<   2012年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

Christmas card



a0181566_19481715.jpg
















Osmiroid International Ltd., Gosport, Hampshire, England, 1983より

by yojiarata | 2012-12-25 00:00 | Comments(0)

書体 時代と文化




あれから,かれこれ20年になる。

当時,筆者はイギリス・バーミンガム大学の Jefferis 教授と共同研究していた。その縁で,同教授の研究室を2,3 度訪れた。

研究のほかに,同教授が使う書体(calligraphy)にも大きな興味をもっていた。筆者が永年興味をもっている勘亭流に代表されるわが日本の書体に通じるものがあったからである。

Merriam-Webster Online 

によると,

a: artistic, stylized, or elegant handwriting or lettering

b: the art of producing such writing

語源,初出は

French or Greek; French calligraphie, from Greek kalligraphia, from kalli- beautiful (from kallos beauty) + -graphia -graphy
First Known Use: 1604


彼の家に招かれて,夫妻,中学生の娘さんと共に食卓を囲んだ。毎日の食事そのままに,質素なイギリスの食事を楽しんだ。

食事の後,書体の大議論が延々と続いた。彼の人と筆者は大満足。

帰りに近くの pub に立ち寄った。筆者が初めて経験するpub であった。近所のおじさん,おばさんが集まって静かな雰囲気で,四方山話を楽しんでおられた。帰りの道すがら,J 教授は,pub と school と church は一組なんだと教えてくれた。確かにすぐ近くに,学校と教会があった。

帰国して間もなく,J 教授から一冊の本が届いた。

a0181566_14275630.jpg

Osmiroid International Ltd., Gosport, Hampshire, England, 1983

嬉しいことに,この書体を書くためのペン一組が同封されていた。


***


筆者が永年興味をもっている江戸以来の日本の書体に話を移す。まずは勘亭流。
a0181566_14593915.jpg

竹柴蟹助『勘亭流教本』(グラフィックス社,1975,第16刷)


見事な装丁のこの本には,歴史的背景に始まり,用いる筆の種類,著者の筆になる代表的な作品など,勘亭流のすべてが余すところなく書かれている。

次に掲げるのは,”この本に弟子入りした筆者” がカナダ・トロント大学の伊倉光彦博士の依頼によって書き上げた表札である。

a0181566_0381753.jpg


次の2冊には,江戸以来用いられてきた書体が多数掲載されている。

a0181566_1583383.jpg

吉田豊『江戸かな古文書入門』(柏書房,1998,第4刷)

a0181566_15165040.jpg


***


a0181566_15315577.jpg

谷峯蔵『日本レタリング史』(岩崎美術社,1992,初刷)


a0181566_15255129.jpg





































by yojiarata | 2012-12-21 22:00 | Comments(0)

大利根月夜の田中裕子




12月12日のラジオ深夜便で,作曲家・長津義司(1904-1986)の特集番組を聴いた。藤田まさと作詞,長津義司作曲の『大利根月夜』(1939)は,無名の新人・田端義夫の大ヒット曲となった。長津義司もこの曲によって,作曲家としての地位を確立することになった。

♪ あれを御覧と 指差す方(カタ)に
 利根の流れを ながれ月
 ・・・・・ ♪
(カタ)筆者注

田端義夫の歌声は,30年前に見た『天城越え』[松本清張原作(1959),三村晴彦監督作品(1983)]の酌婦・大塚ハナ(田中裕子),16歳の少年,屈強な土工,その土工の殺人事件を追う刑事(渡瀬恒彦)のドラマに筆者を連れ戻した。動機のわからぬまま,誤認逮捕されたハナは病に倒れ,世を去る。

着物の裾を翻して飛ぶハナの笑顔,ハナと少年との会話,透き通るようなハナの『大利根月夜』の歌声。どれも忘れ難く美しかった。

田中裕子は,この映画によって,

第七回モントリオール国際映画祭最優秀女優賞
第二十八回アジア太平洋映画主演女優賞
毎日映画コンクール女優主演賞
ブルーリボン賞主演女優賞
キネマ旬報賞主演女優賞

などを受賞している。その田中裕子の言葉:

“それは監督のおかげです。執拗に追っかけてくれた結果だと思います。特別に印象深い顔でもないし,それほどの個性もない私を時間をかけて追って,ポロッと出てきたものをとらえてくれた。よくわからないけれど,そんな気がするの。だから監督が私のことを見つめてくれた時間には,とても感謝しています。”

a0181566_20143661.jpg

三村晴彦 『「天城越え」 と 加藤泰』 (北冬書房,2004)


a0181566_16491063.jpg

三村晴彦 『「天城越え」 と 加藤泰』 (北冬書房,2004)







by yojiarata | 2012-12-19 20:30 | Comments(0)

がんワクチン 現状と将来



2011年6月30日のブログで,『創薬 日本の現状と将来』と題して,専門家である平岡哲夫博士にさまざまな角度から,お話をうかがい,多くの読者を得ました。

今回は,再び平岡博士にお願いして,次の三つの話題について語っていただくことにしました。

「がんワクチン 現状と将来」

「iPS細胞と創薬」

「日本の製薬業界における人材の育成について」

平岡哲夫博士の略歴 1958年東京大学医学部薬学科卒業,三共株式会社において一貫して創薬の開発研究に携わり,研究所長,研究本部長,副社長を経て,2002年同社退社,同年より,三共有機合成株式会社社長,2006年同社退社,2008年THS研究所・所長),薬学博士


