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解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅰ



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改定新版 平成23年11月23日

馬場宏博士から,改定新版が届きました。VI章,VII章が新しくなっています,改めてお読みいただければ

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これからしばらくの間,最近のさまざまな重要なトピックについて 『専門家に聞く』 と題する対談記事を非定期的に掲載する予定です。『小休止2』の欄に,その概要について書きました。

第一回目の今回は,原子力発電をさまざまな角度からみていきます。対談をお願いしたのは,馬場宏博士です。

馬場宏博士は,1958年東京大学理学部化学科卒,1958-1982年日本原子力研究所勤務,1982-1998年大阪大学理学部教授,現在,大阪大学名誉教授 です。



原子炉の成り立ちについて

荒田

はじめに,原子炉と原子力発電に仕組みを説明していただけませんか。

馬場

発電用原子炉の燃料棒は,UO2のペレット(1 cm × 1 cm ø)を 内径1 cm,長さ約4 mのジルカロイ合金のパイプに詰めた形状になっています。この燃料棒をさらに49本とか64本とかを正方形に束ねたものを燃料集合体とよびます。燃料棒を一列7本とか8本ずつ正方形に並べるため,49本 とか 64本で 1燃料集合体になります。100万キロワット級の発電炉では,1回に装荷するウラン燃料は100トンで,燃料集合体にして400本ほどが装填され,そのうちの30%程は1年で交換されます。

天然ウランには,核燃料となるウラン-235が0.7%しか含まれていません。核燃料にするには同位体濃縮をする必要がありますが,日本ではウラン濃縮の技術が確立していませんから,外国からUO2またはU3O8の形で輸入しています。輸入先は主にアメリカとフランスで,そのうちアメリカからの分が70%程です。

発電は,核分裂によって発生する熱を水蒸気の形で取り出し,タービンを回すことによって行います。発生した電気は,蓄電せずにそのまま消費地に送電して使い切ります。

水素爆発が起きるメカニズムについて

荒田

福島第一原発の事故では,水素爆発が最初の引き金になったと理解していますが,水素爆発はどのようなメカニズムで起きるのでしょうか。

馬場

炉心の冷却機能が失われると冷却水が失われ,燃料棒の上部が大気中に露出するようになります。その結果,燃料の被覆材中のジルコニウムが,700 ℃以上で水蒸気と接触して還元作用により水素を発生します。この水素が大気中の酸素と混じって,混合比が体積で8.89 − 71.2%の範囲に入ると水素爆発を起こします。ただし,ガスの温度が室温の場合には爆発は起こりません。

それと並行して,炉心を包む圧力容器の中に水蒸気が蓄積されて圧力が上昇し,圧力容器の耐圧限度を超えると水蒸気爆発が起こり,圧力容器が破壊されます。これに対して,チェルノブイリ原発の事故は,核分裂の暴走によるものでした。

新聞の報道によると,福島第一原発では,圧力容器に冷却管から分岐したベント管は一旦格納容器下部の圧力調整室のなかにガスを放出した後,そこからさらに別のベント管によって原子炉建屋の外へガスを放出するようになっています。1号機と3号機では,最初の地震の際に,この第二のベント管が建屋内の箇所で破壊されたために,建屋内に大量の水素ガスが水蒸気と共に漏れ出したために水素爆発が起こり,一方2号機では窒素ガスを満たしてあったはずの格納容器が最初の揺れによって漏れを生じ,空気が入り込んでしまったために,格納容器内で水素爆発が起こったと考えられます。

予防措置としては,格納容器の中の空気を窒素ガスと置換することしか行われていないようですが,今回の事故では役にたちませんでした。私は,格納容器の内部の圧を下げるためのベント管の出口に,水素と酸素を結合させる水素再結合器を設置することで水素爆発が防げると考えます。また,建屋からの出口には,放射能除去フィルターを付けることは勿論です。

メルトダウンについて

荒田

メルトダウンが起きたということですが,そもそも,メルトダウンというのは,どのような現象ですか。

馬場

原子炉の冷却機能が失われ,温度が上昇して1600 ℃に達すると被覆管が溶けてUO2のペレットが直接冷却水と接触し,ペレットの一部は崩れると思われます。温度がさらに上昇して2800 ℃に達するとUO2のペレットが溶融して炉心が崩壊し,溶融したUO2は圧力容器の底にたまり,圧力容器の底を侵食して,やがては底を突き破って外に漏れるようになります。

一旦この侵食が始まると止めどがなく地球の内部に向かって,どんどん侵食が進み,やがては地球の裏側にまで達すると誇張した表現がされ,これをチャイナ・シンドロームとよんでいます。もともとは,1979年制作のアメリカ映画・チャイナ・シンドローム(原題:The China Syndrome)に由来します。アメリカでは,30年以上も前から原子炉のメルトダウンが心配されていたのです。

一口にメルトダウンといっても,どの段階を指すのか,人によってイメージするところが異なっています。

今回の事故では,核燃料の溶融が起こって容器の底に溜まり,底に積み上がっている状態で,厚さ 16 cm の鋼鉄製の圧力容器の底が抜けるところまではいっていないはずですが,下から制御棒を挿入しているノズル状の溶接部分が熱に弱いために破れ,溶融した燃料の一部が格納容器の底に落ちているのは確実と思われます。

そして,外側は冷却されて固体に戻っていますが,中心部は冷却されず,溶融状態のままでいると懸念されています。

しかし,冷却機能が失われたとはいえ,果たして炉心全体の温度が2800 ℃にまで上がるものだろうかという疑問を持っている人もいます。かくいう私もその一人です。スリーマイル事故の時も一部炉心溶融があったことが分かりましたが,今回も溶融は一部に留まり,残りは溶融以前に形を失って崩れ落ちた可能性が高いと思っています。

予防措置はとにかく冷却し続ける以外にありません。今回の事故では,運転中であった3基の原子炉はいずれも,最初の地震と同時に無事停止しました。しかし数々の欠陥,不手際があって冷却機能が失われたことが致命傷となって,メルトダウンにまで進んでしまいました。私なりに考えた冷却機能維持のための方策を以下に記します。

1) 圧力容器に制御棒を下から挿入する型の沸騰水型原子炉 (BWR) については,格納容器並びに原子炉建屋を二重にする。

2) 新設の原子炉はすべて加圧水型原子炉 (PWR) に限ることとし,現行のBWRは老朽化の進んだものから順次 PWR に置き換えるものとする。

3) 外部電源の供給は複数経路,できれば3系統とし,非常用予備電源,モーター類は原子炉建屋内もしくはそれと同等の強度を有する建屋内に収納するか高台に建てた建造物に収容する。

