊,第1面)。

自民党の高市早苗政調会長は2013年6月17日,神戸市で講演を行った際に,原発事故に関して,「死亡者が出ている状況ではない」として安全性を確保して原発を活用すべきだと述べた。[同氏は「私自身のエネルギー政策の発言のすべてを撤回させていただきます」と6月19日,党本部で謝罪した。]

ここで,安倍政権の一連の行動は,一体誰のために行われているのか問い正したい。

今年の4月7日のこのブログに「死の商人」を掲載した。政府は,国外の多くの国に,技術援助と称して,「原発」の情報を売っている。「原発」の建設を請け負っている。

「死の商人」のブログでは,少し抑え目に筆者の意見を述べた。しかし,現在の情勢を基にして考えると,次のように結論せざるをえない。

安倍政権は,「死の商人」とよばれても言い訳できないのではないか。
by yojiarata | 2013-06-17 00:14 | Comments(0)

人の健康より,政治が優先する国



安倍晋三首相は6月5日午後,東京都内で講演し,”成長戦略 第3弾” を発表した。

以下,過去何日かの新聞記事からの抜き読み。(平成25年6月13日記)

大胆な規制緩和で大都市の国際競争力を高める「国家戦略特区」創設や,一般用医薬品(市販薬)のインターネット販売解禁すると力を込めた

経済戦略と,一般用医薬品(市販薬)のインターネット販売の解禁がどう関係しているのか,最初聴いたときには全く理解不能であった。そうしているうちに,安倍氏がかなり前から,インターネット販売のことを口にしていたなと思い出した。

今回の講演では,市販薬(一般用医薬品)のネット販売については「消費者の安全性を確保しつつ,しっかりしたルールのもとで,全ての一般医薬品の販売を解禁する」と述べ,「全面解禁」を明言した。・・・・・

「消費者の安全性を確保しつつ,しっかりしたルールのもとで,全ての一般医薬品の販売を解禁する」とおっしゃるけれど,そんな簡単な話ではない。薬は,薬剤師の目を通してしてこそ,薬になるのだ。そんな簡単なことが安倍氏には理解できないようである。

さすがに,党内で異論が出たが,高市早苗政調会長が政府側と調整することで一任を取り付けた。

しかし,政調会長が政府側と調整することですむような話ではない。つまり,政治の力で,薬を理解することなど不可能である。

「インターネットによる市販薬の販売」は,楽天会長兼社長の三木谷浩志史が率いる「新経済連盟」が強く求めてきたテーマである。「既得権益を保護する政策に反対する」を掲げる新経済連盟には,新興のネット企業が多く集まる。

三木谷氏は,解散3日後,安倍首相と急接近,「市販薬すべての解禁が盛り込まれないと議員を辞める」と官邸に伝えた。成長戦略を話し合う政府の産業競争力の民間委員である三木谷氏は,少しも譲らない。「彼には手を焼かされた」と官邸関係者はいう。

「産業」が,一国の経済を活性化するという名のもとに,国民の健康に関わるところにまで手を伸ばしてきている現状を看過してはならない。
by yojiarata | 2013-06-13 22:30 | Comments(0)

ザメンホフの夢



眼科医でもあり,言語学者でもあったザメンホフ(1859-1917)は,世界中のひとが共通に使うことのできる人工の国際語 「エスペラント」 を創り,それを普及させることを夢見ていた。

ザメンホフは帝政ロシア領時代のポーランドの小都市リトアニアに生まれた。この地方は,ヨーロッパの四つの端,スカンジナビアからコーカサス,ウラルからイベリアを結ぶ線の交叉点にあたり,古来,ヨーロッパ列強の影響のもと,さまざまな民族がひしめきあい,絶え間のない抗争が続いた不幸な地域だった。しかし,この地域からは,コペルニクス,カント,ショパン,キュリー夫人,ローザ・ルクセンブルグなど,歴史に名を残す多くの人々がでている。ザメンホフの夢には,この地に生まれたことが大きく影響している。

ラテン語の sperare(希望)に由来するエスペラント(Esperanto)は,はじめはザメンホフのペンネームだった。エスペラントはその後,ザメンホフが創った「国際語」そのものを指すのに用いられるようになった。ザメンホフは,自分の国の言葉と文化を大切にしながら,言葉と文化を異にする人々が国を越えて交流することを目的として,ヨーロッパ諸国の言語を基本とし,文法を整理してエスペラントを創った。


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ザメンホフ
伊東三郎『エスペラントの父 ザメンホフ』岩波新書より




ザメンホフは28歳の1887年,『エスペラント博士著 国際語 序論ならびに学習全書』を発表した。現在のB6版より少し大きい40ページの薄い本だったという。そのなかで,ザメンホフはつぎのように書いている。


人々はいろんな言語に自分の時間をさかれて,そのうち一つにしっかり身を入れることができず,
そのために一面では自分の国語さえも完全にはつかんでいないようです。

それゆえ,言語も,十分に磨かれず,私たちは自分の母語で話ながら,外国の人々の言葉やいいまわしを借りなければならなかったり,
さもなくば,言語が不完全なため,自分を不正確にいいあらわしたりして,
考え方までがかたわになりがちです。

もし私たちがみんな,
ただ一つの言語だけを持つなら事情はすっかり変わってくるでしょう。

そうなれば,これらの言語そのものはもっとよく磨かれ,完全なものにされ,
言語がいま目のまえにあるありさまよりも,
もっとずっと高度なものとなるでしょう。・・・・・


