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創薬 日本の現状と将来 Ⅰ



今回の 『専門家に聞く』 は,平岡哲夫博士にお願いしました。

平岡哲夫博士の略歴 1958年東京大学医学部薬学科卒業,三共株式会社において一貫して創薬の開発研究に携わり,研究所長,研究本部長,副社長を経て,2002年同社退社,同年より,三共有機合成株式会社社長,2006年同社退社,2008年THS 研究所・所長),薬学博士


日本の創薬研究の現状


荒田

大手製薬企業で,長年にわたって創薬研究の陣頭指揮をとってこられた平岡さんに,差し支えない範囲で率直に,日本の創薬研究の現状と将来について,語っていただきたいと思います。

まず,順序が逆かもしれませんが,平岡さんに結論を先にうかがいます。2011年6月現在,日本の創薬研究の現状は満足いくものでしょうか。

平岡

現在世界で,真の新薬を発見・開発できる国はアメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,スイス,日本の6ヶ国しかありません。振興国として BRICs (ブラジル,ロシア,インド,中国)といわれる国でさえも,新薬を開発する総合力は未だ無いのが実情です。

この点は,自動車,IT 関連,化学産業などが多くの国で大企業として存在するのとは事情を異にしています。新薬開発には多岐にわたる専門家,莫大な資金,すぐれた戦略家等必須の要素に加えてアントレプレヌール精神 (フランス語,独創性と冒険性を持った起業家精神),セーレンディピティ,的確な将来予測の能力,幸運を呼び込む要素等の総合的ファクターが必要で,日本的な「鉢巻して,全員で必死に頑張ろう!」を重ねれば成功するというものではないのです。

新薬開発能力を有するのは6ヶ国だけだといいましたが,そのうちの総合的順位をつければ日本は6位(要するにビリ)となるでしょう。世界の製薬会社の売上高ランキングでは,日本を除く 5ヶ国企業が上位を占めています。その中で,ファイザー (アメリカ) が1位です。以下,2位 メルク (アメリカ),3位 サノフィ・アベンティス(フランス) (フランスとドイツの大会社が合併した新会社),4位 グラクソ・スミスクライン (イギリス),5位 ロッシュ (スイス) となっています。

日本では武田が15位,アステラス18位,第一三共が20位,エーザイ21位です。

2011年9月までに武田がスイスのナイコメッド社を買収することが発表されていますので,武田はこれでやっと世界順位が10位になることが予想されています。

荒田

製品別の売上高順位はどのようになっているでしょうか。

平岡

最近のものでは 2008年のデータしかありませんが,世界の大型医薬品売上高ランキングの中で上位 50品目のうち,日本メーカーオリジナルの製品は10個です。これは上位 50 製品の2割を占めています。

荒田

必ずしも悲嘆にくれるという現状ではないのではありませんか。

平岡

しかし,51位-128位の78製品のなかには,日本発のものはわずか4製品しかありません。すなわち,年間10億ドルを超える大型品では日本発のものは11%です。ちなみに,年間売上高が1000億円以上のものをブロックバスター (block buster) 薬といいます。

売上高上位50製品中に入る日本製品の薬効別を列記すると,コレステロール低下剤,II型糖尿病薬,降圧剤,抗痴呆薬,統合失調症薬,抗潰瘍薬,合成抗菌剤,前立腺肥大用薬です。

荒田

この結果は,どのようにご覧になりますか。

平岡

世界的に売上高上位に入っている抗がん剤,抗喘息薬,関節リウマチ薬が見当たらないのが大変残念です。

荒田

西欧諸国では,ベンチャー企業も大活躍しているのではありませんか。

平岡

その通りです。世界的に売上高上位に入る製品には,ベンチャー企業,具体的には,バイオジェン,アムジェン,セントコア,ジェネンテック,ギリアドなどで開発された薬が多種類あります。

日本では製薬ベンチャー企業で大成功している会社はほとんどないのが実情です。私見ですが,これは祖先が農耕民族(日本)と狩猟民族(外国の多く)との違いや,国民性の相異とも関係しており一言に結論をだすことは困難です(後で結論的なことを述べたいと思います)。

この結果,日本の製薬メーカーは外国の多くのベンチャー企業との研究提携,さらにはその企業買収を遂行しています。これらの事情の代表例をあげると以下のようになります。すなわち武田は,ミレニアムファーマシューティカルズ (米),IDM ファーマ(米),ナイコメッド (スイス) を買収,アステラスはアジェンシス(米),OSIファーマシューティカルズ(米),パーシード(米)を買収,マキシジェン(米)と合弁会社設立,第一三共はユースリーファーマ(独),ランバクシー(印),プレキシコン(米)を買収,エーザイはモルフォテック(米),MGIファーマ(米),アカラックス(米)を買収などです。

荒田

2011年6月現在,世界中で創薬を推進し,新しい薬を生み出しているのは,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,スイス,日本の6ヶ国だけであること,日本は,残念ながら,その6ヶ国のなかでは,“ビリ”を走っているとのことですが,その原因について,少し具体的にうかがいたいと思います。

(1) 基礎体力

100メートルを走るのに,アメリカ,ジャマイカなど南米の選手は,9.9 秒を切る記録を出すことは稀ではありませんが,日本人選手が10 秒を切ったという話は聞いたことがありません。現在のところ,どう転んでもダメなのですが,これと似ていませんか。

記録には,先祖代々引き継いできた身体の骨格,つくりがあり,10 秒を日本人には切れないのだといって諦めることもできますが,創薬の場合,“ビリ”になるのは,体力とは関係がないのでしょうか。

平岡

体力とは関係無いと思います。

やはり一番関係あるのは頭脳力です。この頭脳力には多種類が有り,創薬に関係あるのは発想力,解析力,チャレンジ精神,ハングリー精神,忍耐力,将来を見通す能力などです。学校秀才は答えのある問題を解くのは得意とか,記憶力には優れていますが将来予測とか新しい発想力には弱い人もいて必ずしも創薬にむいていない場合もあります。例としてあまり適当ではないかもしれませんが,現在相撲の世界でモンゴルが優秀な成績を残しているのは体力,技術力ではなくハングリー精神が日本のそれを大幅に上回っているからだと私は推測しています。

荒田

(2) 研究スタッフの数

スイスの Novaltis では,事務職は別にして,研究員だけで6000人もいるということですが,日本の大手製薬企業と比較して如何でしょうか。

平岡

外国の大手製薬企業ではそれくらいは当然ですが,日本は大手でもその 1/2-1/3 ではないでしようか。しかし外国の小さなべンチャー企業からも良い新薬がでている事実から,研究員数は新薬の発見にはあまり関係ないと思います。勿論人数が多い方が新薬を見つけられるチャンスは大きくなるでしよう。