がんワクチン 現状と将来

荒田

がんワクチンとは何者でしょうか。

平岡

ワクチンは,細菌とかウイルス感染に対する予防薬として広く使用されています。がんの場合は普通の正常細胞には無く,がん細胞の表面にのみ存在する固有たんぱく質(多糖類などの場合もあります)を抗原(目印)として利用してワクチンを作製し治療薬とします。がん細胞特有の抗原(目印)を注射すると樹状細胞がこれを認識してその特徴を,白血球の仲間であるリンパ球の一種である “キラー T 細胞” に伝達し,この T 細胞が活性化され,数も増えてがん細胞を攻撃するのです。


荒田

一体どのようにして,がんを治すのでしょうか。

平岡

すでにお話いたように,抗原を認識して活性化したキラー T 細胞ががん細胞を攻撃して死滅させるか,休眠状態にします。問題もあります。腫瘍細胞の中には人体の免疫応答を阻害する物質(例えば TGF-β など)を分泌するものもあり,これによって,マクロファージやリンパ球の活性を抑制します。すなわち,腫瘍細胞は通常,人体に備わった異物を排除する抗腫瘍免疫(白血球が主体)から逃れたり阻害したりして生き延びているのです。

このため,がん患者の免疫力は一般的に低下しています。低下した免疫力を正常にもどす “免疫調節剤” が過去には使用されましたが,効果は限定的(あまり効かない)であるため現在はあまり使われていません。このため,がんワクチンは免疫作用を発揮する活性化 キラー T 細胞などを武器としてがん細胞と戦う訳ですが,同時にがん細胞自体の自衛力とも戦わなければならないのです。

荒田

実際には,どのようにしてワクチンを作るのでしょうか。

平岡

がん細胞表面にある特定たんぱく質 (提示抗原) が臓器別に異なりますので,がんワクチンの製法は千差万別です。

一般的には細胞培養法,がんペプチドの場合は合成する方法が主です。提示抗原が糖類である場合は合成か培養細胞からの抽出などが考えられます。この糖類抗原ワクチンは,最近アメリカで開発されつつあります。製法は公表されていませんので,コメントすることはできません。

2010年にアメリカで,進行性前立腺がんの治療を目的に,がんワクチン・プロベンジ (一般名シプリューセル-T) がFDAの認可を得たとの報道があります。しかしこれは,がん患者の血液を採取しその白血球を単離し前立腺特異抗原を加えてワクチンを作りこれを患者の体に戻すというもので,日本ではワクチンというよりは免疫細胞療法とよばれているものです。この療法は 3回投与で 約 8百万円を要し,通常のワクチンの値段ではありません。

荒田

がんワクチンのアイディアを世界で最初に発表し,使ったのはどなたでしょうか?

平岡

この質問は回答不可能です。理由はがんの治療薬 (ワクチンとしての注射薬) としてきちんと認可され,世にでたものが世界でまだ無いのです。名前がよく知られている丸山ワクチンは1940年代に開発されましたが厚労省から認可を受けられず,製法は “秘密” となっています。

丸山ワクチンは,丸山医師が結核患者にはがんが少ないことに着目し,BCG (結核用ワクチン)を改変して作製したものです (インフォーマル情報では,たんぱく質は含まれておらず多糖類とのことです)。がんワクチンと称せられるものには,日本では丸山ワクチンのほかに蓮見ワクチンが存在しますが,正式には認められていませんので,これが世界最初か否か検証のしようがありません。

荒田

医科研の中村祐輔博士がよく顔を出されますが,どのような貢献をされたのでしょうか。 

平岡

がんペプチドワクチンは現在,中村教授ばかりでなく他の教授の発案によっても複数の大学病院で種々のペプチドを使用して臨床試験が実施されています。数百種類が同定されているといわれているがんペプチドの中で中村教授の研究グループ特有の抗原性の強いペプチドを見つけてそれで臨床試験を行っておられるようです。

荒田

現在,日本の製薬業界はどのようにみているのでしょうか。

平岡

がんの特効薬発見が何十年の研究にもかかわらず困難な事情から日本の製薬会社の一部でもがんワクチンの開発が進んでいます。例えば,大塚製薬,塩野義製薬が臨床試験中であるとの新聞報道があります(日本経済新聞,2012/4/10)。

日本の製薬会社の研究所では “支持派” と “冷ややか派” に二分されているのではないでしょうか。外国でもイギリスの製薬大手のグラクソスミスクラインが開発中と伝えられています。今後の発展に興味がもたれます。ただし,過度の期待をよせるのは問題があると個人的には思っています。

荒田

“副作用” は,どうなっているのでしょうか。

平岡

ワクチンですのでもともと副作用が少ないように製造されているので一般的な薬よりは副作用は 少ないとされています。通常の抗がん剤に比較すれば副作用は大幅に少ないようです。

荒田

がんワクチンで,がんが完治した例はあるのでしょうか。

平岡

学問的に証明された完治例はないと思います。健康食品がある病気に効いたというようなニュースと同列の話としてはがんワクチンで完治したとの事例もあるのでしようが,科学的に証明されたもので はありません。

もともとがんワクチンと称されるものが使用されるのは,転移がん,手術後の転移防止薬としての例が多いようです。現在臨床試験中のペプチドワクチンでどういう結果がでるか興味がもたれます。

がん治療の方法としては現在,手術,抗がん剤使用,放射線(重粒子線などを含む)が使用されていますが,がんワクチンはまだ正式にこの段階に入っていません(がんワクチンの効果は完治ではなく延命効果の期待とされているようです)。

荒田

対象は,どのがんでもよいのでしょうか?