4) 毎月1回モーターの燃料充填状況をチェックし,試運転を行う。

5) 電気回線ケーブル,冷却水の配管はすべて共同溝方式とする。

6) 一次冷却水系の配管の耐震強度を補強するとともに,予備のポンプを備え,万一の場合は,容易に交換が可能な構造とする。

7) 使用済み核燃料貯蔵プールに亀裂が入り冷却水が失われた場合に備え,補修のためのロボット機器の開発を急ぐ。
 
8) 使用済み核燃料の中間貯蔵施設を建設し,現在各原子炉に保管している使用済み燃料の大半をそちらに移す。
 
9) 水素爆発を防ぐために,ベント管の途中に水素を酸素と結合させる水素再結合装置を備えるとともに,放射能フィルターを排気口に取り付ける。

10) 核発電所ごとに地盤診断をやり直し,予想される震災に対する施設の強化策を策定し,実施する。

11)東海,東南海,南海大地震に伴う津波が予想される地域の原発サイトには海面より高さ15メートルの堤防,それ以外の地域では,海面より8メートルの高さの堤防を築く。堤防には,東日本大震災を参考に十分な強度をもたせる。

これだけの対策を講じれば,今回の東日本大震災を凌ぐ規模の災害が襲ってきても,原子力発電所の安全性は保たれると思われますし,地元自治体、住民の理解も得られやすくなるでしょう。

発電機については,原子炉建家の隣のタービン建家の中に設置されていますので,メルトダウンの影響は受けません。


つづく

by yojiarata | 2011-11-23 18:09 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅱ


放射線の種類

荒田

放射線について,分類して説明していただけませんか。

馬場

主たる放射線には,アルファ線,ベータ線,ガンマ線,X線,中性子線があります。α 線は裸のHe−4の高速の流れ,β 線は高速電子の流れ,γ 線とX 線は波長の短い電磁波,そして中性子線は中性子の流れで,エネルギーの低い熱中性子から高速中性子まであります。

通常,核燃料から放出される放射線は,β 線とγ 線ですが,燃料棒に含まれるα放射性核種が漏れてくるとα線も検出されることになります。また運転中の核燃料からは中性子が放出されます。中性子は運転が停止されて核分裂が止まっても,遅れて飛び出す遅延中性子が残ります。

X線は,空孔になった内側の軌道に電子が落ち込むときに放出される軌道遷移電磁波で,最内殻のK殻に電子が落ち込む際に放出されるKX 線は元素の同定に使われます。また重い元素では,次のL 殻への遷移に伴う LX 線も元素の同定に用いられることがあります。


放射線の検出と測定法


放射能の検出・測定には,主として放射線の電離作用を利用するもの,蛍光作用を利用するもの,反跳作用を利用するもの,写真フィルムの感光作用を利用するするものなどがあります。また,特殊な例としては,石英の薄膜を使って,核分裂片の飛跡の数を数えるフイッション・トラック法があります。

電離作用を利用する検出器としては,GMカウンター,プロポーショナル・カウンター,α カウンターがあります。これらのカウンターは放射線の数を数えるのに用いられ,空間線量や表面汚染状態を調べるモニター類,個人被曝を量るポケット・チェンバーなどがあります。

蛍光作用を利用するものとしては,ガンマ線やX線検出用のNaI (Tl) 検出器が最もポピュラーで,この検出器は数を数えるだけでなく,そのエネルギー・スペクトルを測定することができます。

しかし,シンチレーション検出器はエネルギー分解能が低いため,核分裂生成物のように多種の放射性核種が含まれている試料では核種分析は不可能です。

それに変わって登場したのが,Ge (Li) 半導体検出器に代表される電離作用を利用する放射線検出器です。Ge (Li) 以外にもα線検出用の表面障壁型のSi検出器が活躍しています。半導体検出器はエネルギー分解能に優れており,得られたエネルギー・スペクトルと繰り返し測定の経時変化とから核種の同定が精度良く行うことが可能です。

中性子は電荷を持たないため,電離作用を起こさず,蛍光も発しません。中性子の測定には,中性子とB-10との核反応

     10B + n  → 7Li + α

によって生成するα 線の電離作用するBF3カウンターが用いられます。

最後に感光作用を利用する検出器として,フィルム・バッジがあり,これはポケット・チェンバーがリアルタイムの被曝線量を測定するのに対して,個人被曝の積算量を測定するのに用いられます。

福島県内の学校や村民に配られているのは簡易型のGM サーベイメーターで,係数管内に入ってくる放射線の数しか測れませんが,測っている放射能がセシウム-137だけだと仮定すれば,近似的にシーベルトも測れます。


シーベルト,ベクレルとは何か

荒田

新聞,テレビなどの報道では,シーベルト,ベクレルが,何の説明も無く使われています。分かりやすく説明していただけませんか。

馬場

ベクレルとは1秒間当たりに壊れる放射性原子の数にほかなりません。それに対して,シーベルトは,原子が壊れる際に放射線が持ち出す運動エネルギーの総量を表す数値です。

放射能が1種類に限られていれば,放出放射線の種類と1崩壊あたりに放出されるエネルギーからシーベルトとベクレルとの間の換算を行うことができます。

エネルギーの流れとしてみたときの放射線は,グレイ(Gy)という単位で表されます。1 Gy は1 kg当たり 1 ジュール (J) のエネルギーを運ぶ線量のことです。

この放射線が相手に与える効果は,放射線の種類によって違ってきます。この違いを考慮にいれた実効線量がシーベルト (Sv) で,線量当量率とよばれています。Sv と Gy との間には
  
(1)     1 Gy = (1 × WR)Sv

という関係があります。WR は放射線荷重係数とよばれ,β 線,γ 線の場合には1,中性子線の場合には,エネルギー領域に応じて5から20までの値を取ります。これに対して,α 線では20となります。

グレイと放射能の壊変数との関係は,J を MeV に換算して,

(2)     1 Gy = 6.25×1012 Ed (MeV/Kg)

ここで Edは放射性原子が1個壊れるときに出すエネルギー(壊変エネルギー,MeV)です。従って,1 ミリシーベルトに対応する壊変数は

(3)     A = 6.25×109/ (W REd)

で与えられることになります。このA という数値が,1年間に許容される被爆線量で,外部被爆線量を考える上での基準値を与えます。

核分裂生成物のうち測定の対象となるのは,I -131,Cs -134,Cs -137,ついで,Te -132,Sr -89,Sr -90,Ba -140,La -140,Zr -95,Nb -95,Mo -99などですが,これらは核分裂の際の生成率の大小と半減期の長さによります。半減期とはその放射能が半分になるまでの時間で,これが短い核種はすぐに消滅してしまい,測定にもかからず,影響力はありません。すなわち,検出限度以下になるということです。 