伊東三郎『エスペラントの父 ザメンホフ』岩波新書より



この文章を読むと,ザメンホフの理想が大変によく理解できる。ザメンホフの生まれたリトアニアがそうであったように,エスペラントはヨーロッパ列強の狭間に翻弄された。ザメンホフがユダヤ人であったこともあって,エスペラントはナチスドイツの弾圧にあった。しかし,ザメンホフの目指した理想が多くのひとびとの共感をよび,エスペラントは次第に世界に浸透していった。ザメンホフのほかにも,国際語,世界語を創ることを試みた人が大勢いたようであるが,あとに残ったのはエスペラントだけである。

明治39(1906)年には,日本エスペラント協会が発足した。会員の数は必ずしも多くはなかったが,熱狂的なエスペラントの支持者が日本にも生まれた。各都市に設立された日本エスペラント協会の支部は,エスペラントの普及に尽力した。

町医者であった私の父親もエスペラントに熱中し,学生,若いおじさんたちを毎週自分の家に集めて,会を開いていた。会話はすべてエスペラント。筆者は,その会の熱気に驚くとともに,大願成就は熱心さによってはじめてもたらされるのだと子供心に実感したことを記憶している。

現在でも,エスペラントの熱烈な支持者は世界中にいる。しかし,英語があまりにも強力な“国際語”になってしまったことはいまや何人も否定できない。例えば,20世紀の前半までは,ドイツ医学が世界を席巻していた。そのため,医師であるためにはドイツ語を身に付けることが必須の条件だった。当然,診察記録を記すカルテの記載にはドイツ語が使われた。

しかし,第二次大戦後は,ドイツ医学が衰退し,アメリカを中心とする新しい医学がこれにとってかわった。その結果,医学書も国際会議も,用いられる言語はすべて英語になった。誇り高く英語化の波に抵抗していたフランスでも,時代の流れとともに徐々に英語が勢力を拡大していった。


***



後日譚

もう30年以上も前のことになる。

山口大学医療短期大学部の緒方幡典先生に招待していただき,学生に筆者の専攻するNMRの講義をする機会があった。その時,父親がエスペラントに夢中になっていますとお話しした。

先月の5月24日,緒方先生から手紙がとどいた。そこに,次のように書いてあった。

先日受け取った日本エスペラント協会発行の2012年エスペラント運動年鑑の団体名鑑の中に,岡山エスペラント会の項目があり,この会は1920年に設立されたが戦時中に衰退し,1953年に再建された。初代会長は荒田一郎(皮膚科医)とありました。・・・・・

ひょっとするとこの方は,先生のお父様ではないかと思い,その部分をコピーしてお伺いしようと思い立ちました。・・・・・

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「岡山エスペラント会」(2012)より引用


さっそく返事を書いた。

緒方先生よりの返信(平成25年6月3日)

お葉書有難うございました。思った通りと納得いたしました。

お父様が初代会長として活躍されていた頃,私は佐賀大学で西洋史の西海太郎先生からエスペラントを教わりました。当時は時代的にも混沌としていましたし,教える先生も,習う生徒も何かを求めて真剣でした。恐らく先生のお父様もそのようだったと想像します。・・・・・ ひょっとすると岡山エスペラントの会の三代目会長の原田英樹先生も荒田一郎先生のお弟子の一人かもしれません。

・・・・・

今先生のお父様に西海太郎先生の面影と重ね合わせ当時を思い起こしております。


*


エスペラントによって,久しぶりに父親と再会した。
by yojiarata | 2013-06-07 22:11 | Comments(0)

オカリーナ と オーボエ



あれは昭和30(1955)年前後の頃だった。

何事にもすぐに熱中して,(お金もないくせに)それを買いたくなる悪癖はわが父方の家系である。

ある時,ふと聴いた音楽(オーケストラ)のなかで,オーボエの響きに感動して取りつかれてしまった。

次の日には,銀座ヤマハ楽器店を訪れた筆者は現実を知らされる。自分が想像していた値段より2桁高価であった。今考えれば,当たり前のことである。

それでも,店を去り難く,未練がましくガラスの陳列ケースを覗きこんでいると,ふと,それまで見たこともないヘンテコリンな形のものが目にはいった。何だろうと思ってじっと覗きこみつづけていると,女性の店員さんが,手に取ってご覧になりますかと,取り出した。ちょうど掌に載る大きさの,陶器製の物体であった。

これは何でしょうかと問うと,南米で生まれた楽器でオカリーナと申しますという。簡単に吹けますよ,と説明書も取り出す。吹いて見ろとおっしゃるから,吹いてみた。その瞬間これはすごいと興奮した。何とも不思議な優しい音色である。

値段を聞くと,700円とのこと。直ちに購入。

買うには買ったが,もともと音痴の上,楽譜など読めないをあとで思い知る。1オクターブ半の音域であったが,とくに高音の方がいけない。筆者が吹くと間が抜けた音が出て,自分でも情けなくなる。それに,穴を半分手で塞いで出す半音がどうにもうまくいかない。

結局,『埴生の宿』の ド・レ・ミ・ファ・ソ・ソ・ミ ・・・・・  で,夢は終わった。

今から60年前にはいなかった 「オカリナ宗次郎」のオカリナを時々聴きながら,当たり前のことながら,やはりプロは素晴らしいと思う。

あの時,仮に経済的に余裕があってオーボエを買っていたら,もっと悲惨な思いをしたことだろうと,今になって安堵している。

余計なことだが,筆者が購入した頃は,オカ リナではなく,「オカ リーナ」とよんでいた。
by yojiarata | 2013-06-07 22:10 | Comments(0)