平岡

対象はすべてのがんが考えられますが,発生したがんの臓器によってその抗原(たんぱく質,ペプチド,多糖類などの目印)が異なりますので,それぞれ違ったワクチンを作る必要があります。例えば,胃がんなどでは異なった種類がいくつかありますので,それに合わせた抗原を使用して作ったワクチンが必要になるでしょう。従って がんワクチンは “テーラーメイド医薬” といっても過言ではないと思います。

荒田

まとめに,がん治療の将来について,創薬に長年携わってこられた立場からコメントをいただけませんか。

平岡

20世紀半ば以降,がんの治療に抗がん剤が使用されるようになってから長い時間が経過しました。1970年代には,20世紀の終わりまでにはがん治療の特効薬が開発されるであろうと多くの専門家が予想しましたが,この予想は見事にはずれました。

私は “がんの特効薬” は永遠に出現しないと思っています。しかし,数種類の薬を併用すればかなり効果が高い薬が開発される可能性はあると思います(現在でも「カクテル療法」と称して医師の判断で 2,3 種類の抗がん剤が併用使用されています)。それでも,第一に取るべきがん治療は外科手術です。

普通の病気は一つの原因で一種類の病気に至ります。例えば結核菌に感染し,体内で増殖すれば肺結核,膵臓からのインシュリンの供給が悪くなるとⅠ型糖尿病になります。

ところが,がんでは過度の紫外線,生体内で発生する活性酸素,喫煙,発がん物質の長期摂取,自らの体内にある性ホルモン,加齢など複数の原因でがんという一つの病気が発生してきます。20世紀の後半になって分子生物学の発展により現在までに,発がん遺伝子は100個以上,がん抑制遺伝子は数10個見つかっています。実験的には,ヒトの細胞では少なくとも3種類以上の遺伝子が変異しなければがんにはならないとされています。1つの遺伝子異常では細胞が無限増殖するがんは生じないのです。実際にはがん細胞では通常,数十から 百数十の遺伝子異常が検出されています。これらを総合的に考慮すると1つの薬でがんを退治することの困難さが理解されると思います。

日本では中曽根内閣の昭和59年(1984年)に「対がん10ケ年総合戦略」が開始されました。この第一次「対がん10ケ年総合戦略」に続いて,第二次は平成6年(1994年),第三次は平成16年(2004年)に始まり現在も続いています。すなわち約30年にわたり続いていることになります。

アメリカでもニクソン大統領が1971年に 「がん戦争宣言」を発し「国家がん法」の制定をして以来長い努力を続けています。世界でこれだけ長期間の「がんとの戦争」を続けながら終末は見えないのです。

荒田

以前,『がんとがん医療に関する23話 がん細胞の振る舞いからがんを考える』(薬事日報社,2009)を執筆していた折,雑誌Fortune に掲載された記事「がんとの闘いにアメリカが破れ続けているのは何故か」(Why we’re losing the war on cancer [and how to win it] (2004))を目にしました。Fortune のこの記事は,ニクソン大統領の提言に始まったアメリカ のがん対策研究を痛烈に批判するレポートとして日本でも話題になりました。

a0181566_21284148.jpg


この記事には,

1)2000億ドルは,15万855件の実験結果を生み出し,NatureScience などの評価の高い国際誌を含めて156万編の論文の発表に繋がったが,

2)研究の 80% 以上がマウスのほか,ショウジョウバエ,線虫を使ったものであり,人のがん医療に関する成果は,お話にならないほど少ない

と指摘されています。

この記事の題名は,正確には,「アメリカはがんとの闘いに 破れ続けているのは何故か」に続いて 「それではがんを克服するには今後どうすべきか」とあり,今後の研究にあたって国はどのような方針をとるべきかに関する建設的なコメントが4ページにわたって掲載されています。そこでは,“失敗の原因は,膨大な動物実験に基づく分子生物学的研究の方針自体である”と結論されています。つまり,Fortune の記事のタイトルは,正確には「分子生物学を中心に置く研究に巨額資金を投じたアメリカの国家プロジェクトが,がんとの闘いには破れ続けているのは何故か」(下線は筆者)と読むべきだと思います。

平岡

念のために付け加えておきますが,アメリカではこの巨大プロジェクトの発足以来,ヒトのがんの臨床と治療について,世界をリードする研究が着々と行われていることもまた確かです。

私は,京都大学山中教授の発見した iPS 細胞のような驚天動地の発見が,がん領域でも起こらない限りがんとの戦争は終結しないと考えています。これに関連して以下の2つのことが私には重要と思われます。

すなわち

(1)がん幹細胞を選択的にたたく方法の開発,

(2)Nature の随筆的文章の中の「がんについては進化論的にも考察する必要があるのではないか」との文章への考慮です。

「がん細胞は多様で生存競争も激しく、がんを進化生物学的にとらえることには利点があるかもしれない」(Nature, 454, 1046, 28 Aug. 2008)でした。

がんを進化論的に考察する場合には進化の過程でのウイルスの動態に注目する必要がありそうです。生命の発生起源はRNA ウイルスで。その後より安定な DNA ウイルスが生じそれらが生命体の発生・進化に貢献したと推定されています。

ウイルスではそのDNA,RNA がいとも簡単に生物細胞の DNA,RNA の中に入り込み,それを利用して自分自身を増殖させてゆきます。そしてある種のウイルスに感染すると,動物細胞ががんになることも知られています。