放射能の減衰は化学反応で言うところの一次反応で,その減衰速度は指数関数になります。そして反応速度定数に相当するのが壊変定数とよばれる物理量λで,これは半減期 T1/2

(4)     λ = ln 2/T1/2

という関係にあります。放射能の測定は,通常,最短で1分,最長で1日をかけて行われます。測定時間は試料の放射能の強さと半減期の長さを考慮して決められます。γ 線スペクトルの測定には,放射線強度だけを測定する場合よりも長い時間を要しますが,できるだけ測定中の放射能の減衰が無視できるように配慮します。通常は測定時間の中点を持って測定時としますが,減衰が無視できないと,経時変化を追っていくときに問題になります。放射能が弱くなるに連れて,統計を稼ぐために計測時間を長く取らねばならなくなります。そうすると,機械的に真ん中の時間を測定時とすると正しい半減期からずれてくることになります。そのために,測定時間にわたっての平均の dps 値を与える瞬間をもって測定時とします。


放射線による障害


これまで説明したように,私たちは日常生活の中で深く放射線,放射能と関わっています。一体どの位の放射線を浴びたら障害が現れるのかは,ある程度はっきりとした答えが得られています。それによれば,何らかの放射線障害が認められる被曝量の下限値は,100 mSv/年とされています。その障害とは,がんに因る死亡率が0.5%増加するというものです。日本人のがんによる死亡率は30%という統計が出ています。毎年,1000人の中300人が放射線以外の原因によってがんで死亡しているのですが,その1000人が100 mSvの放射線を1年間に浴びるとがんの死亡者が305人に増加するというものです。疫学的調査で,統計処理した結果がそうなると報告され,一般に認めれています。

基になったでーたは,広島,長崎の被爆者の追跡調査の結果であり,増加分の5人という数字には誤差が伴っているけれども,統計学的には有意の数字であるとされています。

国際放射線防護委員会は,これらのことを勘案して,一般人に対する年間許容線量を1 mSv/年と定めました。この基準は放射線障害が発現する危険性に対して100 倍の安全係数を見込んだ数値であり,この基準を守る限り,絶対安全であることを保証するものです。もし万一,この基準値の2倍の被曝を受けたとしても,この安全係数が100 から50 に減るだけで,安全性に変りがある訳ではありません。先日,4月8日付けの朝日朝刊にチェルノブイリ原発事故の際に汚染地域に留まって50 mSv(積算線量で,年間線量ではありません)を越える被曝を受けた人たちの間にセシウム‐137の影響を受けた健康被害は認められていないと報じられたこともこのことを裏付けています。

これで分かっていただけるように,放射能の世界は,2倍,3倍という倍数の世界ではなく,10倍,100倍という桁数の世界なのです。実際のところ,この安全係数が10 に下がったとしても,安全性は十分に保証されます。年間許容線量が0 mSv/年 と定められている我々職業人の間でも,この許容線量を守って仕事している限り,何らかの放射線障害を発症した例は報告されていません。


つづく

by yojiarata | 2011-11-23 17:54 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅲ



日常生活と放射能

荒田

これまで説明いただいた事柄のまとめとして,私たちの日常生活と放射能の係わりについてまとめていただけませんか。説明が重複しても構いません。

馬場

この世の中のあらゆるものは,人工的に作られたものを除いて,水素からウランまでのわずか82種類の元素から構成されています。元素の一つ一つの粒子は原子と呼ばれ,原子は中心の重い核とその周囲を回る電子からできています。中心の核は,電子の約1800倍の重さを持つ陽子と中性子とよばれる2種類の核子から形成されています。陽子は,水素原子から核の周りを回る軌道電子をはぎ取ったプラスの電荷を持つ粒子で,原子核の中に存在する陽子の数は,原子番号を与えます。中性子は電荷を持たない核子で,陽子より僅かに重く,陽子と中性子の数の和は,原子の重さを与えます。

原子の陽子数が同じでも中性子数が異なるものは,同位体とよばれます。同位体は,互いに化学的性質は同じですが,物理的性質が異なります。同位体の中には,安定なものも不安定で放射線を出して壊れてしまうものもあり,数の上では不安定な同位体の方が圧倒的多数を占めます。

そもそもこれらすべての同位体は,太陽のような恒星の一生の中で作られました。それらの星が一生の終わりに,超新星となって爆発する際に,同位体たちは宇宙空間に放出され,長い年月の後,再び固まって星を作ります。地球もそうやって太陽と一緒に生まれました。

地球が形成されてから46億年が経ちました。その間に,寿命の短い不安定同位体は死に絶え,幾つかの長寿命の同位体だけが現在も生き残っています。ウラン- 238,ウラン- 235やトリウム- 232 はそれら生き残り組の放射性同位体ですが,その他にも注目すべき元素として,半減期13億年のカリウム- 40 などがあります。成人の身体には約140 g のカリウムが存在していますが,その0.01% は放射性の カリウム- 40 が占めており,私たちの身体の中で,毎秒 4300 ベクレルの放射能が発生しています。さらに,それと同程度の 炭素-14 の崩壊が体内で起きており,合わせて 9000 ベクレルの放射能を私たちは身体の中に抱えているのです。その上,私たちは宇宙線や地中の天然放射能に因るバックグラウンドを100 ベクレル程度,空間線量率にして400-800マイクロシーベルト/年の放射線を受け続けているのです。ベクレルとシーベルトとの換算は,の「シーベルト,ベクレルとは何か」の式(2)と式(3)で与えられます。

我々日本人の間ではラジウム温泉の人気が非常に高く,毎年大勢の人が訪れています。町中のあちこちに見られる人工のラジウム温泉はともかく,古くから知られている天然のラジウム温泉の含有放射能は1リットル当り数千ベクレルと非常に高いものが多く,中でも山梨県の増富温泉は,実に1 L(リットル)当り1万2千ベクレルと非常に高いラドンを湧出しています。しかもこれはアルファ放射能ですから,普通のβ,γ線に換算すると実に24万ベクレル/Lにもなります。そして人々は温泉に浸かるだけでなく温泉水を飲んでさえいるのです。そうやって人々は何百年もの間ラジウム温泉とつき合って来ているにもかかわらず,いまだかってラジウム温泉のせいで放射能障害にかかったという例は聞いたことがありません。

それとは別に,私たちには医療用の放射線や放射能との付き合いもあります。がん治療のためのコバルト照射や,すでに発病している患者に投与する診断用のテクネチウム-99m は,何らかの放射線障害をひき起こすほど強力ですが,これらはがん治療のためには止むを得ないこととして受入れられています。