荒田

(3) 資金力

開発につぎ込む研究資金は,如何ですか。お金が足りなくて,頑張っても,どうにもならないということはないのでしょうか。

平岡

薬の場合はそういうケースは無いと推測されます。例えばベンチャー企業の場合は臨床試験開発に莫大な費用がかかり前へ進めなくなる場合は多々ありますが候補化合物がほんとうに良ければ共同研究という型で大企業から多額の資金提供があります。この実例は数えきれないくらい存在します。すなわち,資金不足に悩むのはベンチャー企業でみつけた候補化合物に魅力がなく誰も見向きもしてくれないケースです(自分たちだけが素晴らしいと思っていても外部でそれを評価してもらえなければ当然ダメになります)。

外国ではベンチャー企業の立ち上げにはベンチャーファンドが資金を提供し,そのお金を使って良い薬の種がみつかれば大手企業がそれに資金提供をしてお金のかかる開発という後半部分を分担するというスキームが出来上がっています。中堅企業でもお金が足りなくなればこのスキームにのるだけです。別の見方をすれば,例えば、マイクロソフト社とかアップル社など現在莫大な資金を所有しているCEO(社長)が製薬企業を子会社に持って薬の開発を手掛けても薬の開発に成功する確率は低いでしょう。すなわち資金力で薬の開発がダメになる場合は無いのです。ダメになるのは候補化合物が薬としての力が弱いからです。すなわち,研究者の首から上の部分の総合力の不足です。

荒田

(4) オリジナリティーの欠如

欧米発の新薬をひな型として,“改良品”をどんどん世に出すということはないのでしょうか。日本人のオリジナリティーの欠如とは思いたくないのですが,どうお考えですか。

平岡

オリジナリティの問題についていえば日本は現在それほど劣っているとは思えません。なぜならば現在,日本の学術論文は広く世界の有名科学誌に多く掲載されているからです。学術論文はオリジナリティの無いものは掲載してくれません。さらに最近の日本人の科学系ノーベル賞受賞者の増加は日本人の資質が劣っていないことを証明しています。アメリカは科学領域でノーベル賞受賞者が圧倒的に多いですが,これは歴史的にも現在でも,優秀な科学者の移民を積極的に受け入れて(あるいは勧誘して)きたからです。年収,設備などの研究環境がすぐれていれば自然と移民優秀研究者は増加して米国籍取得者とその子孫は増えてゆきます。

日本が創薬力で6カ国中“ビリ”なのは日本人のメンタリティと平和な島国で,あえて過酷な競争をしなくてもそれなりに生きていけるぬるま湯的環境になれっこになっていたからだと思います。要するに危機感に乏しいのです。しかし今後はそれでは食べてゆけません。現況は日本の大きな製薬企業社員は大きな危機感とあせりで苦しんでいますが政府レベルでは厚労省も含めそんな感覚はありません。それは創薬だけでなく,政治,経済でも同じように感じられます。

かっての日教組の影響もあり,日本は小学校で「オリジナリティ」の重要さを教える環境にないのです。米国では小学校でnumber oneあるいはonly oneを目指す重要性を教えます。日本では皆平等で平和に生きることを教えられます。

要するに日本では将来グローバルな競争で生き残ってゆく為の考え方とか実際の行動の仕方を小学校で教える環境に無いのです。大人になって社会にでてからそれらを実際に学ぶことになります。従って日本では全体的にひ弱な人が多く,それが米国と比較して自殺率の高さにも表れています。しかし日本人は必要にせまられればオリジナリティを発揮する潜在能力はもっているのです。

荒田

(5) 斃れて後已む

鉢巻をして頑張って,我が社のために死ぬ気で働く努力が足りないのでしょうか。

平岡

そのような努力によって1番手のすばらしい新薬ができるのであれば,日本の製薬企業はとっくに世界一になっているでしょう。

荒田

物流という点からみて,薬の場合には何か特徴がありますか。

平岡

医薬品業界では改良品がどんどん世にでてくる仕組みはありません。菓子類とかインスタント食品とは違うのです。同じメカニズムで効く薬の改良品は自然と3 - 4 種類しか世にでてこないのです。1つの薬を世に出すには 500億円-1000億円かかります。従って各国とも改良品が3つくらい出現すると後はその存在意義がなくなり無駄と判断されますのでどの製薬会社もそれに取り組みません。また経験的に5, 6番手の薬品はすこしくらいメリットがあってもそれほど売れませんから当然もとがとれません。また許可をだす政府機関もそんなことは勿論望んでいません。現在,後から継続して新薬がでている分野,例えば糖尿病薬とか抗精神病薬ですがいずれも従来品とはその作用メカニズムが異なります。

医療用医薬品はテレビ,新聞などでの宣伝も許されませんから,食品業界のようにじゃんじゃん改良品をだすことはしないのです。例外は抗生物質で完成度が低いとか,原因菌の方が耐性菌に変化するとか,新しい菌が出現するとかの事象が次々に起こるのでそれに対応する為に改良品が多く出回っています。これは社会が必要としているのです。薬局で買える風邪薬のようなものは数多くでていますが医者が処方箋で指定する医療用医薬品ではそんなことはないのです。



つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:30 | Comments(0)

創薬 日本の現状と将来 Ⅱ


日本発の売上高上位医薬品


荒田

日本がどれくらい活躍しているかを手っ取り早く理解するデータはありませんか。

平岡

1994 - 2008年で世界売上高100位以内に入った日本発の低分子医薬品は20種類ありますが,そのうちオリジナリティのあるもの (その分野での1番手) は10種類,改良品は10種類でバランスがとれています。日本でいわれている「仏の顔も三度」という諺が思いだされます。

1994-2008年に世界での売上高が100位以内に入った日本発の低分子薬(五十音順)(全部で20個)は次の通りです。
(括弧内カタカナは商品名,開発会社名は合併以前の名称使用)

(1) アリピプラゾール (Aripiprazole) (エビリファイ)(大塚)
α-quinoloneとpiperazine基をもつ抗精神薬,統合失調症,ドーパミン調節

(2) イリノテカン (Irinotecan) (カンプト)(ヤクルト)
中国原生のヌマミズキ科カレンボクから得られるキノリン系アルカロイド,カンプトテシンの水溶性誘導体,抗がん,DNAトポイソメラーゼ阻害

(3) オルメサルタン (Olmesartan) (ベニカー)(三共)
ビフェニルテトラゾール,イミダゾール基を持つ血圧降下薬,アンジオテンシンII阻害

(4) カンデサルタン (Candesartan) (ブロプレス)(武田)
ビフェニルテトラゾール,ベンツイミダゾール基を持つ血圧降下薬,アンジオテンシンII阻害

(5) クラリスロマイシン (Clarithromycin) (クラリス)(大正)
  マクロライド系抗生物質 (エリスロマイシン誘導体),細菌蛋白合成阻害

(6) ジルチアゼム (diltiazem) (ヘルベッサー)(田辺)
ベンゾチアゼピン骨格を持つ血圧降下薬,狭心症,カルシウム拮抗

(7) タクロリムス (Tacrolimus) (プログラフ)(藤沢)
微生物が生産する大環状エステル,免疫抑制剤,臓器移植後使用,IL-2発現抑制,発酵生産

(8) タムスロシン (Tamsulosin) (ハルナール)(山之内)
アミノエタノール誘導体,前立腺肥大,排尿障害,α-ブロッカー(α1A)