Weinberg らの研究によりヒト細胞に3つの遺伝子を導入すると, がんが発生することが発見されました。(Nature400, 464, 29 July 1999)。この事実から推察するとがん細胞に或る複数の遺伝子を導入すればがんが消える可能性があると私は思っています。しかしヒトでの遺伝子治療研究が数年前ぐらいまでは非常に注目されましたが途中で不幸にもその過程で血液がんが発生したため,これらの研究は現在下火になっています。

私は遺伝子治療で偶然にもがんが発生するのであれば,逆に遺伝子治療(導入)によりがんの根治が可能と考えています。しかし残念ながら現在人間の細胞内に遺伝子を効率よく導入する手段としてはウイルスを利用する以外に良い方法はないのです(効率が悪い方法は種々存在します)。さらに,このウイルス法を使用しても細胞内遺伝子の意図する場所に挿入することは現在は困難です。相同組み換えといって導入したい遺伝子と似た細胞内遺伝子配列の部分にアトランダムにしか入らないのです。しかし,どういう遺伝子を導入すればがん細胞が死滅する可能性があるかは現在全く知られていません。

山中教授は人間の遺伝子、約2万2千個の中から理研の林崎主任研究員のデータベースを使用してコンピュータにより約100個に絞り込み、その他の手段でこれを 24個 に縮め,最終的には実験を行い,iPS 細胞作製に必要な 4個 (山中因子とよばれています)を発見したといわれています。このコンピュータによる絞りこみにはついては山中教授は多くを語っていませんし,マスコミ も報道していません。 非公式な噂では自分自身でソフトウェアを開発して,それを利用したとの風評がありますが真偽のほどは不明です。

私見ですが,がん撲滅遺伝子発見にも この方法が可能か否かの検討が待たれます。

残念ながらこのNature の中の文章はこれ以上の解説は何もありません。私なりにコメントを付け加えるならば以下のようになります。

高等生物は進化の過程で或る細胞に異常が生じた場合は修復する機能が働くようになっています。しかしこの修復が不可能の場合は「アポトーシス(apoptosis)」という自殺遺伝子が働き細胞は死んで排除される仕組みになっています。がん細胞ではこの仕組みが働かないのです。原因としてはがん細胞が放出するある物質の作用など複数のものが考えられますが真相は不明です。

この原因がある生化学的一連の連続反応で起こる場合には,どこか1か所を阻害するか活性化するかによって修理が可能ですが,これが複数の原因で起こっている場合は対応が非常にむずかしくなります。実際のがんでは,この同時多発の複合原因によりアポトーシスが起こらないと推察されます。

ダーウィンの進化論では「強いものが勝ち残っていくのではなく,環境変化に順応できるものが生存競争の勝者となる」と解説されています。すなわち,がん細胞が生体内の変化に順応して何億年(?)の間に進化をとげて生き残る戦術を獲得してきたのであれば何か革命的アイディアをださない限り根本的解決は不可能であると私は考えます。

これは別の表現をすれば,神様の領域に踏み込むことを意味します。


つづく





by yojiarata | 2012-12-17 13:12 | Comments(0)

iPS細胞と創薬



「がんワクチン 現状と将来」に続いて,平岡博士にうかがいます。

荒田

iPS細胞を創薬に使う場合,どのような問題があるのでしょうか?

平岡

私は現在直接タッチしていないので詳細は不明ですが,アイディア次第で多くの使い道があると思います。 まだ研究が始まったばかりなのでどこに問題があるか認識している研究者は少ないのではないでしょうか。

問題点よりはその利点をあげてみます。例えば京都大学ではiPS 細胞からシート状の心筋組織をつくり不整脈の状態にすることに成功し,これに不整脈治療薬を加えると異常が消えることが確認されたとの結果がでています。

薬物の代謝研究の後期には,人間の肝細胞が必須です。過去には倫理的と法律面で入手が困難でしたがこの問題はiPS 細胞で解決されます。

ただ自分の会社内でiPS細胞を作るかあるいは大学から分与を受けるかの判断が難しいと思います。大学でのiPS 細胞の培養法は日々進歩しているのが現状ですので総合的判断が必要でしょう。京都大学が基本特許を有していますのでこれに対する考慮も必要です。

荒田

製薬企業として,日本,外国の取り組みはどのようなものですか。

平岡

困った質問です。理由は大きな製薬企業では国内外とも皆取り組んでいますが,その内容はトップシックレットとなっているからです。私がある程度知っていると仮定したとしても現在公表することはできないでしょう。

荒田

やはり,外国の製薬企業が先行しているのでしょうか

平岡

一般論でいえば,大学レベルの研究では日本がまだ優位に立ち,実用化では欧米などが先行しているのが現状です。製薬企業での創薬面での利用については,日本と外国では現在同等と推察しています。これは,スタート地点にたったばかりのためです。

iPS 細胞バンクの設立では日本では京都大学iPS細胞研究所が主体となり立ち上げ寸前ですが,アメリカでは国立衛生研究所(NIH)が iPS バンク設立について民間会社と受託生産の契約が成立したばかりとの情報があります。フランスでは iPS から作る大量の血液を供給するため官民合同の計画が進行中とのことです。

荒田

iPS 細胞と病気の治療に,過度の期待がかかっているような気がするのですが,実際はどうなのでしょうか。異物が体内に入るのですから,人間に備わっている免疫系との関連はどうなのでしょうか。世間では過度の期待をしているように見えますが。

平岡

私は過度の期待とは思っていません。iPS 細胞の今後の人類への貢献は多大と推察されます。山中教授はノーベル賞を2回 もらってもおかしくないぐらいだと私自身は評価しています。