問題は,健康な人が検査のために浴びている放射線です。国連科学委員会では,胸部(肺・心臓)の X線間接撮影で0.3 ミリシーベルト(mSv),断層撮影では8.6 mSvの線量を,また,胃・上部消化器官の間接撮影で2.8 mSv,透視では4.2 mSv,さらに頭部CTスキャンでは 6.9 mSv の被曝をするとされています。その他にも,歯の治療や骨折部の撮影など様々な場合に放射線が使われています。


つづく

by yojiarata | 2011-11-23 17:53 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅳ


放射性物質の飛散と野外モニタリングについて

荒田

放射性物質はどのような形で飛散するのでしょうか。野外モニタリングについても,コメントをお願いします。

馬場

原子炉建家から飛散してくる放射性核種は,Xe や Kr といった貴ガスの他には,ヨウ素とセシウムが最も飛びやすいとされています。その際,セシウムは酸化物の形で,ヨウ素はI2として飛んできます。ストロンチウムも酸化物になりますが,セシウムよりも気化する温度が高いため,セシウムの10分の1ほどしか飛び出しません。

ストロンチウムはカルシウムと置き換わって骨に集積し,がんを引き起こす危険がありますので,無視できない核種です。しかるに,Sr -90 はγ 線を出さない純粋 β 壊変核種の上,娘のY -90も0.01 %しか γ 線を出さないので特定は難しく,Sr -89も同じような状況です。そのためストロンチウムのモニタリング・データは極めて乏しいのが実情です。ストロンチウムの測定には化学分離が欠かせず,その上,娘のY -90の生成-崩壊曲線を β 線測定で作成して定量するしかなく,終了するまでに3週間から1月近くかかります。

野外モニタリングで測定しているのは空間線量率と地表の汚染度です。前者は地上1mの高さでの線量率,後者は地表5 cm以内での線量率を測ります。通常は NaI シンチレーション・サーベイメーターを用い,単位は μSvです。

これらはその場に存在するすべての放射能の総量で,核種毎の値は出せません。それをやるには,その場のダストや土壌をサンプリングして実験室に持ち帰り,半導体検出器を使って核種分析をしなければなりません。

放射能の世界というのは指数関数の世界であり,保健物理に限れば,意味を持つのは一桁目だけです。放射能汚染が無いバックグラウンド的な数値としては,大体0.05 μSv /h 程度と考えられます。これは,国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告する年間 1 mSv を時間に換算すると 0.11 μSv になることからも妥当なところです。従って,空間線量率が 0.1 μSv 程度であれば安心していられるわけです。

これまでに認められている放射線障害というのは,疫学的調査の結果,100 mSvの累積被曝をうけると,がんによる死亡率が0.5%増加するというものです。現在,日本人のがん死は30%とされています。つまり1000人の死亡者のうち300人が放射能以外の原因でがんで死亡していますが,その1000人が100 mSvの放射線を浴びると,がん死が300人から305人に増えるというものです。

放射線被曝量がさらに増加して500 mSv(これは積算線量で、時間は含まれません)を超えると,リンパ球の減少に始まって皮膚のやけど症状,だるさや吐き気などの急性症状が現れ,3 - 5 Sv ではおよそ半数の人が死亡,7 Sv で100% の人が死亡するとされています。

従って,ICRP 勧告の1 mSv/年という値は放射線障害に対して100倍の安全率を見込んでいることがわかります。職業人に対する許容量は20 mSv/年であり,今回のような緊急時における民間人に対する許容量も20 mSv となっていますが,これでもまだ5倍の安全率が見込まれています。このままの状態が5年間続かないうちは心配することは無いといえます。


外部被爆と内部被爆の差異について

荒田

体の外に付着する場合と体の内部に入る場合の差を説明してください。

馬場

これまでは外部被爆について説明してきました。

内部被曝に対しては事情が違ってきます。とくに問題なのはヨウ素-131とセシウム-137です。ヨウ素-131については,子供とくに乳幼児の甲状腺がんが懸念されています。ヨウ素は甲状腺に集積する性質があり,チェルノブイリ原発事故の後,ウクライナの子供たちに大勢の甲状腺がんが発生して,日本にも治療に訪れた子供たちがいました。困ったことに,これらの子供たちがどれくらいのヨウ素を体内に取り込んだかは分かっておらず,甲状腺がんに対する限界値が分かっていません。そのため政府の定めたヨウ素- 131 に対する暫定基準値をめぐって混乱が起こりました。

日本では,毎年1000名前後の人が甲状腺がんで死亡しています。奇妙なことに,40歳以上の成人には甲状腺がんが発症しないとされていますが,チェルノブイリ事故後,ベラルーシでは,成人の甲状腺がんの発生頻度の増加が認められていると報告されています。しかし,18歳未満の子供,成人を含めて甲状腺がんにかかった患者がどの位のヨウ素-131の体内被曝を受けたのかは不明といってよく,安全限度を知ることはできません。

セシウム-137 については,30年という長い半減期のため,体内に取り込んだ場合の累積効果の見積りが難しく,手を焼いているようです。これについては,第Ⅴ部以下の説明を参照してください。

つづく

by yojiarata | 2011-11-23 17:53 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅴ


放射能の数値と化学的濃度との関係について

荒田

放射性物質は,シーベルト,ベクレルを単位として放射能が表現されていますが,放射性物質の化学的濃度は,実際にはどれくらいなのでしょうか。

馬場

元素の中の放射性同位元素だけからなる試料は無担体(キャリヤーフリー)とよばれ,安定同位体などは担体(キャリアー)とよばれます。核分裂生成物の場合は,一応無担体であるとみなしています。放射能(ベクレル)は存在する放射性同位体数に壊変定数をかけたものになります。100 ベクレルの放射能があるときの原子数は,セシウム-137 では1.4×1011 個,ヨウ素-では1.0×108 個となり,これはそれぞれ2.3×10−13,1.7×10−16 モルとなります。


放射能の飛来する形

荒田

放射能は広い範囲に飛来することが怖れられていますが,実際にはどのような形で,飛んでいくのでしょうか。

馬場

ヨウ素やセシウムは非常に気化しやすく,セシウムは700 ℃で気化します。ストロンチウムは1400 ℃まで気化せず,ストロンチウム90は,セシウム137に比べ,飛来する割合が10分の1程度であると見出されました。セシウムやストロンチウムなどの陽イオンは酸化物,ヨウ素は単体の形でガス化した状態で飛来します。そして,粒径が大きく重いものから地上に降ってきます。軽い粒子ほど遠くまで飛来することになります。