(9) テガフール・ウラシル (Tegafur・Uracil) (ユーエフティ)(大鵬)
ウラシルとフルオロウラシル誘導体の合剤
  抗がん,代謝拮抗,DNA阻害

(10) テプレノン (Teprenone) (セルベックス)(エーザイ)
ジテルペンであるゲラニルゲラニオールの酸素がアセトンに置き換わった化合物,胃潰瘍薬,胃粘膜病変改善薬,胃粘膜保護作用,胃粘液増量,胃粘膜血流増加,創傷組織修復増進

(11) ドネペジル (Donepezil) (アリセプト)(エーザイ)
ピペリジン基とインダノン骨格をもつ抗痴呆薬,ACE (Acetylcholine esterase) 阻害

(12) トログリタゾン (Troglitazone) (レズリン,ノスカール)
(三共)(発売中止となっている)
チアゾリジンジオン骨格とトリメチルハイドロキノン部分をもつ糖尿病薬,血糖降下作用,PPARγ 調節

(13) ピオグリタゾン (Pioglitazone) (アクトス)(武田)
チアゾリンジオン基とピリジン基をもつ糖尿病薬,血糖降下作用,PPARγ調節

(14) ファモチジン (Famotidine) (ガスター)(山之内)
グアジニルチアゾール基を持つ抗潰瘍薬,H2ブロッカー

(15) プラバスタチンナトリウム (Pravastatin Sodium) (メバロチン)(三共)
ジハイドロオキシヘプタン酸部分をもつ抗高脂血症薬,コレステロール低下,コレステロール合成阻害,HMG-CoA還元酵素阻害,微生物生産(発酵製造)

(16) ラベプラゾール (Rabeprazole) (パリエット)(エーザイ)
ベンツイミダゾール基とピリジン基を両端にもつスルホキサイド,抗潰瘍,プロトンポンプ阻害 (PPI)

(17) ランソプラゾール (Lansoprazole) (タケプロン)(武田)
上記(16)と同じ

(18) リュープロレリン (Leuprorelin) (リュープリン)(武田)
両端にプロリン誘導体がある9個のアミノ酸ペプチド,
前立腺がん,婦人科領域で広く使用。GnRHリセプターに作用,LHとFSHホルモン調節

(19) レボフロキサシン (Levofloxacin) (クラビット)(第一)
キノロン骨格を持つ合成抗菌薬,DNAジャイレース阻害

(20) ロスバスタチン (Rosuvastatin) (クレストール)(塩野義)
上記(15)と同じ,合成法により製造

荒田

ちょうど,今朝(2011年6月26日0:30 – 1:00)BBC Worldで放送されていた Horizons Switzerland” を興味深く観ました。Dupontがスポンサーになって製作した番組で,10年後の製薬企業の姿についての議論については,後でもう一度話題にしたいと思います。その時,Novaltis には,研究者が現在,6000人いるといっていましたが,もしそうなら,マンパワーも“ビリ”の原因にはなりませんか。

それと,先祖代々引き継いでいる基礎体力ですが,これは言ってみれば,その国のサイエンスの伝統,考え方,次世代を担う若手研究者の養成など,息の長い国家の考え方が影響していると思います。それと,ベンチャーに対する考え方など,“ビリ”の原因とは関係ありませんか?

平岡

荒田先生は非常に鋭いところを突いておられると思います。確かに「その国のサイエンスの伝統,考え方,次世代を担う若手研究者の養成など,息の長い国家の考え方」が重要だと思います。

現在,日本では外国留学を希望する学生が激減していると新聞は報じています。

これは過去の「ゆとり教育」の影響も少しはあるでしょうが,日本は平和で生活しやすいとの環境も影響していると思います。競争を避けてもそれなりに安泰に生きてゆけるのです。日本のように先祖が農耕民族ですと,皆が田植えをする時は自分もそれを行い秋の稲刈りもまわりが始めたらばそれを行えばよいのです。勿論人手が足りない時は近所の人が手伝うのです。周りの人と同じことをしていれば一生安泰に生活可能です。

一方,狩猟民族を祖先とする外国では知恵をだして周りの人を出し抜いて新しい方法を発案して獲物をたくさんとってこないと生きてゆけないし自分の男としての威厳も保てないのです。従って現在私が推測すると,米国では約50%の人がオリジナリティがなければ安泰の生活ができないと思います。日本では上層部の約10%のみがオリジナリティが必要で,あとの人々は皆と同じようなことをしていれば平和で安泰なのです。現在の日本で外国にも進出している企業では毎日身をけずるおもいで働いている社員も多いと思いますが,渋谷の繁華街の若者,永田町の政治家などの姿をみると外国での競争原理など,どこ吹く風といわざるをえません。或る人の言葉を借りると「外国での競争は真剣勝負,日本でのそれは木刀によるチャンバラ」という言葉は非常に納得のゆく表現です。

以上の事実が日本のベンチャー企業の弱さにも反映されています。日本ではパーティなどで初対面の人との会話では「どこにお勤めですか」と質問することは一般的です。しかし米国ではこんな質問はありえません。すなわち,アメリカでは「どんなお仕事をされていますか」と言います。

日本ではすべてではありませんが,大企業に勤めていることが生活の安定,幸福,スティタスの象徴なのです。逆にいえば名前のあまり知られていない企業に勤めていることはハンディキャップを持っていることになってしまう場合があるのです。すなわちこれが農耕民族に受け継がれた悪しき伝統なのです。従って日本ではベンチャー企業は資金不足に悩まされます。銀行は担保がなければお金を貸さないし,米国に比較すれば貧弱なベンチャーファンドしかないのです。日本では一度ベンチャー企業を立ち上げて失敗すれば致命傷を負いますが,狩猟民族は良い獲物を得るまで何度でもやり直しをすれば良く,社会もそれを普通に容認しています。要するに日本はそれほどオリジナリティを発揮しなくても平和に暮らせる“良い国”なのです。勿論10%ぐらいは競争心,向上心のかたまりみたいな人もいますが日本では例外的とみなされます。

荒田

そうすると,“ ビリ ”の原因は,やはりお金ですか。かりに,今の10倍,研究開発費を計上することになれば,問題は解決するでしょうか。

平岡

前の質問でも答えましたように “ ビリ ” の原因はお金ではありません。あまり目には見えない社会構造にあるのです。しかし善悪は別にして現在日本はグローバリゼーションを遂行してゆかねばならない環境に置かれています。私は農耕民族にとっても良いところはそのまま取り入れ,日本にあまり合わないことは改良した方法で取り入れる必要があると思っています。実際はTPP (Trans Pacific Partnership,環太平洋経済連携協定),大規模農業,世界会計基準等日本に合わなくても長期的には取り入れざるをえない事項も多くありやはり知恵を働かせなくてはならないと感じています。即ち創薬だけでなく,非常に広い範囲でオリジナリティのある政策が大きく必要とされているが日本はそれを遂行しなくてもまあまあやってゆけるのです(これからはそうはいかないと思いますが)。



つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:25 | Comments(0)