ご質問の免疫系での拒絶反応については,山中教授は当然考慮してiPS細胞バンクを立ち上げ中です。人から人へ細胞を移植すれば血液中の白血球の型HLA(Human Leukocyte Antigen,ヒト白血球型抗原)の型の違いから拒絶反応が起こります。しかし拒絶反応が起こりにくい特殊なHLA のタイプを有する人が数百人から数万人に一人の割合で存在することが知られています。このような人から種々の細胞の供与を受け,それをもとにiPS細胞を作製しバンク化する予定となっているようです。山中教授はまず京大病院で過去にHLA 検査を受けた人から検討するほか,公募も考えておられるとのことです。

iPS細胞を患者本人の細胞から作ると,勿論拒絶反応はありませんが 数百万円 の費用と数か月の時間がかかるといわれています。しかし遠い将来ではこれを喜んで受け入れる患者と作製請負会社がでてくる可能性があります。これがほんとの “テーラーメイド治療” ではないでしょうか。

過度の期待といえば,人々が近いうちに iPS 細胞治療が受けられると思っているのだとすれば,それは誤りです。来年には目におこる加齢黄斑変性患者へのiPS 細胞治療のための治験申請が厚生労働省へ行われる予定となっていますが,実際に一般患者への使用は少なくとも 5-10 年先を考えなければなりません。


つづく

by yojiarata | 2012-12-14 20:30 | Comments(0)

日本の製薬業界における人材の育成について



荒田

製薬会社ではこれからも,優秀な人材を確保していかねばならないと思いますが,会社のほうで考えておられる優秀な人材とはどのような人々ですか?

平岡

企業の研究者としては自分の研究結果を正しく英語で書ける能力さえあれば秀才である必要はありません。くだけた表現をすれば企業はエジソン型の人を望んでおり,アインシュタイン型の人物を求めている訳ではありません。研究所以外の部署でも学校秀才の半分は落第だと判断されるでしょう。昔から「運,鈍,根」が重要だと言われますが,私はこれに「想,転,勇」を付け加えたいと思います。すなわち,「アイディア,ダメな場合の転換,勇気」です。勿論学校で優秀で目立った人でも,企業ではその才能を生かせず,つまらない人生を送った人が少なくないのはご存じの通りです。

荒田

日本,外国の製薬企業では,ポスドクをどのように活用するお考えでしょうか。

平岡

現在,日本の研究費(研究助成金)は実験機器だけでなくポストドク採用の費用への使用も許されているはずです。問題は優秀な外国人は日本にポスドクとして来ないのが現状です。日本人の場合にも,博士課程を修了した後,良いポジションがないので仕方がなくポスドクになっているのが現状ではないでしょうか。

日本の製薬企業の研究所では,日本がアジアの小国ですので,1-2年は武者修行(将来の良い研究をするための見聞を広める)として外国でのポスドク生活を体験することが必要と考えています。そのため,私が現役の頃は最高の人材を求めるため,日本の大学の大学院を卒業して外国でポスドクをしている人を最優先で採用していました(勿論この条件に合う人は少ないですが)。

現在の研究所ではポスドクとしての経験が無くても自社の外国・子会社研究所でしばらく勤務することが可能になってきていますので事情は変わりつつあると思います。

外国の研究所では研究員の何%かは入社時にすでにポスドクを経験していますし,また自分で会社を変わることが頻繁に行われているので,会社としてポスドクを推奨するところは無いと思います。

荒田

女性の研究者の進出が目覚ましいのですが,好むと,好まざるにかかわらず,出産,子育てという自然現象とのかかわりを,企業としてどのように考えておられるのでしょうか。

平岡

企業はすでに企業にとって必要とする女性社員はウエルカムと割り切っていると思います。従って政府による保育園などの充実が非常に望まれています。自社の建物内に保育園を併設している会社もあるくらいです。国際化の世の中ですから,今以上の女性の進出をはかっていかなければ日本は後進国とみなされます。外国では1か月単位の休暇とか7年に1度のサバティカルイヤーもある訳ですから女性が出産で3-6か月休暇をとっても毎年連続ではありませんので何ら支障はないはずです(ただし大企業と一部の中小企業のみ)。

荒田

この対話のために貴重な時間を割いていただき,誠に有難うございました。





by yojiarata | 2012-12-14 20:00 | Comments(0)

日本の科学技術政策とポスドク



荒田

このブログでは,さまざまな分野で研究活動をしておられる友人,同僚,先輩の方々との対談を掲載してきました。今回は,大阪大学蛋白質研究所・特任研究員・小林直宏博士にお願いしました。

はじめに,簡単な略歴をお願いします。

小林

筑波大学の生物資源学類,応用生物化学を卒業して博士号を1996年に取得しました。学振PD(※1),出身研究室で助手を務め,その後 ケンブリッジ大学に 3年半 滞在しました。帰国後は理研のタンパク 3000 で 7年間勤めた後,1年近く電気化学デバイス研究開発のベンチャーに加わりました。2009年に突然の不況で給与が支払われなくなりました。慌てて職探しとなり,阪大蛋白研に採用していただき現在に至っています。PI (※2) になったことはないので ポスドク 16年 を経験していることになります。

※1: 学術振興会特別研究員 PD
※2: Principal Investigator, 研究グループ主催者,責任者

荒田

欧米の先進諸国では,サイエンスの中核を担うのはポスドク (博士研究員)です。博士号を取得した若い研究者(20歳代)が,その実績をもとに,希望する研究室のボスと連絡し,セミナーあるいはインタビューを受け,合格となると,1年から 2年の契約で研究室の仕事をします。