雨が降ると空中にただよっている放射性粒子が雨に付いて地上に落ちてきます。セシウム-137は土壌に吸着されやすく,一旦土壌に吸着したセシウム-137は土中に滲み込むことなく,地上を土とともに動きまわることが知られています。


マスクはどこまで有効か

荒田
放射能を吸い込むのを防ぐにに,マスクの着用が勧められていますが,実際にはどれほど有効なのでしょうか。

馬場

通常のマスクは気密性が良くないので,ガス状の放射能にはほとんど効果がありません。ただ,セシウムで汚染された地面の上では,セシウムは土の粒子と一緒になって舞い上がりますので,防塵マスクと同じような効果があると思われます。ガス状の放射能を扱う場合や高圧洗浄を行うような場合には,放射能除去フィルターをつけ,顔の半面を覆うような構造のもので無ければ意味がありません。

原発を海岸近くに建設する理由

荒田

原発は,海岸近くに建設されていますが,何故ですか。

馬場

原発の冷却は,BWRでは一次と二次の冷却系,PWRでは一次から三次までの冷却系で行います。BWRの場合は一次冷却水は純水で,この一次冷却水を冷却する二次冷却水に海水を使います。この二次冷却水は放射能で汚染されている一次冷却水からは隔離されており,膨大な量の海水が,そのまま海に放出されます。この温水が付近の海水を温めて温度を上昇することにより海の生態系に悪影響を与えるのではないかという反原発グループのクレームに反証するために,東海村の日本原電の一号機では,原子炉からの排水を貯めたプールでうなぎを養殖して,年に何度か原研職員に安くうなぎを販売したりしていました。BWRの発電は汚れた一次冷却の蒸気でタービンを回して発電します。

それに対して,PWRの場合は,汚れた一次冷却系の蒸気を純水を循環させる二次冷却系で冷却し,蒸気に変わった二次冷却水を海水で冷却した後,その海水を海に放出する仕組みになっています。発電用のタービンは汚染されていない二次系の蒸気によって回されるので,放射線防護上は,それだけ優れているといえます。

こういう事情で最終的に大量の冷却水が必要とされるため,海とか大きな川やや湖の近くに原発を建設する必要があるのです。

つづく

by yojiarata | 2011-11-23 17:52 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害  Ⅵ



荒田

事故以来,さまざまなことが世の中を不安にしています。ここで,現状のまとめをお願いします。

馬場

3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故以来,我々はにわかに放射能に汚染された状態の日常生活に放りこまれ,食品や飲料水の安全基準値を無視しては生活して行けない事態に追い込まれています。しかるに政府は明確な基準値を示すことができず,その根拠すらあやふやな暫定基準値を振り回しているだけで,“当面健康に問題は生じないが,念のため”とくりかえし,国民の不安と不信を増幅させている始末です。4月以降に食品安全委員会はワーキング・グループを立ち上げて7月までに9回の審議を行い,国内外の放射線影響に関する3300の文献(延3万ページ)を精査して出した結論が“生涯累積線量がおよそ100 mSvを超えると健康に影響が見られる”という,すでにこれまでの常識になっている結論を導き出したのみでした。政府が専門家を招集して開催している食品安全委員会が暫定基準値を決めるにあたってよりどころとしているとされる文献1)を見ても肝心のところは明確に示されていなようです。いつまでも基準値が暫定値のままで据え置かれ,国民の納得のいく説明がなされないのも当然であると言えます。

食料基準値を定めるに当たって,国民が不安を持つのは,基準値の値もさることながら,同じ累積放射線量でも瞬間的に被曝した場合と長年にわたって少しずつ被曝した場合でどのように違いが出るのかとか,成人と子供ではどれだけの差があるのかという疑問に定量的な答えが与えられていないことにあるのです。そのような答えを放射線影響学者に期待するとすれば,それは被爆者集団に対する疫学的な追跡調査に限られると思われます。放医研の田ノ岡博士2)は,108Sv/分の原発の線量率を10−8Sv/分の環境レベルにそのまま適用するのは無理であり,線量効果によるリスク軽減係数を考慮する必要があると指摘しています。その上で,リスク軽減係数はおよそ20に達すると見積もっています。同じく放医研の今岡博士の報告3)によれば,ねずみを使った治験で,卵巣腫瘍の発現の確率の長期的被曝に対する瞬間的被曝の場合の比率は, 200 mSv で約3倍,500 mSvで15倍,1000 mSvで5倍,2000 mSv で2倍となっています。また,放射線治療を施す医師の間では,低放射線照射による免疫力増強効果が広く知られており,治療のために高放射線照射を行う前に低線量の全身照射を行うことで,患者の放射線障害のリスクを低減することが試みられています。

一方で,この問題については,放射化学ないし放射線化学者ならば別のアプローチを取ることが可能です。そもそも放射線の正体は高速の電子,光子,ヘリウム原子核などの粒子の運動エネルギーであり,放射線障害の実体はそれら粒子と生体を構成する分子との力学的衝突の結果,分子が受けるダメージに他なりません。このダメージは分子内の結合が放射線粒子との衝突によって切断されることであり,低線量の場合はこのダメージを受けた箇所の密度が低いため,再結合して元通りの分子が再生する可能性が高いのです。この現象はアニーリングと呼ばれ,放射化学/放射線化学ではよく知られています。この効果が核医学で言う所の治癒効果です。これに対して,一度に高線量の被曝を受けた場合には,ダメージを受けた箇所の密度が高くなり,自分自身以外の破片と再結合してしまう確率が増加して,障害が残ってしまうことになります。したがって,同じ線量を短時間に被曝する方が危険性が高いと結論されます。トータルの線量が増すにつれて両者の差が小さくなることも,長期にわたって分割して照射された場合でも元の分子の再生率が低くなるためとして理解できます。

放射線障害を論じるときの根拠となるデータは広島長崎の原爆の被爆者の疫学調査を基にしており,そこから導かれた安全基準はより安全サイドにおかれていることをまず理解して下さい。本稿では,以後この放射化学/放射線化学の論理に基づいた考察を進めることにします。


空間線量率

 
エネルギーの流れとして見た時の放射線量はグレイ(Gy)という単位で表されます。1 Gyはkg当り1ジュール(J)のエネルギーを運ぶ線量です。

この放射線が相手に与える効果は,放射線の種類によって違っており,この違いを考慮に入れた実効線量がシーベルト(Sv)で線量当量率と呼ばれています。すなわち,SvとGyとの間には

(1) Sv = WR  X Gy
                       
という関係があります。WRは放射線荷重係数と呼ばれ,β線,γ線に対しては1,中性子線に対してはエネルギー領域に応じて5から20の値を取ります。最後に,アルファ線に対しては20となります。
 