創薬 日本の現状と将来 Ⅲ


日本の創薬


荒田

日本の創薬について,広い観点から概観していただけませんか。

平岡

平成13(2001)年,NatureScience にヒトの全遺伝子配列の決定が報告されました。この時の学会とマスメディアの興奮は大変なもので,関連記事が連日大きく一般紙にも華々しく掲載されました。それと共に日本の学者,ジャーナリストがこれにより画期的新薬の発見・開発が飛躍的に加速されると主張することとなりました。

当時,製薬企業の研究所に所属していた筆者を含め非常に少数の科学者が,ヒト全遺伝子の塩基配列解明と全遺伝子数は2万-4万との報告は,新薬開発を more logical にはするが,それを大きく早めることは無いと言い続けましたが大勢の声にはかき消されてしまいました。

この当時の筆者の意見は,全遺伝子解明は例えれば上空からかなり精密な航空写真を撮影したようなものであり大きな進歩ではあるが,そこに写っているビルや住宅の中の事情は依然として不明である。さらに,ましてやこれらの建築物の中で何がなされているか,その相互関係のかなりの部分が不明では新薬開発はそれほど加速されないであろうというものでした。あれから 約10年がたった現在までの新薬開発の経過はどのような道を辿ったのでしょうか。結論は新薬開発は促進されるどころか承認される新薬は年々減少し続けているのが現状です。

荒田

色々お話をうかがったところで,日本の創薬の現況と将来について,お考えをお聞かせください。

平岡

日本は創薬力では,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,スイスの6ヶ国のなかでそれほど劣っているとは思えません。日本の最大の難点は,許可取得に重要な新薬開発の最終工程となるヒトでの臨床試験にあります。ここが外国と比較して,はなはだしく劣っているのです。

結論を先に言えば,日本では百人単位の臨床試験は可能ですが,しばしば必要とされる何千人から1万人単位の臨床試験は不可能です。理由は簡単です。臨床試験を行うには患者から「インフォームドコンセント」(患者から新薬の臨床試験に参加する了承を内容説明を十分に行ってから文書で得ること)をとる必要がありますが,この第一歩からして,日本ではシステムが完備していないのです。

新薬の臨床試験実施の許諾を患者から得るには,日本では医師だけしか行えません。そうでなくても忙しい医師が1人あたり30分‐1時間をかけて開発候補新薬の説明・説得を行える環境にはありません。さらに日本では国民皆保険で新薬試験の被験者になる動機は少ないのです。 

アメリカではかなりの数の保険未加入者がいます。そういう人達は「無料または謝礼金つきで医師の監督下新薬での最新治療を受けられる」といわれれば応じる人はいくらでもいるのです。さらにアメリカでは医師の監督下専門知識をもった正式の給料をもらっているインフォームドコンセント取得専門有資格者が時間をかけて患者から細かい説明をした後に承認を得るシステムが出来上がっています。

したがって,日本の製薬企業では現在,ほとんどの日本発の新薬はアメリカまたはヨーロッパで多くの患者の協力で最初に許可をとりそのデータを使用して日本で少人数での臨床試験を行い厚労省からの許可を得ているのが実情です(人種の違いによるデータをとるだけです)。ちなみにアメリカでは新薬を審査して許可を与える専門家が FDA に2千-3千人(かなりの人が4,5年で大学または他の研究機関へ相互移動します)います。

日本ではこれらの新薬初期審査に関係する人がゼロで(勿論厚労省内に審査官ではない関係者は多数存在),審査は大学教授と大病院の医師が厚労省から依頼を受けて自分の仕事の片手間でやっているのが現状です。これらの臨床試験と新薬審査のシステムを欧米なみに日本で改革することは,恐らく大変な困難と思われます。これを遂行しようとする強い意志があれば可能でしょうが,日本の厚労省にその気配はありません。



つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:20 | Comments(0)

創薬 日本の現状と将来 Ⅳ


創薬の種探し


荒田

次に一番重要な創薬の種探しについてコメントをお願いします。

平岡

日本では古来,植物そのものを経験から医薬として使用してきた例が多かったのですが,20世紀に入り天然植物中の抽出精製成分(低分子化合物)そのもの,またはその誘導体が薬として用いられるようになりました。これが20世紀半ば以降には,微生物,動物(主として海洋生物)生産物にも移行して現在に至っています。

それと同時に生体内細胞のリセプター理論の確立・実証により,合成低分子化合物医薬の全盛時代を迎えるに到りました。勿論20世紀の後半にはタンパク質も重要医薬として病気の治療に華々しく登場しています。とくに最近では抗体医薬が数多く登場し,その将来も明るいと予想されています。

それでは次に製薬企業の研究室での薬の種探しの実情をお話してみたいと思います。まず最初に,研究・開発対象となる病名が決定されます。次いでその病気の原因が解明されているか否かの調査を行います。原因不明の場合は当然,自社の生物系の専門家によりそれの解明から始める必要に迫られます。

病因が或る程度解明されている場合は,そのスクリーニング系を構築しなければなりません。これは一口にそう言ってしまえば単純に思えるかもしれませんが,ここが一番むずかしくまた困難な点でもあります。例えば病因タンパク質(リセプターなとを含む)を一つに絞り込めれば,これの生成阻害薬(機能停止薬)あるいは機能促進薬を開発しようと企図してスクリーニング系を開発することになります。

一番の問題点は,この病因の目的タンパク質が分子生物学的生体内経路(生化学マップ)のどの位置あるかについての解明が完全になされているか否かにあります。経験的にいえば,創薬の目的タンパク質が生化学マップの最終経路に近いところに位置するものは副作用発現のリスクが少ないこと,また酵素作用の阻害の場合はこの酵素の働く部分が ”rate determining step” であれば,作用がシャープで薬効発現が顕著となることが知られています。

しかし創薬の初期の段階では,目的タンパク質の生化学的マップ上の位置および重要性が学問的によく解っていないことが多いのです。言い換えれば,未知のファクターが多いのです。これらのファクターを解明してから創薬にとりかかればよいのですが,それには大学で行うような基礎研究を長い期間(5-10年) にわたって遂行しなければならず,製薬企業研究者としては実現が不可能です。したがって予想,見込み,仮説をたてて1つの病因目的タンパク質を決定して薬の開発を始めることとなります。この仮説が正しかったか否かは,7-10年後に多くの専門家が関与して決定された候補化合物のヒトでの臨床試験が始めてからようやく判明するのです。すなわちここにセーレンディピティなどのファクターが入り込んでくることとなります。言ってみれば,言葉は良くありませんが,“神頼み” なのです。

荒田

最近の実例を一つあげてください。

平岡

老人の痴呆は脳内にβアミロイドとよばれるタンパク質が蓄積することによると学問的に解明・推測されています。また,この β アミロイドはアミロイド β 前駆体から β と γ セクレターゼというプロテアーゼ (タンパク質分解酵素)により作られることも判明しています。そこで多くの製薬企業と大学の研究者がこの2つのプロテアーゼ阻害薬を夫々開発し,最近ヒトでの臨床試験が行われました。驚いたことにこの臨床結果は,予想に反して,いずれも思わしくなかったのです。多大の研究上の労力と10年以上の研究時間を使った結果が現時点ではネガティブで最近の Natureにも β アミロイドは創薬ターゲットとしては不適である可能性が高いのではないかとのコメントが記載されています。すなわち,初期の創薬ターゲットタンパク質の決定にはどんな場合でも「未だ未知」というリスクファクターが存在するのです。