私も,スタンフォード大学の研究室にいた1970年代のはじめ,インタビューに同席し,自由気ままに質問やディスカッションをしました。後でボスが私に,君なら採用するか?と意見を求めましたので,私だったらノーだと答えました。結局,彼の人は不採用になりました。

よい仕事をしたポスドクたちは,20歳代後半で,どこかの大学で,職(任期付)を得,その後,猛烈な勢いで自分の研究に打ち込みます。一人前の研究者として認められるため,サイエンティストたちが人生で最もエネルギーを注入する時期です。成果を広く認められた優秀な人は,30歳代で教授になります。大きな研究費を獲得し,大勢のポスドクをかかえて大々的に発展します。

小林

Cambridge 大学に在籍中も同じようなことを感じました。ポスドク採用のために自分が雇用しているポスドクから意見を聞くなど,雰囲気はオープンでした。日本ではありえない光景ではありましたが,それほど昔から変わっていないとは驚きです。

荒田

28-29歳で博士号を取得した大学院学生の進路は多様です。研究室でそのまま助手(現在は助教とよばれています)に採用される学生もいれば,民間企業に就職する学生もいます。現在では,多くの学生が国内外の研究室で博士研究員(ポスドク)になります。

日本でいうポスドクは,西欧先進国のそれとはまったく異なっています。

私の個人的な意見ですが,日本の研究制度の源流は,100年以上も前にドイツから導入された“講座制” にあります。講座制の下では,研究グループのボスが組織の頂点に君臨し,その下に,助教授,講師,助手などが教授の “お手伝いさん” として働いています。上官の命令に絶対服従する “兵隊さん” といってもよいと思います。

まず,私自身の経験からはじめます。

今から 50年以上も前のことになりますが,薬学科を卒業した私は,ある製薬会社の研究所に勤務することになりました。研究所と名乗るからには,何か新しいものを求める“哲学”がある,大げさにいえば,intelligence を深めるものがあるに違いないと考えていました。

私の考えは浅はかでした。最初に言い渡されたのは,n-ブタノール から 1キログラム の n-ブチルブロマイドを合成することでした。否応なしでした。これでは話に聞いた軍隊と同じではないか,私は自分の状況判断の甘かったことを反省しつつ,お土産に1キログラムの n-ブチルブロマイド を残して会社を辞めました。今から思うと,製薬会社のみならず,日本の研究活動は世界から大きく取り残されていました。

小林

研究所を名乗る民間拠点は日本にたくさんありますね。ベンチャーでの仕事はほんの1年で したが,化学系製造業で量産に必要な精製工程,副産物の含量,安全性,毒性についての管理,大型プラント設計,輸出に関する問題,知的財産権の問題などかなり色々なことを学びました。ベンチャーは大企業と違って哲学がなければ生き残れないと思います。大企業の研究所は50年も前にそのように思われていたというのは衝撃的ですが,企業でもアカデミックでも哲学がなければ駄目なように私は思います。

荒田

1971年,私はスタンフォード大学メディカルセンターの薬理学教室を主宰する Oleg Jardetzky 教授の研究室で仕事をすることになりました。私は日本では,理学部化学教室の助教授をしていました。すでに齢 36になっていました。

若い助手諸君が外国に渡りましたので,助教授の私が職員としては一人だけ残ったのです。助手であろうと,助教授であろうと,教授の雑用と一手に引き受けて “お守り” をする人間が必要だからです。例えば,装置の水冷に使うクーリングタワーの発注から,何から何までを一切含めて走り回っていました。36歳 の助教授が “音もなく走り回っている” といたく満足な心境を年長さんの大学院学生に洩らされたと聞いたときは何とも複雑な気分でした。

スタンフォードでの身分はポスドクでした。スタンフォード大学医学部・客員助教授という珍妙な称号を Oleg が教授会に提案して認められました。36歳のポスドク はちょっと変だと考えた Oleg の“変化球”でした。

それからしばらく後のことですが,Oleg が日本の学会にやってきたときのことです。Oleg は,目に留まったある若者(大学院学生)について,なかなか優秀な学生と見受けたが,これからどうするのかと私に聞きました。企業に就職すると聞いていると答えた 私に,それは残念だ,

Waste of intelligence

といいました。日本の企業の内実にも通じている Oleg の言葉にハッとしました。

小林

Jardetzky 教授のおっしゃる Waste of intelligence の気持ちは分かりますが,大学院は一握りの優秀な学生のためだけにあるとは考えたくはありません。どちらかというと私は優秀な方に含まれていたとは思っていません。最近は一握りの優秀な(あるいは幸運な?)卒業生以外生き残れないかもしれないという,とくに博士課程に危機的なものを感じております。

いくつか原因を考えて見ますと、まず第1に,大学院学生数の減少があげられます。少子化,景気悪化,就職率の低下が原因だと思います。第2に継続的な運営費削減です。第3の問題は任期なし雇用数の減少です。さらにゆとり教育による学生の教育レベルの低下も今後問題となるでしょう。これらの問題はたがいに関係していて,総じて学生の質的,数的低下を もたらしています。

学生を労働力として考えるという大学院研究室の従来的考え方にも問題がありましたが,それが近年では学生数とレベルの低下と運営費削減が強烈かつ確実に大学研究室にダメージを与えて続けています。