グレイと放射能の壊変数との関係は

(2) 1 Gy = 6.25×1012 /Ed ( MeV/kg )                                             

ここで,Edは放射性原子が1個壊れる時に出すエネルギー(壊変エネルギー,MeV)です。
 
したがって,1ミリシーベルトに対応する壊変数は

(3) A = 6.25×109 / (WREd)                             

で与えられることになります。このAという数値が国際放射線防護委員会ICRPが勧告する,民間人に対して1年間に許容される被曝総量であり,外部被曝線量を考える上での基準値を与えます。

我々が求めたいのは,シーベルトとベクレルの関係ですが,シーベルトは通常の物理量と異なり,単位そのものが変数であることが問題になっています。シーベルト数という物理量と単位の大きさとは逆数の関係にあり,シーベルト数がグレイ数の WR 倍になった分だけ,単位数は 1/WR 倍に縮小されます。

食品基準値

 
次に食品を摂取した場合を考えます。食物として摂取した放射能は,物理的に減衰するか身体から外に排出されるまで体内で放射線を出し続け,継続的な被曝を引き起こします。その積算効果を考慮して,年間許容線量 D mSv に対する食品の基準値を求める必要があります。その基準値を求めるに当たっては,当該食品を毎日同量摂取し続けた場合の総壊変数を求めなければなりません。
 
汚染された食品を摂取し始めた時点で,その食品1 kg当たりに含まれる放射性核種の原子数N0に対して,摂取後1年の間の被曝量は,当該放射性元素が体内で壊れた数ΔNに他ならず,摂取1年目について

(4) ΔN = N0fa                                                                

ただし

(5) fa = fa1

= Σ e—iλ (1−e−(m-i)λ

      =(1−e)/(1−eλ)—me          

二年目に対して

(6) fa = fa1(1 + e-

さらに永年的なケースに対しては

(7) fa = fa1/(1 − e)                 

と導かれます。ただし,式(4)中の和 ∑ は i について0から m−1までをとるものとします。ここでmは一年の日数365です。またλは 日を単位として表した物理的半減期t1/2λ = 0.693/t1/2なる関係にある壊変定数と呼ばれる物理量で,Λは物理的半減期と生物学的半減期との相乗効果を表す“実効半減期”に対応する壊変定数です。実効半減期は,物理的半減期が生物半減期に比べて遥かに短ければ,前者に近くなり,逆であれば後者に近い値となります。もし両者がほとんど等しければ,実効半減期は両者の半分になります。

許容線量をいくらとするかについては後に考察するとして,とりあえず1 mSv の内部被曝を引き起こす食品の放射能値を求めることにします。ΔNがAに等しいという要請から,N0A/faが得られますが,ヨウ素-131のように,当該放射能が特定の部位に集積する場合には,その部位の重量に逆比例してダメージが増幅され,逆にセシウム-137のように全身に分散する時にはそれだけ分散すると考えられます。従って,1 mSvの内部被曝に対応する食品中の放射能値として

(8) R0= λs A・M/(w・f a)  (ベクレル/kg)

が kg当たりの値を与えることになります。ここで,λsは秒単位で表した物理的半減期で,Mは対象となる身体部位の重さ(kg)を表します。最後に,wは着目する食品の一日平均摂取量(kg)です。

今回の福島第一原発の事故に際して,大人はともかく子供たちが受ける被曝の影響が大きく取り上げられ,子供たちに対する許容値を大人より厳しくすべきだという意見が盛んに述べられています。しかしそれではどれだけ厳しい値にすれば良いのかという問いかけに対して定量的な答えを誰も示すことはできていません。被曝という問題を純粋に物理化学現象と捉え,放射線効果の大きさを線量の収束,分散に結びつけた本稿の論理の立て方は,自動的にこの問題に対する回答を与える結果となりました。これが妥当であるかどうかは,将来の疫学的な調査によって示されるであろうと期待されます。

上の式(5)〜(7)により,セシウム-137に対するfaの値は一年目で4.16,二年目で4.58,三年目以降では4.62と計算され,一方,ヨウ素-131に対するfa の値は12.1となります。

甲状腺の重量は,病理学の専門書4)によれば,1歳の乳児では2.6−2.7 g,10歳の男子で8.7 g,女子で9.6 g,20歳以上の男子で18.8 g,女子で16.8 gとあります。ヨウ素の場合は,摂取量の70%は吸収されずに排出され,甲状腺に集積するのは30%に過ぎないというデータ5)があるのでこれを考慮して成人の平均17gを基準とすると,甲状腺の実効的な質量は57g という値になります。また乳児に対しては 約9 g,10歳の児童で30 gとなります。

式(8)を用いて1 mSvの内部被曝を引き起こす食品の放射能値をセシウム-137とヨウ素-131を対象として一歳児,小学生並びに成人について求めた値を表1に示します。セシウム−137については,Mをそれぞれ10,25,50として計算しました。その際に使用した食品の一日平均摂取量については,厚生労働省が発表した統計6)を参照しました。セシウム-137の生物学的半減期は110日7)とされているので,その値がそのまま実効半減期となります。ヨウ素−131の生物学的半減期は3ヶ月であるので,ヨウ素−131の実効半減期は7.5日と計算されます。またEdはセシウム-137に対しては1.17 MeV,ヨウ素-131に対しては0.97 MeVという壊変エネルギーの値をそのまま用いることにします。

表1 毎日汚染食品を食べ続けた場合に1 mSv/年の内部被曝を生じる放射能量

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つづく





















                          
by yojiarata | 2011-11-23 17:49 | Comments(0)

解説 原子力発電 - 原理,放射能,健康被害,風評被害 Ⅶ



許容被曝線量

 
許容線量を決める際には放射線障害の発現する放射線量の下限値が目安になります。セシウム−137に代表される全身被曝については,報告されている100 mSvがその目安となります。ICRPが勧告している平常時における一般人についての1 mSv/年という値は,100倍の安全係数を見越した値であり,100年被曝し続けてやっと到達する線量です。

ICRPは今回のような非常事態の際には,事故現場での作業従事者に対しては許容線量を250 mSvに引き上げていますが,冒頭で述べたように,これは,瞬間的な被曝と長期にわたる継続被曝の間の最低でも3倍に及ぶリスク軽減係数を考慮すれば妥当な数値と思われます。一方,一般人に対する許容線量も20 mSv/年 に上げていますが,この数値でも,まだ10倍の安全率が担保されており,放射線障害が発現する可能性は無いと考えてよいと思われます。日本政府も福島第一原発事故の避難の目安に,この20 mSv/年を用いています。本稿でも非常時ということで,10倍の安全率を見て,20 mSv/年を基準に取ることにします。