現在の創薬の世界的傾向は年々米国 FDA より許可取得する新薬の数が下降していますので,「今までのブロックバスター製品モデルは崩れつつある」と表現されています。確かに低分子合成化合物の新薬が減少しつつあり,代わりに抗体医薬などが増加傾向にあることは事実ですが,これがすぐに「低分子化合物サヨウナラ,抗体医薬コンニチハ」ではないと私は理解・推察しています。

要は開発が比較的やさしい医薬の開発時代は終了し,開発が非常に難しい医薬,すなわち,がん,抗痴呆,自己免疫疾患等の対応薬が残されているということなのです。この事情は,経済と同じで,例えば1960年 → 1989年までは日本は大きく経済発展したが,それ以降現在までの約20年間は停滞しています。一方,中国では現在,日本の20世紀後半の進展課程を辿っていますが,やはり何年か後は停滞を経験すると思います。

この様な開発新薬の減少に直面し,大手製薬会社では,日本も外国も研究所の再編,ベンチャー企業との共同研究,その買収,大学との関係強化等の対策を実行中です。日本でも,武田が筑波と大阪の研究所を統合して湘南に大研究所の新設,ファイザーも Centers for Therapeutic Innovation の設立するなど激しい動きがみられています。



つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:15 | Comments(0)

創薬 日本の現状と将来 Ⅴ


日本の創薬の将来


荒田

ここまでお話をうかがってきて,次に知りたいのは,平岡さんが日本の創薬の将来についてどのように考えておられるということです。

平岡

日本の創薬の将来につき不確定要素が多々あります。

先ほども述べたように,現在国民から強力に要望を受けながらも良い新薬がない領域はがん,痴呆,政府指定の難病です。痴呆は治療薬というよりは進展防止薬または遅延薬の方向に向かうと思われます。それには低分子合成薬,天然物,抗体を含む高分子タンパク薬がありますが,タンパク薬は脳の血液脳関門 (BBB) を通過させて脳内に送りこまなければならず,低分子薬に比較すればハードルは高いのです。

がんに関しては過去50年間にわたって多種多様な薬が開発されてきましたが,血液がんを除き死亡率の低下などを考慮に入れると必ずしも良好な結果を得ておらず副作用なども含めて完成度が低いのが現実です。

最近のがん分子標的治療薬 (この表現に私は反対です。かなり以前にリセプターの概念が確立してからは,すべての薬は分子標的薬です) はそれなりの進歩はありますが治療薬というよりは,幾ばくかの延命薬と言ったほうがよいかもしれません。がん治療の理想は,時系列的に

(1) 血液検査による,あらゆる種類のがんマーカーの発見・確立を通してのがんの早期発見

(2) 上記 (1) に基づいた早い時期の小さいがんの段階での手術除去

(3) これから開発されるであろうがん転移防止薬の使用

です。この理想が実現すれば,がん治療薬は特殊の場合を除き不要となり多くの人が天寿を全うすることになるでしょう。

現在ヒトの細胞では,実験的に3個以上の遺伝子変異を与えればがんになるが,ただ1個の遺伝子異常ではがんにはならないことが証明されています。がん患者では遺伝子変異の蓄積がみられ,実際にがん患者の遺伝子解析を行うと通常100以上の遺伝子異常が見つかっています。これらを考慮するとただ1つのメカニズムによる1つの制がん剤でがんを治そうとするのには無理があると思わざるをえません。

それでは将来の制がん剤の開発はどうしたらよいでしょうか。現在の考え方の延長ではいくら努力しても経験的に判断すればダメでしょう。私見では,有効と思われるのは、最初からがん成長の関連重要タンパク質(遺伝子)で異なった生化学的ルートの阻害剤を 3-4 種類(例えば,成長阻害剤,リン酸化酵素阻害剤,シグナル伝達系阻害剤など)を用意し,これを同時投与できる合剤の開発です。

ただ1つの薬を開発するにしても 12-18年,500-1000 億円もかかるのに合剤用の 3-4 個の新薬を同時開発するのは大変だとの意見もあると思います。しかしこれに耐えられない企業はがん領域研究から撤退すればよいだけだと思います。

ヒトの30億塩基対からなる全ゲノム解析が 2001 年当時には,13年,5000億円以上もかかりましたが,この解析技術の進歩は急速で最近ではこの全解析が,1時間20分,50万円でできるといわれています。さらにこれが数分で可能という企業も出現しています (NHKテレビ1チャネルクローズアップ現代「到来!パーソナルゲノム時代」 ( 2011.06.15, 19時30分) で見ることができます。

これらは以前から予想されていた Personalized medicine (個別化医療)の実現が近づいていることを示しています。パーソナルゲノム,コンパニオン診断法,PHC (Personalized HealthCare) などの言葉も出現し,SNP (Single Nucleotide Polymorphism) (1塩基多型)解析による将来の病気被患率の予想も乳がんなどではかなりの信頼性があるようになってきました。すなわち,個人が希望すれば遺伝子解析の結果を考慮した医師による治療,薬の選択,さらに製薬企業による薬の使用指針に遺伝子の型が記入されるようになるのも遠くない将来に実現すると思われます(現在,乳がん患者の HER2 遺伝子の増幅検査等は実現している)。それには創薬の全段階でゲノムの型が考慮に入れられるでしょう。

最後に製薬企業の将来につき述べてみたいと思います。繰り返し述べているように,現在,新薬開発が停滞気味です。この点を考慮し,大手製薬会社は販売対象を日米欧から振興国へ拡げつつあります。今後はこの傾向がさらに顕著になるでしょう。欧米では大手製薬企業同士の合併は一応終了したとみなされていますが,日本ではこれからもかなりの M&A がなされると予想されています。

遠い将来には国営の製薬企業が誕生し難病治療薬はそこで開発努力がなされる可能性もあります。創薬の方法として20世紀末にCombinatorial Chemistry, Chemical Library, High-throughput Screening などの技術が開発され短期間に普及しルーティン化しました。今後も独創的方法論が導入されることを期待してやません。


つづく

by yojiarata | 2011-06-30 13:10 | Comments(0)

創薬 日本の現状と将来 Ⅵ


世界の中の日本


荒田

先ほど BBC Worldの番組 (Horizons Switzerland) に言及しましたが,Novaltis のCEOが,世界の製薬企業の10年後について,次のように話していました。

(1) 言うまでも無く,高齢化社会への対応が必要である。

(2) 今後は,製薬企業も,医療を取り込んだ形のものに変貌するであろう。

(3) 貧しい国の人々のための,感染症予防対策にさらに力を入れるべきである。

(4) それぞれの患者に対応する Personalized 医療が重要になる。

是非ともコメントをいただきたいのですが。

平岡

(1) 高齢化社会の対応は必要性が益々増大してゆくと思いますが製薬企業が関与できる面は全体の3割ぐらいではないでしょうか。そこの中での抗痴呆薬,抗がん剤の開発はここまでも述べましたが簡単ではなく長い時間がかかると推測されます。