話は逸れてしまうかもしれませんが,博士課程,研究者に変わっている人が多いのは事実です,凡人では実現し得ない発想を持ちうる能力とそれらの性質に強い相関を感じます。現在の不況と合わせて考えると民間が彼らの採用に消極的なのは無理もない話しです。

政策として女性と高齢者の雇用を一定割合にする努力を企業に求めていますが,これらは弱者救済の意味ばかりでなく働けるなら働いてもらおう,という経済効果も期待していると思います。非現実的なアイディアかもしれませんが、同様にして博士号取得者を強制的に大企業に雇用させることを法制化するのはどうかと個人的に思っております。つぶれまいとして企業も博士職員を何とか使いこなそうと努力するでしょうし,教授が独占したい有能なポスドクを民間と取り合いになる健全な均衡が出来れば結構うまくいくかもしれません。

どこから解決していいか分からないくらい問題が山積していますが,要は任期なし職員数を増やすというのは今後期待できないので,給与も研究費も全て委任するという欧米的な小さい研究グループを増やしてはどうでしょうか。研究へのモティベーションと将来への不安は拮抗する問題なので,ここに研究者業界としての健全な均衡をつくる必要があると思うのです。

以下の4点は全て私の理想論です。

1) 年齢,性別,国籍,学歴問わず公正な公募
2) 転居支援,事務手続き効率化
3) 大学院生,教員との対等な立場での議論(敬語の廃止かあるいは英語のみ)
4) 単純な評価主義に徹して,無理な雇用継続をしない

いきなり実現されると自分もポジションが早速取れなくなるかもしれませんね。

大企業もベンチャーも昨今の日本経済の低迷で非常に苦しい状況だと思います。その一方,アカデミックでは,運営費削減と少子化の影響で安定な職を得ることは大変難しくなっております。中には35歳で教授にまでなる優秀な方もいますが任期制職員を続ける方が多いと思います。

先生が学生であった時代から比べると,講座制は廃止され,研究者,教職員の任期制が導入されたこと,博士号取得者が大きく増加したことにより,博士取得後のキャリアパスには大きな違いができたことは明らかでしょう。女性の大学院生,技術者や研究者も増えました。さらに最近の特徴としてポジションの平行移動が大変目立ちます。ポスドクからポスドクへ,助教から助教へ,準教授から準教授へ。テニュア制の導入も最近は見られますが,研究者の流動化を目的として導入されたはずの任期制と不合理な状態に仕上がっているように見えます。ごく最近可決された労働契約法の改正がポスドクにとって不利な方向に動けば,研究者の流動性の硬化をさらに進めてしまうでしょう。

欧米では非常に研究者の流動性が高く,異動に掛かるコストが低いように感じます。引越し代の安さ,事務手続きの簡便さなど転出に関するバリアが低いことが理由でしょうか?日本における研究者流動性の硬化は,競争率が高い教職員の公募に関しても内部候補者が有利になってしまうなどの傾向をより強めてしまうかもしれません。このような状態では博士課程や大学院の存在意義そのものが危うくなるのではないかとおそれているわけです。

加えて,ここ数年で特に気になるのは教職員の仕事量が尋常ではないことです。論文執筆,予算申請と報告書作成,論文審査などの担当,複数大学の客員兼任は当たり前で,どの教職員も兼務の嵐です。これも運営費削減の影響なのでしょうか?教員業務の質的低下が懸念されます。

荒田

講座制のシステムでは,これは必然の結果だと思います。ボスが,あれこれ考えた雑用を,部下の “兵隊さん” に押し付けるのが,長年の習慣でした。

アメリカ,ヨーロッパのポスドクの場合には,仕事は研究専心で,雑用係などということはあり得ません。ボスは,よい仕事をしてもらうためにポスドクを雇用するからです。

これまでの議論を具体的に理解していただくには,日本に100年以上に亘って亡霊のように根付いている講座制について語らねばなりません。

昭和 22(1947)年 3月31日に制定された学校教育法・法律第26号によりますと,助教授は教授を助けることを職務とすると明記されています。私自身についていえば,1969年,講師から助教授に昇任したとき,教授から,“あなたの役割は私を助けること” ですと,釘を刺された記憶があります。普通の社会生活では,法律の条文にあるとはいえ,こんなことは恥ずかしくていえないものですが,そこが講座制のボスのボスたる所以でしょう。

ちなみに,平成19(2007)年6月27日,学校教育法・7法律第98号が改正され,助教授が准教授へ,助手が助教と変更されましたが,実体はこれまでと何も変わっていません。この法改正によると,准教授は,教授と独立であると書かれていますが,現実問題としては。研究費の点などを含め,准教授は助教授と何の変わりもないのが現実です。

地下の奥底に亡者のように生息する講座制は,学校教育法が変わろうが,どうしようが,良くも悪くも日本のサイエンスに今も暗い影を落としています。

荒田

これまでに述べた私のコメントを念頭に置いて,日本のサイエンスにおけるポスドクの問題,intelligence の確保など,今後世界と闘うための要件についてまとめてみたいと思います。

ポイントは次の2点です。

1) 講座制を精神的基盤とする現在の日本の研究室では,教授以外は,すべてボスの支配下に丸め込まれ,雑用などすべての負担が降りかかってきます。アメリカ,ヨーロッパなら当然研究に集中し,ポストクの業績が研究室の業績に直結します。

2) ドイツ以来の講座制を精神的な支柱とする現在のシステムが変わらない限り,何も変わらないでしょう。それには,研究費の申請など,根本的な発想の転換が無い限り,つまり研究システムが柔軟にならない限り,ポスドクが動かす研究体制の実現は日本では絶望的です。