食品安全委員会は,個々の食品の暫定基準値を定めるに当たって,食品を5つの群に分け,許容線量の20 mSv/年を5等分した値を各群に均等に割り振って,各食品に対する許容線量としています。しかし,再々述べているように,この20 mSV/年という許容線量を決めるに当たっては十分以上に安全率を考慮しており,これ以上安全サイドに偏ることは,必要以上に厳しい制限を課すことになって世情不安を煽り,風評被害を助長する結果になります。そもそも,口にするすべての食品が汚染されているような生活に甘んじるというような事態はありえないのであって,止むを得ず1群か2群の汚染が問題になる程度であるはずです。従って,ここでは前節の(8)式に与えられたR0D = 20をそのまま乗じた数値が,各食品に対する基準値を与えることにします。

チェルノブイリ原発の事故では,4, 5年後から多数の子供達に甲状腺がんの発症が見られていますが,彼らは数週間の間に数百 mSv の被曝を受けたと推測されます。甲状腺がんの発現に対する放射線量の下限値は, 200 mSvという報告3)があります。セシウム−137と異なり,ヨウ素−131の場合,半減期が短いために被曝は事故発生後3ヶ月間に限られるので,安全率を5倍にとって許容線量を40 mSv/年としても十分な安全度が担保されると考えてよいでしょう。従って R
0に40を乗じた数値がヨウ素-131に対する食料基準値Rを与えることになります。以上の結果を表2に示します。表中,暫定と記した数値は政府が与える暫定基準値です。また,括弧の中の数値は,次節で我々の体内に存在する放射性カリウム-40を基準として計算した放射能量です。

これで見ると,子供についての飲料水と野菜類のヨウ素−131のケースを除いては,本稿で求めた基準値は政府の暫定基準値より大幅に緩やかな値になっています。もし今回求めた基準値が妥当であると公認されれば,世人の食品に対する不安のほとんどは解消するでありましょう。
 
     
表2 セシウム-137 と ヨウ素-131 に対する食料基準値

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ただ,子供の飲料水についてだけは,母親たちの不安を完全には拭い切れませんが,この問題は,水道水を市販のミネラルウオーターで薄めてやることで簡単に解決できます。その場合,水道水の摂取を完全にやめて,ミネラルウオーターだけに切り替えることは,幼児の健康上お勧めできません。

表2の結果は大体において満足の行くものですが,チェルノブイリ原発事故では,成人に比べて小児甲状腺がんの劇的な増加が報告7)されていることを考慮すると,ヨウ素-131の基準値が子供と成人の間であまり大きくないことが気になります。本稿で進めた放射線化学的な推論に加えて,成長期の盛んな細胞分裂が放射線にたいする感受性を高めるといった生化学的な要素を論理の中に組み込む必要があるのかも知れません。

甲状腺がんについては一般に予後の経過が非常によく,手術さえすれば助かる確率が極めて高いこと4)が知られています。チェルノブイリ原発事故では約6000人の子供が甲状腺がんにかかっていますが,そのうち死亡者は0.25%の15人であったと報告8)されています。この死亡率の低さは,世の母親たちにとってせめてもの慰めになるのではないでしょうか。さらに,日頃から海産物を豊富に摂取している日本人の場合には,甲状腺が非放射性ヨウ素で飽和しているためにがんに罹る割合がさらに下がることが期待できることも朗報でると言えましょう。


食品基準値を定めるもう一つの考え方


前節で採用した許容線量の正しさを裏付けるもう一つの考え方があります。それは,我々が元々体内に抱えているカリウムー40の放射能のことです。われわれの体内には,同じ程度の炭素—14の放射能もありますが,その壊変エネルギーは最大で0.2 MeVと小さいので無視することにします。結局,前に述べたように,成人の体内では4300ベクレルの放射壊変が起きておりながらなんらの不都合も生じていないのです。

セシウムはカリウムと同族のアルカリ金属元素ですので,両者は化学的性質が似ており,体内に摂取されたセシウム-137は全身の筋肉に分布する点も,体の組織に取り込まれているカリウム-40と類似しています。従って,その放射線効果は,壊変エネルギーの違いを除けば全く同じと考えてよく,カリウム-40の体内存在量を目安にすることには正当性があると言うことができます。

そこで,このカリウム-40に対する4300ベクレルを安全基準として受け入れることにして,食品に対する基準値を計算してみます。カリウム-40の壊変エネルギーは1.4 MeVほどですが,その89%は純粋のβ壊変で,壊変エネルギーのおよそ三分の二はニュートリノが持ち去ってしまうので,実質的な壊変エネルギーを0.5 MeVと見積もって計算すると

(9) R = 4300×0.5/(WREdwfa)         

という式が得られます。この式に従ってセシウム-137について計算した基準値を表中に括弧にいれて示します。

結果は,許容線量を年間10 mSvとして計算した値と極めて近い値となり,前節で,許容線量として20 mSv/年という値を選択したことと矛盾しない範囲であると考えてよいでしょう。

東京電力福島第1原発の事故後,世人の政府,東電に対する不信感が増幅され,被曝レベルについても,“安全である” とか “心配する必要はない”という発信を信用しようとせず,逆に “危険である” という発言を受け入れる傾向が顕著になりました。そのため,必要限度を遥かに越えて健康被害に対する懸念が広がる結果になり,風評被害が強まることにも繋がっています。これはまさに自虐的な行動であって,不安を煽り精神衛生上も好ましいことではありません。政府もまたしかり,世論に押されて,放射線障害の実態を正しく解明せず,無駄に労力と国費を浪費しているのです。
 

農作物,海産物に対する安全基準


次に農作物について考えます。農作物に対する評価は,収穫時に上の表に掲げた数値が満足される様な土地の表面汚染の値を求めることになります。結果は,地表の許容表面汚染が

(10) B R/(fdfb
                    
で計算されることになります。ここで,は着目する農作物1 kgを収穫するに要する耕地面積(m2),fdは地表面に堆積した放射能が土壌中に分散する割合,そして,fbは土壌中の放射能が根を通して取り込まれる割合を表します。

セシウム-137の場合,地表から地下5 cm への移行は10分の1以下であることが見出されています10)。そのことを考えると,十分な安全度を見ても fd の値を0.1とすれば間違いないと思われます。しかしながら,農作業の場合は作物の作付けをする前に,かならず土地の鋤返しを行うので,人工的に放射能を土中に分散させてしまうと考えなければなりません。鋤返しの深さと作物の根が張る範囲を考えると fdは0.5程度にとるべきであろうと思われます。一方, fb については,この割合はかなり小さく,最大でも0.1と見做せば十分である10)ことが知られています。