老人介護施設の充実,高齢者医療保険の問題,病院の充実等政府の政策面での問題も非常に重要です。

(2)「製薬企業も医療を取り込んだ形」については各国の事情により差がでるのではないでしょうか。日本では純製薬企業よりも富士フイルム,テルモ,帝人など,後から薬の分野に参入してきた企業を中心に事業が展開されていくものと思われます。

(3) 貧しい国の人々のための感染症対策は世界的にみると対アフリカがメインです。日本ではその必要性と重要性はかなり広く理解されていますが,現実の行動という段階になると力の入れ方はそれほど大きくないと思います。日本でも現在抗マラリア剤の研究は行われていますが人数と研究場所は微々たるものです。いいにくいことですが抗マラリア剤開発に力を入れている国は軍隊をアフリカに派遣しているとか,天然資源取得関係で自国人が多くアフリカに在住している国です。またキリスト教関係者は宗教上の理由でこれを推進しています。

現在,先進国での死亡原因の1位はがんですが世界的には感染症がトップです。それはアフリカでの人口が多いのでそのような結果になります。日本ではあまり知られていませんが北里大学の大村智教授(北里研究所・所長)が微生物生産物から発見したアベルメクチンがアフリカで多く発生するオンコセルカ症(オンコセルカという回施糸状虫の感染によって発病,ブユが媒介)の特効薬として失明防止に貢献しています(米国メルク社発売)。このようなケースを除き,貧しい国の人々の感染症防止に貢献できるのは日本の場合,赤十字かOECDへの資金提供になると思われます。

(4) Personalized 医療については既に述べました。

荒田

最後にうかがいます。

基本的には,日本でなければという考えを捨てて,国際的な創薬研究コンソーシアムとでもいえるものに入って仕事をすることになるということでしょうか。そうなると,日本の製薬企業のアイデンティティーはどこに求めればよいのでしょうか。

天才児の生まれる確率は,日本も西欧も変わりはないのではないかと思います。そうなると,天地を揺るがすような創薬のアイディアがにほんでうまれることがありえるのでしょうが,この場合の日本の製薬企業,天才的な研究者はどうなるのでしょうか。

平岡

国際的な創薬研究コンソーシアムが出来る可能性は非常に低いと思います。しかし,例えば発がん機構に関する基礎研究で NIH と日本の大学が共同研究をするような可能性はあります。

普通細胞には寿命がある上,何か変なことが起これば自然に自殺遺伝子が働いて死滅するようになっています(アポトーシス機構)。がん細胞が無限増殖するのはこのアポトーシス機構が壊れて働かなくなっていると現在説明されています。しかし宇宙でさえも寿命があり,私は生物といわれるものにはすべて寿命があると思っています。なぜがん細胞のみが永遠に生きられるのかは(現在そういわれているだけで永遠に生きられるとの証明はない)不明です。天才が現われてそれを解明すればそれは画期的制がん剤の開発につながるかもしれません。物理学では粒子が非常に小さくなると粒と波の両方の性質を持つことが解明されています。たとえば光そのものである「光子」がそれです。これらと同時に「宇宙は曲がっている」などという説明は常識的感覚では理解できません。がん細胞も現在の分子生物学では理解できない,我々のもっている現在の学問と感覚では説明できない何かがあるはずです。これにつきNatureの解説記事の中に「がん細胞を進化論的に考える必要があるのではないか」との記事がありました。

ここで天才の出現が期待されているのです。日本でも感覚的には理解不可能で驚天動地の iPS細胞 が初めて作製されたのです。従ってがん細胞の分子生物学で日本でも天才が現れ,その特効薬開発に貢献する可能性は十分にあります。生物学の世界でアインシュタインのような天才が現れたとしたら,その人は会社の研究所では生きて行けず自然に大学へ移動するでしょう。

荒田

長期間にわたって丁寧に対応していただきまして,誠に有難うございました。





by yojiarata | 2011-06-30 13:05 | Comments(0)

五代目古今亭志ん生さん 語りの藝術 Ⅰ



人には誰でも,神棚に祀って敬いたいような特別な存在があると思う。筆者についていえば,五代目古今亭志ん生さんは正にそのような存在である。

常識的な分類をすれば,志ん生さんは落語家である。それも飛び切り素晴らしい落語家である。しかし,飛び切り素晴らしい落語家は必ずしも珍しくない。戦後にも,人間国宝に選ばれた落語家がいる。少なくとも筆者は,それだけの理由で志ん生さんを神棚に祀ることはない。

人情噺は,落語とは一線を画す語りの藝術である。筆者が志ん生さんを神棚に祀りたい理由は,人情噺の世界で,志ん生さんに並ぶ人が何処にもいないからである。志ん生さん自身の言葉を借りれば,志ん生さんは「この世に二つという珍品」なのである。少なくとも,筆者はそう信じ,志ん生さんを神棚に祀っている。長年教職にあり,自分を伝えることを生業としてきたものにとって,志ん生さんの人情噺は,類まれなお手本である。

ポニーキャニオン版『火焔太鼓』(昭和32(1967)年収録)を取り出して聴いてみる。噺の緩急,間,発声(音声の強弱,高低),志ん生さんの落語芸が炸裂する。武家屋敷に太鼓を持っていく古着屋の亭主,応対に出た家老とのやりとり,お上が300両で買い上げるとお決めになったとの答えに飛び上がる古着屋が理由を聞く。

「・・・ その方はあれがわからんのか。・・・ お上はお目が高い。あれは 火焔太鼓と申して世に二つというような名器であって国宝に近い物であると こういうことをいっておるがな。・・・ 」
下線は筆者

志ん生さんをこの境地にまで引き上げたのは,長年の人生経験に裏打ちされた落語の修業,人情噺の鍛錬,とくに三遊亭圓朝の速記本の熟読,それに加えて,天性の声である。

志ん生さんの語りの魅力

以下,志ん生さんの長女・美濃部美津子さんの『おしまいの噺』(アスペクト,2005),志ん生さんが脳梗塞で倒れてからの3年間,60キロの志ん生さんを背負って世話をした三遊亭圓菊師匠の『背中の志ん生』(うなぎ書房,2001),『圓朝全集』全13巻(春陽堂,1926),『古今亭志ん生名演集』全42巻(ニッポン放送,ポニーキャニオン)をもとに,私の古今亭志ん生を語りたい。ちなみに,『三遊亭円朝全集』全8巻 (角川書店,1975-1976年)も私の手元にある。春陽堂版,角川書店版はともに,筆者が神田神保町の古書店で大枚を投じて購入した。現在は,いずれも入手が困難である。