西欧先進諸国から見ると,サイエンスに関する限り,日本はお金があるが “変な国” とみられている節があります。何だか巨大なプロジェクトがいつの間にか立ち上がっていて,一体どのようにして決まったのか,不明であると思われています。これは,外国の多くの友人に聞いた結果です。

一言でいうと,わが日本には,サイエンスの最も基本であるピュア・レビューのシステムが根付いていないのです。これらの状況は,長年延々と続いてきた講座制の亡霊がもたらしたものです。この点は,拙書『日本の科学行政を問う 科学技術総合会議と官僚』(薬事日報社,2010年)で徹底的に議論しました。

a0181566_14335346.jpg

日本の科学行政を問う


小林

荒田先生には現在,博士号を所得した研究者を取り巻いている状況全般についてお考え頂くことを切に望む次第です。これらの研究者は “日本の宝” であり,彼らの将来を考えることはまさに今後全世界規模でサイエンスをどう戦っていくかを考える場合の基本的な問題といえるでしょう。これらの問題を乗り越えれば,将来,日本の科学技術は抜きん出て発展できるのではないかと期待しています。

荒田

先月の11月3日(土曜日,朝日新聞朝刊)に「iPS 細胞 行程表更新 文科省」なる記事が掲載されています。山中伸弥博士を総合科学技術会議に招き,意見を聴く会であったようです。


以下,新聞記事の引用:

*****************************

山中博士は,日本の研究機関に,欧米のように研究者を支援する技術員や知的財産の専門家らもそろった体制の整備などをもとめた。(意味がいささか不明瞭(筆者注)

これに対し,野田佳彦首相は,iPS 細胞の実用化を進めるため ① 薬事法改正を含む安全規制での基準整備,倫理面での検討の加速,② 大学など研究環境の大胆な改革 ③ 若手研究者の育成に向けた研究費の改革を関係各省に指示。「iPS 細胞に続く新たなイノベーションを幅広い分野で生み出してほしい」とのべた。

終了後,会見した前原誠司・科学技術政策担当相によると,② や ③ の狙いは,研究者の身分を安定させて研究に先進してもらうことや,出身大学などで評価が左右されない仕組みをつくって独創的な研究者を見つけることという。

******************************


これには驚きました。どうせ,頭のよい官僚たちの書いた文章の丸読みでしょうが,一国の科学技術政策担当相の言葉とは思えません。

小林

山中先生の主張は政策サイドにポジティブに捉えてもらえているのでしょうが,適切にとは思えないので確かに心配です。この不況時に安定な雇用は無理な話で,任期なし雇用を少しくらい増やすくらいでは焼け石に水ではないでしょうか?

それよりも任期制で全国を5年おきに異動しても問題がないような研究者社会に変えていくほうが良いのではないでしょうか?任期が終わりに近づいてもそれなりの業績があっても公募がない,採用もされないリスクを考えると動きようがない。流動性硬化にますます拍車が掛かります。

雑用を下に回すというのはグループの階層性が作り出すものと思われますが,雇用者/被雇用者の関係でなく PI はグループをまとめる人,他のメンバーは研究を実施する人などが理想だと思います。雑用は分担する,協力し合うのが英国で感じたスタイルでした。

ピア・レビューの導入もなぜ実現できないのでしょうか?これはだいぶ前から感じている疑問なのですが,ちょっとやそっとでは崩せない牙城のようなものなのですかね。このシステムが日本人には向かないとなると・・・日本人は科学に向かないという不思議な状態になります。ノーベル賞受賞者を多数輩出しているのにです。

先生の若かりし頃におけるキャリアに関する話をお聞きして,私の場合は特別でしょうが,日本の博士課程卒業者のキャリアパスは高齢化が進んでいるとしか思えません。上記の通り,なかなかポジションが見つからないので職位が変わらないまま研究拠点に居残っていたり,3-5年単位で移り歩く任期制職員が増えました。私もその一人です。そんな状況でなぜいつまでも研究を続けるのか?という疑問をもたれるでしょう。ある意味私には研究外の仕事が向いていない,というのも大きな理由です。

荒田

おっしゃることはよく理解できますが,ポスドクの高齢化という表現はあたっていないと思います。なにしろ,ポスドクなんて,もともと日本には存在していないのですから 。

日本のサイエンスの世界における閉塞感は,講座制に端を発する現在の日本の研究制度硬直化がもともとの原因だと思います。

どうすれば,何かが起こるのか?過去の亡霊を消し去った新しい研究のシステムが生まれてくるのを待つしかありません。しかし,総合科学技術会議の議論を見る限り,望みは限りなくゼロに近いと思います。

小林

ポスドクは存在していなかった・・・確かにおっしゃるとおりです。学問文化そのものが欧米と違うというのがそもそも誤解を生む原因だと思います。

総合科学技術会議の議論については私も同様に危機感を覚えます。戦後未曾有の不況下で,国民全体が科学技術開発に対してどのように期待をするか,という問題に対する答えとして考えますと,継続的な予算削減の事実は悲劇としかいいようがありません。無い袖は振れないという現実はありますが,小学校から大学院までの教育と科学技術開発研究のありかたを国民全体が真剣に考えなければならない時が来たと思います。放っておけば適当に予算がばら撒かれて無駄に使われてしまい,将来取り返しの付かない状態になるでしょう。




未完
by yojiarata | 2012-12-14 19:00 | Comments(0)