代表的な例として,米と野菜について第2表の食品基準値 Rを基にセシウム-137の許容表面汚染を計算すると,仮に1 m2辺り1 kg の収穫があるとして, 米について2万8千ベクレル/m2,野菜については根菜類にたいしては3万8千ベクレル/m2,となります。むしろこの場合は,農作業の間に作業従事者が呼吸等で体内に取り込んだ放射能の方を問題にする必要が生じるかも知れません。ともあれ,現時点で,特に汚染度の高い地区を除き,福島県の農家に田植えを延期させる必要は全くないことは確かです。今秋,福島,宮城,茨城の各県で収穫した米にほとんど問題になるほどの放射能汚染が見られなかったことは,ここでの結論の正しさを裏付けています。

葉物についてはフォールアウトが問題になるので, fd fbの代りに洗浄効果を仮に80%と考えて導入すると9500ベクレル,50%でも3800ベクレルとなって,この場合もまず心配する必要は生じないという結論になります。

次に,茨城県で最盛期を迎えているイカナゴ漁ですが,イカナゴの佃煮や,アサリ,シジミを毎日200gも食べることはあり得ず,摂取量を例えば20 gとすれば基準値は4万2千ベクレル/kgとなって規制は大分緩くなります。恐らく茨城の漁民の皆さんはイカナゴの漁をやれることになるのではと思われます。

最近茨城産や静岡産の茶葉に含まれるセシウム-137の量が基準値を超えているということで出荷禁止となり,処分されることになりました。この場合も一日に摂取する茶葉はイカナゴと同じ程度と見るべきで,全然心配する必要は無いレベルであったと言えます。


内部被曝


上に述べてきた論理を推し進めると,汚染された環境で生活している場合の内部被曝についての許容線量を求めることも可能です。ただし,それには環境からどれだけの放射能を取り込むかが分かっている必要があります。この場合の許容内部被曝線量を表す式は,環境に対する許容線量 R に対して

(11)    B = R/( fa fs)                  

で与えられます。ここで, fsは環境から取り込む放射能の割合で,仮に0.05と取ることにします。この仮定はおおむね妥当な線であろうと思われます。

ICRPの勧告の1 mSv/年をR に取って許容汚染濃度を求めると, 4.3 mSv/年 = 0.49 μSv/時となります。これは成人に対する値であり,1日8時間屋外作業をするとした時の許容汚染濃度は1.47μSv/時となります。

一方,体重25 kgの小学生については,許容汚染濃度は0.25μSv/時となりますが,校庭での屋外活動は8時間以内と見積もられますので,許容汚染濃度は0.75μSv/時となり,目下福島県が目指している0.5μSv/時以下という数値が達成されていれば,子供の屋外活動にはなんの問題もないと結論されます。

福島市内の線量を当局が測った結果,高いところで3 ないし4μSv/時であったという報道がなされました。現在ようやく伊達市や福島市で除染活動が開始されていますが,精々半分程度に線量率を下げるところまでしかできないようです。その一方で,広島の例で見ると,原爆投下後まだ2半減期余りの66年しか経っていないのに,市内の放射能レベルはバックグラウンド・レベルにまで落ちていることが確認さています。毎日報道されている福島県内の空間線量率を調べても,放射能減衰よりもかなり早い速度で放射能レベルが下がりつつあるのは確かなようです。今後は,それらの事実を踏まえながら除染計画を立て,避難することもできず市内に留まっている人達や遠隔地に避難している人たちを助ける方策を講じていくことが望まれます。


結語


以上の結果からみて,農作業や漁撈は大幅に規制を緩めることができるのではと考えられますが,問題は折角そうやって収穫した生産物が売れない,食べてもらえない,買いたたかれるという風評被害をどう解消するかにあります。それには,こうやって定めた食品の安全基準値を超えたら危険というのではなく,この基準値を遵守する限り絶対安全であることを徹底すべく大々的なキャンペーンを繰り広げ,同時に,被災地に援助の手を差し伸べる重要な手段の一つとして,被災地で生み出される食品や工業製品を積極的に買い求める運動を繰り広げることであろうと考えます。風評被害を払拭する決め手は,理論的に裏付けられた基準値を国民に提示し,断固とした態度でそれを徹底させる政府の行動にあります。

ここで強調したいことは,放射能は浴びても大丈夫だと言いたいのではないということです。反原発グループの人たちの言を借りるまでもなく,余分な放射能は1ベクレルたりとも浴びるべきではないというのはもっともな心情であす。ただ,現実に原発事故が発生し,われわれの周囲に放射能汚染が広がってしまった現状の中で,我々は生きていかねばならないという現実から逃れることはできないのです。我々が生き残るためには,放射能に対する正しい知識を身につけ,互いに助け合い,安全限界を見極めて,日常生活を送らねばならないのです。

食品の安全と内部被爆の問題については,特に世人の関心が強いと思われますので,読者の判断の助けになるべく,参考文献を示しておくことにします。

参考文献


1) 須賀新一,市川龍資“防災指針における飲食物摂取制限指標の改訂について”
解説,保健物理 Vol.35,No.4,449 (2000)

2) H. TANOOKA,Int. J. Rad.Biol. 87,645 (2011)

3) 今岡達彦“放射線の生体への影響〜福島原発事故のリスクを理解するため  
  に〜”,福島原発事故特別シンポジウム,2011年日本放射化学会年会,第55
  回放射化学討論会(2011)

4) 向井清,眞鍋利明,深山正久編「外科病理学」I 第4版,文光堂(2006)

5) 日本原子力学会 “FOCUS 被曝の仕方と人体への影響”,日本原子力学会誌,Vol.53,No.5 (2011)

6) 厚生労働相健康局総務課生活習慣病対策室,平成20年国民健康/栄養調査報告,平成23年1月

7) ICRP Publication 78: “Individual Monitoring for Internal Exposure of Workers,
  Annals of the ICRP Volume 27/3-4, Replacement of ICRPPublication 54”,Stratford
  Books (1998)

8) 岩崎民子 “放射線の人体影響についてのQ&A”日本原子力学会誌,Vol.53,No.8,55 (2011)

9) 長滝重信,山下俊一“チェルノブイリ事故の医学的影響”日本原子力学会誌,Vol.53,No.6,26
(2011)

10) 内田滋夫,田上恵子,石井伸昌 “環境における放射性核種の分布と動態 1. 土壌における放射性核種の挙動特性” 解説,日本原子力学会誌,Vol.53,No.9,27 (2011)




追記

『現代化学2012年3月号』に馬場宏博士の記事[福島第一原発事故から1年
食品放射能の許容値を考える]が掲載されました。
by yojiarata | 2011-11-23 17:15 | Comments(0)