聴衆を前にして,講演をする場面を想定する。筆者の場合であれば,学生を前にして話す講義であることもあれば,学会で講演することもある。

話すからには,だれしも,面白くて,ひとを惹きつけるはなしをしたいと思うはずである。それには,どうしたらよいか。しかし,誰にでも共通にあてはまる答えなどない。ひとはそれぞれ違うから面白いのである。声の高さも違えば,抑揚,アクセントなども,出身地によって異なる。これらのさまざまな特徴が盛り込まれた,個性的な話しであればあるほど,聴衆の注意を惹きつけることができる。しかし,話しをするのは人間である。人間であれば,成功することもあれば,失敗することもある。この点を当然のこととして考慮に入れて,失敗も人間的な魅力と開き直って講演に備える。

再び,志ん生さんにもどる。どのような名人であっても,講演には好不調がある。志ん生さんは,それがとくに極端な噺家であった。絶好調の志ん生さんの噺は,文字通り名人の噺で,なんともいえない自然な滑り出し,さりげなく絶妙な“間”,山もあり谷もある噺の見事な流れ,それらが醸し出す志ん生さんならではの個性的な世界は余人の追随をまったく許さない出来であった。声の大きさと抑揚も,巧まず演出されていた。

一方で,バランスを崩した志ん生さんは,これがあの志ん生さんかと耳を疑うような噺をすることがあった。現在入手できる落語のCDのなかでは,志ん生さんのものがもっとも多い。同じ演題の噺を聞き比べてみれば,私のいっていることが理解いただけると思う。私が,志ん生さんを演説の神様だと信じている理由もそこにある。いかに名人といえども,演じるのは人間である。輝く成功と残念な失敗は,名人志ん生さんの噺であればこそよくわかるのである。

志ん生さんは,昭和30年代の前半から,病に倒れる昭和36(1961)年暮れ」までの間,三遊亭圓朝(1839-1900)の作品を中心に,人情噺に積極的に挑戦している。

三遊亭圓朝は,新しい落語をつぎつぎに創作し,その“速記本”が当時の新聞に連載されて大変な人気を博していた。そのなかで,『怪談牡丹(ぼたん)燈籠(どうろう)』(牡丹燈籠),『指物師(さしものし)名人長二』(名人長二),『安(あん)中草三(なかそうざ) 後(をくれ)開榛名(ざきはるなの)梅香(うめがか)』(安中草三牢破り),『鶴殺疾刃(つるころしねたばの)包丁(ほうちょう)』(御家安(ごけやす)とその妹),『塩原多助一代記』,『鰍沢(かじかざわ)』,『心中(しんじゅう)時雨傘(しぐれがさ)』,『怪談阿三(おさん)の森』,『文七(ぶんしち)元結(もっとい)』などを演じた志ん生さんの口演がCD(制作ニッポン放送,ポニーキャニオン)として残されている。圓朝の台本の題と,志ん生さんの録音の演題が異なる場合には,( )のなかにCD版に記された演題を記入した。人情噺に分類されるこれら一連の圓朝作品の録音は,志ん生さんが晩年に到達した話術の高い境地を後世に遺す貴重な文化遺産である。

志ん生さんは,『安中草三』の出だしのところで,一呼吸おいたあと,つぎのように噺をはじめる。

人情噺というものは明治の頃は盛んに行われたものでありまして,人情噺ができないと真打になれなかったのであります。

土浦の牢内で一緒になったヤクザの白蔵に問われて,草三郎が生き別れになった母親の思い出を訥々と涙ながらに語る場面はとくに印象的である。

志ん生はここで,まったく別の噺である『怪談牡丹燈籠』のつぎのくだりを実に効果的に取り入れている。自分の親の仇だとは知らずに草履取として奉公に上がった孝助に,主人の飯島平左衛門が問いかける。

平「親父はまだ存生(ぞんしょう)か。

孝「親父も亡くなりました。私には兄弟も親類もございませんゆゑ,店受の安兵衛さんに引取られ,四歳の時から養育を受けまして,只今では叔父分となり,斯様に御當家様へ御奉公に参りました,どうぞ何時までもお目掛けられて下さいませ。

と云ひさしてハラハラと落涙を致しますから,飯島平左衛門様も目をしばたゝき,

平「感心な奴だ,手前くらゐな年頃には親の忌日さへ知らずに暮らすものだに,親はと聞かれて涙を流すとは親孝行な奴ぢやて,・・・・・
三遊亭圓朝『圓朝全集 巻の二』春陽堂


発声についても,志ん生は群を抜いていた。演説の効果を高めるためには,発音の明快さとともに,発声の強弱のバランスが必須である。人情噺の場合は,それがとくに顕著になる。志ん生さんは,三遊亭朝太からはじまって,昭和十四年,五代目古今亭志ん生を襲名するまでに,16回も名前を変えている。その間,一時,小金井蘆風を名乗って講談の修業を積んでいる。

『安中草三牢破り』のなかで,籠に乗った主人公の恒川半三郎が,二人の刺客に襲われるくだりを語る志ん生さんの噺は,まるで素晴らしい映画を見ているような緊迫感がある。絶品というほかはない。ここでは,講談師として修業を積んだ志ん生の経験が見事な効果をあげている。

一方,生き別れになった母親を回想する場面には,刺客との立ちまわりを語る志ん生さんとはまるで別人の志ん生がいる。これがほんものの話芸というものではないだろうか。

演説には,聞き手の予測を超えた即興性が求められる。この点については,志ん生に関する限り異議を唱える人はいない。これはいわば天性のものである。しかし,どのように即興性に優れていても,周到に準備された演説でなければ聞き手のこころを捉えることはできない。わたしは志ん生さんの人情噺を聞くたびに,志ん生さんが日頃どのような準備をして高座に上がっていたのかを考える。後で述べるが,志ん生さんの自宅には,『圓朝全集』全十三巻が並んでいたということである。



つづく

by yojiarata | 2011-06-16 15:00 | Comments(0)

古今亭志ん生さん 語りの藝術 Ⅱ

証言


志ん生さん自身

明治の頃,お客さんは人情噺を大変喜んでいました。
人情噺が出来ないと,真打に成れなかったのであります。


圓朝さんの速記版から

『鶴殺疾刄(つるころしねたばの)庖丁(ほうちょう)』を取り上げてみる。率直にいって,160ページの及ぶこの一大長編 『鶴殺疾刄(つるころしねたばの)庖丁(ほうちょう)』 は,百年以上も前の作品であるせいもあり退屈である。
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私が心底感心するのは,それを簡潔にまとめ,山と谷でメリハリをつけ,自らのものにしたのは志ん生さんである。その力量は見事をいうほかはない。

圓朝さんの速記本と志ん生さんの録音を,次の件で比較してみる。

圓朝さんの速記本

年のころは十九ぐらゐと見ゆる婦人で,筆で書きましたら緑の黒髪,丹花の唇,面は雪をも欺くばかりとでに云ひそうな絶世の美人でござりましたが,・・・
圓朝全集巻の五,412ページ


志ん生さんの録音では,次のようになっている。

それはご婦人でありまして
年頃十九くらいの若い娘さんでありました
その実に器量のいいなんてのは
小野小町など,むこうへ行ってくれ
何ともいえないこの美人でございます

文章にすると,とくに面白くもおかしくもないが,

小野小町など, [次第に音量を下げ,一呼吸あけて,一気に]
むこうへ行ってくれ

と来るから,聴衆は大爆笑。間と音声の高低で噺す志ん生さんの面目躍如

古今亭志ん生名演集(三十四)前編 御家安とその妹(上)(製作 ニッポン放送,1994,ポニーキャニオン)


次の部分は,圓朝さんの速記本にはない。

一人旅は寂しいでしょう
やぁー別に寂しくもない
一人のほうが気があっていいな
そりゃそう 一人で気が合わなかったらしょうがない


何となく,可笑しいではないか。

古今亭志ん生名演集(三十五)前編 御家安とその妹(下)(製作 ニッポン放送,1994,ポニーキャニオン)


古今亭圓菊さんの言葉

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語り口っていうか,何かを説明するところは講談調でした。何年何月何日なんていうようなものには落語より講釈のしゃべりがありますね。弟子にも,
「たまには講釈,聞きなさい」
っていうこともあったくらいですから嫌じゃない。現に,落語家じゃしょうがないからって講釈師になったこともありますしね(三代目小金井蘆州門下で蘆風といった)。倒れるまえには上野の本牧亭に講釈を聞きにいってましたよ。

古今亭圓菊『背中の志ん生』(うなぎ書房,2001,147ページ)

落語の人物描写っていうのは,圓生師匠なんか,
こういうことがあって,こうなって,ああなって,
「そうだってなア」

と順に続けていっちゃうけれども,このなかの言葉というものをパッと切って,パッパッと持っていくというのが,うちの師匠の呼吸ってものでよね。
歌を歌ったり,俳句や川柳やったりするってえのもそうですよ。言葉を詰めても,それでもその場面が出てこなくちゃいけない。そういうものがあるような気がしますね。やっぱり,俳句や川柳は芸人としては,やってなくちゃいけないなアとおもいますね。

パーッとしゃべっちゃただけじゃおもしろくないやつを,ポンを切って持っていくとその情景がポンと浮んでくるというような,そんな技倆を師匠からいくらでも勉強させていただいたつもりですよ。

とくに,うちの師匠は,そのポンといくところが特徴ですしね。
・・・・・

とにかく師匠は,
「落語は正宗の名刀であれ。オッと切ったら,アッワッワッと,こう切れなくっちゃいけない。」

そういうふうにいってましたからねえ。

古今亭圓菊『背中の志ん生』(うなぎ書房,2001,193-194ページ)


美濃部美津子さんの手記

昭和36年の暮,脳梗塞で倒れた後の志ん生さんについて,長女の美濃部美津子さんは次のように書いている。筆致は,終始優しい。
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お父さんはテレビを見るほかは,よく本を読んでた。それも落語に関するものが多かったわね。昔のボロボロになった本まで引っ張り出した目を通してましたよ。ずっと手放さなかったのは『圓朝全集』。・・・ いつも枕元に置いてたんです。

あるとき,馬生が『圓朝全集』をちょっと貸してくれって頼んだらしいの。そしたら貸すには貸すんだけど,馬生が読んでる間,ジーッと見てて,読み終わったらひったくるようにして取り上げたんですって。それくらい大事にしてたし,息子とはいえ馬生にさえ噺家としてのライバル心もあったとおもうの。それもこれも,いつでも高座に上がれるようにという,お父さんの心づもりだったんです。
美濃部美津子『おしまいの噺』(アスペクト,2005,204-205ページ))(美濃部美津子さんは志ん生さんの長女,ニッポン放送勤務)

ニッポン放送にはいってすぐ,あたしは編集を担当することになりました。噺家さんたちの高座を録音したテープを,放送時間にきっかり合うようにまとめる仕事です。でも,たいていの噺家さんは事前におおよその持ち時間を伝えておくと,その時間内に噺を終わらせてくれるのよ。例えば持ち時間が十五分ってときは,二十分の噺でも旨い具合に縮めて十五分程度にまとめてくれるわけ。

ところが,一人だけそれができない人がいた。お父さんです。いちおう事前に家でさらうときは,懐中時計をそばに置いて時間内に収まるように仕上げるんですよ。「枕のここんとこは取るだろ。で,噺ん中は,こことここは抜いとくが」とか言ってね。でもいざ本番となると,どうしても噺が延びちゃうんです。お客さんにワッてうけると,端折れなくなっちゃうのよ。だからあたし,お父さんに言ったんです「父ちゃん,好きにやっていいわよ。もう,やりたいだけやんなよ。心配しなくても大丈夫。あとはあたしがうまいことまとめたげるから」ってね。生放送じゃないんだから,編集すればいいことだと思ったの。
それでお父さんの噺を録音したテープを聞きながら,[ここは少し間が空きすぎだから詰めよう]とか,「まくらのここんとこは,あんまりパッとしないから取ろう」なんで,夜遅くまでかかって編集したんです。だから今残ってるお父さんの落語のテープでニッポン放送が音源だった物はみんな,[あたしが編集したものなんですよ。

もっとも,こんなこと,あたしが志ん生の娘だからやれたんでしょうけどね。ほかのひとだったら,志ん生の噺を切ったり何だりなんて,できなかったと思うもの。あたしだってお父さん以外の噺家さんだったら,やっぱりできませんよ。お父さんも,娘のあたしにだから任せられたんじゃないかしらね。

美濃部美津子『おしまいの噺』(アスペクト,2005,145-146 ページ)


圓朝作品の取捨選択

志ん生さんは,人情噺といっても,圓朝作品なら何でも取り上げたわけではない。凄惨な人殺しの場面が延々と続く『真景累ヶ淵』,また 『怪談牡丹燈籠』でも,植木屋伴蔵が女房のおみねを殺す場面が入ったいる栗橋宿の場以降,ほかに師匠の絵師殺しの場面を含む『怪談乳房榎』も,少なくとも私の知る限り,録音を残していない。

付記

徳川夢声『話術』(白揚社,1949)
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が筆者の手元にある。例えば,吉川英治『宮本武蔵』を語る夢声さんは素晴らしく,戦前多くのファンを魅了した。勿論,夢声さんが名人であることを否定するものではないが,夢声さんの朗読は,三遊亭圓生,林家彦六(林家正蔵)と同様,原文にそのまま沿って,声色で変化をつけるものである。この点は,志ん生さんとは全く異なる。やはり,志ん生さんは,この世に二つという珍品なのである。

付記2

去年の今頃,CD 店にずらっと並んでいた『古今亭志ん生名演集』全41巻(ポニーキャニオン)が絶版になったらしく,棚から姿を消した。あれだけの種類の圓朝作の人情噺を失った日本は不幸である。ショックである。

付記3

筆者の手元に,『銀座カンカン娘』(高峰秀子,灰田勝彦主演) のビデオがある。この映画は,志ん生さんの立ち振る舞いを見ながら,数分にわたって落語が聴ける珍しい機会である。

志ん生さんの語りには,汲めども尽きない魅力がある。自分を伝えるべく努力している限り,私の神様として,志ん生さんの語りの藝術を神棚に祀って敬いたい。




by yojiarata | 2011-06-16 10:00 | Comments(0)